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2012年7月27日 (金)

鴨長明著『方丈記』と天変地異

鴨長明がものごころついてから40年余りの間(平安末期から鎌倉初期)に、住んでいた京の都は驚くような災害に見舞われている。その事がこの小冊子に記されている。
安元三年には大火が起こっている。狂いすさぶ風に都の3分の1が焼けてしまった。
治承四年には旋風、つまり竜巻が起こり、かなりの家がつぶれ、家の中の財宝まで大空に舞い上がり、屋根が吹き飛び、ほこりを煙のように吹き立て、何も見えずゴウゴウ鳴り響き、地獄にあるという業の風もこれほどではあるまいと思うほど。身体を痛めた者が多かったという。
次に養和の飢饉が二年も続き、その上流行病が加わった。賀茂の河原などには死骸がいっぱいで馬や車の通行する道すらない。幼子が死んだ母親の乳房に吸いついている。死者に仏縁を結ばせていた仁和寺の和尚が数えて見たら、四万二千三百あまりあったという。その前後に死んだ者も多く、京の外や辺鄙な土地など加えたら際限もなく、ましてや日本全国を調べたら大変な数であったろう。
そして大地震が同じ頃に起こった。山はくずれて河をうずめ、海はひっくり返って、陸地を浸してしまった。土が裂けて水が湧きだし、岩石が割れて谷にころがりこむ。・・・家がくずれる音はまるで雷鳴のよう。地面がひどく割れ裂ける。余震が暫く絶えず、20~30回揺れない日はなかった。だんだん間遠になったものの余震は三ヶ月も続いた。

昨年の大震災の時に、よもや生きている間に、実際に自分が津波や原発事故に遭わなかったとはいえ、こんな恐ろしいことが起きるとは思いもかけないことでした。
ここにきて、地球が壊れ始め、気象が暴れ始めて日本だけでも災害が立て続けに起こっています。
しかし長明の時代にも次々と災害に見舞われていたことを知りました。今のような国家の機能がなかった故、飢饉には対処するすべもなく、飢え死にするしかなかった。竜巻は現在でも防ぎようがない。

長明は災害から、人々が危険な都会の中で家を建てるといって、財産を使い、心を悩ますということはとりわけ、つまらないことと言っている。
神職としての出世の道を閉ざされたことや、演奏を許されない琵琶の曲を演奏したことなどで、出家し遁世して方丈(四畳半)を終の棲家にしたことで名作が生まれたわけだが、生活の糧はどうだったのか。
解説に寄れば、西行や吉田兼好同様に、荘園の収入など伝来の財産を所有し、生活に差し支えない以上の収入を持っていたのだそうだ。

              ↓霧の中の沼ッ原湿原(那須塩原市)Photo
Photo_2
                    

                    ヤマサギソウ(初めて)
                    ホソバノキソチドリだそうですPhoto_3

         クマイチゴと聞いたのですが葉が違うような
         コバノフユイチゴ(マルバフユイチゴ)だそうです
Photo_4 Photo_5

      ノハナショウブ               ノリウツギ
Photo_6 Photo_7

        オトギリソウ              ヤマアジサイ
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コメント

子どもの頃、「オズの魔法使い」が大好きで
カンサスはひどい竜巻が来るけど日本にはないからいいなあなんて思っていました。
それが最近、日本にもひどい竜巻が来てびっくりしましたが
そんな昔にもあったのですね。
以前、私のところで御紹介した地震発生の世界分布図、あれを見ると
日本というのは本当に、世界屈指の地震災害国です。
そんなところに住みついてよくこれだけ繁栄したものだと
つくづく思います。

投稿: zooey | 2012年7月28日 (土) 00:27

★zooeyさま

竜巻といえばアメリカ西部です。そうそう「オズの魔法使い」は何度か観ました。
昨年来関東地方でも起こるようになって、アメリカのようになったきたと思っていたところでした。
でも記録に残るような災害が昔からあったのですね。
特に最近はこれでもかとと次々に日本列島を襲っています。
昨年拝見させていただいた地震発生の分布図には肝をつぶしました。恐ろしい余震もびっくりでした。世界でもいろいろな意味でいい国と思いこんでいましたが、こんな落とし穴があったとは昨年初めて気がついたことでした。

投稿: tona | 2012年7月28日 (土) 08:47

最低限生活していけないと思想も深まらないのかもしれないですね^^。

投稿: 佐平次 | 2012年7月28日 (土) 10:09

★佐平次さま

本当にそうです。
それと長明は出家により浄土教の教えにも助けられて、その生活に徹することができたというのですね。

投稿: tona | 2012年7月28日 (土) 15:25

ノリウツギとオドリコソウだけ聞いたことが
ある植物でした。自然の中を歩くと色々な
植物に出会えますね。

鴨長明の時代はそんなに大変な災害が
多かったのですか。
その後の応仁の乱が余りにもひどかったため
忘れられてしまったのでしょうか。

祇園祭の発祥も京都に病気が蔓延したことに
よりますね。人口密集地にそういうことが
起こると被害が何倍にもなるからでしょうね。

天明の飢饉など比較的新しいものはまだ
耳に残りますが、古くなると忘れ去られて
しまいますね。

投稿: matsubara | 2012年7月29日 (日) 08:51

tonaさん、こんにちは(^-^) …今日もこちらは暑いです…東京は不順なようですね…
体調にはお気をつけくださいね…

古文書を読めるといろんな記録が残されていて…色々と知ることが出来ますね…
私は途中で辞めてしまって…(^^;
最近になって天災も古文書から過去の記録が語られるようになりましたね…

登山をされるから、私よりtonaさんの方がたくさんの植物に出会われていますね~♪
こうして拝見できるのはうれしいことですヽ('-'*)~♪ …有り難うございます…

投稿: orangepeko | 2012年7月29日 (日) 10:32

★matsubaraさま

標高千メートルや湿地帯でも植物が違ってきて面白いです。

そうですね。応仁の乱や天明の大飢饉などが有名でそちらに奪われていました。
賀茂の河原に累々と横たわる死骸とはこのことだったのかと思いました。

祇園祭の謂われは昨年の京都旅行で知ったところです。各家の軒先の飾りがそれを意味しているということでした。
日本の天災は今がひどいのではなくて、本に残るようになった時点でもうこんなにひどい状態であったということです。
人々の呻き声が聞こえてきそうな記述でした。

投稿: tona | 2012年7月29日 (日) 10:54

★orangepekoさま、こんにちは。

兎に角暑いです。熱中症で亡くなる方が出ていますが、そうならないように怠けに徹しています。

『枕草子』は訳に頼らずに読んだので難しかったですが、『方丈記』は訳のあるので読み比べましたが、これは大変分かりやすいです。
日本は古来、天変地異の多い国だったことを知りました。

高山植物に会える登山は、もう今年が最後かなあと思っています。2千メートル以上の山はツアーでは行けなくなりましたし、ご一緒する人も高齢になってしまったのです。
山によって、標高によって、あるいは湿地かどうかによって随分植生が違って、とても面白いです。コンデジでは良く撮れないで、しかも下手ですから見苦しい画像ですみません。こちらこそ有り難うございます。

投稿: tona | 2012年7月29日 (日) 11:04

今までに日本に「竜巻」はあまり聞いたことがないのに、近年は地球温暖化が原因で発生するようになったのかしらと思っていましたが・・・
昔から遭ったのですね~!

今回の3,11 の大津波だって「貞観地震」ですでに語られていましたものね。
古典を読めば分ることなのに、安全神話で突っ走り、安易にこの狭い国土に原発を54基も作ってしまった!世界第三位ですって!
歴史からもっと学ぶべきでしたね。

霧の中の沼ッ原湿原、風情がありますね。
私も夏の高山植物が咲いているうちに、どこかに行きたいです。

投稿: nao♪ | 2012年7月30日 (月) 10:48

★nao♪さま

私も日本で竜巻がこの頃頻繁に起こるのは、温暖化のせいだとばかり思い込んでいました。昔からあったのですね。
貞観地震の300年後に京都あたりに地震が起こっていたのです。
本当に歴史を振り返れば、原発をこんなに作ったのは間違いだったわけです。これから先も原発が事故ったら、もう日本は経済そのものも潰れてしまいます。

高山植物もあと1ヶ月ですね。大して登らなくても見られるところにお出かけになれればと、私もnao♪さんの1日も早い回復を祈っています。

投稿: tona | 2012年7月30日 (月) 16:06

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