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2012年6月12日 (火)

『幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷』

Photo松浦武四郎は幕末から明治にかけて全国各地(九州から択捉島、樺太まで)を探検し、「北海道」の名付け親としても有名。
晩年は神田に住み、わずか1畳の書斎を、全国各地から取り寄せた古材を使って8年かけて造った。

この本には北海道の地図は「ケバ描法」で、緑色のケバで山の高さを示し、アイヌ語の地名をこまかく書き込んだものが掲載されている。
その他、自筆の文と絵の旅行メモ「野帳」、「蝦夷土産 道中双六」が差し挟まれている。
各地の動物の絵、趣味の篆刻、知人たちに絵や文章を書いてもらった渋団扇のコレクション(シーボルト、勝海舟、モース、市川團十郎などの名前がある)、古物収集品、そして一畳敷の写真がたっぷりと載っている。
150cmの小柄でありながら、北から南まで殆ど交通事情の違う時代に鉄の足と称された健脚に恵まれての旅は、その地の生活の中まで入っていったもので、言葉や博物学的な関心も強く、絵が挿入された日誌は大変興味深い。
晩年は一畳の書斎で過ごし、ある時はそこで寝ていたという、好奇心が強く面白い人で大変魅力的な人物です。

鴨長明の方丈の庵は3m四方。下賀茂神社内の河合神社の神官の子として生まれた鴨長明の庵が神社内にありました。長明はこの狭い空間で生活したわけですが、武四郎はこの一畳の書斎で日がな一日過ごし、時には人を招き入れ、夏には蚊帳を吊って、寝起きしたという。床の間と15cmの畳寄せにより、狭さを感じさせない。
昔から面白い、風流な人がいたものです。

新宿遊歩道公園 新宿歌舞伎町の裏手に200mくらいあるでしょうか、こんな緑道がありました。樹木が続いているだけで、そばの喧騒が嘘のように静かです。恐るべき緑の威力です。
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コメント

一畳って…
あの一畳ですよねえ。
いかに150㎝と小柄でも
畳一枚では…
世の中、色々な人がいますねえ。
子どもの頃読んだトルストイ民話集の「人にはどれほどの土地がいるか」を思い出しました。
日が昇ってから沈むまでに歩いただけの土地が自分のものになる、但し日没までに出発点に戻らなければならないという取り決めで
欲張った男が休み間もなく歩き廻って
最後に必死に走って戻ってきた直後、
死んでしまうという話です。
結局、その男の棺桶の分の土地しか得られなかったという、
悲しい寓話でした。

投稿: zooey | 2012年6月12日 (火) 23:26

★zooeyさま

一畳で日がな一日というのには本当に驚きました。
ロシアというと「イワンの馬鹿」しか思い出せません。
このお話読んだことがあるような気がしますが、全く頭にありません。zooeyさまは記憶力がとてもいいですね。
教訓が身にしみますね。そんな虻蜂取らずみたいなことを知らずにやってきたような気がします。
それにしても7割も山のこの小さな国土の日本に、数十坪の土地を我がものにして住んでいるのが有難いというか不思議な感じです。

投稿: tona | 2012年6月13日 (水) 08:31

おやまぁ 私とほとんど変わらない小柄な方。
その小柄な体に体力も気力も知力も好奇心も文や絵をかく力も備え、
自宅では一畳分の書斎をこよなく愛したのですね。
広い世界を歩き回っていたからこそ自宅ではこの空間が落ち着けたのかしら。
正真正銘一畳きっちり分で四方が壁に囲まれていたら息が詰まりそうですが、
畳の周りにぐるりと板敷きがあり床の間もある、さらに片側は外へ
片側は屋内の部屋へと開放的に繋がっている様子を見ると、
狭さも感じず、居心地が良い落ち着ける空間に思えますね。

緑や花が豊かな公園に隣接した家に住めたら、庭は要らないかも
と時々思います。でも、いざ本当にそういう環境になっても、
何かしら自分のものが欲しくなるんだろうなとも…(^^;)

投稿: ポージィ | 2012年6月13日 (水) 09:28

吉村昭の「間宮林蔵」だったかに松浦のことが出てきましたね。
小さいけれど大きな人間です^^。

投稿: 佐平次 | 2012年6月13日 (水) 13:12

本がお好きの様ですが
【東京国際ブックフェア】が、7月7~8日にビックサイトで開催されるのご存知ですか

沢山の出版社が出品し本を安く売っています
  ↓
http://www.bookfair.jp/
アクセスすれば、招待券を無料で送ってくれます

家族ずれも多く結構、楽しいですよ

投稿: OB神戸家 | 2012年6月13日 (水) 16:31

★ポージィさま

ポージィさんの仰る通りだと感じます。
一畳の間で一体何を考えていたのでしょうか。生涯のまとめもしていたのかと思われます。
畳寄せというのと床の間は素晴らしいアイディアですね。西洋の四角い部屋では生まれようがないというか、やはり畳に合った造りで日本の美だと思います。
片側が屋内の部屋というのも広さを感じさせる要因ですし、縁側や廊下もそういった広さを演出します。我が家も畳の部屋が2つありますが、全部洋間でなくて良かったと思っています。

私も面倒ですがどうしても小さくても庭が欲しいです。年を重ねるとちょっと大変なのですが、ターシャさんは90すぎまで大きな庭で頑張っていたので、まだそれより若いからと言い聞かせています。

投稿: tona | 2012年6月13日 (水) 16:54

★佐平次さま

私もそう思ったのですが、時代がちょっと合わないのです。
調べたら松田伝十郎(1769~1842)と言い方が間宮林蔵と同じに探検したようです。
松田は豪胆でありながら思慮深く、強靭な精神力と頑健な肉体を持っていたと吉村昭は書いています。探検家はみなそうだったのですね。

投稿: tona | 2012年6月13日 (水) 16:59

★OB神戸家さま

ブックフェアを教えていただきありがとうございます。
まだ行ったことがないので、是非覗いてみたく思います。

投稿: tona | 2012年6月13日 (水) 17:02

松浦武四郎はお隣の三重県出身ですので
30年前から存じていました。
そのあたりに旅しますと、松浦武四郎出身地
という旗がひらめいています。

丁度今日放送大学の教科書を見ていますと
武四郎のことが書いてありました。
彼の著書には礼文島のアイヌ人のことも
書かれている
「近世蝦夷人物誌」というものもあります。

ついでにこの教科書には面白いことが
書かれてあり、
1848年に利尻島に米国人青年、ラナルド・マクドナルドが
上陸し、このことがきっかけでというより
ペリーが日本に上陸する前のステップである
ことが知られています。
日米関係はここからはじまることになりますね。

投稿: matsubara | 2012年6月13日 (水) 20:09

含畜のある話ですね。広いお家に住んでいてもきたなく片付いてなかったり、こんな一畳の部屋でも整頓され一杯詰まっている。心が安まる。
人間は貧乏を知っていないと本物ではないような気がします。
幸せとは何か?

書家の上山さんは哲学者でしょうか。農業で野菜を育てることが最高、ハンモックで寝ることが一番幸せと云っていました。選ばなければ仕事なんていくらでもあると。どこまでも明るく前向きです。
ブログを拝見しながらもう一度裸になって自分を見つめ直す機会になりました。

何をしても感謝の気持ちが湧いてくるような、ワクワクする様な日々を過ごしたい気がします。

投稿: macchanny | 2012年6月13日 (水) 20:30

★matsubaraさま

三重県の実家に、旅先で世話になった人が行った時に、お世話をするように度々お願いした事実を読んで面白かったです。あと路銀が足りなくなると篆刻の仕事をしたとか。
「近世蝦夷人物誌」は圧政に苦しむアイヌの人々の実情を記したそうで、お上に訴えてもだめで野に下ったそうですね。そのときの無念さから「馬角斎(ばかくさい)」という雅号を使ったそうです。
日米関係の始まりはペルーよりかなり前なんですね。教えていただきありがとうございます。

投稿: tona | 2012年6月13日 (水) 21:17

★macchannyさま

>何をしても感謝の気持ちが湧いてくるような、ワクワクする様な日々を過ごしたい気がします・・・何て素敵な言葉でしょう!
そう努力してこれからの毎日を送りたいですね。
上山さんの言葉も凄いですね。これからは野菜を育てることはとても重要になってくると思うのです。
ハンモックですがとても苦しそうに思えるのですが、経験した人によると良く寝られるそうです。思いがけないことでした。
>選ばなければいくらでも仕事はある・・これは今の若者に聞かせてあげたい言葉です。なんでも政府は仕事に就けないかすぐ辞めてしまう学生への道を開くように手だてをするとか、今日のニュースで言っていましたね。
上山さんの素晴らしい言葉も有り難うございました。

投稿: tona | 2012年6月13日 (水) 21:28

tonaさん、こんばんは。
 すっかり忘れていたのですが、数年前にICUで一畳敷きを観て、感動して記事に書いたのを思い出しました。
 文字通り一畳分の、たいへん簡素な部屋ながら、実は、法隆寺、伊勢神宮、熊野本宮などの日本中の由緒ある建物の古材が使われた、とんでもなく贅沢な部屋だと説明され、びっくりしたのを覚えています。
 世の中には、ほんとにいろいろな人がいるものですね。

投稿: Nora | 2012年6月16日 (土) 01:57

★Noraさま、おはようございます。

この一畳敷はICUにあるのですよね、そこで実際にご覧になったのですか。
もしかして記事を読んだのに、私は忘れているのですね。
何故作るのに8年もかかったかは、古材を日本中から集めたからなのでしょう。
凄い発想で私も驚いてしまいました。
今でこそいろいろな条件が揃っていますから、変わったことをなさる方がたくさん紹介されますが、幕末にこんな贅沢なことした人がいたとはびっくりです。

投稿: tona | 2012年6月16日 (土) 08:37

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