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2012年10月20日 (土)

スロヴァキア周遊(2)

目黒川の桜が7本咲いたとテレビの天気予報で言っていました。先日の台風で葉が全部落ちて春と勘違いして咲いたとか。近所の桜は葉が何も散っていませんでした。目黒区は随分風がひどかったのですね。

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0001 欧州危機に頑張っているとはいえ、地方の失業率は10~30%と高く、特に若者に職が殆どない。海外に出稼ぎに行かざるを得ない。首都の失業率は4~5%で住みやすいそうだ。
都市部では公用語はスロヴァイア語だが、英語とドイツ語を小学校から習得するので国を出てもかなり有利のようです。

プラチスラバから東に走っていく平野の向こうに山が見える景色です。そんなに高くはないですが山脈がいくつかあります。
所々に電線はありますが、他の欧州同様看板なども殆どなくきれいな景色です。
天然ガスのパイプラインが1ヶ所見えました。しかし家々の煙突からは夕方になると煙が上がっていて薪を使っている家も多そうです。軒下には薪が積んである家がありました。

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               トウモロコシの枯れたのが目立ちますPhoto_3
どの町も郊外にさしかかると、共産党に支配されていた時代の箱型のアパート群が現れ、やがて中心部に入ると美しい旧市街の町並みとなります。Photo_4
                 ホテルの玄関のハロウインの飾り付けPhoto_5
[見学2日目] 1日目に首都から移動した、バンスカ・ビストリツァからコシツェまで移動

<バンスカー・ビストリツァ> 中部スロヴァキアの中心都市。
14から16世紀にかけて、銅の生産が最盛期で欧州各地に輸出していた鉱山の町で、当時の富を背景に整備された旧市街には装飾された家が並んでいます。

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またスロヴァキア民族蜂起(SNP)はこの地から興った。第2次世界大戦末期、ナチス・ドイツの支配からスロヴァキアを解放しようと立ちあがった反ファシスト運動である。
スロヴァキア民族蜂起博物館にはソ連製の輸送機や戦車や装甲車など屋外にも展示されている。Photo_9
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<フロンセク> 
フロンセクの木造教会と鐘楼 世界遺産に登録された地図⑤のカルパチア山脈の木造教会群の1つ(a)Photo_12
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通りがかった家で、リンゴを収穫していたおじいさんから可愛いリンゴをいただきました。皮ごと食べたら甘い!帰って普通のリンゴと比べたらかなり小さい。スロヴァキアではこのリンゴがあちこちにあって、結構収穫しないで地にたくさん転がっている。もったいないけどそのような週間のようだ。Photo_13
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教会の近くには18世紀の館がありました。中央煙突にはコウノトリの巣が見えます。Photo_16

<ズヴォレン> 14世紀、トルコの来襲に備えて建造された城がズヴォレンの町にあります。実際にはトルコはここまで来なかった。Photo_17
<バンスカ・シュティアヴニツァ> 世界遺産に登録された町。地図①の位置が間違えています。近隣諸国同様に地名などが読みくく覚えにくい。
銀の産出で栄えたましたが、今では観光客が殆ど訪れない、塔の多い坂の町でした。
Photo_18 Photo_19 Photo_20 Photo_21

              男性が日本人が珍しいらしく歓迎の言葉を盛んに叫び続けましたPhoto_22
                                   通りの壁にはマリア・テレジアの顔がPhoto_23
[見学3日目] スロヴァキア第2の都市、コシツェ滞在。

<ヤソフスカ>
・ヤソ修道院 18世紀にドイツ人建築家によって建てられた複合的な大修道院Photo_24
            シルエットは現地ガイド山(左)と添乗員さん(男性) Photo_25
・ヤソフスカ洞窟 世界遺産の712あるカルスト洞窟群の1つ。ハンガリーにつながっていて、昨年見たハンガリーの洞窟にはコンサート会場が造られていたのを覚えています。地図⑥は実際はもっと南です。
鍾乳石や石筍、最後の1枚は「コウモリ」
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                 イチイやホップや実など多かったPhoto_30
Photo_31
Photo_32
<コシツェ>
町を散策し、中世博物館で牢獄や残酷な拷問や刑の様子などを見てから、スロヴァキア最大の聖アルジュベディ教会の塔に上り、町全体を眺めました。Photo_34
Photo_35
Photo_36
                         続く

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コメント

珍しい写真ばかりですね。
木造教会群については何かで読んだことがあります。
これはいつ頃建てられたのでしょう?
イスラムのモスクのようなタマネギが見えますが
その先に十字架があるのですね。
カトリックなのでしょうか?

投稿: zooey | 2012年10月21日 (日) 00:09

tona様

どれも塔の形が独特ですが、何か訳がありますか?

投稿: evergrn | 2012年10月21日 (日) 06:20

1995年に、チェコ、スロバキア、オーストリア、
ハンガリーと周りました。
この旅ではオーストリアとチェコの印象が
強く、スロバキアはどうしてもかすんでしまいます。
一つの国を丹念に回らないといけませんね。
ハンガリーは後に大使を東京から岐阜に迎え
また思い出深くなりました。
マジャール語は分かりませんので英語で・・・

写真も少なくて、こちらのページでかすかに
思い出すことが出来ました。

木造教会はこの国では見られなかったのですが゛北欧で
最古のものを見てきました。

植物も見るゆとりもなくてこちらで拝見できて
よかったです。
どこに国にも日本のような巨大なリンゴは
ありませんね。でも野生のようで珍しいです。

投稿: matsubara | 2012年10月21日 (日) 08:36

見どころが沢山ありますね。旧市街の町並みが美しいです。
牢獄、残酷な拷問やら刑の様子。人間とは残酷な生きものですね。
城、城壁、教会など、よく保存されているようで、
こういった光景が楽しめる旅行は本当に楽しいだろうなと想像しています。
ヤソフスカ洞窟というの、ハンガリーにつながっているということは、
洞窟を突き進んで行けば、ハンガリーに
入れるということなのでしょうか?

投稿: 茂彦 | 2012年10月21日 (日) 10:25

★zooeyさま

木造教会は16~18世紀にかけて建造されたそうです。
このフロンセクはプロテスタントだそうです。一見東方教会(正教)のようですよね。
今は特別の行事の時しか使われなくて鍵がかかっていました。

投稿: tona | 2012年10月21日 (日) 11:36

★evergrnさま

ローマカトリック、プロテスタント、正教、シナゴーグといろいろな宗教が混在するからだと思われます。
そのうちカトリックは69%だそうで3分の2を占めています。
それにしても教会の多い国でした。

投稿: tona | 2012年10月21日 (日) 11:39

★matsubaraさま

本当にこの国を一周するツアーは殆どありませんから、今まで首都だけしか映像でも目に出来ませんでした。
ハンガリー大使を迎えられた岐阜は、現在の知事さんあってのことでしょうね。
良いことで迎えられるに越したことはありません。
そうですね。木造教会は北欧、ルーマニアとポーランドにあります。私は北欧のはTVでしか見たことがありません。
リンゴはあちこちに見かけましたが、野生の感じです。拾って食べている人もいましたが、渋いのもあったそうです。
巨大は日本だけのものですか。しかも美味しくしてあるし。日本は贅沢なんですね。

投稿: tona | 2012年10月21日 (日) 11:48

★茂彦さま

残酷さは欧州でも昔からことの他際立っていたようです。南米を征服したコルテスでしたか、凄いですよね。
どうしてそんなことが出来るのか、普通のしかも恵まれた生活をしているとわかりません。
どこも他の国同様に、いろいろな建造物が保存されてます。これだけは日本は後れをとっているように思われます。この頃は随分頑張っているのですが、規模が違うようです。

ハンガリーとスロヴァキアの洞窟は繋がっているそうです。ですから両方からトンネルのように突き進めば、国を越えることが出来るわけです。鍾乳洞の色や形も似ているかもしれません。ハンガリーのはすっかり忘れてしまいました。有り難うございました。

投稿: tona | 2012年10月21日 (日) 11:58

記事を見ながらスロバキヤの素顔が見えてきたような気がします。
ここまでの内容は初めてです。
ソ連圏にあって閉ざされた感じでしたから。

資源で銅や銀が出た町はそれなりに発展したのですね。
国家運営、国の政治の在り方は国民の幸せに直結する大事なことと云う想いを強くしました。
今の日本の将来も気になるところです。

閉ざされた国家だけに国民は知らないままに国力は落ちていったのでしょう。

開かれた豊かな町だけでなくこういう形で紹介して頂き良かったですね。

投稿: macchanny | 2012年10月21日 (日) 13:50

★macchannyさま

チェコと同体でしたし、ポーランドそしてハンガリー同様にソ連の介入以前にナチスドイツにも苦しめられたのですね。
共産圏になった時は大変苦しい想いをしたようです。
資源も枯渇し、工業もかなり遅れ、その製品は全く輸出できないそうです。それでも堅実な生活をしてヨーロッパの仲間入りを果たし、立派だと思います。
ほんのちょっと垣間見ただけでものは言えませんが、親切なガイドさんに皆が質問して応えていただけたので実情を知ることができました。有り難うございました。

投稿: tona | 2012年10月21日 (日) 16:49

行ってみたいな遠い国!です。
イチイの実を懐かしくつまみました(八ヶ岳で)。

投稿: 佐平次 | 2012年10月22日 (月) 08:45

★佐平次さま

イチイの実は甘いですね。
北海道からもらったイチイを庭に植えていましたが、合わないでだめになりました。
緯度や高度の高い地域でないと上手く育ちませんね。

投稿: tona | 2012年10月22日 (月) 08:58

こんにちは。
お写真だけを拝見していると、穏やかでのどかに見えるスロヴァキアですが、
記事を読ませていただくと、やはり経てきた歴史は複雑で、
暗い時代も苦しい時代もあったのだと知れます。
この頃、漠然とですが、国の発展とは何だろうと思うことがあります。
先進国といわれてきた国々の、これまでどおりのやりかたは
限界が見えていると思うのですが、その先はどういう社会・世界になって
いくのでしょう。
堅実な暮らしをよく見直すことやこれまでと違うものを目指す
柔軟さが求められていくことになるのだろうなと、
今回はそんなことを思いながら拝見しました。

投稿: ポージィ | 2012年10月22日 (月) 10:12

西オーストラリアの大自然を楽しまれた9日後は、中欧のスロバキアですか・・・
tonaさんの素晴しい体力&気力&好奇心に感嘆しております。

プラハ~ウィーン~ブタペストの、所謂中欧三国には5年前に行きましたが、その際スロバキアの首都のプラチスラバへも行くコースもあり迷いました。
今までの海外旅行は一国をジックリ廻るのがが殆んどだったので、結局プラチスラバは入れませんでした。
でもスロバキアだけのコースは滅多にないのですね。

北海道の五分の三という広さと言うのも初めて知りました。
ハプスブルグ家やソ連に支配された歴史はブタペストやプラハに通じるものがありますが・・・
更にそのハンガリーやチェコに組み入れられた悲哀もあるのでしょうね。
オーストラリアにはなかった重い歴史と古い街並みが印象的です。

日本のリンゴのように手間隙かけた高級種は海外では見られませんね。
実を間引かないから一つ一つが小さいのだと、パースで聞きました。


投稿: nao♪ | 2012年10月22日 (月) 12:40

★ポージィさま

こんばんは。
歴史を読みましたがあまりに複雑ではっきり頭に入りませんでした。
今も多くの国民は質素な生活をしているように感じました。
ポージィさんはいろいろなことをきちんと考えていらっしゃいますね。
日本にしても来るところまで来てしまった感があります。頂点を極めれば下降が待っていて、政治の方も泥沼ですし、震災以来徐々に世界経済と相まって先が怖いようです。
根本から堅実な生活を目指して心を入れ替えていかなければならないですね。

投稿: tona | 2012年10月22日 (月) 19:37

★nao♪さま

今回は本当に無茶なことをしました。
それもこれも事情あって次のチャンスには無理とわかっていましたから、このチャンスにしがみつきました。
コースを設定してもなかなか人が集まらないのですね。
歴史は違っていても、雰囲気がかなり似ていて、チェコの周りの国々とごっちゃになってしまった私です。エジプトとかトルコとかオーストラリアなどはインパクトがあり異質なのでごちゃごちゃにはなりませんがね。

特にハンガリーの支配は嫌がったようです。そのハンガリーもハプスブルグに組み込まれてまた歴史が動いていったわけですが。

まあ、そうなんですか。間引かないから小さなリンゴなんですね。日本は異常ですね。求める消費者が悪いと言われて久しいですが、一向に規格に外れた野菜果物が出回りません。

投稿: tona | 2012年10月22日 (月) 19:49

いつも楽しみにしています。紹介された本で読んでいないものはすぐ図書館で予約し、読んでいます。旅行記も行ったことのあるところは思い出しながらまた行ったことのないところは想像を広げながら楽しんでいます。これからもよろしくね。

投稿: yamasemi | 2012年10月23日 (火) 10:12

★yamasemiさま

いつも読んでいただき、コメントも有り難うございました。
本まで共有していただき有難いです。
yamasemiさんも素晴らしい本に出会っているでしょう。そんなときは是非教えて下さいね。
元気な方は75歳を超えても80歳を超えてもなお旅行していますが、そろそろ限界が近づいてきたのが情けないです。
こちらこそよろしくお願いいたします。

投稿: tona | 2012年10月23日 (火) 11:31

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