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2012年3月27日 (火)

フェルメールからのラブレター展

Photo_3 Photo_4今私たちは、めったに手紙を書くことがなくなり、電話やメールですませている。
オランダは17世紀のヨーロッパで最も識字率が高く、手紙のやり取りが急速に増えた地域だった。
したがってオランダにおけるこの時期の風俗画にはフェルメールだけでなく、たくさんの画家が描いた手紙を読んだり書いたりしている絵、学者、弁護士、簿記係、公証人が出てくる絵、本を読む女性や男性の絵、学者の絵などがあって、読み書きの能力が商業国オランダで様々な職業において重要視されたことがわかる。
そんな17世紀の風俗を著わした絵画の実に上手い絵の数々の中で、やはりフェルメールはその色調、光の明暗、静かな世界など特異でずっと目が離せない。
6月にはマウリッツハイス美術館展で「真珠の耳飾りの少女」、ベルリン国立美術館展で「真珠の首飾りの少女」が見られる。

画家が描く姿勢にはいろいろあるものです。
普通は「絵画芸術」のフェルメールのように椅子に座って描くでしょう。
でも立ち続けて書く人もいます。中川一政や岡本太郎など。
「生誕100年岡本太郎展」では作品の[座ることを拒否する椅子]が置いてあるようですが、座って仕事するのが嫌いだったらしい。

江戸時代の葛飾北斎やお栄のイメージ映像を観ると畳に座って俯いて絵筆をとっています。腰が痛くならないのか、背中がだるくならないのか心配してしまうような姿勢です。
究極の姿勢は教会などの天井画を描くこと。ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂の天井画に4年もかかりきりだった。首が、上半身が苦しかっただろうなあ。

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3月25日は春とはいえ寒いからか山が冬のように良く見えた。
箱根駅伝が行われる茅ヶ崎の海岸道路から西を望むと真正面に富士山が見える 

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             帆のあるカヌーと江の島(直線距離で8km)

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             茅ヶ崎海岸前の烏帽子岩。向こうの島影は大島か

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墓参帰りの実家の昼食、写真にはないけれど亡母直伝のお赤飯が供される。

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                       アセビが満開

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      熱帯魚にカメラを向けたら泳ぎをやめて、全員底に伏せてしまった。

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明日、島へ出かけますのでコメント欄を閉じさせていただいています。

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2012年3月24日 (土)

トーハク庭園、『おいしい江戸ごはん』、塩麹

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先日川端龍子の家を訪れた時に、龍子が毎朝拝んでいた仏像が太田区所蔵になって、その後東京国立博物館(トーハク)へ行ったということを聞きました。
Noraさんに、今トーハクで展示しているということを教えて頂き見てきました。
左が不動明王立像、右が帝釈天立像 龍子のいろいろな想いが詰まった仏像で、あの屋敷の仏間に安置されていた様子が目に浮かびました。

Photo_4 来月半ばまでこのトーハクの庭園が開放されているとのことで本館の裏側へ。
入口付近の梅がちょうど満開、この色もいいものです。

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博物館の敷地は寛永寺の境内だったのでこの庭も寛永寺の庭であったらしい。現在五棟の趣のある茶室が配され多種多様な植物が植えられているが、桜が咲いていなくてまだ寂しい庭園でした。

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↓六窓庵 江戸時代の茶人、金森宗和ゆかりの茶室で、大和の三茶室の1つ。明治10年博物館が購入して移築したもの。

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↓九条館 京都御所内の九条邸にあったものが博物館に昭和9年に寄贈され移築された。襖等に江戸前期狩野派の手になる楼閣山水図が描かれている。

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↓転合庵 小堀遠州の茶室。京都伏見から大原寂光院へ、昭和38年にここに寄贈された。

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Photo_9 江原絢子・近藤恵津子著『おいしい江戸ごはん』を同窓の著者江原さんから頂きました。
江戸時代には豆腐やコンニャク、甘薯などの百珍ものや「料理早指南」「諸国名産大根料理秘伝抄」「素人庖丁」などといった料理本がたくさんあったようです。
経済的でヘルシーで楽しくて美味しい工夫が満載だそうで、この本には多少アレンジしたものを含め77種類の料理やお菓子が紹介されています。
今のような雑多な調味料を使わず食材はシンプルです。甘味を使わないで素材のうま味を引きだしています。
又輸入食品はなく、冷凍冷蔵保存もなく、大量輸送手段もなかったわけですから、地元でとれた食材を腐らないうちに消費しきった地産地消、旬産旬消(ハウスで余分なエネルギー使わない)であったわけです。
江戸時代は完全に循環型のエコロジカルな生活で、世界的にも評価されていると以前に石川英輔の『大江戸リサイクル事情』で読んで感心しました。農耕生活であるがゆえに、欧州のように香辛料など求めて世界に出て行って、挙句は植民地争奪戦争に開け暮れることもなく、鎖国政策のもとに質素な生活が続けられた結果の食生活です。

現代に活かしたい江戸時代の食卓の特徴をこの本から引用すると
① 油や砂糖の摂取が少ない。油脂は植物性が多く、脂肪からの摂取エネルギー比率が低い。
② 主なタンパク源は大豆と魚でカルシウムが摂取できる。
③ 野菜がたっぷり使われる。
④ 穀類、豆、きのこ、海藻が豊富で、食物繊維の摂取量が多い。 
医学が発達していなかったので、長寿とは結びつかなかったにしても、少なくともメタボの心配はないし健康的です。
作ったのはまだ「ズズヘイいも」「たたき豆腐」にとどまっていますが、すり鉢を多用し、揚げ物も多く、工夫し、丁寧に大切にしていることが伺える献立で楽しみに作りたい。

ネット友のYさんに塩麹が美味しいと薦められました。この頃TVでも紹介され、本も出回ってきて、気になってはいました。
早速塩麹を買って来て試しました。肉、魚、イカ、茹で卵、豆腐などにまぶしておいて食べる中で、絶品がチリ産の鮭です。粕漬けのような味に仕上がり、脂が乗っているので美味でした。
他には炒め物に塩の代わりに使用したのでは、<エリンギ炒め>がとても美味しい。<豚肉と山芋と葱を炒めたもの>もまずます。他に料理がいろいろあるようなので早く試したいですが買ってきたのが無くなってしまって、今は米麹から塩麹を作っている所で、10日もかかるので待ち遠しい。
味に丸みや深みが出て緩和された塩味になります。

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2012年3月21日 (水)

「ザ・タワー」展 江戸東京博物館

東京スカイツリー完成記念特別展~都市と塔のものがたり~として「ザ・タワー」展が開かれています。

           ↓両国駅手前の車内から今日の東京スカイツリー

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Photo_2 Photo_3古くは旧約聖書「バベルの塔」や釈迦の遺骨を納める墓「ストゥーパ」に始まり、教会や寺院の五重塔などの塔は宗教的祈りの対象として建てられてきた。
歴史は下って、1889年(明治22)のパリで開かれた万博で312mのエッフェル塔が新しい都市の塔として建造された。
そのパリから東京、大阪へと都市の眺望を楽しむ塔が誕生し、その後眺望だけでなく電波塔としての役目を持つ東京タワー(333m)、東京スカイツリー(634m)と引き継がれてきた。

エッフェル塔に関しては、あの鉄骨を覆って他の建物へと改修計画が数々あって、その改修計画案の図がたくさん展示されていた。北斎の富嶽三十六景に影響されて、アンリ・リヴィエールが「エッフェル塔三十六景」を描いているのが面白い。

エッフェル塔建造の翌年1890年(明治23)に浅草に陵雲閣(52m)・・浅草公園12階の愛称・・が出来、人々が上って眺望を楽しんだそうだ。エレベーターをつけたけれども半年で壊れ、また関東大震災(1923年)で倒壊し33年の命だった。52mを上るのは飽きてしまうから東京の100人の美人の写真を要所要所に掲げ、上った人に美人を選んでもらうコンテストをしたというのには笑えた。
一方大阪には初代通天閣(75m)が1912年(明治45)に出来たが、これが凱旋門の上にエッフェル塔が乗った形だったのだ。1943年火災により消滅した。また東京スカイツリーより100年前に出来たので100歳違いというわけだ。ビリケン像の足をさすってきました。

1890年にはイギリスのスペンサーが来日して、皇居と浅草公園で気球に乗って降りるというパフォーマンスを演じ皇居ではあやまってお堀に落ちてしまったが、大勢の人々が見物したそうだ。
最後に東京タワーに関するたくさんの資料や東京スカイツリーの計画書などで展示が終わる。全部で368点。

このあと再び回向院へ。前回は鼠小僧供養墓や猫や犬、小鳥の供養塚などカメラに収めた。今日も亡きワンちゃん、猫ちゃん、小鳥の名前を唱えながらお参りしている人が次から次へと。

↓塩地蔵 願いが叶った人は塩を備える。下の白っぽく見えるのがお供えの塩の数々。

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                 ↓石造明暦大火横死者等供養塔

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                     ↓竹本義太夫の墓

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  昼食は「江戸沢」のカレー風味のつくねちゃんこ鍋でした。カレー味が薄かったのでまずまず美味しかったです。

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2012年3月18日 (日)

映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』

Photo_2 西欧初の女性首相、11年の長期政権を樹立し、鉄の女と呼ばれたマーガレット・サッチャーの栄光と挫折を描いた映画。
メリル・ストリープが本年度アカデミー賞主演女優賞を受賞して、その受賞時のスピーチも有名になったということで、初日の初回で観ました。

のっけから、ちょっと侘しい感じの老女(メリル・ストリープだとわからない)がスーパーで牛乳を買うシーンが展開する。
老女の帰り着く部屋は雑然としている。認知症にかかっている老女は、現れたり消えたりする夫の幻と会話をしている。
時々娘が現れていろいろ世話を焼き、娘に「お父さんはもういないのよ」と言われ我にかえったりする。そんなとき夫の遺品を必死に整理しようとしている。
「こんな仕事一筋の私はあなたに何もしてあげたなかったけど、あなたはどう思っていたのでしょうね」などと回想にも耽る。南アフリカにいる息子のこともしきりに思ったりする。

こうした映像の間に若い頃から首相退任までの頃にフラッシュバックする。
雑貨商の家の娘時代、学生時代(化学専攻)、そして実業家デニスと出会い結婚する。このときデニスに「私は家事育児などに専念するだけで人生を終わるのはいや」ときっぱり言いきったが、「デニスはそんな貴方がいい」と言って生涯彼女を支えることになる。しかしデニスも子どもたちも寂しさに苦しい日を過ごすことになるのだが。
市長をしていた父親の影響を受けて政界への道を踏み出すマーガレットはまず下員議員当選を果たす。
保守的な国、女性差別、階級制度があるイギリスにおいて、商人出身の彼女が政治の中枢に上って行くのはいかに大変な苦労があった事でしょう。
遂に首相になったときも、イギリス病を患っていた国内の様子はデモやストや失業者で溢れ、今の日本からは想像もつかないひどい状態だ。彼女の内外の批判をものともせずの強硬策でイギリス経済を立て直し、又フォークランド紛争では多くの犠牲者を出しながらも勝利する。
まさに鉄の女さながらの奮闘ぶり。しかし次第にこの強硬さによって首相の座を奪われることになっていく。

メリル・ストリープのサッチャーに似せたメークだけでなく、服装、髪形、音程を下げた話し方、物腰などそっくりの演技は、これまでの彼女の演技暦をまた塗り替えたような感がある。
あんな鉄の女と言われた人が、まさか認知症になるとは!
男と違っていろいろ差別などハンディと闘って勤めた政界人生と引退後の生活との、もの凄いギャップがそうさせたのか?わからないけれども、1人の偉人のたそがれが寂しく映った映画でした。
ただ若い頃のサッチャーを演じた女優さんは可憐で、とても後のサッチャーを感じさせるものがなかったが、実際もそうだったのでしょうか。

サイトのメリル・ストリープへのインタビューで知られざるサッチャーの一面が多く紹介されて興味深いです。

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2012年3月15日 (木)

N響 meets 小曽根 真

10日に文京シビックホールでのN響の演奏会を聴きに行きました。
総武線・水道橋駅で降りると目の前に東京ドームが聳えています。
東京ドームを仰ぎ見たら、ローマのコロッセウムとではどちらが大きいのか気になりました。

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東京ドーム:直径244m、地上からの高さ56m、地上6階建て、地下2階、収容人員約46000人。
ローマコッロセウム:長径188m、短径156m、高さ49m、4層構造、収容人員50000人
ということで東京ドームの方が少し大きいということがわかりました。それにしても2000年前に鉄筋コンクリートで同じくらいの収容人員を誇る闘技場を造ったローマ人の技術は、実際に入ってみて驚くことばかりでした。

ドームを半周した先の右側に文京区役所が見え、その中に立派なシビックホールがあります。
指揮:高関 健
演目:バッハ G線上のアリア・・・東日本大震災の鎮魂曲
   ラヴェル 組曲「マ・メール・ロワ」
   ガーシュイン ラプソディ・イン・ブルー ピアノ=小曽根 真
   ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」

「ラプソディ・イン・ブルー」はジャズとクラシックの手法を融合して”シンフォニック・ジャズ”と呼ばれるジャンルの作品です。この曲をジャズピアニストの小曽根 真が弾きました。
小曽根氏はアメリカのバークリー音楽大学を首席で卒業と同時にカーネギーホールにてソロリサイタルを開いた人。ジャズだけでなく、クラシックにも取り組み、国内外のトップ・オーケストラとの共演や国際的な音楽祭にも参加しているという。
久しぶりのガーシュウィンに酔いました。
「新世界より」は管楽器の独奏部分も多いですが、素晴らしい管楽器演奏は世界のトップクラスに引けを取らないと思われます。何といっても生演奏は力強く心身に響いてきてうっとりでした。

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2012年3月13日 (火)

『82歳の日記』メイ・サートン著

『82歳の日記』メイ・サートン著
アメリカの詩人。この日記を1994年に書き上げた後、闘病生活に入り1年足らずで亡くなった。

この本で気が付いたことは、たくさん本を書いている作家たちは、自分の作品をメディアや読者がどう感じ、どのような評価をしているのか常に気にしているということ。作家の気持ちになってこのようなことを考えたことがなかった。
メイ・サートンが新聞の書評欄に出なかったことを嘆く。皆見る目がないのかと。
又、ある時は酷評されて、そんなことはない、よく読みこんでないなどと日記に書くのです。
さらに、新聞の広告にちっとも自分の書名が載らないとも。
この人は日記にかなり本心を書いているので面白いのだが、世の作家たちの中には、このようなことに気を使いながらも作家生活を続けているのかと、ただ本を上梓するだけでなく、賛同やら辛辣な批判にもされされているのだと決して楽な商売ではないと思ったものです。

著者は多くの友人たちと機知に富む文通や会話を愉しみ、このこと自体が読んでいて楽しい。ところがかなり体長不良のうえ、気鬱になり、友人たちの助けを借りながら独り居の頑張りを続けるのである。
最大の友だちが猫のピエロで、ベッドに上がってくるだけで幸せになるという心境までになる。
有名人は各方面の友人も多く、アメリカの場合しか知らないけれども、友人たちが助けるのです。
ターシャ・テューダーは長男夫婦・孫夫婦だけでなくたくさんの友人に助けられて、最後の半年寝たきりになったが、殆ど苦しい言葉を発しないで自分のベッドで息を引き取る。最高の幸せが口癖だった。
千葉敦子もガン発病後大分経ってからニューヨークに行き仕事をこなし、殆ど入院することなく、それこそあらゆる友達の世話になりながら闘病生活をして、数日の入院で亡くなった。

国民皆健康保険がオバマ氏によっても上手くいってないアメリカという大国の、老後、病気に対する考え方の相違など、そのオプティミズムなどと関連して考えさせられる。
振り返って日本では、私自身に関しても、電話1本で常に駆けつけてくれる友人はいないし、近所とも希薄な関係の都市生活においては頼めないし、有名人のようにお弟子さんや崇拝者がいるわけでもないし、例に挙げた人々のようにいかない。家族、身内に頼る日本です。
皮肉にも1年後に脚光を浴びている長野県の栄村の「結い」の話を聞いて、昔の家族制度と同様のものを感じた。

Photo_3 Photo_5 ターシャ・テューダーの『最期の時を見つめて』を買ったらついてきたビニールの手提げ。軽いし雨の日の最適です。

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2012年3月10日 (土)

外国人による日本語スピーチ大会

Twitterに登録したしたものの、フォロワーされてもフォローすることも出来ず(子どもに教えてもらってやっと出来た)、ツイナビで使い方の説明と首っ引きの数時間でしたが、結局殆ど使い方も何も分からないまま日が暮れました。それでも鳩山氏や橋下氏のつぶやきなどを目にしました。
同様にFacebookも登録したものの何も使っていません。これではスマートフォンもとても無理そうです。事ほど左様に、このような類の事にはただただ格闘してむなしく引き下がるしかありません。若かったらそんなことはなかったのかなあ。

先日「外国人による日本語スピーチ大会」に行ってきました。隣の隣の武蔵野市の国際交流協会が開催したものです。
来日先は中国、台湾、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、ネパール、フィリッピン、カナダ、アメリカの13組です。
動機はいろいろで、交換留学生、外国語学校や日本語学校で勉強している人、レストランの店長、国際結婚した人などで殆どの人は昨年4月から10月に来日した人です。
たどたどしい人からべらべらの人まで様々ですが、みんな日本語での質問を理解出来るから、しゃべるだけでなく聞く能力も相当なものです。
この難しい日本語をこんなに習得して大したものです。
アメリカのご夫婦はご主人は大学の先生で奥さんは食と農業についての記事を書いているそうですが、昨年はアメリカに逃げ帰るどころか、東北にボランティアに行ったそうで、とても力強いその行動力と話に魅了されました。
その他、日本人の親切を語った人、日本の四季に感激する人、ミャンマーの諺を披露、琵琶の弾き語りをする人、そして日本に来て様々な体験を通して飽くことなく学ぼうとしている方たちに感動しました。語学の才能があるだけでなく陰で血のにじむような努力をしているのでしょうね。
さらに司会者の中国人の女性とインド人の男性が流暢な日本語でユーモアある司会をしたことに、国際人として活躍していると感じました。
この方たちには日本の文化などもたくさん触れていただいて、お国に帰って伝えて欲しいです。
地元には日本で勉強する外国人をサポートする人たちがたくさんいて、この大会にも協力していました。
逆に世界各国で勉強する日本人も、現地でたくさんの友情などを頂いているのですね。

三浦半島にたくさん咲いていた、アプテニア(ツルナ科)の白花種です。教えていただいて調べたら赤い花のアプテニアは時々見かけます。南アフリカ原産だそうで、多肉質の葉が密生して垂れ下がっています。三浦半島は暖かいようです。

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2012年3月 7日 (水)

ルドンとその周辺ー夢見る世紀末展

ルドンとその周辺ー夢見る世紀末展≪グラン・ブーケ(大きな花束)収蔵記念≫

PhotoPhoto_2 三菱3号館美術館が新たに収蔵したルドンの「グラン・ブーケ」(ちらしの絵)を記念して、岐阜美術館が改修中ということでやってきたルドン作品とその周辺の画家の展覧会に行ってきました。
「グラン・ブーケ」は最大級のパステル画で110年間フランスの城館に秘蔵されていたもの。16点あるうちの1点で残りは改修が終わったオルセー美術館にあるという。オルセーで見てみたい。
岐阜美術館は250点もの世界有数のルドンコレクションを有し、今回ルドンの周辺の人たちの絵も全部この岐阜美術館のものです。

ルドンと言えば黒、晩年のゴヤを想わせる黒一色の世界はかなり強烈でまた不思議です。
木炭や黒鉛、黒チョーク、エッチング、そして圧倒的に多いのがリトグラフです。目玉や気球が印象的ですが、面白かったのが「蜘蛛」で、1度見たら忘れられない作品。

実家の経済状態悪化で、ルドンの黒は終わりを告げ、色彩豊かなルドンに変身。感じがモローに似ている「オフィーリア」「オルフェウスの死」がとてもよかった。
最後にモローやゴーギャン、ムンク、ドニなど50点余が勢ぞろいで、岐阜美術館のコレクションに驚きました。東京で見られたことに感謝です。

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このぼーと霞んだ画像は沼津アルプスから撮った駿河湾、右手には富士の裾野だけけぶっていた。(海岸沿いの里山で駿河湾と富士山の眺望名勝地なのだ)
前日から雨が降り、この日(2/28)の予報は晴れということなのに、なんと東名御殿場辺りで雨になってしまった。
沼津アルプス縦走は香貫山から太平山まで7つの山13kmの道のりを所要時間6時間かけて上り下りする。山の高さは183~356mで低く、7まであるレベルの2ということで安心して参加したのであるが・・・
それが前日来の雨で道はどろどろ・ぬるぬるで滑りやすく、高低差があって急勾配でアップダウンを12回も繰り返し、いやはやきつかったです。以後ツアーで参加するなら、レベル1か初級です。趣味の山の会ではリーダーが80歳で参加者が老人だけなので、こちらで身体の鍛錬に励むことにします。

                  ↓雨がやんで少し見えてきた

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               ↓1番高い鷲頭山と手前の小鷲頭山

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                   ↓鷲頭山山頂の石の祠

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↓定年退職した方が昔取った杵柄でするすると木登りして、夏ミカンを取ってナイフを取り出し剥いてくれました。

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         ↓太平山山頂、全部の山にカラフルな親切な案内板がある

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途中、備長炭の原木になるウバメガシの素敵な尾根道があったりしたけれども写真を撮る余裕全然なしであった。

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2012年3月 4日 (日)

『世界の食料 ムダ捨て事情』トリストラム・スチュアート著

<あなたは誰かの食べ物を奪っている、それも無自覚に。イギリスのジャーナリストが東奔西走、食べ物ゴミから環境問題に迫る>
ムダ捨ては想像を絶する多さで時には生産の半分になることもあるという。
◎家庭
◎スーパーやコンビニの弁当など時間が過ぎてしまったものの大量廃棄
◎外食産業の食べ残し
◎スーパーの規格に合わない産物のはねのけによる大量廃棄
◎過剰農産物の廃棄、病気の作物
◎海の魚資源の諸々の理由による海への投棄
◎途上国の貯蔵施設不備や技術の不足による、カビや虫の発生による大量廃棄

家庭を除いて、これらの解決には政治の駆け引きや腐敗が立ちはだかっている。捨てた方がましという。
訴訟王国アメリカの例には苦笑させられる。捨てられる運命にある調理品を貰って食べて、病気になったという非常に稀な例で、損害賠償に応じなければならなかったので、やはりすべて廃棄に回すことにしたと。損害賠償の恐怖から寄付を渋る言い訳にしているというものです。
ことほどさように解決に道は一見ないように絶望感に襲われるが、著者は最後に[希望の島 日本、台湾、韓国]とタイトルを設けて書く。又最終章に[行動計画 ユートロフィアへの道]として努力点を掲げる。
食物のムダは地球環境問題ヘと繋がっている最重要問題の1つと考えます。
皆そうでしょうが、私も食物を殆ど腐らせず、無駄にせず捨てません。

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これから薹の立つホウレンソウの茎はかたくなります。
新聞に載っている料理のレシピに、「切り分けて味わう2品」としてホウレンソウの葉と茎を別の料理にするというのが載っていました。
[茎と鶏肉炒め][葉のマスタードあえ] ホウレンソウの茎を鶏肉と炒めると、こんなに茎が美味しいとは意外です。

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      これも美味しかった新聞の[大根とリンゴのサラダ] [広東風チャーシュー]

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                                         新聞レシピの [八宝菜]

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2012年3月 1日 (木)

「龍子の歩んだ四国遍路」展と[アトリエ・旧居]

Photo 日本画家・川端龍子は文化勲章を受賞された有名な方なのに、殆ど絵を知りません。図鑑を見たらたくさんの作品がありました。
そんな龍子の四国遍路八十八ヵ所を巡礼したときにその場面を描いた特別展が、大田区立龍子記念館(JR大森駅から20分)で開かれています。
龍子は65歳(昭和25年)から6年の歳月かけて、亡くなった妻子を弔うのが目的で四国遍路に出ました。同行者は龍子が所属する俳句「ホトトギス」の同人・深川正一郎氏と龍子の娘・紀美子との3人。
すべて愛媛県の村上三島記念館から貸し出された作品で、1枚1枚の絵の下に簡単な紀行文と詠んだ俳句も記されていて丁寧に読んでいくと面白いですが、かなり時間がかかりました。
ちらしは石手寺ですが、88か所の絵はとても見応えがあって、期待していたより素晴らしく楽しめました。

この大田区立龍子記念館、そして道を挟んだ龍子公園内の屋敷やアトリエは、画家にならなかったら建築家になったと言われる龍子の設計です。
龍という名から記念館は空から見ると龍の形をしています。西園寺公望と同じく竹を愛したようで家や垣根などたくさんの竹を使用しています。
絵には湿気が悪いということで記念館は高床式です。

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11時と午後2時に向かいの屋敷とアトリエに案内があるということで11時のに参加して見せてもらいました。
エントランスも玄関もその他いろいろな箇所に竹が使われ、また欅などいろいろな材質にこだわっている様が見て取れます。玄関の梅が満開でいい香り。

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          ↓普通の竹を用いるとこのように虫食いが現れます

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↓しかしよく良く乾燥したのは虫食いが何年経っても出来ず、家の方にはこれが用いられています。

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↓庭には伊豆からトラック40台で運んだ石が配置されている。以前は欅がたくさん敷地にあって、この辺一帯の欅の枝が、昔はすぐ近くにあった大森海岸の海苔の養殖に使われたそうだ。

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↓昨年の地震で13に重なっていた灯籠の上部が倒れ、修復には云百万円かかるそうで見込みがないとのこと。

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               ↓アトリエは旧居に隣接し、60畳もある。

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          ↓庭の樹木には蜂の巣がいくつもあったそうで飾れていた

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↓座敷(仏間)仏像の維持は難しくて東京国立博物館に委託されたとのこと。
全作品そろった北斎の富嶽36景も、数年に1度陳列すると行列が出来て狭い住宅街に迷惑がかかるそうで、本当はこれも東博にと大田区は考えているそうだ。

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                     ↓欅の1枚板の天井

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                    ↓竹の天井と出窓

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