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2012年6月22日 (金)

対馬・壱岐・五島(福江島)めぐり(1)対馬

五島はともかく、壱岐・対馬が長崎県に属するとも知らず、また対馬は韓国へは約50㎞、九州本土には135㎞と韓国にかくも近いことも知らずに出かけました。
心配した台風には遭遇せず、2日目18日の対馬、壱岐が雨、3,4日目は晴れて無事帰ることが出来幸いでした。

17日福岡空港を経由して対馬空港に到着したのは午後4時半で、東京より日の暮れるのが45分も遅いので1箇所見学です。

和多都美神社 鳥居が5つ一直線に並んでそのうち2つは海中にある。満潮時には半分(2m)水に浸かるという。厳島神社のよう。
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)と豊玉姫命を祭る海宮で、古くから竜宮伝説が残されている。
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対馬は佐渡島、奄美大島に次ぐ3番目に大きな島だが、9割が山、耕地面積も宅地も1%であるため、漁業以外に産業もなく、若者も少なく、貧しくて生活が大変なのだそうだ。飛行場は山を削って滑走路を造り、国道はその下のトンネルを通っている。
若者がいないため、この日の面白いガイドさんも50代で最年少とのこと。人口は約34,000人。真珠、マグロ、アナゴの養殖が盛んで真珠は志摩に次ぐ。アナゴも全国的には長崎県が上位で、対馬産が9割を占めている。

1番大きな町の厳原には武家屋敷跡があって古びた石垣が続いている。
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上見坂展望台からの霊峰「白嶽」、神秘的な姿が古くから信仰の対象になっている。
そして山の向こうにリアス式海岸や浅茅湾が眼下に広がっているが雨もよいで霞んでいる

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2度にわたる蒙古襲来で対馬・壱岐は酸鼻を極める惨状を呈したと言われる、島西側の小茂田古戦場跡
1274年、900隻の軍船に分乗した元・高麗の大軍が侵攻した際には、守護代宗助国ら80数名は勇敢に応戦して全員戦死した。浜には記念碑が立ち、小茂田浜神社には偉霊がまつられている。
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椎根の石屋根 対馬でしか見られない珍しい建築物。島内で採掘される板状の鉄平石で屋根を葺いた、高床式の倉庫で50ほど残る。水田が見られたのはここだけ。

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お船江跡 対馬藩の御用船を係留した船だまりで、1663年の造成とされる。お船江を持つ藩は多いが、これほど見事に原型を留める例はまれで、近代史上貴重な遺構。
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万松院 対馬藩主宗家10万石の墓所。
百雁木と呼ばれる石段が続く
石段を登りきった所が墓所で花崗岩石塔群は日本3大墓地(毛利、加賀前田とともに)の1つ。
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歴史的には、神功皇后の三韓征伐、白村江の戦い後は日本国防の最前線となった。蒙古襲来、倭寇の暗躍、朝鮮王朝との戦争・交易、秀吉の朝鮮出兵、李氏朝鮮の外交窓口、日露戦争の海戦など、国防交易の最前線の島であり続けた。
観光で島を訪れ、風光明美な景色や美味しい魚介に舌鼓を打っている陰での、島の人たちの今もなお続く不便な厳しい生活を改めて知ったことでした。



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コメント

お元気でお帰りなさい。
対馬は私が近年もっとも行きたかったところです。

写真を見ながら対馬の様子が手に取るように伝わってきます。若者が島から出て行ってしまって淋しくなっているのですね。それでも大きい島ですね。

日本の出兵、国防の最前線だったのですか。
お船江蹟ですか。昔が偲ばれます。

山また山で住めるところは少ないのでしょう。
魚は沢山取れるのでしょうか。
それに周辺の漁業資源等は豊富なんでしょうね。資源があるのであれば開発すべきでしょう。ほおっておくのは問題です。

何とか人口減少を食いとめ、もっと観光客が増えることを期待しています。
何もないんでしょうが住んでみたい気もします。

投稿: macchanny | 2012年6月22日 (金) 10:15

★macchannyさま

大きな島で、まだまだたくさん見所がありまして、その中の1割にも満たない、島南部の見学でした。
山が多くて平地がないために水田だけでなく畑さえも自家用しかないと聞きました。
残るは漁業ですが、島内には市場はないに等しく、博多の方へ魚を持っていくそうです。200カイリ問題、資源枯渇問題などであまりふるわないそうで、養殖に力を入れているというようなことをガイドさんは言っていました。
島内では仕事が殆どなく学校を出ると島の外に出て、もう戻らないということですが、それでも人口は今は横ばいだそうです。
観光客は韓国の人が多いそうです。
神社とかに対馬は韓国のものだということが書かれたりしているそうです。領土問題に過激ですね。

投稿: tona | 2012年6月22日 (金) 13:23

ボストン美術博物館と北斎展、幕末の探検家
「松浦武四郎と一畳敷」、「浮世絵百景」、
「アンリ・ル・シダネル展」などまとめて拝見しました。
tonaさんの底知れぬ知識欲というか、エネルギーには
驚嘆するばかりです。
今回はまた「対馬」ですか?歴史に興味を持つ人に
とっては、たまらない魅力がある島でしょうね。
このあとの記事も楽しみにしています。

投稿: 茂彦 | 2012年6月22日 (金) 20:41

★茂彦さま、おはようございます。

対馬は地理的に歴史が目まぐるしいくらいに際立っている島なのですね。
いつも泥縄式でしかも間に合わなくて、帰ってきてからさっと目を通すということになってしまいます。
若い頃各県ごとの歴史書が図書館に揃っているのを見ましたが、1つの県(当時住んでいた福岡県)しか学べませんで、それも今では記憶にありません。
あと2島を楽しみにしていただきありがとうございます。写真だけ並べることになりますが、見ていただけたら嬉しいです。

投稿: tona | 2012年6月23日 (土) 08:29

お帰りなさい。
お天気も悪くなく無事帰宅されてよかったです。
台風も心配でしたが・・・
逗子にいる高校時代の友人が同じコースで
旅を終えたところでしたので、聞いたところによりますと、
ハングル文字だらけで韓国かと思ったという
話でしたが、この写真で見る限りそうでもなくて
日本古来の建造物が鎮座しているようで
安心しました。

多分行けないと思いますので貴重な報告の
つづきを楽しみにしています。

見る人により見る個所が全然違いますね。

8月のお話も楽しみにしています。
私は例によって近場を月末に予定しています。
月初めにもおつきあいで出かけます。
tonaさまに比較しますとチマチマしています。

投稿: matsubara | 2012年6月23日 (土) 09:30

★matsubaraさま

お蔭さまです。荷物は1日分余計に用意し、カードなども持って行きましたが、必要なくてほっとしました。
御友人が仰るように何処にもハングル文字が書いてありました。
観光客は韓国人が多いそうで、丁度港まで送ってきてからになったバスが続々と厳原に帰ってきました。
ハングル文字の悪戯書きには、対馬は韓国のものだというのがあるそうです。

船も全部ジェットフォイルですので揺れなくて移動が楽です。ただフェリーと違って少しの波でもすぐ出航が出来なるなるのが難点です。
人によって見る視点が違うことはまさにその通りですね。それでいいのですよね。
それにしても随分体力が衰えました。労わりつつ見聞です。

投稿: tona | 2012年6月23日 (土) 19:16

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