« 思い出の万博 | トップページ | アメリカ西部、大自然絶景紀行(1)ヨセミテ国立公園 »

2013年6月 1日 (土)

倉本一宏著『藤原道長の日常生活』

「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたる事も無しと思へば」
と歌った道長(996~1027、62歳)は姉・妹たちが天皇の妃となり、6人の娘のうち5人、孫まで天皇の妃とし、又天皇の外祖父として摂政就任しわが世を謳歌したのです。
多忙な宮中の儀式、会議をこなしながら、曲水の宴や漢詩の会を催し文化的にも貢献した。姉の子である一条天皇の中宮の一人の定子(道長の兄の子で仕えたのが清少納言)、もう一人の中宮の彰子(道長の長女で仕えたのが紫式部)、両女史によってこのあたりの貴族生活の様子がわかる。
屋敷だけでも10を数え、別荘も4,5所有する。30以上の寺社に詣でたので交通網を発展させた。災害が多く毎年のように焼失する内裏や自邸の建設が忙しい。

このように権勢を誇った道長なのだが、よく泣き、臆病だったりする。無邪気で自賛するかと思うとたいそう怒りっぽい人であったとか。
一方気弱な人であり弱音を吐いたり、愚痴を日記に記す。呪詛に絡むときの弱気は出仕できないほど。また小心者でよく言い訳を日記に記している。自分の見た夢をさぼるための口実にしたり。
さぞかし元気な人かとおもうとそうでなく病弱で亡くなるまであらゆる病気を体験し、お金に任せて服薬治療をしている。
というわけで意外な面がいろいろ紹介され憎めない道長でもある。

これらは本人の日記(これは日本で一番古いそうだ)『御堂関白記』に加えて、藤原実資の『小右記』や藤原行成の『権記』が残っていたために、家族や趣味だけでなく感情や性格まで知ることが出来るというわけだ。

      ☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

   爽やかな風が吹き渡る長野の高原はまだ春が始まったばかりの感じでしたPhoto
Photo_2
タニギキョウ(キキョウ科タニギキョウ属) 花冠は7㎜くらいです。初めての出会いの花。Photo_3
ズミ(バラ科リンゴ属)葉に中裂したのがあったので良く似たエゾノコリンゴではないとしたPhoto_4
              ニリンソウ(キンポウゲ科イチリンソウ属)Photo_5
              サワオグルマ(キク科キオン属)はまだ蕾Photo_6
          ネコノメソウ(ユキノシタ科ネコノメソウ属)の仲間らしいPhoto_7
                アズマギク(キク科ムカシヨモギ属)Photo_8 
      オキナグサ(キンポウゲ科オキナグサ属)大分翁になっていましたPhoto_9

       ☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

         6/4~6/17までアメリカ西部の国立公園を廻って参ります。

|

« 思い出の万博 | トップページ | アメリカ西部、大自然絶景紀行(1)ヨセミテ国立公園 »

コメント

こんにちは
 

長野の高原へ行っていらしたのですね。やっぱり素適ですねぇ。
まだ春は始まったばかり。でもこれから駆け足で春夏秋と
美しく爽やかな季節が過ぎて行くのですね。
ずっと前に行ったきりで、また何度でも行ってみたい信州です。
 

藤原道長は権勢をほしいままにした人の印象が深いですが、
意外や小心な面もあったのですね。なるほど、もしかすると
その小心さが細やかさに繋がり、これほどの栄華を勝ち取る
ことができたのかもしれませんね。ずっと病弱だったというのも
初めて知りましたが、最期は糖尿病だったらしい、という話は
聞いたことがあります。
それにしてもたくさんのお邸を持っていたのですね!
当時あった方違えの風習の関係もあるのかしら…
 
今度はアメリカ西部海岸へお出かけなのですね。
国立公園…壮大な自然をご覧になれそう♪お気をつけて楽しい旅を
していらしてください(^^)/

投稿: ポージィ | 2013年6月 1日 (土) 18:09

ここと思えばあちら。
軽やかなステップを羨ましく思います。

どうぞ良い旅でありますように。
旅行記を楽しみにしています。

投稿: gaki | 2013年6月 1日 (土) 18:37

★ポージィさま

季節が1、2ヶ月も戻った感じでした。
ハルザキヤマガラシが菜の花畑のように咲いています。そして上がっていく途中はヤマフジや桐の花がわんさと山を彩っていましたよ。
暑くも寒くもなく、あの風の気持ちの良いこと、高原っていいですね。

道長は棚からぼた餅みたいな出発点でした(兄たちが相次いで亡くなって)が、その後は身内の結合へ邁進、天皇をも譲位させたりで凄い迫力です。小心と大胆とか繊細と磊落、寛容と残忍といった複雑な多面性を持っていたから権力者になれ、それがその後の日本における権力の先駆けなったようです。
たくさん屋敷があって、しょっちゅう火事に遭っていたからすぐ引っ越せたのですね。
そう、腰痛にも苦しみ、最後は糖尿病で亡くなりました。目も見えなくなって。

ありがとうございます。
ヨセミテやイエローストーンとかグランドキャニオンなどどこも35℃とか40℃以上あって暑いらしいです。
帰りましたらまたよろしくお願いいたします。

投稿: tona | 2013年6月 1日 (土) 20:55

★gakiさま

また旅行記を読んでいただけたら嬉しいです。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2013年6月 1日 (土) 20:58

茅葺屋根の水車が良い味出していますね。
こういうとこなら、いろんな野草に出会えるのでしょう。
いろんな野草、見た事があるものや
初めて見たものなど、いつもしっかりと名前を記されて
自分が野草を見つけた時の参考にさせていただいています。
オキナグサのふわふわ感が良いですね^^
今度見つけてみたいです。

投稿: pochiko | 2013年6月 2日 (日) 20:27

★pochikoさま ありがとうございます。

この水車は使われなくなってしまっていましたが、苔蒸した茅葺屋根にマッチして、都会では見られない風景を心に刻みました。
そちらにはちょっと山に入ると高原の花たちがありそうですね。
こちらでは車で半日かけて出向かないと出会えないのです。
オキナグサはこちらでは絶滅しました。
何時か見つけられたら秘密の花として可愛がってあげて下さい。

投稿: tona | 2013年6月 3日 (月) 08:04

私も一度この道長の本を読んでみたいです。
何にでも向学心が強くて恐れ入ります。
短歌会で道長の事もよく話題にしますが、まだ
まだ不勉強です。

野草にもお詳しいですね。
アザミの歌さんのページで学ばなければなりま
せんのにご無沙汰です。

もう一度アメリカですか。私は秋に何とか
実現したいのですが、母の様子次第です。
短期間に何度も行かれて羨ましいです。
私は18年も行っていません。

投稿: matsubara | 2013年6月 3日 (月) 16:06

★matsubaraさま ありがとうございます。

短歌会で道長の事が話題になるのですね。
このあたりの王朝文化は藤原摂関家を中心に花開いたのですね。

野草は初めて出会いがあった時は嬉しいですが、もうすぐ忘れそうです。かくして今までのを随分忘れ悲しくなります。
アザミの歌さんには思いがけないのをたくさん教えていただきました。

アメリカは2度目の今度でおしまいです。
私も母が亡くなるまでの数年は気が気でなくて行っても心配でした。お母様がお元気でいらっしゃいますように。

投稿: tona | 2013年6月 3日 (月) 16:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146506/57502596

この記事へのトラックバック一覧です: 倉本一宏著『藤原道長の日常生活』:

« 思い出の万博 | トップページ | アメリカ西部、大自然絶景紀行(1)ヨセミテ国立公園 »