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2011年12月25日 (日)

『三浦半島記』と三浦アルプス縦走

この縦走に際しては、司馬遼太郎の『街道をゆく』の中の『三浦半島記』を読んでおくとよいということでした。
源頼朝が鎌倉幕府を前後に半島に出没する人々、地理的にも黒船にも関係してくることなどが書かれている。
読み進むほどに、あまり好きでなかった頼朝や北条一族がますます嫌いになってしまいました。
ただ面白かったのが「段葛」の用途です。
鎌倉鶴岡八幡宮から由比ヶ浜まで一直線に1.8㎞の若宮大路がのびている。この大路の中軸に石塁を積み上げて、その路上が歩行できるようになった部分が現在は八幡宮側に500m残っている。この石塁を段葛というが、桜並木で足下は突き固められた土である。これがあるため広い若宮大路の道幅はその分だけ狭くなっている。
頼朝は何故このような、日本にも他にないような構造物を造ったのか?
むかし、源頼義が京の石清水八幡宮から鎌倉由比郷に造営した八幡宮に神を勧請したが、由比郷から鶴岡に神が移るための道が段葛。
若宮大路は低いので、雨後ぬかるんで沼地のようになり、人が歩くのに難渋し、また神様の通り道にふさわしくないというのが理由である。

さて、昨日行った三浦アルプスは半島の東、横須賀の手前の田浦から半島西の逗子まで続いている、100~200mの低い山並みです。
地図で見ると三浦半島の付け根の東京湾と相模湾までの直線距離は7kmにも満たないようですが、三浦アルプスは激しいアップダウンがいくつも続き曲がりくねって、10kmはあったようです。
温暖な三浦半島の植物を観察しながら海を眺める楽しいトレッキングでしたが、帽子を忘れたためにかなり日焼けしてメガネザル化してしまいました。

        ↓横須賀線田浦駅から田浦梅園に登ると水仙が咲いていた

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               ↓田浦梅林の梅が一輪だけ咲いていた

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   ↓梅林から東京湾の眺め。スカイツリー、房総半島などがかすんで見えた。

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    ↓トベラの実がはじけていて、以前花瓶に活けてあるのを見て以来です。

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↓乳頭山(211m)頂上から再び東京湾方面を見る。横横道路が真下に見え、この辺りの山から下りて坂本竜馬が黒船見物をした。
また竜馬の奥さんのおりょうさんや三浦按針の墓がこの横須賀にある。

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社長であるリーダーに、今日はシダ2種類(十文字シダ、両面シダ)を覚えましょうと言われましたが、さて何時まで覚えていられるか?
              ↓十文字シダ(なるほど十文字になっている)

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               ↓両面シダ(葉の裏も表と全く同じ状態)

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            ↓箱根シダ(外国人が箱根で発見、ハート形の葉)

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                 ↓孔雀シダ(孔雀をおもわせる)

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↓鉄塔の下で上を見上げながら昼食。久里浜の発電所からこれら鉄塔を通じて東京へ電力が送られているそうで有難い。

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                   ↓ マテバシイのトンネル

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↓誰かが持ち込んだ台湾リスが繁殖して餌のなくなった冬に木をかじって傷つけ弱らせるそうだ

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↓タツナミソウ              ↓タチツボスミレ

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↓逗子側の仙元山(118m)から相模湾の望む。江の島とヨットが間近に見えた。

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↓正面には箱根の双子山から金時山まできれいに見えた。金時山のすぐ右側の富士山だけ雲が被っていた。相模湾を挟んで伊豆半島から大山・丹沢までのスケールの大きな景色を歴史上の人々も眺めて感動したのでしょう。

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コメント

おはようございます
よく晴れた日のトレッキングだったのですね。
江の島がこんなにはっきり近くに見えるとは。空も海も綺麗です。
冬はお日様が当たっているとぽかぽかで暖かく気持ちいい!という
感じですが、やはり日焼けもしっかりするのですね。気をつけなくては。
水仙が咲き梅も早くも咲き始め、スミレも咲いてシダは青々。
日当たりのよさもあってか気候が穏やかそうですね。

段葛が作られた由来は初めて知りました。本来はもっと長かったということも。
現在桜の名所になっていますが、桜は大正になってから
植えられたものだそうですね。

投稿: ポージィ | 2011年12月26日 (月) 09:44

鶴岡八幡宮のアレ、段葛と言うのですか。
何か名前がついていると昔読んだことがありますが
完璧に忘れています。
暮れの時期に雑事を離れ三浦半島とは羨ましいです。
そう言えば去年の今頃九州にいたような・・・
とてもリッチな気分ですよね。

こうして山歩きされるのでコレストロールは不問なのですね。怠け者はどうしたらいいかと悩みます。

今頃タツナミソウとは、暖かいのですね。
シダは奥が深くて難しいです。

投稿: matsubara | 2011年12月26日 (月) 10:03

私達の初歩きは近場の三浦半島にしようと言う話しが出ています。
今回のtonaさんの記事を参考にさせて戴きますね。
年が明けたら「街道を行く」を図書館から借りてきましょう。

10年位前に田浦の梅林から二子山など2~3の山を縦走し葉山に抜けましたが、三浦アルプスとは正しくはどこをいうのでしょうか?

寒い寒い年末となりましたが、お元気で山歩きをなさっているtonaさんに刺激をいただいています。

投稿: naoママ | 2011年12月26日 (月) 10:24

★ポージィさま、こんばんは。

三浦半島は湘南地方と同じく日照時間が長くて、暖かなのですね。
海の色がこんなにきれいとは、相模湾では初めて見る色です。
北海道や日本海側、名古屋まで雪なのにそんな日もお日さまさえ照れば、山中は風もなくて汗をかきました。
帽子を忘れたのは痛かったです。昨日はハンカチ、ちり紙をを忘れて、車内で鼻水が出て本当に困りました。という具合に忘れ物が多く、また落とし物も多くなってかなりボケてきました。

段葛の桜はもうそろそろ90~100年近くになろうとしているのですね。今まで疑問にも思わなかったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年12月26日 (月) 19:07

★matsubaraさま、こんばんは。

お掃除しなくてならないのに、遊んでいるものですから、ますます汚れが気になっています。明日こそ、明日こそとあせってはいるのですが。
お忙しい時に九州へいらしてましたね。なかなか素敵なことですよ。家事のやりくりなどが天才的と言えるほどお上手です。

歩かなくなるとすぐに中性脂肪とコレステロール値が悪くなります。コンスタントにするように努力しています。

私もシダはシダでいいと常々思っていたのですが、やはり名前を教えてもらうと少し親しみが湧きます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年12月26日 (月) 19:15

★naoママさま、こんばんは。

新年は三浦アルプスですね。
ここの山中は風が吹きぬけないそうで、なるほど暖かでした。寒い日なのに、脱いでも汗をかきました。

京浜急行の「三浦アルプストレッキング」というトレッキングMAPをダウンロードしましたが、この地図によりますと、三浦アルプスにはトレッキングコースがいろいろあります。このコースのある所全体が三浦アルプス
と呼ぶのでしょうね。
私たちは1番南側のコースで最後の仙元山から風早橋へ下りました。
パソコンで地図を探してくださいね。

投稿: tona | 2011年12月26日 (月) 19:27

数日前から、日本海側の方に申し訳ないくらいの好天続きですね~

三浦半島は好きです
但し文学は苦手な神戸家ですから、もっぱら釣りの行動エリアなので・・・happy01

投稿: OB神戸家 | 2011年12月27日 (火) 13:56

★OB神戸家さま

本当に快晴で、今富士山のシルエットも美しいです。
この寒さ、昔は冬と言えばずっとこんな感じでした。

三浦半島は落葉樹が多くて、葉が腐って川から海へ栄養となって運ばれるので、神戸家さんが釣られるお魚もさぞかし美味しいことでしょうね。

投稿: tona | 2011年12月27日 (火) 16:39

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