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2013年4月29日 (月)

植物はすごい(2)

『春の数えかた』日高敏隆著 佐平次さんがご紹介された本です。著者は有名なコンラード・ローレンツの『ソロモンの指輪』の訳者です。
春って数えるものか?と疑問に思ってその項を読んでみる。
春の到来を知る・・ということのようだ。
くるくる変わる寒暖の波の中で、小鳥は一日のうちの昼の長さで季節を知り、虫のような変温動物は温度の積算で知る。
温度の積算とは発育限界温度以上の温度を毎日足し合わせていった有効積算温量の総額が一定値を越えた時、卵から孵ったり、サナギから蝶になったりする。そんな時春になったと虫は思うのだが、発育限界温度も有効積算温度も生き物の種によって違うので、春の来る日も虫によって違う。

この本に「ボディーガードを呼ぶ植物」の項があります。
植物につくダニにハダニがいる。これがつくと葉は縮れて枯れてしまう。そのような状況に立ち至った植物はボディーガードを呼び寄せ、それにハダニを退治してもらって危機を逃れるという。
そのダニこそチリカブリダニとよばれる肉食性のダニだ。この呼び寄せる植物がSOS信号を発するのだという。つまり弱った葉がある物質を作り出すのだが、その物質の匂いがチリカブリダニをひきつけるのだそうだ。と言っても実験によれば、単純にそうとは言い切れないもっと複雑なカラクリがあるらしい。
植物も医者の手を借りずに頑張っているのね。

ローレンツと言えばハイイロガンで「刷り込み」を発見した。昨日の「ダーウィンが来た!」ではイタリアでハイイロガンに渡りを特訓している様子を紹介していました。8羽の刷り込みしたハイイロガンを育て、飛ぶことから特訓、やがてモーターパラグライダーを運転して後ろにガンたちを一緒に飛ばせて数日かけて500km先の渡りの地に無事着陸させることに成功。
母親と思った人間の後を必死に追う雛たちの可愛いこと!、成鳥になってモーターパラグライダーの後について頑張って飛ぶ姿は感動的だ。渡りを忘れて絶滅していく鳥の保護に、ローレンツたちの研究をさらに拡大して成功させたわけだ。

昨年はだめだったモッコウバラが今年は元気がいい。半月前にこんな状態だったのが更に満開状態のまま今もまだ落ちないで咲いている。横に9m以上も広がって、一体幾つの花をつけているのか?Photo_2
                        真上からPhoto_3
                        裏側Photo_4
       庭のすみのシラユキゲシやホウチャクソウなどはそろそろ終わりPhoto_5
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      セリバヒエンソウがどこからかやってきて気が付いたら2株もあったPhoto_7
                       ミヤコワスレPhoto_8   

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2013年4月25日 (木)

神戸・瀬戸内クルーズ・九州(3)

<阿蘇>
阿蘇は二重式の火山で、外輪山は南北25km、東西18km、周囲128㎞もあり、中の広大な火口原には田畑もあって5万人が住んでいる。その中央に阿蘇五岳が横たわっている。
五岳の南側には高森町と南阿蘇村があり、北側は阿蘇市で共に鉄道が走っているのです。
入口の白河水源までは晴れていたのに、にわかに曇ってきて草千里に着く頃には強風が吹いてきました。夜は雷が轟きびっくりです。

                        外輪山Photo
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◆草千里 五岳の四峰が見える 
                     目の前に烏帽子岳Photo_3
                     振り返ると杵島岳Photo_4
東には高岳と手前の噴煙を上げる中岳。残り根子岳はその後ろで見えない。大観望からは五岳が涅槃像の姿に見えるという。Photo_5
             お客さんを静かにお行儀よくじっと待つ馬さんPhoto_6
◆内牧温泉 五岳の北側にある温泉郷に宿泊
夕ご飯の阿蘇の「あか牛の溶岩石焼き」や「高菜ご飯」「土筆の胡麻和え」などが美味しかったPhoto_7
      ホテルの庭は植物園になっていて、シャクナゲ園が最盛期であった。Photo_8
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<柳川> 以前「御花」などに行ったので「川下り」30分コースに参加しました。
柳川は戦国時代に柳河城主の蒲池氏の城下として生まれ、安土桃山時代は田中氏の、江戸時代は立花氏の柳河藩の城下町であった。
以前藩主別邸の「御花」で食事したことがあります。柳川名物はうなぎの蒸籠蒸しでこれは美味しい。
北原白秋や檀一雄などの出身地でおちらこちらに歌碑・詩碑・句碑がある。
低湿地帯であったため掘削・開墾がすすめられ、掘削後の水路が掘割と呼ばれた。市内だけでも総延長931kmもあるそうだ。水の防壁としてだけでなく、上水道、水運の役を担っていたけれどそれも不要となって、一時は暗渠・埋め立て計画がなされたけれど、啓もう活動を受けて市長の判断で保存整備されるようになった。
今では川を下らないのに「川下り」と称する観光に力を入れている。

エンジンはなく船頭さんの棹1本のさばきで幅狭く高さがないトンネルさえも難なく潜り抜ける。歌やお話が船頭さんたちの持ち味で展開される。
水は濁ってきれいではないけれども、春、柳が芽吹いて柳川の名にふさわしい風景を展開し、水面に木々の緑と空の青を写して美しく、潮来を思い出していました。
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若い船頭さんに出会って「お若い」と誰かが言ったら「エンジンが若いのですよ」と答えがかえってきましたPhoto_15
     船のお客におでんやアイスクリームなどを売る店が川にせり出しているPhoto_16
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                          (完)

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2013年4月22日 (月)

神戸・瀬戸内クルーズ・九州(2)

大分港から宮崎県 <高千穂>へ

                        大分で

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まず◆高千穂神社へ 日本神話に因む複雑な祭神と信仰を包含する神社で創建は垂仁天皇のとき。平安時代以来1200年以上の歴史を持ち、高千穂八十八社の総社だそうだ。Photo_2
◆高千穂峡 五ヶ瀬川にかかる峡谷で国の名勝天然記念物。高さ80m~100mにも達する断崖が7kmにわたり続いている。太古の昔、阿蘇火山活動のときに噴出した溶岩流が五ヶ瀬川にそって帯状に流れ出し、急激に冷却したため柱状節理の懸崖となり、水の色とともにとても美しい。Photo_3
三代橋 高千穂峡をまたいで3つの橋が架かっている。手前から神橋(大正時代竣工・石橋)、その奥が高千穂大橋(昭和30年竣工:鋼の橋)、一番奥が神都高千穂大橋(平成15年竣工:コンクリート橋)で、異なる材質で大正・昭和・平成という三時代に造られたことから三代橋と呼ばれている。Photo_4
鬼八の力石 200トンもあり、この地方を治めていた神武天皇のお兄さんに向かって投げたと言われる石。鬼八は悪行を働いていたがこのお兄さんに退治された。Photo_5
仙人の屏風岩 高さは約70m。不老不死の術を得、神通力を持つ仙人にこそ成せる業のような造形美ということから名付けられた。Photo_6
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            真名井の滝 日本の滝百選の一つ。高さは17m。Photo_9
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          おのころ池と水車小屋 池にはチョウザメが泳いでいたPhoto_13 
◆天岩戸神社 天照大神が弟須佐之男命の乱暴で天岩戸に引き籠ったために世の中が真っ暗になってしまった。
この神社の裏側の谷を隔てた向こうに天岩戸があった。撮影禁止であった。Photo_14
                 境内に天安河原の遥拝所があるPhoto_15
◆天安河原 天岩戸神社から15分位歩いた所にある。天照大神が籠ったため、困った万の神が対応を相談した場所。Photo_16
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                                         あたりは賽の河原のようPhoto_18
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                                            リンドウが咲いていたPhoto_20
古事記や日本書紀に記された日本神話の故郷の一つとされる高千穂はその峡谷とともに荘厳な雰囲気に包まれていました。
日本神話の天地開闢とは、世界の最初に性別のない三柱の神、続いて二神、次に神世七代(かみのよななよ)と云って、性別のない二神と男女五組の神々、七組十二柱を言う。
五組の最後のイザナギ・イザナミが天照大神の親であり、イザナギから数えて七代目が神武天皇となる。天照大神は皇室の祖神で日本民族の総氏神という。

高千穂峡は宮崎県の一番北にあるが、南の鹿児島県境に霧島連山がある。連山の第2峰の高千穂峰(1573m)が天孫降臨の地という説もある。すなわち天照大神の孫のニニギノミコトが葦原中国統治のために降臨した。山頂にはその時突き刺したとされる青銅製の天逆鉾があるそうだ。
坂本龍馬夫妻が「日本最初の新婚旅行」としてこの地を訪れ、天逆鉾を抜いたことが姉乙女宛の書簡に残されているそうだ。そうそう、ここの新燃岳が噴火したのが3.11 震災の直前だったが震災の陰に隠れてその後の様子を聞きそこなっています。

阿蘇へ向かう
<白川水源> 熊本県中北部を流れる一級河川の白川の水源の一つで、名水百選に指定されてる。南阿蘇の白川吉見神社境内にあって、60トン/分の水量だ。
池になっていてここから汲んで飲みました。特に美味しいということはありませんでした。Photo_22
                   吉見神社には水源の守護神のミズハノメノミコトが祀ってあるPhoto_23
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2013年4月19日 (金)

神戸・瀬戸内クルーズ・九州(1)

羽田から神戸に飛び、午後に神戸・北野と六甲山を見学し、夜7時50分出航のサンフラワー号に乗り、11時間半後に大分に到着。
九州は高千穂渓谷と阿蘇(泊)、3日目に柳川舟下りをして福岡空港から帰るというツアーに参加しました。

<神戸・北野の異人館> は初めて。
昼食は「鳳凰単欉(ほうおうたんそう)」という青茶に分類されるお茶をいただきながらの中華で、席は歴史的建造物の中の2階でした。
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風見鶏の館(旧トーマス住宅)明治42年建設のドイツ人貿易商トーマスの家で、異人館で唯一レンガ張りの建物。朝ドラの「風見鶏」とは関係ないがこのドラマ以来「異人館ブーム」が起きたとか。Photo_3
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各国の領事館や倶楽部や個人の屋敷などが保存され、中にはテーマ館として建てなおされたり、美術館やカフェなどに改築されている。
某家、某館、某倶楽部は入場券を買わない人は写真を撮ってはいけない・・とのこと。驚きました。外国人が聞いたらどう思うでしょうか、了見が狭くて何だか恥ずかしい。
その時点で入場するのはやめました。Photo_24 Photo_7
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                     神戸ムスリムモスクPhoto_15
<六甲山>(931m)の頂上からの眺め。夜景は素晴らしのでしょう。想像するのみ。Photo_17
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<サンフラワー号>で瀬戸内海クルーズ  とは言え夜なので、1時間後にパールブリッジと言われる明石海峡大橋の美しい照明(ブダペストの鎖橋のよう)を見られただけでした。どんな理由があるのか、窓ガラスが凄い汚れでちょっと景色が台無しです。
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船内の食堂。バイキングでした(他に果物とケーキのデザート付き)
瀬戸内海なので全然揺れなかったが、エンジンの振動がドゥドゥという音とともに背骨に突き刺さるような感じで、夜行列車と同じ体験でした。翌日のバスで爆睡です。Photo_22
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2013年4月16日 (火)

かわいい江戸絵画展 府中市美術館

Photo_3江戸時代に描かれた「かわいい」と言われる絵画168点を前期後期に分けて展示された絵画展で、後期のみですが行ってきました。
かわいい江戸絵画 = Cute Edo Paintings
「かわいい」と英語で言えば「pretty」ですが絵画展では「cute」と訳しています。
英語で他に「bunny」「sweet」「lovable」「lovey」「little」などと表現される。

ところが日本人が江戸時代に絵で表現した「かわいい」にはその感情が実にさまざまなのです。
それは「かわいそう」「けなげ」「いつくしみ」「おかしさ」「小さなもの」「つたなさ」などが、忘れましたがさらにタイトルも少し長くなっていきます。
丸山応挙の子犬や歌川国芳の猫、仙厓和尚の子どもや動物、与謝蕪村の擬人化した火桶などが印象的です。しかしこんな風に描かれるのが「かわいい」ということばで表されながらその奥にいろいろなニュアンスを含んでいるのだという絵にたくさん出会って、日本語の表現の豊かさを絵から学んだ絵画展でした。

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「侘び」「寂び」などを外国人に訳して説明することの困難さが紹介されてきましたが、他にもいろいろありそうで国語の豊かな一面をまた学んでいくことも楽しいことです。

↓で栞を作ったり、はがきにスタンプを押せるコーナーがあって、素敵な美術館です。
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2013年4月11日 (木)

アメリカ東海岸・美術紀行4(ワシントン)

ガイドさんが38度近く発熱して医者に行ってもどこも悪くないと取り合ってもらえないそうです。それは白人は平熱が7度5分あるのだそうだから。だから私たちが上着を着るような晴れた日でも彼らは半袖を着ているのですね。体が私たちより1度は高いのだから暑いでしょう。

Photo3/30午前中にフィラデルフィアを見学後バスで約200㎞南西のワシントンにバスで向かった。
おぉ!ワシントンには春の花が咲いていました。
可愛いリスですがたくさんバイ菌を持っているそうだ
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3/31 一日中テレビで見たことあるコースを見学。空模様は怪しく雨の確立は90%だったが、幸い一度も傘をささずに済んだ。

<アーリントン国立墓地>
ワシントンD.C.からポトマック川を渡ってすぐのバージニア州アーリントンにあって、国立墓地であり、戦没者慰霊施設でもある。映画にも良く出てくる。
アメリカ合衆国のために尽くした人、戦没者、テロ犠牲者、そして大統領では第27代と第35代ジョン・F・ケネディ大統領の2名の墓所があり、信仰の自由が保障されている。

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                  ケネディ大統領一家の墓標Photo_11
<リンカーン記念館><ワシントン記念塔>
1922年に出来たドーリア式の建物
中には有名なゲティスバーグ演説が彫られ、リンカーン坐像もある。
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記念館の前方には、長方形にかたどられたリフレクティング・プールがあってワシントン記念塔の反射影が映る。Photo_15
ワシントン記念塔は169mあって、1884年に建設が終わった。その遥か後方の一直線上には国会議事堂があるが良く見えなかった。
ワシントン記念塔の手前とプールの間には第2次世界大戦メモリアルがある。
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<ホワイトハウス> 
初代大統領が亡くなった翌年の1800年に建てられた。1度焼けて再建されたとき、焼け焦げた外壁を白く塗装したことからホワイトハウスと呼ばれるようになった。
ホワイトハウスの裏側(南側)から覗くPhoto_16
       ホワイトハウスのある大統公園には見事なモクレンが咲いていたPhoto_17
                     <国会議事堂>Photo_18
<桜>
ポトマック河畔の桜というのは実際はポトマック川に隣接する入り江のタイダルベイスンの周りに植えられた桜である。
1昨日4月9日が満開だそうで、(今朝の朝日新聞に満開状態が載っています)3/31のこの日はまだ固い蕾の状態であった。Photo_19
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スミソニアン航空宇宙博物館>
この博物館は空へ、宇宙へと果てしない夢を実現した人々の息遣いまで聞こえてきそうな空間だ。
まず「月の石」に触る。世界中の人が触るとすり減るものだろうか?

1903年のライト・フライヤー号 何回も落ちたらしい。材質も布のように見えた。 Photo_24
アメリア・イアハートのローッキードベガ 女性として初めて大西洋単独横断飛行などをした。1937年7月の赤道上世界一周飛行の途中で、南太平洋において行方不明となった。Photo_25
                      アポロ 月探査 Photo_26
<ワシントン・ナショナルギャラリー>
銀行家アンドリュー・メロンの美術品と美術館建設基金の寄贈により1941年に完成した国立美術館。入場料だけでなく、イヤホンガイドも無料。Photo_27
       数少ないレオナルド・ダ・ヴィンチの「ジネヴラ・デ・ベンチの肖像」Photo_28
フィリッポ・リッピ   ボッチチェリー
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ここにはラファエロの3枚の聖母子がある。
「アルバの聖母」「カウバーの小聖母子」「カウバーの大聖母子」 
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フェルメール「天秤を持つ女」「手紙を書く女」「赤い帽子の女」「フルートを持つ女」
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                モジリアーニ
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                    モネ「日傘をさす女」Photo_44
まだまだたくさんあったのですが、ここにあげたのは殆ど自分の趣味でした。

かくして長々をご覧にいただきましたが最後に、ことにまずいと言われる食物についてです。
朝はバイキングで問題なし。他の国と変わりなく中程度。
それぞれ5回ずつあった昼と夜ですが、和食3回(持参を合わせて)、中華1回、イタリアン1回で5回はお腹に優しい食事でした。
さてアメリカ料理ですが、大きな硬いステーキと味のない温野菜とか大量のオニオンリングフライなど殆ど食べられなかったのが2回だけでした。ケーキも甘くて殆ど食べられません。
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残り3回(内1回はバイキング)は美味しかったのです。昔行った人の話によるとアメリカも随分美味しくなったとか。前菜はサラダかポタージュでしたからまずますです。水を飲んでも大丈夫なのも素晴らしい!
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自分の好みの絵ばかりを強調したブログでしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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2013年4月10日 (水)

アメリカ東海岸・美術紀行3(フィラデルフィア)

Photo_2 フィラデルフィアは古代ギリシャ語で「兄弟愛の市」を意味する。映画『フィラデルフィア』はこのことをも指すのでしょうか。

ここは合衆国建国ゆかりの地、 Wikipediaによれば
18世紀を通じてフィラデルフィアは北米最大の都市で、アメリカの独立前にはイギリス第二位の都市だった。独立戦争時、州議事堂(現独立記念館)で大陸会議や独立宣言の起草が行われた。また1790年に合衆国の首都がニューヨーク市からフィラデルフィアに移ってくると、新都ワシントン特別区の建設が一段落する1800年までの10年間合衆国連邦政府の首都だった・・とある。議事堂の2階が上院、階下が下院だったが、今でもこの名前が残っているわけだ。
またここはフィラデルフィア管弦楽団でも有名だ。

<独立記念館(世界遺産)>
1776年7月4日に、イギリス植民地下にあった13州の代表者が、この建物の広間に集り、トーマス・ジェファーソンが起草したアメリカ独立宣言が署名された
正面が独立記念館で右側の平屋建物内に自由の鐘がある

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<自由の鐘> 合衆国の歴史に大きな意味を持つ、国の象徴の一つとなっている。1753年3月に最初に鳴らされた際にひびが入ってしまった。その後の鐘には長い長いお話があります。Photo_5
                    市内を走る観光バスPhoto_6
<フィラデルフィア美術館>
映画『ロッキー』シリーズに登場する美術館。シルヴェスター・スタローン扮する主人公ロッキーがトレーニングのために駆け上る美術館正面階段は「ロッキー・ステップ」と呼ばれている。
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         階段下の右手の部分にはロッキーの銅像が設置されているPhoto_10
美術館から市中心部が見える。中央突き当たりに霞む塔は市庁舎で、塔の真下で東西と南北に走る道路が交わっている。Photo_11
       その市庁舎の塔を間近から。気品のある素晴らしい建物です。Photo_12
美術館の絵
ルーベンス        グレコ          セザンヌ 
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         モネ               ルノワール 
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      モジリアーニ            ドガ      ゴーギャン
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      ゴッホ               ピカソ       マチス
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往復の機内で『愛、アムール』『ヒッチコック』『アルゴ』『リンカーン』『007スカイホール』を観ました。
Photo_31アカデミー賞外国語映画賞受賞の『愛、アムール』
パリのアパルトマンで悠々自適の老後を送る音楽家夫妻に、とうとう妻が発病で手術に失敗し麻痺が残るが、病院に戻りたくない妻を献身的に介護する夫。一見淡として見える介護だが老々介護の実体はとても厳しい。泣きじゃくる娘にも象徴されるように介護は並みのものではない。信頼、至高の愛、相手への思いやりなどなしにはできない。自分にも降りかかる問題に果たしてこの映画から何か引き出せるか、日本とは事情が違う国でありながら同じ問題を突きつけられた映画だった。

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2013年4月 7日 (日)

アメリカ東海岸・美術紀行2(ニューヨーク)

Photo_17日本の地下鉄最高!放送だけでなく次の駅名のディスプレイがあるし、きれい。
ニューヨークだけでなくパリもロンドンも放送(あっても聞きとれないが)がなく、ホームに着くたびに横文字の駅名を必死に探します。
幾つ目で下りるべく指を折ってこれだけに集中するという、まことに緊張の連続です。
またアメリカはタクシー、特にレストランなどタックス(州によって異なる)とサービス料17~20%を計算して払わなければならず、面倒なことはなはだしい。チップ世界にはなかなか慣れない。
このことといい、地下鉄といい、かの地の人は何て頭がいいのだろうと変に感心してしまう。飲み物の計算はすべて添乗員任せで、しかも自由時間の日の食事はアメリカではレストランでしなかった。

宿泊したホテルは9.11同時多発テロで破壊されたワールド・トレードセンターの目の前でした。工事現場の向こうに9.11メモリアルがある。
ツインタワーを含め7つあった跡地、グランドゼロには殆ど完成のワールド・トレードセンターや商業施設が2つ、あと2つがこれから建つとのことだ。
3000人近い犠牲者の中にユダヤ人が1人もいなかったことやオーナーが事前に保険契約していたとか、鉄くずがなかったとかいう話が流れているという。9.11同時多発テロを検索してみると真相とか陰謀説とかびっくりするようなことが書かれています。アメリカに行かなかったらずっと知らなかったことでした。

              中央が完成間近のワールドトレードセンター

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                   いま建設中の第三のビルPhoto_2
到着した(3/27)夜は大晦日にカウントダウンされるタイムズスクエアの前の47階の展望レストランで食事。1時間で一回転するらしいですが、高層のビルの照明が間近に見られましたが2重窓で撮影しても中が写ってしまう状態です。
東京のスカイツリーからの夜景がテレビで映し出されるけれど、ずっと美しいと言ったらニューヨークっ子に叱られそう。
                 タイムズスクエアはネオンぎらぎらPhoto_3

        巨大画面に自分の姿が写りこみ、手を振って確かめてみる。Photo_4
翌日(3/28)はお決まりの観光コースを半日巡るが、午後の自由時間にMOMAやロックフェラー展望台、9.11メモリアルなどをめざすもすべて長蛇の列で(東京みたい)全部あきらめ、グランドセントラル駅や教会などを見て回るのみでした。

自由の女神(世界遺産)ハドソン川のリバティ島は今は入場できないので船でそばまで行って眺めるとのことだ。Photo_5
                   国連の郵便局を訪ねたPhoto_6

国連の前の松井秀樹の住んでいたビル。ニューヨークは地震が少ないのでビルもガラスをたくさん使っているのが多いそうだ。それで空や雲が写っている。Photo_7
ロックフェラー・センターの一番大きな70階建てのビルと半地下のプラザは冬はスケートリンクだPhoto_8
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セントラルパークの前のジョン・レノンの住んでいたダコダハウス。オノ・ヨーコさんが現在も住む。Photo_10
             ダコダ・ハウスのゲート前の凶弾に倒れた所Photo_11
向かいのセントラルパークの中のイマジンのメモリアル。今もたくさんの人が訪れるそうだ。Imagine
         東京駅も立派だけど、グランドセントラル駅も重厚な建物だ。Photo_12
             駅構内の青い天井には星座が描かれていた   Photo_13
ニューヨークにある教会の中は実に簡素だ。これはホテルの隣のセントポール教会。教会の周りは墓地になっている。Photo_14
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夜はブロードウェイ8番街にあるアンパサダ―劇場でミュージカル『シカゴ』を観る。英語が分からなくて皆が笑っているのに理解できない。それでも歌唱力、演技力、ダンスと迫力があって楽しめた。映画のはすっかり忘れています。
米倉涼子が主演を1週間演じたなんて信じられないくらいで、日本人にとってハードルが高かったと思う。

3/29は午前中はメトロポリタン美術館で鑑賞し、午後はバスでフィラデルフィアに向かった。
メトロポリタン美術館はセントラルパークの敷地内にある、世界3大美術館の一つであらゆる部門の美術品を300万点を所蔵する世界最大級で、私立の美術館だ。

  エジプトのデンドゥール神殿は人が小さく見えるほど大きな空間に収まっているPhoto_16
いきなりフェルメール5点
「窓辺で水差しを持つ女」「少女」「窓辺でリュートを弾く女」「信仰の寓意」「眠る女」
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Photo_23ワシントンで後に見る4点と個人蔵「ヴァージナルの前に座る若い女」・・これは日本に来たが所有者はアメリカ人か?・・ とニューヨーク・フリック・コレクションの3点(門外不出)でアメリカには13点あり、世界に32~37あるとされるフェルメールの作品のうち3分の1以上はアメリカにある。これこそアメリカ人の財力による。自由時間にフリック・コレクションに行かなかったのが悔やまれる。

             ゴッホの糸杉や自画像
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                 アンリ・ルソー「ライオンの食事」Photo_30                  ゴーギャン「二人のタヒチの女」Photo_31          ラ・トゥール「悔い改めるマグダラのマリア」と「女占い師」Photo_32
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                  エル・グレコ「トレドの風景」Photo_35 
                    サージェント「マダムX」Photo_36
セザンヌや印象派の作品もあるはあるはで、たくさん堪能しました。

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2013年4月 4日 (木)

アメリカ東海岸・美術紀行1(ボストン)

Photo_23月26日の朝11時頃成田を飛び立ち、シカゴ経由で同じ日の午後2時頃ボストンに到着です。時差13時間(夏時間)。初めてのアメリカ合衆国の本土です。指紋、顔写真、X線?(皮膚内に埋め込まれた物を透視する)、抜き打ちの炭疽菌検査(往復ともやられた)など厳重な入国審査です。
気温はワシントン以外はどこも朝晩は0度近く、昼も10度以下で真冬の様相でした。

ニューヨークの北東360kmにあるマサチュセッツ州のボストン市にはボストン大学、市外のケンブリッジにはハーバード大学やMIT(マサチュセッツ工科大学)、タフツ大学など世界的に有名な大学があるだけでなく、医療の中心で、薬の開発が多く行われているという。物価はアメリカで最も高いそうで、学生さんは大変でしょう。

<ハーバード大学>
緑に溢れた学究都市を思い描いていたが、まだ春も遠く雪が残り芽吹きのない冬枯れの景色がワシントン近くまで続くのです。意外と常緑樹が少なく、全く緑のない世界で日本と大違いの感がありました。
まず向かった先が、ボストン市内から川を渡ったケンブリッジにあるハーバード大学、世界大学ランキング1位、オバマ大統領を含め8人のアメリカ合衆国大統領、75人のノーベル賞受賞者(MITは79人)、フィールズ賞5人(全米で12人、世界で54人、日本人3人)輩出という凄い大学なのだ。
川の向こうに見えてきた。茶色で統一されている落ち着いた雰囲気の大学だ。

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                         正門Photo_3
全寮制だそうで町中のあちこちに寮が点在する。皇太子妃雅子さまが勉強されていた寮。Photo_4
                          構内Photo_5
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例の学帽を被って行われる卒業式場(雨の時は延期されるのか?屋内か?)Photo_8
<ビーコンヒル>
翌日最初の見学はビーコンヒルという富裕層の住宅地で、ジョージア様式で同じく茶色の建物に煙突がある。路地が狭い。ハリウッドの大邸宅とは全く違う普通のマンションという感じ。Photo_9
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              この丸石畳の路地は住人以外は通行禁止Photo_13
玄関先にユキヤナギが活けてあった。ネコヤナギでした。皆さまご指摘ありがとうございました。Photo_14
            奥の4階建て全部が現バイデン副大統領の家Photo_15
この小さなボストンテリアは大型犬を守っているとか。ご主人が毎日コーヒーを飲み終わるのを待っている有名な犬らしい。Photo_16
           ビーコンヒルはガス燈が並んでいて昼間もつけっ放し Photo_17
<ボストン美術館> 
アメリカの美術館は写真を撮っても良いし、ワシントンはすべて無料という大様なお国柄だ。そしてどこも展示品は殆ど個人の寄付によるというからそれだけ大富豪が多いということだ。
ボストン美術館は、仏画、絵巻物、浮世絵など日本美術の優品を多数所蔵している。モースやフェノロサなどの研究者やコレクターによる。「吉備大臣入唐絵巻」など昨年6月に日本に里帰りした。20世紀の初めには、岡倉天心が在職しており、敷地内には彼の名を冠した小さな日本庭園「天心園」が設けられていた。日本庭園には緑があった!!Photo_18
ゴーギャン「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」Photo_19
                     ミレー「種まく人」Photo_20
ボストン地下鉄の駅入り口はガラスと金属で出来ていて、パリのルーヴル美術館ピラミッドと同じ建築家の設計だそうだ。Photo_21
午後ボストンからニューヨークまで、ワシントン行きの列車、アムトラック・アセラエクプレスに乗車し、3時間40分でニューヨークの地下駅に到着した。Photo_22
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