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2011年12月 9日 (金)

金崋山・岐阜城と明治村

もう1週間以上も前になってしまいますが、京都3日目の午後岐阜に参りました。
ここにお住まいのブログ友matsubaraさまがご招待下さって、泊まらせて下さり、岐阜城と長屋門と明治村を案内して下さいました。感謝感激、ありがとうございました。

●金崋山・岐阜城
夫が朝鮮から引き揚げてきた時、夫の母の実家が金崋山の麓、松下町にありそこに暫くいたそうです。麓の岐阜公園が遊び場で、濠のような水場で泳いだり、名和昆虫博物館(大正8年開館だそうです)に入り浸ったりしていたそうで、私も夫の祖母の葬儀に40年以上も前に1度だけ行ったことのある懐かしい所でした。
金崋山を仰ぎ見て頂上の城から街を眺めたいと思ったものです。遂に実現しました。

↓麓の岐阜公園 京都の劣らず紅葉が真っ盛りでした。

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演説に来て、ここで襲われたという「板垣死すとも自由は死せず」という言葉を残した板垣退助の銅像を横に見て、ロープウェーで山頂駅まで行きました。
                                          ↓岐阜城(日本100名城)

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岐阜城と言えば『国盗物語』の斎藤道山や信長しか去来しないのですが、実は鎌倉時代から長い歴史があったことを看板や天守閣内部の資料館で知りました。
明治時代に再建されたのに昭和18年に焼失、昭和31年に再建、平成9年に大改修でピカピカの美しい城となっていました。

↓眼下には長良川が迂回して流れ、市内を一望でき、長良川の北に岐阜市で1番高い山「百々ヶ峰(どどがみね)」418mが望めました。

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翌日、旅の4日目
●長屋門
今年になって重要伝統的建築物群について講義で「長屋門」のことを聞いて、実際に1度見たいと思っていたところ、思いがけずmatsubara家のを拝見できました。
寺院の山門のような大きな建物で、中には200年お勤めされた庄屋の古文書、鬼瓦、人形、掛け軸、古漆器、古陶磁器や農機具の数々を拝見させていただけました。
広いお庭と大きな家、茶室、そしてこの長屋門と維持管理はさぞや大変でしょう。それを難なくこなされ、大活躍されていらっしゃるのに脱帽です。

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●明治村 愛知県犬山
明治は遠くなりにけり・・・来年は明治が終わって100年です(大正元年生まれの父が生きていたら100歳です)
その明治の建造物が60以上もあります。岐阜県には大正村や昭和村もあるとか。
小さい頃、明治生まれの建物を随分見ていたわけですが、東京近辺でも今は農家など保存されてる家のみになってきました。
こうして明治村では、遠き昔を懐古し、不便でありながら今にない美しさや温かさを感じ取ることができます。それにしても移築は大変だったでしょうに。

                          ↓帝国ホテルと内部(石の積み重ねが印象的)

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                             ↓京都にあった聖ザビエル天主堂の内部

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↓宇治山田郵便局 手前の黒いポストは明治5年頃のもの。今もここで郵便事務が行われています。

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                              ↓六郷川鉄橋(東京蒲田、神奈川川崎間)

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↓西園寺公望邸 京都出身ゆえ、竹が好きで天井まで竹を使用。10年に渡る留学で進歩的な考え方であったのかバリアフリーなど工夫された設計に驚く。当時政界人の暗殺が多く、暴漢の襲撃に対する備えがあちこちにある。静岡の清水の海に似せて、日本で1番大きい溜池である、入鹿池を見下ろしている。

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                                        ↓西郷従道邸(東京)

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                                   ↓京都にあった聖ヨハネ教会堂

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コメント

こんにちは。
そうでしたか。さらに思い出深く良い旅になられましたね。
岐阜城といえば私も思い出すのは美濃の蝮こと斎藤道三と濃姫、織田信長に
尽きる感があります。でも当然ながら道三より前からあったのですものね。
鎌倉時代からでしたか。道三の前は土岐頼芸でしたね。

明治村は3回くらい行ったことがありますが、最後がもう25年位も前。
今もちゃんとあって守られていることが嬉しいです。
貴重な博物館のような場所ですものね。今行ったら、また全く新しい目で
見学できそうです。
初めて行ったのは小3くらいだったと思いますが、教会の礼拝堂で
いたくキリスト教に惹かれたのを覚えています。あれはどうしてだったのか?
イエス・キリストの伝記でも読んだばかりだったのかもしれません。

投稿: ポージィ | 2011年12月10日 (土) 10:44

30年前に行きました。
明治村ですき焼きを食べたこと。
別の日でしたが鵜飼を見物したこと、、みんな懐かしい。

投稿: 佐平次 | 2011年12月10日 (土) 12:02

岐阜を堪能されたようでよかったですね。
私は生まれも育ちも岐阜ですが
多分あまりにも身近だったせいと
18歳で上京したせいもあって
観光地には結構長いこと無縁です。
帰省するときは親戚付き合いで忙しいし。
金華山は息子たちと何度も登りましたが
明治村は自分が子どもの頃行ったきりです。
大人の目で見るとまた違うのでしょうね。

投稿: zooey | 2011年12月10日 (土) 12:36

★ポージィさま

こんばんは。日の暮れが早くなりました。
土岐頼芸は鷹が好きなお殿様という印象だけが本を読んで残っていますが、違っているかもしれません。
今、信長の居城跡が山懐で発掘されています。ロープウェーから覗き見ることができました。

明治村はお近くだったのですね。
たくさんありますから丁寧に見ようとすると3回くらい通わなければなりません。
中学生がノート片手に勉強しつつ元気に歩きまわっていました。滋賀県からとか言っていました。
教会の内部はさすがにステンドグラスがあったりして、静かなお祈り場所となっていて、ヨーロッパの教会に入ったような錯覚を覚えました。パウロ、ヨハネ、ザビエルと名のつく教会3つも保存されているのですね。
子ども時代に良い体験をされたのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年12月10日 (土) 16:48

★佐平次さま

明治村ですき焼きということは、「大井牛肉店」ですね。
5000円くらいしてなかなか食べられないと思いました。美味しかったことでしょう。

犬山城、鵜飼いは私も30年くらい前の夏に見物しました。懐かしいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年12月10日 (土) 16:53

岐阜は10年ほど前に西国33所巡りで華厳寺を訪ねました。

3年程かけた霊場巡りもここで満願になり一入感慨深く忘れられない思い出です。
長良川は鵜飼いの本場なんですね。

投稿: macchanny | 2011年12月10日 (土) 17:03

★zooeyさま

その通り、帰省されるとお忙しいですよね。
金崋山は高尾山と同じくらいの時間で登れるかしらと思いながら眺めました。
近くにいたら登ってみたいです。

明治村は明治の歴史などの一部をおさらいすることが出来て楽しいですね。
行けるなんて思ってもみなかったので、とても良い思い出となりました。

娘にとって血のつながりのある祖母がやはり岐阜で18歳くらいまで過ごしたところと想うと感慨深いです。ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年12月10日 (土) 17:04

★macchannyさま

西国33か所巡りをされたのですか!
満願の地であったとは。それは忘れられないですよね。
あとで華厳寺や西国33ヵ所を調べようと思います。奈良・山の辺の道を歩いた時に1つあったような気がします。違うかもしれません。
日本で鵜飼いというと長良川ですものね。
1度見たら忘れられないものです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年12月10日 (土) 17:10

出かけていましてコメントが遅れました。
岐阜のことをうまく紹介して下さりありがとうございます。
写真もうまく撮れていますね。
説明もきちんと読んでいらしたのですね。

せっかくお越し下さいましたのに不行き届きで
ごめんなさい。時間切れになってしまいました。
普段から庭の手入れを怠っていますので
急には出来ないものですね。
我が家はきりがないのです。
でもこれ、言い訳がましいですね。
これにこりずまたどうぞ。
大正村と昭和村にも・・・
オフ会を3人でしたいものです。

投稿: matsubara | 2011年12月10日 (土) 19:59

★matsumuraさま

お忙しい中、コメントをありがとうございました。
今日までずっと予定が立てこんでいたのですよね。そんな中1日半もお付き合いいただいてありがとうございました。
お陰さまで内容の密な見学が叶いました。
とても楽しい2日間でした。

庭もあんなに広いのに全然草なんか生えてなくてお手入れも良く、どうなさっているのでしょう。我が家なんか6畳分にもならないのに、腰が痛いなどと言って夫任せです。とても恥ずかしくなりました。
いつかまたお会いできる日を楽しみにしています。

投稿: tona | 2011年12月10日 (土) 20:56

明治村、すばらしい写真を拝見して、また行きたくなりました。
 現在、全国的に古い建物をなるべく保存していこうという気運が高まっていますが、明治村はその走りですね。
 明治を彩ってきた錚々たる名建築の、このような元気そうな姿を見ると、感激します。
 今も、テーマパークの中で、いろいろと工夫して、さまざまな用途で使われている建物が多いのもうれしいですね。

 京都では、いつも青々とした楓を見て、これが紅葉しているのを見たいものだ、と思っていたので、美しい紅葉の写真、ゆっくりと堪能させていただきました。

投稿: Nora | 2011年12月21日 (水) 10:02

★Noraさま

100年以上も経っているこれらの数々の建物をこれだけきれいにしているのは、維持管理も大変でしょうね。
目に見えない苦労のお陰で楽しめます。
郵便局のように多くの建物は現に使われている所が凄いです。
本の一部しか見ることが出来ませんでした。
あと数日かかりそうです。

京都の紅葉はやはり関東の紅葉と違って美しく思います。
庭園にうまく配置されてるのもいいのでしょが、朝晩の冷え込み具合がこちらと違うのでしょうね。
行ったことあるお寺も数年に1度訪れるのもよいし、まだ行ってないお寺もかなりあって、ずっと通いたい京都です。簡単に行かれるのが幸いですし、年取っても歩けるのが何よりです。

投稿: tona | 2011年12月21日 (水) 10:41

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