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2012年1月29日 (日)

生涯現役は溌剌として

以前、薬屋と煙草屋と宅配受付を年中無休で、1人で営んでいる現在92歳のご婦人のことを書きました。
さすがに腰が曲がってきましたが、暑さ寒さにめげずに続けています。お手製のスカートに数々のお手製のセーターやベストを着て、店の前や中の鉢植えの土を変えたりもしています。
もう一人元気なおばあさんが近所にいます。
1人で(土曜日だけ娘さん夫婦が手伝いに来ます)畑を耕し、50種類以上の野菜を育て、収穫し、川で洗って束ねて軒先の無人スタンドに並べて売ります。
午前中は買いに来た友人たちの4、5人と円座を組んで仕事をしながらおしゃべり。友人がかなりいます。
私もここで良く買います。時々おまけしてもらったりします。
85歳くらいなのに、農業をしていても、背中も腰も全然曲がっていません。あんな長くて太い大根を引き抜くのも大変だろうなあとか、この時期の冷たい水で洗うので凍えないだろうかと心配になります。
高齢なのに、どんなに重労働でも休みなく元気に何時までも働いているのはお友達がたくさんいて、皆が美味しい野菜を何時までも作ってとお願いしたり、話友達になったりしているからです。
生涯現役は誰にでもできることではないが、そのご褒美は友人と健康だ。私は家事を生涯現役でやりたいです。友達や知人と接触しながら。

Photo 先日申し込んでいた『おひとりさまでもだいじょうぶノート』が無料で1昨日送られてきました。
2006年朝日新聞「ひと」欄に『遺品整理屋は見た!』を書いた吉田太一さんが載りました。吉田さんが設立した遺品整理会社「キーパーズ」が作って配布してくれたノートです。
吉田さんが、孤独死の人や忙しい遺族の代わりに遺品を整理していると、自分の死に方を心配する前に、人とのつながりを大切に生き、どう生きるかが大切ということを遺品が教えてくれたとか。
内容は[最期まで充実した人生を送るためのお節介九ヵ条] [私の履歴書] [介護や看護についての希望] [自分の死後の希望 葬儀、納骨など] [相続、遺言] [財産] [遺品整理について] で記入式です。

昨日電車の優先席にレジ袋と書き置きがあって、そこに「おもらしをしてしまいました。すみません」と書いてありました。汚れた席に人が座らないようにと、恐らく高齢の女性が書いたのでしょうね。

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2012年1月26日 (木)

リビングウイル

昨日、家人がオペの間、病院から頂いたいろいろな書類や署名した同意書にゆっくり目を通していました。
その中に「リビングウイル」確認書が入っていました。
リビングウイルとは、終末期の治療に関する生前の意思表示です。
摘出した組織検査の結果が出ないとわかりませんが、今は癌や不治の病ではなくてもこんな確認書を希望する患者が病院に出せるのですね。

内容は、傷病が不治で且つ死期が迫っている場合に患者が宣言するものです。
そんな場合に徒に死期を引き延ばすための延命措置を一切お断りする、ただし、苦痛を和らげる措置は最大限にして欲しい、その措置によって死期が早まったとしても容認するという内容です。
17年前義母の場合は、「日本尊厳死協会」に入会(会費が10万円)していたので、その書類を医師に示して管を抜いていただいた経緯があります。
常々もう治り見込みのない患者の延命はやめて欲しいし、そのような場合は日本尊厳死協会に入らなければならないのかと思っていたのですが、病院で書式がいただけて提出できる。これは無駄な医療費を省けるし大変ありがたいことです。

この病院は看護師でなく看護婦と書いてあって、実際に看護師さん自身が看護婦と言っていました。私は女性の場合は看護婦さんの方が好きです。
それに熱い煎茶、ほうじ茶が紙コップで欲しいだけ頂けるので有難い。様々なスタッフの人数も多くきびきびと元気に働いていて、昨日の何とも言えない温かみのある看護婦さんに癒されてしまいました。

杏は中国原産で、寒い地方の木。昔中国の呉の国に、日本の赤ひげ先生のように貧しい人からはお金をとらないお医者さまがいて、治療を受けた人びとはせめてものお礼にと、そのお医者さまの家のまわりに杏の木を植えました。
数年後に杏の林ができたそうで、以来、”杏林”は医師の尊称になったそうだ。
日本の杏林大学や付属病院はこれに因んで付けられたそうで、やっとつながりました。

その山本周五郎の『赤ひげ診療譚』を待ちながらずっと読んでいたのですが、悪徳医師がいる一方、赤ひげ先生のような先生が今日の日本にもあちこちいらっしゃるのでしょう。東日本大震災でもこのような先生がボランティアで活躍していました。
池上彰氏の「優しい経済学」で北欧は[高福祉・高負担] 日本は[中福祉・低負担]と言っていました。江戸時代においては福祉が全然なくて、庶民の生活が実に悲惨だったのが、事実の一部でしょうがこの本を読んでもよくわかります。その時の国の成り立ちから言って当たり前な話ですが、おかみの役人のあり方が現在と変わらないのに苦笑させられました。

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2012年1月23日 (月)

音声の出る給湯機

15年経ったのであやしくなったということで買い替えた給湯機が、風呂自動ボタンを押すと
「お湯張りをします」
「もうすぐお風呂が沸きます」
♪美しい音楽が奏でられて♪ オースティン『人形の夢と目覚め』でした。pinoさんありがとうございました。 これが曲です

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「お風呂が沸きました」と女性の声で言ってくれます。10分で満杯になる。
追いだきボタンで「追いだきをします」という。

↑のこの曲どこかで聴いたことがあるのですが、何でしょうか?ご存知でしたら教えてください。
ピアノを手放してしまったので、音が取れないく、ハ長調で記しましたのでよろしくお願いします。(休符を書かなかったりで書き間違いをしていました)

電話機やATMや車のナビ(椎名誠は女の子の名前をつけて可愛がったり喧嘩したりしている)で話かけられるが、我が家では電話機に次いでです。
もし家人に先立たれて1人になり、歩くのも不自由になったら、テレビに向かって文句言うのと、給湯機に「はいはい」と返事をしない限り声を出さないことになるでしょう。
そのうち洗濯機や冷蔵庫やいろいろな電気器具まで話しかけてくれて、寂しさがまぎれるかもしれません。

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2012年1月20日 (金)

映画 『ブリューゲルの動く絵』

Photo_2 2011年、ポーランド・スウェーデン製作

ブリューゲルの絵画「十字架を担うキリスト」を取り上げている映画。
この絵はウィーン美術史美術館の「バベルの塔」の隣にあった絵ですが、見ているはずなのに、何も覚えていません。

題材がキリストの時代なのに、背景はフランドル、時代はブリューゲルの生きた16世紀なのだ。
絵の中に入り込んでいくというか、絵から人々が動き出し、絵の中で行われていることが再現されていくのである。
例えばちらしにある高い岩の上には風車が回っているが、その内部は洞窟のようになっていて粉が挽かれている。
ある家の中では子どもたちがあばれ回り、ある家では母子がパンを捏ねるなどいろいろ写し出される。30分以上サイレントでこんな情景が続き、貧しい庶民の生活が垣間見られる。そして人が捕えられ十字架を担い刑場へと引き立てられて行く。。

ブリューゲルの他の絵と同様にたくさんの人々が画面を埋め尽くし、そこには様々寓意が込められている。
キリストはローマ政府に引き渡され磔刑に処せられた。がこの絵では、当時のスペイン・ハプスブルグの圧政下、理由もなく(のように見える)赤い服を身にまとった兵士に引き立てられ、暴力を受け、処刑され、鳥の餌食にされる。
こうしてブリューゲルは当時の世相をたくさん盛り込んで描いていったのだ。またさらに面白いのが、人々の服装である。絵にある通りなのだが、当時こんなに人々は変化に富んだデザインの服を様々に着こなし、色彩も豊富であったと驚くのだ。

ブリューゲル役のルトガー・ハウアーは自画像のブリューゲルに似ているということで抜擢されたらしいが、オランダ人である。映画の中では老人の(実際にルトガー・ハウアーは67歳)役だが、ブリューゲルは40歳くらいで亡くなっている。自画像を見ると本当に年取って見える。
他の絵にも、人間は愚かであるといった類の意味ある行動がたくさん描かれ、細かく見て行くと面白そう。
当時の世相、風俗が見られ、不思議な世界を覗かせてくれた映画でした。

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2012年1月17日 (火)

プロメテウス、荻須高徳展

寒いこの冬は、いつもになく電気をたくさん使ってしまいました。
節電の夏は遥か遠くになってしまって、その後真冬に至るも、電力不足のお知らせもなく(1度だけ95%の日あり)、停電の心配もないのが不思議。以前の発電所がいくつも稼働したのでしょうか。でも油断して皆が節電を怠るとえらい目に遭いそうです。

朝日新聞が東電の福島原発事故を多面的に実名で連載しているのが「プロメテウスの罠」です。
プロメテウスは人間に火を与えたギリシャ神話の神様。全能の神ゼウスが反対したのに、こっそり人間に与え、ゼウスの怒りを買って岩に鎖でつながれ、禿鷹に腹を裂かれ、肝臓を啄ばまれ続けたが、英雄ヘラクレスが禿鷹を殺し助けられた。
火は人間に便利な生活や文明や技術をもたらしたが、それで人間は幸福になったのか。火のお陰から回りまわって、技術や情報に追われ、戦争は絶えまなしで、こんなことから人間を解き放ってくれるものは存在するのか。
新聞のタイトルは火が原子力を意味するのか、またよかれと思ってやったプロメテウスの行為は実は罠だったのかと解釈した連載です。

そんなプロメテウスの像を、美術展の帰りに、東京駅八重洲近くに見つけました。

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像と言えばこちらは可愛い女の子の像。吉祥寺の井の頭公園への道にありました。

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Photo_3 2_2 ↑のその美術展が生誕110年を記念して、日本橋三越で開かれた『荻須高徳展』です。16日までで終わってしまいました。
25歳から84歳で亡くなるまで第2次世界大戦の一時期を除いてパリに住んだ画家で、どうやら日本の風土、気質が合わなくて終生パリを愛し描き続けた。
くすんだパリの建物をこんなにまで描き続けた画家がフランスに他にいたでしょうか。ユトリロがモンパルナスをたくさん描いたのが思い浮かんでくるだけです。
でも画家はパリと対照的な水のキラキラするヴェネチアも生涯のテーマとして描いていたのです。
美しい、青い着物姿の奥様を描いていますが、よく一生海外で寄り添って生活を続けました。その乾燥と食べ物で1ヶ月も滞在できないパリにね。
これでもかと迫ってくる薄汚れて見えるパリの建物など90点を堪能できた展覧会でした。

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2012年1月14日 (土)

『なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか』ダニエル・L・シャクター著

今年は暖冬の気配がなく、毎日寒いですが、近所の大きな夏蜜柑類は艶々と元気がよいです。

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◎人の名前が思い出せない
◎大切な約束を忘れてしまう
◎メガネなどがよく行方不明になる
◎最近の出来事を覚えていない
◎その話を誰から聞いたか。思い出せない
特に人の名前や単語が思い出せないのが毎日何回もおきます。この本が上記のような人に効用があるというのですが・・・

今まで聞いていたことはどうやら年取ると海馬やら前頭葉など記憶に関係する所が細胞が減って頭がスカスカになるというもの。
夫がかなり前MRIで頭を撮ったところ、周りが減って体積がかなり小さくなっていたとか。
この本ではどうして年取ると記憶力が悪くなるかを、また、名前などが思い出せなくなるかを(私には)はっきりした形で書かれていなかったというのが結論です。

しかし物忘れを防ぐテクニックは
 ○視覚イメージ記憶 2千年以上も前、ギリシャ人によって編み出された。
 ○精緻化 覚えたい情報をすでに知っている情報に関連づける。
こういったことはあきらめないで毎日繰り返しテクニックをおこなうことであると説く。

大切な約束は私的にはカレンダーを必ず見、食卓に大きく書いたメモを置き、最重要項は手にマジックで書くしかない。

物の行方不明は年取ると注意力が低下し、無意識の作業が物忘れを生むのでこの辺りを注意したい。他のことが入りこんでも慌てない。

さて、いろいろな名前がブロックされてしまった場合、あっさりあきらめない方がよいらしい。最初の文字をあいうえお順にいって頭文字を思い出し、その人の名前を呼んだ時のことを思い浮かべるとか。
普段から名前にも意味を持たせることがいいと書いてある。

記憶は現在のために過去を書き換え、現在の経験を将来必要になったときのために貯え、そして望むときに過去を再体験させてくれるのだ。ときに記憶は問題を起こすものの、それは欠点であると同時に長所でもある。記憶は私たちの心と世界の間を時間を超えて橋渡ししてくれるのである。
本からは殆ど何も得られなかったけれども、少々思い出せなくても落胆することなくいくしかありません。

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2012年1月11日 (水)

西洋美術史講座:ティツィアーノ

大本山妙心寺御用達「阿じろ」の精進料理を妙心寺でいただいた時の箸袋に書いてあった[食事五観文]

一つには、功の多少を計り、彼の来処を量る。(この食物が食膳に運ばれるまでには、幾多の人々の労力と神仏の加護によることを思って感謝いたします)

二つには、己が徳の全欠をはかって供に応ず。(わたくし共の徳行の足らざるに、この食物を頂くことを過分に思います)

三つには、心を防ぎ、過貪等を離るるを宗とす。(この食物にむかって貪る心、厭う心を起こしません)

四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり(この食物は、天地の生命を宿す良薬と心得て頂きます)

五つには、道業を成せんが為に、将にこの食をうくべし(この食物は道業を成ぜんが為に頂くことを誓います)

食事に際してただ美味しい、美味しいと言って頂くだけでなく、いつも食品にかかわった多くの人に感謝して頂くことを忘れないようにしたいと思います。

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1月から参加した西洋美術史講座は長寿講座らしく、40人中新たに参加したのは私と他3人のみです。ずっと勉強している熱心な人たちに交じっていると私もやる気が出てきます。
ベネツィア派の大巨匠ティツィアーノは1576年に88歳で亡くなるという当時ではミケランジェロと同じく珍しく長命で、また他の国に跨る多くのパトロンのいた稀有な画家です。

1つ興味深いことを教えてもらいました。

宗教画や神話は話を知っていないと難しい。
描く画家も自分の想像のみではなく、テクスト(文学における研究対象の文章)から絵を描いている。
もう1つ「エクフラシス」から絵を描く方法もあって、ティツィアーノの『ヴィーナスの神殿奉献』がそうです。
どういうことか?
AD100年頃のこと、ナポリ郊外の別荘にたくさんの名画があって、その1枚1枚を言葉で記述した・・これがエクフラシス。エクフラシスとは言葉で物の記述をすることであるが、やがて絵画をも言葉で伝えるという意になった。
この中の1枚『ヴィーナスの神殿奉献』もエクフラシスとして書かれていて、その書かれている説明どおりにティツイアーノが描いたものです。
ティツィアーノは依頼主からこのエクフラシスを提示されて描き、紀元100年頃の幻の絵画を掘り起こしたことになるのです。そうはいっても別荘の絵とは相違があったでしょう。

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2012年1月 8日 (日)

ゲーテの『イタリア紀行』

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寒い北国から暖かい憧れのイタリアへ2年もの長い間旅行したゲーテの紀行文です。
現在のイタリアとゲーテが旅行した1776~1778年当時と眺めた景色、美術・建物は全然変わっていないようである。
好奇心旺盛という言葉があるけれども、これはゲーテのためにもある言葉かと思うほどである。
さすが世界の文豪ゲーテだけあって、景色の文学的表現が素晴らしい。
そして、ヴェネツィアでもローマでも、夜毎に芝居、音楽会、朗読会、オペラ、あらゆる会と称するものに出かける。教会も、史跡もしかり。そして絵画に至っては、今日有名で世界中の人に愛されるものをゲーテはその目でちゃんとその素晴らしさを堪能して感極まっているのである。ゲーテが凄いと感動したから、今日名画になったかと錯覚してしまう。
裁判所にも傍聴に出かけ、あちこちで石を拾う。人々の栄養状態観察(やはり当時は日本の江戸市民同様栄養失調であった)。
こうして書いていくと、面白くて、あまりにいろいろあって紹介し切れない中、驚いたのは満月の鑑賞である。
私たちは満月の夜、月のまん丸を愛でて、すぐ家の中に引っ込む。ゲーテは違う。
満月の日の前後、3、4日間、寒い2月の夜を彷徨うのです。煮焚きの煙がコロッセオを包み霧のようになる風景や建物の前庭や広場や通りで照らしている様子を心ゆくまで味わうのです。

そこで伝記を見てみたら、詩人、劇作家、小説家、哲学者の他に、法律家(弁護士でもあった)、政治家(ヴァイマル公国の宰相であった)、自然科学者(人体解剖、植物、地質、光学)でもあったのですね。
鉱山見学から鉱山学、地質学を学びイタリアを含め1万9000点も石を集めている。
これでイタリア紀行における行動力が納得できました。
ゲーテには名言、格言集があります。
この紀行の中にも
”問わんとすれば、人はまず学ばなければならない”
”物事を立派に仕上げるためには、一生を通じての練習が必要である”などが書かれている。

私が定年まで働いていた時にはゲーテのこんな格言が頭をよぎったことがありました。
”まだ日が暮れない、働けよ、あくことなく。そのうち誰も働くことのできない死が来る”

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・

娘たちが房総、三浦半島旅行で買って来てくれたお土産。千葉県は枇杷と落花生の名産地でそれにちなんだお土産。
枇杷ジャム、びわゼリー、落花生バター、ぴーなつ最中(形がピーナツ)

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豆絞り(ピーナツの入った瓦煎餅)、のこぎり山バウムクーヘン、よこすか海軍カレー

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よこすか海軍カレーは明治41年の海軍割烹術参考書「カレイライス」レシピを素に、食べやすく復元したもの。
明治期、イギリス海軍を範として成長してきた日本海軍はイギリスの軍隊食であったカレーを軍隊食に取り入れたそうだ。
・・・横須賀は海軍とともに歩んできた街で、カレーは横須賀から全国に広がったと言って過言ではない。そこで大胆ではあるが、横須賀名物にする。ここに「よこすか海軍カレー」の誕生である・・・と書かれています。
今、「坂の上の雲」によって戦艦三笠は見学者で賑わっているといいます。
池上彰氏が中東取材で、ソマリア沖の警備に当たっている自衛隊の軍艦に乗船した時に御馳走になっていたのがカレーでした。
食べるのがとても楽しみです。

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2012年1月 5日 (木)

ダイヤモンド富士     カゴノキ(鹿子の木)

今年の立川からのダイヤモンド富士です。 軽~い鼻風邪を引いたので、夫に行って撮ってきてもらいました。

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暮れに日之宮山(150m)を経て、平塚鷹取山(219m)に登りました。
湘南電車に乗り藤沢を通り過ぎると北側がだんだん開けて茅ヶ崎を過ぎると大山や丹沢の山が見え、東京まで続く平野が見渡せる。平塚から大磯に入ると高麗山から始まって線路際に低い山々が連なって二宮の方に続く。二宮から乗った帰りの電車から二宮と大磯の間に鷹取山が見えました。
平塚と名が付きながら大磯にある平塚鷹取山です。

平塚で下りてバスに乗り、終点の岩松寺から登りはじめる。
                       ↓大山

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                       ↓江の島

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                       ↓富士山

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                ↓150mの日之宮山の日之宮神社

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↓219mの鷹取山山頂の鷹取神社。徳川家康が逃げ出した鷹狩の鷹を捕えたことからその名が付いた。源頼朝もそうだったけれど、将軍たちは随分鷹狩に遠出したようです。

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鬱蒼とした神社自然林はタブ、カゴノキ、スダジイ、ヤブニッケイ、ヤブツバキなど常緑広葉樹に覆われ、神奈川県の指定天然記念物となっています。
↓カゴノキの樹肌が目を引きました。
カゴノキ(鹿子の木 クスノキ科)・・・生長すると(直径20cmになると)木肌が鹿の子模様に剥がれる。器具や楽器をつくる。

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             ↓似ている樹肌がプラタナス(スズカケノキ)です 

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                  ↓小田原の海と伊豆方面  

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         ↓久しぶりに見た案山子です。顔を作るのが難しそうです。

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2012年1月 2日 (月)

おめでとうございます

Photo_2明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしいたします。

元旦は吉祥寺の井の頭弁財天尊に初詣です。昨年より混んでかなりの行列でした。ところが池の鴨はますます減って数えたのはたった15羽、寂しいです。餌をやってはいけないけど、やっている人がいてそこに集まっていました。カイツブリだけは興味なさそうに遠くで潜りをやっていました。

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話は変わって古い駅舎のことです。
暮れも迫って降り立った原宿駅が、初めて古いのに気が付きました。
携帯で撮ったので細かに写しだせなかったのですが、木造です。

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東京都内で最古の木造駅舎で1924(大正13)年の建築で、古風ないい姿をしています。
手前は全国から集まってくる若者でにぎわい、向こう側には明治神宮があって昨日から参拝客のために臨時ホームと改札口があけれらています。

2番目に古いのが大きな三角屋根が特徴の国立駅舎で1926(大正15)年建築。ところが中央線の連続立体交差事業で解体されてしまい、国立市で保存するも、この建物が復元されるかはお金の問題などいろいろ支障があって全然決まっていないそうなのです。
だめなら岐阜県にあるという大正村で復元されたらと思う。
写真はWikipediaからお借りしました。

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