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2012年4月10日 (火)

國井修著『国家救急医』

Photo 昨年3月11日の震災にアフリカから飛んで帰った筆者は特異な支援をして再びソマリア支援に旅立って行った。
破綻国家や災害国家の医師として20年以上、世界100カ国以上を駆け巡っている。
関わった私たちの記憶にも残る主な国は、カンボジア難民、バングラデシュ、スマトラ沖地震、インドネシアの煙、アフガニスタン、パレスチナ、イラク、ペルー日本大使館公邸人質事件、ザンビア、モザンビーク、ガボンのエボラ熱、エチオピア、ルワンダ、シエラレオネ、ナイジェリア、コンゴ、ミャンマー、そして現在世界最悪の破綻国家ソマリアで奮闘している。

著者が何故医師になったか、その理由を読むと感動を覚える。
そして「私はIQが低かった」という告白にも驚く。知能テストでクラスの平均以下だったのだそうだ。「才能がないなら努力するしかない」と人生早いうちに自覚した。
好奇心や負けん気は人一倍旺盛だったそうだ。
”人は夢を見続けると、しかも、それが使命感にまで達すると、その人の本来の能力や精神力以上のものが湧き起こってくる”と著者は言う。

自治医科大学は医療に恵まれないへき地等における医療の確保向上及び地域住民の福祉の増進を図る目的で、全国の都道府県が共同して栃木県に設立した大学なので、学費は出世払いでよい、あるいは9年間僻地で勤務すると学費返済全額免除だ。
その自治医科大学に入学した著者は、僻地勤務をして海外医療のばねにしたようだ。
学生時代はインドでマザー・テレサに教えを乞い、1年休学してインドに留学して伝統医学を学ぶ。ハーバード大学では公衆衛生学修士を、東大で医学博士をと、もの凄い勉強家である。

アフリカに見るような破綻国家の人々を救うことは、焼け石に水で絶望的で意味があるのかと常々思っていたが、やることによってほのかな希望が見えたという報告がなされている国もあって、国井氏の果たしている大きな仕事に畏敬の念を覚えた。

その難民支援に国連難民高等弁務官としてかつて奔走していた緒方貞子氏の講演『激動の世界における日本の転換点』を聞く機会がありました。
氏はその後2003年より独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長を務め、この3月で退職された。3月の最後の仕事はエジプト出張だった。
緒方氏の若者へのエールとして、両親の離れて欲しくないという想いは強いでしょうが、、
”若いうちは世界を知って、勉強して、人のために大きくいろいろな分野で働いていくことだ”と強調された。このことこそ、國井修氏が本の中で述べていたことでもありました。

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コメント

お早うございます。興味深いお話ですね。
子供の将来のことについてはまず親が自立していることですね。

それに子供を突き放し親の真剣な姿が伝わった時に子供は自立するんですね。その後は親の背中を見ながら生きていく。それが子供・孫の代まで続く・・

お医者さんの豊富な経験から追及するイメージがあるのでしょうね。それに使命感が重なって、それに他人ができないことをやっているという誇りもあるのでしょう。
IQは良くなくても集中すればというのが良い話です。

緒方さんの生き方は他の女性がやらなかったことを自分がやっているという遣り甲斐とそれを完結しょうという使命感でしょうか。体が言うことを聞く限りは・・・

豊富な体験があって強い哲学が生まれるのでしょうか。
考えさせられる良いお話でした。
tona様の強い意志には驚く限りです。

ブログで新しいことを発信される。人と話されても楽しいですね。
その学ぶ姿勢は若々しくいつまでも年齢は感じさせないですね。
有難うございました。

投稿: macchanny | 2012年4月11日 (水) 09:34

國井修氏、緒方貞子氏、どちらも視野も広く行動力も備えていらっしゃいますね。
IQが低いから諦める、ではなく才能がないなら努力するしかないと
前向きに考えそれを実行していく強さも、ずっと活動を続けている
ことも素晴らしいです。
中学のときの担任の教師に、君は親にもらった能力(IQ)を生かしていない
と何度となく言われたことを、恥ずかしく思い出しました。
私は根っからの怠けものであり、臆病者でもあるのだと思います。
冒険心がないとも言えるかな。
親には夢(就きたい仕事など)を語っても大変だから無理と即行却下
され囲いこまれもしましたが、自分もまた囲いから出ようともしなかった、
つまりはお互い様だったのだと思います。
これからの残りの人生、もう少し違う生き方をしていきたいという気持ちは
何年来あるのですが、ただ座して天から降りてくるのを待っているだけでは
何も始まらないですね。
お二方のような活動は無理ですが、せめて自分の小さな世界の中でだけでも…
そんな気持ちにさせていただけるお話でした。

投稿: ポージィ | 2012年4月11日 (水) 10:20

「好奇心と負けん気」
これらは、使いようによっては人に迷惑をかけたり、争いにもなる。

国内の山間僻地の医療に携わるのも嫌う者の多い世の中で、いくら学費返済免除とはいえ、そんな単純な目的で、世界の僻地、不安な国の医療に携われるものではない。
確たる意思と目的、忍耐があるからこそ出来る業である。誰もが真似出来ることではない。

「才能がなければ努力する」
当たり前だといえばそれきりだが、ネガティブに考えればそれきり。
これも簡単に出来ることではない。

”人は夢を見続けると、しかも、それが使命感にまで達すると、その人の本来の能力や精神力以上のものが湧き起こってくる”と著者は言う。
長い間の経験がなければ言える言葉ではないと思います。

「夢を追うこと」はいいこと。
形にならなければ単なる夢に終わる。

緒方貞子氏。今でも思い出されるのは
拉致被害者の曽我ひとみさんの夫、チャールス・ジェンキンスさんの帰国劇だ。
とても穏やかな顔でも、強い意思の持ち主だと感じた。

投稿: 夢閑人 | 2012年4月11日 (水) 12:04

★macchannyさま

國井さんのお母さんは看護師さんだったそうで、夜勤もあってめったに顔を見なかったそうです。寝しなに病院の話をしてくれた、その話が医者になる動機の一つだったとか。お母さんの働く姿が、この方の現在を作ったとでも言えるかもしれません。
又國井さんは小さい頃から看護も上手でした。

お医者さんってIQがかなりないと学校にも入れませんよね。いかに努力をされたかは、本の中にも書いてあります。
若者も是非彼に続いて欲しいなあと思ったことです。

緒方さんは82歳でしょうか。それなのに世界を飛び回り、背筋も真っすぐでとてもお元気そうでした。仕事をずっと続けてこられ、ここでおやめになってもまだまだ活躍されるような気もします。
使命感がまだまだ衰えないような感じですね。
急に何もなさらないとサッチャーさんのようになりそうです。
このお医者さんには本当に感動しました。
こちらこそ有り難うございました。

投稿: tona | 2012年4月11日 (水) 16:07

★ポージィさま

中学生の時、担任にIQが平均以下と教えられ、それを教えてくれた先生に感謝しているのです。
早く気付かせてくれたから努力することが必要と肝に銘じたのですね。
1人で夏休み中、東京のホテルに泊まって夏期講習に出、体罰など厳しい冬期講習に関西までも出向いてお正月もなしという、凄い勉強ぶりです。
ポージィさんはせっかくのIQを生かさなかったそうで、それは今思うと残念なことでしたでしょう。もしかして詩人や作家になられていたのでは。
私も怠惰、臆病と同じです。ですから無芸大食を地で行くという、とんでもない役立たずで反省しきりです。
>座して天から降りてくるのを待っているだけでは何も始まらない
全くその通りですね。
気持ちだけでも前向きに生きたいです。
有り難うございました。

投稿: tona | 2012年4月11日 (水) 16:22

★夢閑人さま

好奇心と負けん気は使い方次第なのですね。
私は小さい頃からずっと両方ともなかったです。その延長で生きてきました。
ですから今ごろこのような方の事を知ると残念です。
でもあと少しの人生にカツを入れていただけました。

本当に意志の強い方です。その使命感たるや尋常ではありません。どこから湧いてくるのでしょう。不思議に思ってしまう方です。
才能がないと努力するのもまた大変ですよね。
その並はずれた努力にも頭が下がります。
危険な地域ばかりで良く命を落とさなかったと驚くばかりです。
医者として子どもの命を救うことに命をかけてきた半生ですね。

緒方さんもずっと使命感に溢れて仕事を続けられ、偉大な方ですね。世界に誇る方だと感じました。
有り難うございました。

投稿: tona | 2012年4月11日 (水) 16:35

国連も見放したソマリアを支援されるとは
すばらしい方ですね。
緒方さんはあらゆる人に影響を与えておられ
ますね。
岐阜県知事も職場先輩として仲良くつきあって
おられます。
かなり前に読んだものですが、まだクリントン夫人が
国務長官のにもなっていないころ、
国連演説をしたのですが、
聞く人はまばらで、緒方さんの部屋は超満員だったそうです。
日本人として大変誇りが持てたそうです。

投稿: matsubara | 2012年4月12日 (木) 09:57

★matsubaraさま、こんにちは。

今日は今年最高の気温で窓を開けていて、爽やかな風を満喫しております。

國井さんは当然ながら緒方さんと接触があるでしょうね。
緒方さんの逸話初めてお聞きしますが、何て素晴らしいことでしょう。
とても80歳を超えていらっしゃるように見えませんでしたよ。
そうですか。岐阜県知事さんとも懇意でいらっしゃるのですね。
後に続く方がいらっしゃるのでしょうか。
今も後進の指導に当たっていらっしゃるのでしょう。

投稿: tona | 2012年4月12日 (木) 14:14

私は好奇心はありますが
負けん気も才能もなく、かつ努力する姿勢もありません。
三食昼寝つきの主婦業が気に入って
その上であぐらを書いております。

しかし國井氏、中学生の時IQが平均以下だったとは…
高校時代の同級生に自治医科大に入った人がいましたが
大変な秀才でした。
IQを懐疑的に見る説があることも知ってますしそれがすべてとは思っておりませんが
しかし、そんなこともあるのですね。

投稿: zooey | 2012年4月14日 (土) 12:52

★zooeyさま

なるほど好奇心、負けん気、才能、努力が全部揃っていたら大きな仕事も成せますね。
わーぉ、自治医科大学に入学された同級生がおられたのですか。國井氏とそんなに学年が違わないと思います。立派なお医者さんになられているでしょうね。
この氏のIQ問題には心底驚きました。
私は全部持ち合わせていないので、せめて努力したいですが、もうこの年齢では思ったほどというか、全然努力って出来ないですね。
ちょっとむなしくなってしまいます。多分しっかりした目的がないでせいです。
林住期でありながら、まるで遊行期(75歳以上)のように生きています。

投稿: tona | 2012年4月14日 (土) 16:42

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