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2012年3月13日 (火)

『82歳の日記』メイ・サートン著

『82歳の日記』メイ・サートン著
アメリカの詩人。この日記を1994年に書き上げた後、闘病生活に入り1年足らずで亡くなった。

この本で気が付いたことは、たくさん本を書いている作家たちは、自分の作品をメディアや読者がどう感じ、どのような評価をしているのか常に気にしているということ。作家の気持ちになってこのようなことを考えたことがなかった。
メイ・サートンが新聞の書評欄に出なかったことを嘆く。皆見る目がないのかと。
又、ある時は酷評されて、そんなことはない、よく読みこんでないなどと日記に書くのです。
さらに、新聞の広告にちっとも自分の書名が載らないとも。
この人は日記にかなり本心を書いているので面白いのだが、世の作家たちの中には、このようなことに気を使いながらも作家生活を続けているのかと、ただ本を上梓するだけでなく、賛同やら辛辣な批判にもされされているのだと決して楽な商売ではないと思ったものです。

著者は多くの友人たちと機知に富む文通や会話を愉しみ、このこと自体が読んでいて楽しい。ところがかなり体長不良のうえ、気鬱になり、友人たちの助けを借りながら独り居の頑張りを続けるのである。
最大の友だちが猫のピエロで、ベッドに上がってくるだけで幸せになるという心境までになる。
有名人は各方面の友人も多く、アメリカの場合しか知らないけれども、友人たちが助けるのです。
ターシャ・テューダーは長男夫婦・孫夫婦だけでなくたくさんの友人に助けられて、最後の半年寝たきりになったが、殆ど苦しい言葉を発しないで自分のベッドで息を引き取る。最高の幸せが口癖だった。
千葉敦子もガン発病後大分経ってからニューヨークに行き仕事をこなし、殆ど入院することなく、それこそあらゆる友達の世話になりながら闘病生活をして、数日の入院で亡くなった。

国民皆健康保険がオバマ氏によっても上手くいってないアメリカという大国の、老後、病気に対する考え方の相違など、そのオプティミズムなどと関連して考えさせられる。
振り返って日本では、私自身に関しても、電話1本で常に駆けつけてくれる友人はいないし、近所とも希薄な関係の都市生活においては頼めないし、有名人のようにお弟子さんや崇拝者がいるわけでもないし、例に挙げた人々のようにいかない。家族、身内に頼る日本です。
皮肉にも1年後に脚光を浴びている長野県の栄村の「結い」の話を聞いて、昔の家族制度と同様のものを感じた。

Photo_3 Photo_5 ターシャ・テューダーの『最期の時を見つめて』を買ったらついてきたビニールの手提げ。軽いし雨の日の最適です。

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コメント

作家たちの物語をよく読みますが、それはそれは厳しいものがあります。
美しい作品を書いているからと言って自分の評判ひいては生活の糧についてはそれに比すればサラリーマンなどは王侯貴族かもしれません。

投稿: 佐平次 | 2012年3月13日 (火) 11:02

有名な人々であればこそ、どんなことを感じ考え、どんな生活を
されてきたのかを知ることができ、生き様の参考にしたり、同じように
悩んだり喜んだりしていたのだと確認したり、ということを
させてもらえるのですね。病気になったときの様子や、どんな最期を
迎えたかまでも。ありがたいことです。

日本は家族が介護して看取るということが行われてきたのが、核家族化が
進んで一人暮らしの方も増え、かっての共同体のような仕組みも失われて
きているため、家族がいてもいなくても病院や施設に頼らざるを得ない
状態になってきているのだろうと思っています。
一方、欧米などで自立した生活を大切にするところでは、かなり病が重くても
できることは自分でしつつ自宅で過ごせるような手厚い介護のシステムが
整っている例もあるようですね。私としてはそういうシステムが
できるのがありがたいのですが、日本の介護保険制度は、まだまだ
未熟で満足が行くところまでの機能は果たせていないとも思っています。
これからどうなっていくのか。福祉面で日本は成熟していけるのかどうか、
いつか夫婦2人のうちどちらか1人になった先を考えると不安になります。
でもまぁ、なるようになるさー なんですけれど。
 

投稿: ポージィ | 2012年3月13日 (火) 11:06

★佐平次さま、ありがとうございます。

やっぱりそうなんですね。
私たちの生活が王侯貴族であるほどに。
作家の知人がいないので、ずっと気が付かないまま、ただただ楽しく読書していました。
作家は作品を生む苦しみだけでなく、世に出した後がさらに大変なわけです。

投稿: tona | 2012年3月13日 (火) 15:51

★ポージィさま

仰るように、すぐ忘れてしまうことも多いですが、作家から特に日記や随筆からその生活体験からいろいろなことを学べますね。

栄村の「結い」は皆で助け合うことを災害発生後も続けて、自治体の助けなしに村の復興を遂げていくというのですが、この冬の豪雪で力及ばない様子に心が痛みます。
後手になる自治体の助けなしにやろうとする気構えは、都市ではすっかり失われたものです。見て見ぬふりもしてしまいがちです。
日本では家族がいなくなった時に介護制度を利用して、病院や介護施設に入所などはポージィさんが言われるように、まだまだスムーズにいってないようですね。
そんな時が来たときにどうすればいいのか、アンテナを張っていても伴わないときに心配になります。
まあ、時期が来ないのに心配は何の得にもならないわけで、その通り、なるようなるさ精神でいきたいです。
こうした点は西欧は凄いですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2012年3月13日 (火) 16:06

日本では最期を迎える時には家族ですよね。
まして今は孤独死なんてのもあったりで
年と共に友人関係も狭まって来るのでしょうか。
私にしても、そういう友人がいるわけでもなく
やっぱり頼るのは家族になってしまうのだと思います。

こちらでも結いはありましたが
昔はよく田植えなんかは結いで行われていたようです。
今は先日我が家で行った法要でのご詠歌を上げてくれるくらいでしょうかね。
昨今地域の繋がりが薄れて来てる様に思いますね。

投稿: pochiko | 2012年3月13日 (火) 22:51

★pochikoさま、ありがとうございます。

孤独死はもう都会だけの問題ではないようですね。地方でも町中では特に集合住宅であるようです。
不幸にして家族に恵まれなかったり、先立たれたりしたときに考えなければならないことがたくさんあります。
日本の場合は家族に頼るはまだまだ続くことになりそうですね。家族の絆が崩れている場合も多くてこれも悲しいことです。

そちらでも結いは今では廃れているとか、地域の繋がりがなくなってきているのですね。・・煩わしさがないでしょうが、繋がりが希薄になるのは寂しいことでもあります。

投稿: tona | 2012年3月14日 (水) 08:30

私もささやかな歌集を二度出しました。
二度目は一応礼儀として地方新聞に寄贈しました。
その批評が紙上で手厳しかったことを思い出しました。私のほかに
もう一人海外詠の歌集を出された人があり、私達二人はこっぴどい攻撃を受けました。
この批評者よりランクの高い歌人に聞きましたら、「あの人は日本より出たことがないので外国詠には強い偏見をもっているので批評は気にしなくていい」と言われました。
と言われても今も気になりますもの。
別の歌人にも聞きましたら、「あの人は
いつも金欠病なので歌会の謝礼も大変・・・」とか・・・

投稿: matsubara | 2012年3月14日 (水) 15:11

★matsubaraさま、ありがとうございます。

まぁ、そうなのですか。
紙上での批評まで経験されたのですね。
本を書かない私は、今回この日記を読んで初めて作者の気持ちを知りました。
今まで読んで批判とか本に対する気持ちを批判的に見るなんてありませんでした。
少々期待よりは面白くなかったとかその程度の感想でした。
批評家側からはこのような事情がある場合があるのですね。
なるほど、歌の世界でも、他の世界でもいろいろなことがあるものです。
芥川賞や直木賞を始めいろいろな賞の内幕もたくさんの事情があるようですものね。
しかし批判にさらされても本を出版されることは普通の人には出来ないわけで素晴らしい才能をお持ちと、尊敬しています。

投稿: tona | 2012年3月14日 (水) 15:54

結いや家族制度が今も残っていれば
孤独死の心配はないでしょうが
その代わり、煩わしいことも山ほどありますよね。
プライバシーを侵害されたり、煩雑な付き合いがあったり、結婚などで好きな道を選べなかったり。
現代の日本人はそういうのから解放されて自由になった分、
多少の犠牲は仕方ないのかなとも思います。

投稿: zooey | 2012年3月15日 (木) 07:42

★zooeyさま、ありがとうございます。

昔の日本(つい最近まで)での、姑に仕え(おしんのよう)、でもその後は嫁をいじめながら、最期までずっと面倒を見てもらうという構図から脱出したのが現代なのですね。結婚してから殆ど一生をがんじがらめに過ごして、自分がない生活はあまりにもつらいです。
仰るように煩雑なお付き合いも今の私たちには大変です。
結婚の悲劇は丁度三浦綾子の「矢島楫子伝」を読んだ所ですが、運が悪かった人は悲嘆にくれる人生だったのですね。この方は途中から他にないような人生を送るのですが。
楽をした分、犠牲もあるわけで、覚悟のうえですね。

投稿: tona | 2012年3月15日 (木) 08:33

こんにちわ、今日も相変わらず冷えますね。それでも梅が満開状態で桜の芽も随分と膨らんできています。嬉しいことです。

さて、82歳の日記、そして翌年に亡くなった人というのはさぞかし悟りに近い人ではないかと思うわけです。
しかし作家が作家魂があればある程作品の評価が気になるというのは判ります。野心があればある程そうでしょう。

私もこの5月に初めてインド旅行記「ノープロブレムindia」を出しますが本は一定部数私の手元に届いています。それを一早く親しい人達に送りました。その反応というのは確かに気になります。
気にならないと云ったら嘘でしょう。

一番嬉しいのは自分が正に考えていることを理解し、それを的確に褒めて頂いたら最高ですね。
そういう人のことはいつまでも忘れられません。別に褒めて頂かなくとも大事なことを指摘してくれることも大変有難いと思うわけです。

ともあれ大して面白くもない本を一方的に送っていて感想を求めるというのもこれまた厚顔無恥なことに違いありません。

tana様には嬉しい感想を頂き感謝申し上げます。

投稿: macchanny | 2012年3月15日 (木) 19:05

★macchannyさま

木枯らしのような冷たい風が夜になってもまだビュービューと吹いています。でも日射しは春ですね。

知人で本を上梓された方は今まで私の周りには専門誌を除いて皆無でした。
松本さまが初めてで、執筆から出版まで大変なことだったのでしょうね。
私は紀行文が好きなので、ましてや行ったことがない国、決して行けない国ですから興味津々です。
macchannyさまに図らずも作家の想いをここに語っていただきありがとうございました。

投稿: tona | 2012年3月15日 (木) 19:47

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