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2012年3月 1日 (木)

「龍子の歩んだ四国遍路」展と[アトリエ・旧居]

Photo 日本画家・川端龍子は文化勲章を受賞された有名な方なのに、殆ど絵を知りません。図鑑を見たらたくさんの作品がありました。
そんな龍子の四国遍路八十八ヵ所を巡礼したときにその場面を描いた特別展が、大田区立龍子記念館(JR大森駅から20分)で開かれています。
龍子は65歳(昭和25年)から6年の歳月かけて、亡くなった妻子を弔うのが目的で四国遍路に出ました。同行者は龍子が所属する俳句「ホトトギス」の同人・深川正一郎氏と龍子の娘・紀美子との3人。
すべて愛媛県の村上三島記念館から貸し出された作品で、1枚1枚の絵の下に簡単な紀行文と詠んだ俳句も記されていて丁寧に読んでいくと面白いですが、かなり時間がかかりました。
ちらしは石手寺ですが、88か所の絵はとても見応えがあって、期待していたより素晴らしく楽しめました。

この大田区立龍子記念館、そして道を挟んだ龍子公園内の屋敷やアトリエは、画家にならなかったら建築家になったと言われる龍子の設計です。
龍という名から記念館は空から見ると龍の形をしています。西園寺公望と同じく竹を愛したようで家や垣根などたくさんの竹を使用しています。
絵には湿気が悪いということで記念館は高床式です。

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11時と午後2時に向かいの屋敷とアトリエに案内があるということで11時のに参加して見せてもらいました。
エントランスも玄関もその他いろいろな箇所に竹が使われ、また欅などいろいろな材質にこだわっている様が見て取れます。玄関の梅が満開でいい香り。

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          ↓普通の竹を用いるとこのように虫食いが現れます

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↓しかしよく良く乾燥したのは虫食いが何年経っても出来ず、家の方にはこれが用いられています。

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↓庭には伊豆からトラック40台で運んだ石が配置されている。以前は欅がたくさん敷地にあって、この辺一帯の欅の枝が、昔はすぐ近くにあった大森海岸の海苔の養殖に使われたそうだ。

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↓昨年の地震で13に重なっていた灯籠の上部が倒れ、修復には云百万円かかるそうで見込みがないとのこと。

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               ↓アトリエは旧居に隣接し、60畳もある。

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          ↓庭の樹木には蜂の巣がいくつもあったそうで飾れていた

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↓座敷(仏間)仏像の維持は難しくて東京国立博物館に委託されたとのこと。
全作品そろった北斎の富嶽36景も、数年に1度陳列すると行列が出来て狭い住宅街に迷惑がかかるそうで、本当はこれも東博にと大田区は考えているそうだ。

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                     ↓欅の1枚板の天井

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                    ↓竹の天井と出窓

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コメント

川端龍子の池に紅葉がびっしりと浮く
中を水鳥が弧を描く絵が記念切手になり、
その切手を持っていたこともあり、当時
大田区にいたこともあり、記念館に友人と
出かけたことがあります。
都バスで行きました。
ところがアトリエは公開されていませんでした。
ここで詳しく拝見できてよかったです。
確かに閑静な住宅街ですから、人が並ぶと
顰蹙をかう恐れはありますね。
十三重塔が倒壊したままとは残念なことです。

投稿: matsubara | 2012年3月 2日 (金) 08:27

★matsubaraさま

わー、記念切手があったのですか!
その池は空襲で爆弾が落ちて、その窪みを池にしたそうですね。水鳥はいませんでした。
大田区に住んでいらしたのですね。
私は田園調布あたりしか降りたことがなくて、大森駅は初めてです。
昔海が迫っていたとはとても想像出来ません。
つくづく思いましたが、芸術品を保管し維持して行くのは大変なのですね。
matsubaraさまも長屋門の維持がいかに大変かを今回知った次第です。ありがとうございました。

投稿: tona | 2012年3月 2日 (金) 09:13

四国お遍路、若いころは行ってみたいと思い、その気になればすぐにでも出かけられると思ったけれど、いまだに行かないし行けそうもないです。
発心ということが大事なんですね。

投稿: 佐平次 | 2012年3月 2日 (金) 09:47

おはようございます。
tonaさんは本当に色々な人や事をご存知だと、いつもながら感心します。
返せば私があまりに知らなさ過ぎるのですけれど…
今回も川端龍子さんという画家、記憶の片隅にすら引っかかっていませんでした。

この方の絵のことなどはさっぱりでしたが、様々な竹の使われ方はとても興味深く拝見しました。
日本の生活の中で、竹はもっともっと上手に利用されるようになると
いいのになと、ずっと思っているのですが。
これもまた担い手不足なのですね

投稿: ポージィ | 2012年3月 2日 (金) 09:57

★佐平次さま

この絵を見たら何だか私も四国お遍路に行きたくなりました。
かなり前ですが、友人に1人で廻った人がいるのですよ。
仰るようにただ行くのではなくて、発心ですね。そういうことがあったら出かけられるかも知れませんね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2012年3月 2日 (金) 19:20

★ポージィさま

こんばんは。また雨で寒いです。ひと雨ごとに春に向かっているのでしょうが。

いえいえ、ボーとしていてはっきりと頭に入っていないのです。やっとこんな暇を頂いたのですから、少しは確認していかなければならないです。
昔のことは少し覚えていても、最近の事はさっぱりわからなくて、いつも恥ずかしい思いばかりしています。
どうぞよろしく教えてくださいね。

昔の方は竹を垣根などを使っただけでなく、家屋のあちこちに使っているのですね。川端龍子の家は竹だらけでした。今は確かに扱う人がいないのですね。
我が家では竹製品はお盆やザルだけです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2012年3月 2日 (金) 19:36

こんにちわ。
四国遍路の旅良いですね。
川端龍子が65歳から6年かけて亡くなった妻子を弔うために周ったということに、大変な想いがあったものと感じています。
素晴らしい絵と俳句を是非見てみたいものです。
私は西国33カ所を終わり、現在四国は36番まで行きました。

ところで1年前に大阪市美術館で400年前の西国巡礼の様子が3メートル四方の掛け軸に展示されていましたが、それはそれは1人の巡礼に4~5人の人が帯同して(中には弓を持った兵士)まわっていて昔からの遍路の様子を知ることが出来ました。大変な想いでまわっていたのですね。今も昔も続く巡礼です。

般若心経を唱えながら、いつかその内残された寺を時間を掛けて巡るつもりです。
運慶作の不動明王の作品を沢山所蔵している寺があったのを覚えています。

8か所はまわっていて心休まる気がしました。時間を見つけてまた巡りたいものです。
ブログを拝見して楽しみが増えてきたような気がします。。

投稿: macchanny | 2012年3月 3日 (土) 13:18

★macchannyさま、こんにちは。

まあ!西国33ヵ所が終わったのですか。
確か奈良の山の辺の道に花の寺とかいうところがその1つではなかったかと思い出しました。間違っているかもしれません。数年前なので忘れています。
四国も36番までとは驚きです。
macchannyさまにはいろいろ驚かされどおしです。何一つ足元にも及ばなくてわが身を恥じている所です。

昔は巡礼は今よりずっと大変でしたでしょうね。最初は自炊しながらだったのではありませんか。
不動明王のお寺も川端龍子さんが書いていたかもしれません。
いつか88ヵ所までどうぞ達成されますように。またその様子を読ませていただきたいものです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2012年3月 3日 (土) 16:59

名前を聞いたことがある、という程度の知識しかありませんでした。
ネットで検索していろいろ情報は得ましたが
tonaさんの写真入りの解説の方がよほど分かりやすいです。
大田区に龍子記念館があるということなので、一度行って
みたいと思います。
いろいろ勉強になりました。

投稿: 茂彦 | 2012年3月 4日 (日) 20:04

★茂彦さま

こんな写真でも、少しは龍子公園や記念館の様子がわかりましたでしょうか。
ありがとうございます!
東京にも随分たくさんの美術館、博物館がありますね。そして次々とできる名所、今年はスカイツリーやゲートブリッジなどが話題にのぼっています。
そんな中、こうした地味な記念館などがあるのですね。建物は説明を聞いたのでよくわかりました。
川端龍子の絵はなかなかお目にかかれませんね。

投稿: tona | 2012年3月 4日 (日) 21:43

先日トーハクに行ったら、ちょうどこちらの記事中にある仏像が、彫刻室のメイン展示になっていましたよ。
 なかなかよい仏像でした。お寺の絵もすばらしいし、仏教美術に造詣が深かったようですね。
 その上、設計までしているとは驚きです。
 博物館で川端龍子氏の名前はみたものの、ほとんど知らなかったのでとても参考になりました。

投稿: Nora | 2012年3月 6日 (火) 16:58

★Noraさま

まあ!彫刻室のメイン展示とは、驚きました。教えていただきありがとうございました。
仏像も保管が大変で一記念館が維持するのは大変という話は想像つかないことでした。
写真の部屋の壁側には4体の仏像を置くスペースを設計時に組み込んだようです。
記念館の形が何だか面白いなあと思ったら、名前にちなんだ龍の形だったのですね。
自宅の方もなかなかの設計だと思います。木を上手に使いこなして、栃木の家を思い出しました。
川端龍子の絵は全然知らなかったです。名前だけで絵が思い出せない画家の1人でした。


投稿: tona | 2012年3月 6日 (火) 19:38

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