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2013年3月15日 (金)

小豆島と鳴門(2)

                              島の北側(岡山県寄り)にあるホテルからの景色Photo
Photo_2翌日10日は最初に「二十四の瞳」の岬の分教場と映画村を訪れました。
小豆島は牛の形に似ていると言われる。左側(西)が頭で、映画村などは後ろ足の上げた右足部分にある。フェリーが到着した島で一番賑やかな草壁本町の対岸に当たる。
大石先生が怪我をして子どもたちがお見舞いに泣きながら歩いた町の方までは随分あります。
田ノ浦に分教場がありました。部屋が3つしかない可愛い分校です。私が疎開していた時の分校に外も中もそっくり。(昭和46年廃校)Photo_3 
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映画は高峰秀子が2010年に亡くなった時にTVで再度観たばかりですが懐かしいPhoto_8
岬の分教場の600m先の岬のくびれた所に二十四の瞳映画村があります。敷地の両側は海で、再映画化された「二十四の瞳」のロケセットを保存公開している。民家や分教場そっくりの校舎、ボンネットバスや古井戸などの他ミニシアター松竹座や壷井栄文学館がある。
文学館には壷井栄の生原稿や愛用品もあり、また壷井栄の作品紹介で、映画化された作品の多さに驚きました。Photo_9
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オリーブ園にて
明治42年に3か所で植えられたオリーブはこの小豆島だけに根付いて、日本一のオリーブ産地となった。
                                                     その原木Photo_12
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午後は高松港に戻り、バスの中で屋島の戦いや何故香川県はうどん県になったのかとか、世界の水族館を変えたという日プラの会社を左に見て、やがて徳島鳴門に到着し、鳴門海峡のうずしお観測船に乗りました。
鳴門と淡路島の間の鳴門海峡は約1300mしかなく、月の引力による潮の干満によって瀬戸内海側と紀伊水道側とに潮位の差が生じ、それが早い潮流となり複雑な海底の地形ともあいまって渦潮が出来るという。
渦潮はまことに小さかったのですが、一応出来つつあるのが見られました。凄く揺れるのかと思っていたらあまり揺れなかったです。
                       大鳴門橋Photo_16
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夜ホテルで、1時間15分コースのイタリアンの後、阿波踊り見物と踊り方のレクチャーを受けました。思ったより簡単ですが、短時間で上手くはなれません。Photo_21
11日はホテル並びに展望台から鳴門海峡見物です
                 
                  橋の下の白波は潮位の差2
                    鳴門ワカメの養殖Photo_22
               淡路島には風力発電が設置されているPhoto_23
淡路島の昼食には、刺身のシャブシャブや鳴門ワカメ、明石蛸のちらしずし、イカナゴの釘煮など美味しかったです。Photo_24
最後は淡路島の「あわじ花さじき」へ。
兵庫県営の無料の施設。丘陵(標高298~235m)に花が植えられ、明石海峡、大阪湾が見える。 Photo_25
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4つの旅行社やいろいろなレベル(低い方)を試していますが、今回はプレミアムというのを選んでみました。ホテルと食事は最高ですが、午後3時にホテル到着とか、朝11時出発とかでまことにのんびりしていて、もうちょっと観光して欲しいなどとアンケートに書いてしまうほどでした。これはもうやめます。


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コメント

こんばんは
 

(2)もとても楽しく拝見しました。
分教場跡も映画村もじっと見入ってタイムトリップや物語世界へと
入り込んでしまいそうです。分教場跡はtonaさんにとっても
思い出の場所とそっくりとはタイムトリップのご気分だったでしょうね。
わ ボンネットバスもある。もしかして、方向指示器は手動で出す
のでしょうか。
 

オリーブの、こんなに大きな木は初めて見ました。小豆島だけに
根付いたとは、土壌や気候など条件があったのですね。
広々としたお花畑もあり、自然も豊かそうなところで、
行ってみたくなりました。
渦潮も、小型だったとはいえご覧になれて良かったですね(^^)

投稿: ポージィ | 2013年3月15日 (金) 20:35

★ポージィさま

早速にありがとうございます。
壷井栄が妹さんをモデルにして書いたと言われる「二十四の瞳」で、ご実家も地図の「坂手」という所で、近くですからおそらくこの分教場で教鞭をとっていたのでしょうね。
私は埼玉県の東松山市ですが当時の学校は皆似ていたみたいです。
ボンネットバスの古いこと!でも方向指示器気が付きませんでした。そうか、昔は手動というのがありましたよね。

地中海性気候に似た小豆島だったのですね。日本でここだけとは。オリーブ製品がたくさん売られていて、お菓子もいろいろ試食してしまいました。
瀬戸内海は海がとても澄んでいてきれいです。晴れると素晴らしい色です。
渦潮のメカニズムを知ることができて面白かったです。

投稿: tona | 2013年3月15日 (金) 21:07

どれも懐かしく拝見しました。
でも近くでしたのでグルメは味わっていません。
前回も書きましたが知人がロケのとき
エキストラになったことが一生の思い出の
ようでした。もう80歳位かと思います。

日本に3ヵ所植えられたオリーブは、もう一か所健在です。
加古川市のお寺にあります。
わざわざでかけ写真を撮って来ましたが
フィルムですのでどこかに紛失してしまいました。
寺庭に大木になっていました。

投稿: matsubara | 2013年3月16日 (土) 09:43

こんにちは。
楽しい旅をされたのですね。♪
小豆島を訪れたのは50年位前の、まだ結婚前のことでした。
大学の研究室に勤めているころで学生達の研修旅行についていっただけですが、まだそんなに変化のない時なのでそのまま保存はされていましたが、今のように当時を偲ぶための大がかりな保存ではなかったように思いました。
その時初めてオリーブの木も見たのでした。

こうして拝見すると当時はとっても時代が良かった様に思います。(^^)

先日、従姉も勤めていた当県の蓮と言うところの分校跡を訪れたのですが、そこは台風の中を分校に戻ろうとして亡くなられた先生の悲話もあり、さらされた先生と児童の石像が残されていました。

投稿: アザミの歌 | 2013年3月16日 (土) 10:57

★matsubaraさま ありがとうございます。

知人の方、80歳くらいとか、計算するとそうなるのですね。とてもヒットした作品ですから一層良い思い出になりますね。
実際にこのような環境で勉強されていたのでしょう。

3か所に植えられたオリーブのこと、加古川市のお寺に健在とは初めて伺うお話です。写真まで撮られていたのに残念ですね。
そうそう、オリーブ園には苗木がたくさん売られていました。
こちら東京にもあちこちで見かけます。
お土産もオリーブを使ったものが島には多かったです。

投稿: tona | 2013年3月16日 (土) 16:35

★アザミの歌さま  ありがとうございます。

随分昔にいらっしゃったのですね。
クラスメートがこの島の出身で50年前は東京に出てきていました。彼女にとってはとても良い所のようで、もう2年くらいで奈良に家があるのに帰るそうです。
たくさんのオリーブの木が青々と茂っていました。日本産のオリーブ油があるなんてこの度初めて見たわけです。

蓮という所を調べてみましたら、松阪市なのに奈良県との県境にあって、さすが分校がありそうな地域のようですね。
そのような悲話があったのですね。このお話は実話ですものね。
東日本大震災でも、施設の高齢者を救うために若い介護従事者が亡くなられたというお話などとも共通して心打たれます。

投稿: tona | 2013年3月16日 (土) 16:52

今の子と人種が違うのかと思うほど顔つきが違ってますね。
私もあんな顔してたんです^^。

投稿: 佐平次 | 2013年3月17日 (日) 09:32

坪井栄の小豆島を舞台にした物語で
もうひとつ、「母のない子と子のない母と」というものがあります。
私は子どもの頃、「二十四の瞳」よりも
こちらの方が好きでした。
それらの舞台の小豆島には
一度行ってみたいと思っています。

投稿: zooey | 2013年3月17日 (日) 14:17

★佐平次さま

ふふふ、私もそうですね。
おかっぱ頭で、色黒で、でも洋服を着ていました。
私たちより少し前は着ものだったのですね。

投稿: tona | 2013年3月17日 (日) 20:47

こんばんわ!
小豆島観光胸に迫るものがあったことでしょう。24の瞳は不朽の名作で私らが考えても今でも自分の事のように思えるから不思議です。
TONA様も同じような経験をされたのですね。本当に素晴らしいことです。
最近北のカナリアという吉永小百合が主人公の映画がありましたが感動的でした。
西国88所巡りでも鳴門海峡には通過しましたが魚の美味しいところですね。
我家でも小豆島に行ってみたいね、と話しているところです。

投稿: macchanny | 2013年3月17日 (日) 20:50

★zooeyさま

私も壷井栄の小説では「二十四の瞳」と「母のない子と子のない母と」しか記憶にないです。記念館にこの映画の事も展示されていました。
あんなに映画化されたということは、壷井作品は映画向きなのでしょうか。時代を反映したしみじみしたお話です。

投稿: tona | 2013年3月17日 (日) 20:51

★macchannyさま

泣き虫大石先生はとても素敵な先生ですね。
子どもの気持ちになって涙ぐむのですから。
今はこのようなお話はないと思われがちですが、実際には少しはあるのでしょうね。
「北のカナリア」も評判でしたね。何時か観なくては。
小豆島も鳴門もお魚が美味しいところです。東京ではなかなか食べられません。
淡路島の玉ねぎも日本一甘いそうで美味しかったです。
そちらからは小豆島がこちらよりだいぶ近いですね。学友が一ヶ月に一回は奈良生駒市から小豆島に帰っているそうです。

投稿: tona | 2013年3月17日 (日) 20:58

●来られてたんですね
ついチェックし忘れていて、tonaさんが来られていたのに気付きませんでした。
ご一報いただいてたら、高松港でテープを投げて盛大なお見送り…、
おっと、現在は「テープ投げは禁止」でした(笑)
お目にかかれてたら、'06年の晩秋以来のことになってましたね。

同じ県内にあるとはいえ、小豆島には10年に一度位しか行く機会がありません。
鳴門もいつも素通り(高速道で)で、「いつでも行ける」となるとなかなか足を向けず
「都民の東京タワー」と同じなのかも。
オリーブは私のブログでも書いた通り、「香川県の県木」になっていて、
庭木に植えておられるお宅も多数。
但し、その実は生で食べたりするとエライことになるそうですよ(笑)

エンジェルロードは知ってますが、行ったことはありません。
母の生まれた島にも干潮時に陸続きになる小島がありました。
母の実家からもよく見え、小学生のころの思い出の風景です。

投稿: 讃岐の団塊オヤジ | 2013年3月18日 (月) 02:19

★讃岐の団塊オヤジさま

お会いしたのは6年半も前でしたか。
今度も高松空港でして、帰りは徳島空港でした。どちらもきれいな空港でした。
前回は屋島を見ませんでした(修学旅行の時のことは覚えていませんでした)が、今回はバッチリと船から裏側?も見ることができました。テーブルマウンテンなんですね。
隠岐の島でしたか、テープ投げで別れを惜しんでいましたが、瀬戸内海は禁止ですね。別れを惜しむほど遠くではないからでしょうか。

オリーブは遂に県木になったそうで、うどんと並んで大したものです。小豆島はうどんでなくソーメンでこの季節でも何かの料理でいただきました。

お母様は瀬戸内の島が故郷なのですか。エンジェルロードが現れるところはここだけでなかったのですね。たくさんのカップルがハートの板に思いを書いていました。

投稿: tona | 2013年3月18日 (月) 08:34

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