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2012年11月 5日 (月)

海のない国の人の呟き

Photoカレル・チャッペック旅行記コレクション『チェコスロヴァキアめぐり』 旅行記4冊のうちの1冊。(他3冊は、北欧、スペイン、イギリス)
独特な、ユーモアのある文章で、しかもその洞察力はさすがと感心する旅行記です。自分で描いた挿絵にもユーモアがあって傑作。
日本人の書いた旅行記は読みますが、外国人の書いた旅行記はゲーテの『イタリア紀行』くらいか。同じ文明世界圏に住んでいる人が書いているので観方はかなり違うでしょう。しかし建物や風俗習慣は100年前も今も同じで昔という感じがしない。

この本の中で2箇所、そのように思い、感じるのかと思う箇所がありました。

☆スロヴァキアの洞窟の鍾乳洞をついこの間見て、きれいとか、面白い形とか、随分気の遠くなるような時間をかけて出来たのだなあと言う感想で見学していた私です。
でもチャペックは同じ洞窟を次のように見ているのです。
最初に入った人の事を思うのです。それは呪わしき冒険。カーバイドのランプを持って腹ばいになりながら、この濡れた黒い静まり返った洞窟に誘惑された人を。
人間はなんにでも向くように創造されているが、暗闇と地下に向くように作られていないという。
果てしなく気まぐれな自然がもたらした鍾乳石、石筍、地下湖、滝等々は驚きと賛美の叫びを発するが、それらをすべてを生んだ何千年もの闇を考えると恐ろしいと筆者は言う。又、洞窟にはまだ多くの黒い穴があり、その未知の恐怖で人を誘っているのだと。

☆海のない国に住んでいる人たちの思いを想像もしたことがありませんでした。
「わが国にも、少しでもいいから海があったら、どんなによいだろうと考える。海はあなた、それ自体、広き世界で、世界に通ずる道、世界のすべての国々に通ずる開かれた門なんですよ。それなのに、われわれ、われわれは、自分の仕事場に入っているちっぽけな職人のように、自分の国境線の中に閉じ込められているのだ」

大作家の美しい描写と感性は何処に行っても発揮され、心に残る4冊でした。

今年もセンリョウが垣根沿いに色づいてきました。センリョウは強く、しかも増えます。100本以上はあります。我が家のお正月用です。12月になるとヒヨドリに食べられてしまうのでビニールをかぶせます。Photo_2
                              キミノセンリョウ(黄実の千両)は1本のみPhoto_3
                                     数年ぶりに百両の実がなりましたPhoto_4

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コメント

岐阜は海のない県ですので、その国の
閉塞感は少し、分かるような気がします。
隣の愛知県に行き、海を見るとほっとしますから・・・
神戸では瀬戸内海を毎日見て暮らしました。
朝起きたらまず海を見るのです。

百両は大変珍しいですね。
見たことがありません。
黄色や橙の千両はたまにありますが・・・


投稿: matsubara | 2012年11月 6日 (火) 08:23

★matsubaraさま

おはようございます。
私は神奈川県の海辺にいましたので、山奥の人々のことを考えたことはありますが、海を見ないその心は推し量ったことがありませんでした。ましてや国ともなると欧州にも真中あたりにあってこんな思いもあったのだと目を開かれて。

百両は実の付いたのを買ってきて、それを蒔いたら発芽してある程度育つのですが、消えてしまうのです。生きのびたのが実を付けるのがなかなかなくて今回買ってきてから3度目位、繰り返して10年以上もたちます。来年春にまたこの実を蒔いてみます。

投稿: tona | 2012年11月 6日 (火) 08:50

tona様
海のそばで暮らしていると普段は何も自覚しませんが、以前に山と畑しか見えないところにいた時に感じた「窒息するような感じ」をおもいだしました。

投稿: evergrn | 2012年11月 6日 (火) 11:35

非常に興味のあるお話です。
海がないと云えば奈良県もそうです。それがために柿の葉寿司が生まれたと云われています。

昔の冒険家は命がけだったのでしょうね。まさに感動が伝わってきます。そういう時代と今の変化を見比べるのも興味深いですね。

海は無くとも取り立ての新鮮な魚は手に入るし便利の良い時代になりました。
便利すぎて感謝の気持ちが薄くなっているのかもしれません。

文明の進んだ現在の日本は何でも言えるけど政治もいい加減で思うようにいかない。満たされない感じがありますね。


投稿: macchanny | 2012年11月 6日 (火) 11:42

 ものを見て、如何に表現するかによって、感性による感覚的表現は人によって変わってくる。
 表現は視覚、聴覚、味覚、触覚 臭覚などによって人に伝えられる。
 自分の考えを的確に伝える方法。それは直接言葉で伝えるのが一番手っ取り早い。
沢山の人に伝えるには言葉を文字にして伝えるしかない。
 効果的に伝えるのには、背景的効果として、
絵、音(音楽など)を入れれば強調される。
しかし、これはまた個人の感性によって如何様にでも変わる。ああむづかしい。

 「センリョウ」うちのも、色づいてきました。
増えますね。根元から新芽が出てきて、広がっていきます。毎年剪定してます。
花らしい花は見えないうちに青い小さな実が現れます。

「マンリョウ」も一本からこぼれ種で増えてます。鳥が運ぶのでしょうね。あちこちに出てきてます。

 キミノセンリョウ、百両は見たことないです。

「ヒッツキムシ」の時期になりました。
リキはせっせと増殖に貢献してます。

投稿: 夢閑人 | 2012年11月 6日 (火) 14:47

★evergrnさま

窒息するような感じ・・・確かにです。
茅ヶ崎から北九州若松転勤で海の近くから若松では少し歩くと海が見える所へでしたから、随分海と親しみました。
今東京湾から離れた所ですので海が恋しくもなります。
一生海を見ないで過ごす人が世界にはたくさんいるでしょうね。

投稿: tona | 2012年11月 6日 (火) 16:10

★macchannyさま

柿の葉寿司が生まれたのが、海で獲れた鯖を海のない奈良県に運ぶために塩でしめ、防腐効果のある柿の葉で包んで作られたことによるものだそうで、1つ勉強になりました。
このお寿司は大好きでいつも京都や奈良から帰る時、京都駅で買って新幹線の中で食べます。そんなことで生れた柿の葉寿司をまた味わってみたいと思います。

海の冒険もなかなかですが地底への冒険もいまだに続いているのですね。

便利になった世の中、でも満たされない政治、本当にその通りです!

投稿: tona | 2012年11月 6日 (火) 16:21

★夢閑人さま

人によって感じ方が違うこと、その感じることもまた、視覚でとらえる人、嗅覚で捕える人など人様々なわけですね。
同じものを見ても千差万別、だから面白いです。でもそれが文章によって上手く表せる人はいいです。
先人の美しい含蓄のある文章に接するとはっと驚かされます、その1人がカレル・チャペックです。チャペックさんは挿絵が上手くて感心してしまいました。

センリョウは剪定した方がいいのですね。全然手入れしていませんでした。
そうです。センリョウの花はしっかり確かめられません。
マンリョウはあちこちに出て買ったものはありません。もったないけれども引き抜いています。

私も丘陵でヒッツキムシをズボンにたくさんつけてきました。リキちゃんが貢献!思わず笑ってしまいました。リキちゃんに「いつも可愛い姿をありがとう」とよろしくお伝えください。

投稿: tona | 2012年11月 6日 (火) 16:34

こんばんは
もう11月ですね
垣根のセンリョウきれいな赤になりましたね
お正月用ですか
百両の実も鮮やかですね

投稿: たなちゃん | 2012年11月 6日 (火) 21:27

tonaさんのように実際に行ったことのあるところの旅行記だと興味もひとしおでしょうね。
長野県が教育県と言われたのは海が無く周囲に高い山々があるから「山の彼方に幸い住むと」憧れて外に出ようと思ったからだという話をききました。
まあ、貧しかったからですね。

投稿: 佐平次 | 2012年11月 6日 (火) 22:09

★たなちゃんさま

毎年お正月は自前の花材です。松があるといいのですがね。
このセンリョウはどんどん増えて垣根になってしまうほどです。それにしては背が低いのですが。

投稿: tona | 2012年11月 7日 (水) 08:21

★佐平次さま

長野県は教育県として昔から有名ですね。
そして日本で一番山が多く峠も多くて傑出しています。
外に出ようと一所懸命勉強したということですね。
今は貧しくもなく、海より山へ憧れる人が増えて、賑やかな長野県です。

投稿: tona | 2012年11月 7日 (水) 08:27

カレル・チャペックは愛犬家でも知られていて
犬に関する童話のようなエッセイも書いています。
「お聞き、ダーシャ(仔犬の名前)」と話しかけるその文章は
とても優しいのです。
可愛いイラストもいっぱいで
大好きな本です。

投稿: zooey | 2012年11月 8日 (木) 08:35

★zooeyさま

おはようございます。
私は『園芸家の12ヶ月』が最初で『チャペックの犬と猫の話』は2007年にブログに書きました。
『ダーシェンカあるいは子犬の生活』ではダーシェンカの模写をして楽しみました。ブログの何処に出したかは整理が悪くて不明です。
というわけで私も大好きです。

投稿: tona | 2012年11月 8日 (木) 09:14

洞窟といえば以前まだ全然整備されていない洞窟を膨大な機材を持ちながら這って岩や穴をくぐり抜けながら探検していくのを見たことがあります。アルタミラ、ラスコーの洞窟ように人には郷愁を感じるものがあるのでしょうか?

海への憧れは少しこれは違うかもしれませんが、ロシア帝国が港を求めてトルコと戦争したり、極東まで勢力をのばしたのに通じるものがありますね。もっともロシアは海への憧れではなく現実てきな戦略と交易のためですが。やはり閉じ込められるような閉塞感が強かったのでしょうかね?

投稿: yamasemi | 2012年11月 8日 (木) 13:49

僭越ながら…
このページの右下の方に検索欄があるでしょう?
ここに「ダーシェンカ」と入れて
「このブログ内で検索」と入れたら出て来ましたよ。
これですね。
http://maplesyrup.tea-nifty.com/365/2007/11/post_0799.html

投稿: zooey | 2012年11月 8日 (木) 14:19

★yamasemiさま

東南アジアやメキシコなどの壮大な洞窟があるそうですね。
現在はいろいろな機材や便利なものがあって、それは凄い洞窟探検をしています。
しかし昔に探検した人たちは、少しはチャペック氏が想いを馳せたような感じだったのでしょうか。
逆に思う人もいるわけですから、単に個人的感想と思えばいいわけですが、人の感性は様々で面白いですね!

そうですか、海への憧れはロシアのようなのがあるんですね。
このような閉塞感は体験しないと分からないものです。いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2012年11月 8日 (木) 16:21

★zooeyさま

そうです!自分の原画は捨ててしまったので、懐かしく見ました。
まあ、こんな風にして検索できるのですね。
一回も使ったことがなくて・・・
有り難うございました。

投稿: tona | 2012年11月 8日 (木) 16:25

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