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2013年3月18日 (月)

新島襄・八重にちなんで賑わう安中宿

  中山道・安中宿は安中藩の安中城があった所。川の向こうには浅間山と妙義山が見えて景色が良い。
上杉配下の安中藩は武田に敗れ、武田が家康に破れて廃城になった。関ヶ原勝利後に佐和山に移った井伊直政の死後、家康は直政の二男を彦根城に、病弱の長男を安中藩主とし、井伊氏の別家として存続させたわけです。
その後藩主が交代するが、新島家は安中藩士だったので、新島襄は安中藩江戸屋敷で生まれ育ち、函館からアメリカに密航した。
10年後に日本に帰るが、その時は廃藩置県で江戸藩邸が解体され、安中に戻った引き揚げ藩士たち、新島襄の両親らは安中の家屋に移り住んでいたので、そこへ寄ったわけだ。たった3週間しかいなくて京都に同志社大学設立やらで行き、両親も京都に呼び寄せた。安中滞在中にはキリスト教の伝道に勤めた。
だから安中は新島家の両親の旧宅なのです。
昨日は日曜日だったのでこの旧宅は人で賑わっていました。TVの影響は凄い。

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安中藩は殖産産業として百万株の漆の苗木を植えたが、洪水や野火で失われて成功しなかったというその記念碑が家の裏手にあった。Photo_2
安中は日本マラソンの発祥の地 
安政の遠足(とおあし)の碑が城跡に立っている。遠足とはマラソンの事で安政2年(1855)に藩主の板倉勝明が、藩士の心身鍛錬のために始めたそうだ。ここから碓氷峠の熊野権現まで約29kmを走るのだが、今でも5月に実施されている。
記念碑の中央に穴があいていてゴールの碓氷峠を指している。Photo_3
熊野神社 安中城築城時の鬼門の守護神として建てられたが始まり。樹齢千年以上の欅が見もの、本殿の彫刻が秀逸だった。Photo_5
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         大泉寺には初代の病弱の井伊直勝の母と側室の墓があるPhoto_9
旧碓氷郡役所 明治11年(1878)では新島襄・八重展が開かれ資料とともにいろいろなことを知った。Photo_10
安中教会(新島襄記念会堂)大正8年(1919)に大谷石造の建物は外観がゴシック様式で、日本人が建てた最初の教会という。Photo_11
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                    旧安中藩郡奉行役宅Photo_13
龍昌寺 群馬名所百選108の鐘がある。このお寺は新島襄の函館行きに一役買った山田三川の墓がある。
108の鐘を撞くと御仏や祖先の声を聞くことができるということで、全部鳴らしてみました。Photo_14
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            便覧舎跡 日本最初の図書館の1つ。蔵造り。Photo_16
有田屋 図書館を建てた湯浅氏の有田屋は図書館の向かいにあって、八重さんが生涯に4回訪れた安中の宿泊したお宅。Photo_17
                 ほぼ満開の秋間梅林に寄りましたPhoto_18
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コメント

八重の桜でブームになっているのは、
福島、京都だけではないのですね。
タイムリーな記事で学ばせて頂きました。
安中には行ったことがありません。

梅林も満開でよかったですね。

前回の記事で黄色いミモザアカシアを
賛美することを忘れていました。
本当に素晴らしかったです。

投稿: matsubara | 2013年3月19日 (火) 12:55

こんにちは
 

私は「八重の桜」繋がりで初めて同志社大学の祖が新島襄で、
八重さんが同志社大の母と呼ばれると知りました。
安中藩もその繋がりで初めて知って… その安中藩の起こりと、
現在の群馬県にあたるということは、tonaさんの今日の記事で知りました。
歴史の新たなことを知ることができましたことに感謝です。
新島襄のご両親が暮らした家がまだ残っているのにも感動しました。
こういう企画のツアーがあって旅行されたのですか?
 

安中宿の近くに梅林もあるのですね。ちょうど見ごろの素適な梅を
お楽しみになれて良かったですね。足元にはお馴染みの野草たちも
花を一杯に咲かせていて、そんな共演も良い雰囲気です。

投稿: ポージィ | 2013年3月19日 (火) 15:19

★matsubaraさま

オリーブ園にはミモザの木がありまして丁度見事に咲いていました。
ありがとうございます。
八重さんは群馬県は殆ど配偶者というこ都でしか関係ないのですが、それでも地元では展示などとても力を入れていました。
京都では御所の近くの新島家の外側だけを見てきました。
会津は今年はいつもより人出が多いそうですね。私はまだ行ったことがないのです。

投稿: tona | 2013年3月19日 (火) 19:14

★ポージィさま

同好会がありまして、このような見物だけでなく必ずお花を1ヶ所まわるのです。勿論お花だけの時もあります。
昨年の始めから計画してあり、タイムリーでした。
大人の休日倶楽部に入っているのですが、毎月来る冊子にも特集していましたので、とても良くわかって勉強になりました。
新島襄って京都の人だとばかり思っていましたので安中というのが意外でした。

いろいろな梅林に出かけていますが、それぞれ全然違った雰囲気です。梅の種類も違うでしょうし、植え方も違います。
ここは結構広いのですが、最後に歩いた所はホトケノザとペンペングサがはえていて、遠くには山も見えていいところでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2013年3月19日 (火) 19:27

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