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2013年8月30日 (金)

サルスベリの実

加賀千代女の歌に「散れば咲き ちればさきして 百日紅」があるが、7月半ばから10月半ばまで100日も咲く元気な百日紅(ミソハギ科)
近くにミニミニ・サルスベリ(百日紅)の林があります。

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初めて若い実がどっさり付いているのに気が付きました。蒴果で翼のある種子が詰まっています。Photo_2Photo_3
                                   葉にはハート型もまじっていますPhoto_4
このナツメ(クロウメモドキ科)の木はかなり大きい。小さい頃田舎で元気になるとかいわれて、たくさん食べました。あまり美味しいものではなかったのですが。
今でも干しナツメとしてお菓子の材料に、また韓国料理のサムゲタンの材料に使われています。Photo_5
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                             ハゲイトウ(ヒユ科)が目立つ頃となりましたPhoto_7
     花は目立たないこんな所に咲いて、その花がもう実になっています。Photo_8
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        ケイトウとハゲイトウを見事に咲かせている家がありましたPhoto_10 

       ☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

矢野祥著『僕、9歳の大学生』

その頭の構造はどうなっているか覗きたいし、少し分けてもらいたい程の高いIQ の持ち主がいるのですね。
当時のニュースで韓国人と勘違いしていたのですが、矢野祥さんとは
日系の父と韓国系の母を持ち、4歳の時にIQ テスト200以上だった人です。9歳で大学入学、12歳でシカゴ大学医学部大学院に進学。そこで18歳で分子遺伝学と細胞生物学の博士号を、21歳で医学博士号を取得。現在シカゴ大学大学病院で医師(小児科医)・医学科学者として勤務。ピアノもリサイタルを行うほどの腕前。テコンドーも黒帯だ。
5歳下の妹も11歳で大学に入学、13歳で卒業。
幼い頃の写真を見ると実に利発的な顔をしている。世間的にも学校でも偏見に屈することなく学問と趣味に没頭し生活している様子が、彼の日記と両親の想いを綴った文に表されている。

一番興味あったのが、知能が良くて9歳で大学生であっても、そこに至る学生・人生経験が少ないので、精神年齢はどうなのかということです。
日記だからというわけではないでしょうが、特に文章が上手いというわけでないが(英語で書いて父親が翻訳したのか?日本語が苦手らしいが日本語で書いたのか?)、普通の大学生が書いたものとして受け取れる。家族との絆が多くの部分に書かれていて、友人たちとの交際はさすがに年齢差か殆ど書かれていない。
親のしつけ教育はかなりのもので、これは凄い。
現在、ノーベル賞より患者を診て治したいということで医者の道を選んだことは、個人としての快楽や利益を犠牲にしても他者を助けるというキリスト教の信条に則っているようだ。ほんの一部の金もうけ主義の医者に聞かせて反省を求めたいほどだ。



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2013年8月27日 (火)

御岳山のレンゲショウマ

今日はシルバー用シンプルスマホを買いました。午前中に行ったのに忘れ物をして午後もう一度行き、手に入れてずっといじっていたら疲労困憊です。シンプルとはいえまだ完全マスターには至りません。

先日22日に涼を求めて、暑い盛りの8月中旬頃に見ごろを迎えるレンゲショウマを、6年前に訪れた御岳山に再び見に行ってきました。
ここには約5万株のレンゲショウマ(キンポウゲ科の多年草)が群生し、群生地としては日本一といわれる。
細長い花茎を伸ばし、約3~4cmの白と淡い紫色の可憐な花を下向きに咲かせていた。
花の名前も、花を下から見上げると蓮の花に、葉はサラシナショウマ(晒菜升痲)に似ているのでレンゲショウマ(蓮華升痲)と付けられたといわれる。

私のようなデジカメ撮影者は皆無と言ってよく、又鑑賞のみの人も少なく、重い一眼を抱えて(女性が多い)撮影していました。

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             まだ蕾も多い(午前中は霧が立ち込めていた)Photo_2
                咲いていてもみんなうつむいてPhoto_3
                    下から覗いてPhoto_4
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              ヤマジノホトトギス(ユリ科ホトトギス属)Photo_8
            トチバニンジン(ウコギ科トチバニンジン属)の実Photo_9
              ソバナ(キキョウ科ツリガネニンジン属)Photo_10
       マムシグサ(サトイモ科テンナンショウ属)の実はまだ赤くないPhoto_11
              タマアジサイ(ユキノシタ科アジサイ属)Photo_12
                  ツルボ(ユリ科ツルボ属)Photo_13
多摩川沿いの豆腐料理「いもうとや」で食事 清酒・澤之井 直営料亭「ままごとや」の姉妹店Photo_14
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                     おぼろ御膳(私)Photo_16
                    そば御膳(夫)Photo_17

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2013年8月24日 (土)

佐々涼子著『エンジェル フライト』…国際霊柩送還士…

クレオメ(フウチョウソウ科フウチョウソウ属)は朝と夕方で色が変わります。
今年は虫にやられ断末魔状態となりました。

      朝                    夕方
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佐々涼子著『エンジェル フライト』…国際霊柩送還士…

異国で亡くなった人を日本へ、日本で亡くなった外国人を故国へ送り届ける仕事。専門にされている「エアハース・インターナショナル」の仕事をリポートした本である。

ツアーの旅行中にバスが転落して死亡したり、急病で亡くなった人たち、スマトラ沖地震やヒマラヤ登山転落死、アフガニスタン邦人教職員殺害事件、クライストチャーチ地震や世界各地の危険な地域で取材中に巻き込まれて亡くなるなどの事件が、日常ひっきりなしに起こっている。
飛行機に乗せるまでの国家間での搬送業務は困難なことも多く、現場は辛く厳しい。現地確認もままならない外国に安置された遺体、安置されていない遺体を探して、時にはいい加減な現地の専門業者と向き合わねばならない。      
しかし仕事はそれだけで済まない。
航空機は気圧の低い高度一万メートルを飛ぶので、遺体のありとあらゆる穴から体液が漏れるのだそうだ。頑丈に梱包されている柩といえども、開けると腐敗臭は並みでなく、原形を留めていない遺体さえも多い。
エアハース・インターナショナルの人たちは、そんな「遺体」を清拭し、めちゃめちゃになっている遺体を出来る限り生前の表情に戻してあげるのである。傷があれば隠し、顔色や唇の赤味を化粧で整え、憔悴しきっている遺族に、それも一刻も早く送り届けるのである。
顔の判別さえつかない遺体をも彼らはパスポートの写真をもとに見事に復元するという。その心のこもった仕事は、悲しみに打ちひしがれる遺族を慮ってのことである。

煩雑な事務手続きをこなして搬送し、そのまま遺族のもとに届けるだけと想像していたのが、見事に覆されて、彼らの過酷でありながら神様のような崇高な仕事に心打たれました。

       アブラゼミでしょうか?臨終を迎えていました。短い生だったね。Photo_3

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2013年8月21日 (水)

立川の羽衣ねぶた祭り

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青森のねぶた祭りにはなかなか行けないので、立川市羽衣町のねぶた祭りを見てきました。
関東地方では11あるそうで、東京では渋谷や桜新町など5か所だ。
本場に比べたら一回りも二回りも小さなものでしたが、明るさやどんな題材かなど見ることができました。
あるねぶたでドアが開いて中から人が現れた時ちょっと覗いたのですが、何と裸電球が何十とぶら下がっていました。
だから眩しいほどに明るいのね。イカ釣り船には敵わないでしょうが。イカ釣り船の明かりは宇宙ステーションからも見えるそうですから。中に入っている人の姿が写らないのも不思議。
何でもこれを作り上げるのに、10以上の行程を経て作られるそうでお金が凄くかかるそうだ。ありがたくタダで見物させていただきました。

人形型や箱型あり、日本や中国(三国志や水滸伝みたい)の伝説や歴史上の人物や歌舞伎やなどから取った題材が多い。
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2013年8月18日 (日)

『へんななまえの へんないきもの』アフロ著

Photo 表紙はバッドフィッシュで、真っ赤なタラコ唇に鼻ひげ、口ひげをはやし足のように見えるヒレで踏ん張っている。
植物にも可哀そうな名前がありますが、名前の変なのや気の毒なの、おかしな生き物が結構います。それも掲載された59種のうち大半が海中の生物。

「オジサン」「キタマクラ」「ウンコタレ」「ボロカサゴ」「ウバザメ」「エッチガニ(甲羅の模様がHに見えるから)」…何とも気の毒と言える。これも人間の側からの感情ではあって名前が付けられていることすら本人たちは知らないのですが。(人の名前の御手洗さんや○○右衛門さん。今では何でもないけど子ども心に可哀そうと思っていました)

4つに分類されて紹介されている

▼すごそうないきもの…ウルトラマンみたいのや、擬態しまくり、鬼顔・ダークスマイルする奴、葛西の水族館にいたリーフィーシードラゴン、殺し屋のデススト-カーなどぞくぞくする仲間。

▼おしいいきもの…インターネットウミウシ(体の模様がコンピューターの構成図のようでPCでなくて惜しいという気持ちか)など

▼なんかいいかんじないきもの…コンペイトウウミウシ、ハナイカ、プチクスクス、ワライカワセミ(サイトで聞いたらいろいろな人の笑い声に似ていてけたたましいけど楽しい)、シンデレラウミウシ、オトヒメノハナガサなどいろいろな意味で良い感じ。

▼とほほないきもの…顔や姿、名前、海中にいるのにカナズチとか私のようにトホホな生き物に同情したり感動したり。

毎年、暑いと殺人や陸海空の事故が多いような気がします。平常心がいささか失われるのでしょう。
ニュースを見ていても心楽しめず、いやなことが多い。そんなとき癒されたいと這いずり廻っている感じ。そんな癒しに一番の本ですよ!

        一坪に満たないミニミニ茗荷畑と紫蘇畑
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紫蘇は収穫して干して、冬場野菜ジュースへ(以前紹介した今年95歳になる元気なおじいさんの健康の元)
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2013年8月15日 (木)

東京都葛西臨海水族園

目からの涼を求めて再び水族館へ。今度はあの逃げ出したフンボルトペンギンがいる東京湾沿いの葛西臨海水族館です。

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いました、フンボルトペンギン。江の島と違って冷房の中ではなくて、太陽が照りつける屋外でした。暑いのが大丈夫とはいえ、立っているのは少なく殆どは水の中に浮かんだり泳いだりです。
逃げ出したのはどの子でしょう。Photo_3
           やはりすっかり生え換わったのと途中のがいますPhoto_4
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こちらはフェアリーペンギンです。オーストラリア・タスマニア島で必死に生きるのを見ました。
世界17種類のうち最小で体長(仰向けにして足を上げた状態でくちばしの先端から尾羽根の先端までの長さ)40㎝、立った高さが30㎝。何だか鳩ぐらいの大きさにしか見えなかったけれど鳩は体長33㎝なので、鳩よりちょっと大きい。Photo_6
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<タコ>
この水族館にはタコのレクチャー室があります。
マグロやウナギと同様日本が世界一多く食べる食品のタコ、世界の6割を消費しているそうだ。タコ焼きやタコめしやあえ物が美味しいなんて水族館で考えるなんて!タコの原産地はアフリカのモーリタニアが多いが、最近漁業規制がかかって、ベトナムやブラジルから輸入するようになったそうだ。

          鮮やかなシマウマ模様のその名もゼブラオクトパス Photo_8
オスとメスの区別は、吸盤がほぼ同じ大きさできれいに並んでいるのがメスで、大きさにばらつきがあり並び方が不揃いなのがオス。買ったら見てみよう。Photo_9
東京湾はじめ世界の海別に展示がされていた
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                       深海Photo_18
オーストラリア西部にいるリーフィーシ―ドラゴン。タツノオトシゴのようでもあり、龍(ドラゴン)のようでもあり、海藻のようなのをまとわりつけていて、海藻に擬態する。母親は育児放棄。Photo_19
                  カラフルなイソギンチャクPhoto_20
          フィッシュイーティングアネモネ(イソギンチャクの仲間)Photo_21
                       ミズクラゲPhoto_22
                     ウミトサカ(動物)Photo_23
                       クマノミPhoto_24
                       イカPhoto_25
                   魚の揺り篭・アマモPhoto_26
             エトピリカがペンギンのように泳いでいましたPhoto_27
                裏方 濾過機などのある機械部Photo_29

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2013年8月12日 (月)

『スズメの謎』三上修著

コムラサキ(コシキブ)(クマツヅラ科)の花が終わりかけです。小さな淡紅色の花で3~4mmしかなく、花冠は先が4裂し、雄しべが4本、雌しべが1本見える。葉を見ると対生で、葉腋より少し上部からこれも対生で集散花序を出しているのが見てとれた。

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下から順に咲いていくようで、既に殆ど実になっていた。これが秋になると花の色と同じ紫色になる。Photo_4

『スズメの謎』三上修著

昨年に比べて今年はスズメが早朝4時過ぎから数多く鳴いています。増えたのかしら。
私はスズメに関してはまだ一度も巣を見つけたことがありません。
疑問に応えるのにタイムリーな本に出会いました。文中にたくさんの写真とイラストがあってスズメの可愛さが倍増です。

スズメがどのくらい日本にはいるのか?そして実際に減っているのか?この調査は考えただけでも不可能なのですが、著者は独特な方法を編み出して挑戦しました。
その過程は省くとして、ずばり日本には推定700~1000万羽いるのです。
スズメも少子化が進んで、昔は4,5羽引き連れていたのに、今は都会では1羽、田舎でも2羽だそうです。1990~2010年までの20年間に5割も減少しているのです。この数字には驚きました。向こう100年間に絶滅はしないでしょうがさらに減少するでしょう。スズメを見に行くツアー出来たりして。
原因もいろいろあるでしょうが、都会では家の構造が変わって隙間がないので巣を作る場所が減ったことも考えられるそうだ。

稲を食べる害鳥とも言われる半面、スズメがいないと害虫の大発生でかえって稲の収穫が減るとも言われ、益鳥、害鳥と一概に決められないそうだ。複雑な生態系を担っていることは確かなのだ。
又、例えばスズメが減るとアブラムシが増え、植物が弱り、するとチョウがいなくなる。あるいはチョウゲンボウなどの餌になっていたスズメの減少は、猛禽類が町から姿を消す。あるいは猛禽類の餌になってしまうことによって他の鳥も減少するといった具合で、自然界の力関係が崩れて生き物が減っていくということになるのです。
このスズメの現象の一例だけでも生態系のバランスが保たれるのがいかに大変なことかがわかって、人間がなす行為が一番影響していることは周知の事実です。

スズメは体長が14.5cmでたった25gしかない。体温が40℃もあるのですね。母親が抱卵するときお腹の毛が抜けているのですが、これは羽があるより皮膚で直接温める方が、体温が卵に伝わりやすいからだそうだ。餌を一日中捕って雛に与え、巣立ち後も暫く生きるすべを教え、必死に子育てをする動物たちに胸打たれます。人間も子どもの将来まで考えて、ただ我が子可愛いだけでなくて、必死に育てていかねばなりません。

娘たちのスペイン土産のTシャツ 私のは「サグラダファミリア」ので夫のがピカソの「ゲルニカ」でちゃんとスペイン製でした。
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2013年8月 9日 (金)

プーシキン美術館展 於:横浜美術館

横浜美術館に入るのは初めてです。国立新美術館のような空間ではなく、ヨーロッパの美術館のようなゆったりした空間があって、エントランスが2,3階の吹き抜けになっていて、私には何とも居心地良く鑑賞できるスペースに美術館では一番好きになりました。設計者は丹下健三。1989年。Photo
          美術館前はシンメトリックに花に囲まれた池が2つあるPhoto_2
     美術館前のビルにはプランターで植物が揺れる。水やりが難しそうだ。Photo_3 
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           美術館の隣には横浜ランドマークタワーが聳えるPhoto_6
      美術館への道を振り返ると下を通ってきた大きなオブジェが見えるPhoto_7
       桜木町駅から歩くと日本丸が。帆がないとロープが目立ちます。Photo_8
横浜ランドマークタワーの敷地内あるドックヤードガーデン。国重要文化財で商船用石造りドッグでは日本最古で。昭和48年にその機能を停止した。
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Photo_11 Photo_12 サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館とともにロシアが誇るモスクワの国立プーシキン美術館から、300年にわたるフランス絵画が来日しました。ものすごく混んでいました。
17世紀のプッサン(古典主義)、18世紀プーシェ(ロココ)、19世紀のアングル、ドラクロワ、コロー、ミレー、モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、20世紀のピカソ、マティス、ローランサン、シャガールまで66点だ。
女帝エカテリーナ2世らロマノフ王朝歴代の皇帝や貴族、19世紀に台頭した大商人たちが集めたもの。
他の美術館と違うのは、長い間保管庫に眠っていて、殆どの作品に修復が施されていないので、作者の筆そのものが見られるという大変贅沢な作品たちなのだそうだ。
チラシを飾るルノワールの「ジャンヌ・サマリーの肖像」は印象派時代最高の肖像画と名高いとのこと。このようにバックをピンクで描いた肖像画は当時他に殆ど見当たらないという。



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2013年8月 6日 (火)

夏目漱石『吾輩は猫である』再読

アサガオは4時半過ぎには2階から目を凝らして見ると、花が開いている。Photo
18も咲いたこの日も6時過ぎに見てみれば、一輪だけ虫に喰われている。残骸はヒトデのようだ。前日も一輪だけ丸坊主。一体どなたさんが食べるのでしょう。バッタでしょうか。一匹だけらしく、とても喰いしんぼうがいたものです。Photo_2
先日行った「夏目漱石の美術世界展」に触発されて『倫敦塔』に引き続き読みました。
中学生の時だから58年ぶりだろうか。覚えていたのは「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」に始まる最初の3行だけ。
どこに美術の記述が出てくるかと目を凝らしたけれども、全然見つからなかった。

珍野苦沙弥先生の家で飼われた猫が、先生宅の書斎に集まる、同窓の友人たち(迷亭、東風、独仙)、弟子(寒月君・寺田寅彦がモデルらしいや元書生三平君)が繰り広げる珍談・奇譚を当時の風刺として、笑いと皮肉で語っている。実に滑稽だ。
成金の実業家一家の話、銭湯の話、泥棒に入られた話、野球のボールのこと、苦沙弥先生が催眠術にかからない話などなど次から次へとどんどん進む。
その会話には驚くべき作者の漢文とイギリス文学の知識がこれでもかと散りばめられる。
それもそのはず、漱石は中学時代に二松学舎で漢学を学び、成立学舎で英語を学んでいる。そして一高・東大に進むが一高では英語に優れ首席だった。大学は英文科で、卒業して四国や熊本で先生をして、1900年(明治33年)から2年間ロンドンに留学した秀才であった。23歳のときには房州旅行記を漢文と漢詩で書いたという。

独仙こと哲学先生のいかに心穏やかに幸福に生きるかの哲学談義に感銘を覚えた苦沙弥先生であったが、迷亭から独仙の本当の姿を聞くに及び、そのせっかくの哲学談義まで否定して自身の向上ならず、これは我々にもよくあることである。
胃弱・苦沙弥先生の複雑な性格、性向は家族にとって、特に奥さんにとっては御しがたい嫌な人間でしょう。漱石自身を彷彿とさせる苦沙弥先生を漱石はよく自己分析して猫に言わしめているのがまた面白い。

『思い出すことなど』に書かれていることによれば、漱石の胃潰瘍は40代半ばにしてかなり悪く、伊豆修善寺における大吐血はつとに有名。50歳を目前に命を取られることになるのだが、今の発達した医学のもとならこんなに苦しまず快癒したでしょうに。
もう一つ『永日小品』で印象に残ったのは、板の間で仕事をする漱石は火鉢だけの当時(私も小学生の時はそうでした)、かなり寒くて仕事にならなかったり(毛糸やヒートテックなどなかったから)、小さな息子は寒さのため一日中泣き続けていたと記されている。
この時、明治、大正時代から戦前・戦後ずっと、今の我々からは考えられないほど住みにくく生きにくい時代でもあった。

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2013年8月 3日 (土)

皇居東御苑のキッコウチク

皇居東御苑は旧江戸城の本丸・二の丸・三の丸の一部を皇居附属庭園として整備したもので,昭和43年(1968)から公開されています。

                                        大手門から入りました

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さっそく警備の詰め所、「同心番所」「百人番所」「大番所」の順にあって城の奥ほど位の上の役人が詰めていました。
                                                 同心番所Photo_2                                                百人番所     Photo_3
                                                   大番所Photo_4
富士見櫓 天守閣が焼けた跡はここが代用として使われたそうで、19あった櫓のうち3つ残った中の1つで唯一の三重櫓。Photo_5
                                                松の廊下跡Photo_6
六角形の亀甲紋の珍しいキッコウチクがありました。
キッコウチク(亀甲竹)はモウソウチクの突然変異で、節間が交互に膨れて、節が斜めとなった竹で鑑賞用だ。。
テレビの「水戸黄門」に登場する水戸光圀の杖はキッコウチク製だそうだ。さっきTVで放映されていた水戸の黄門まつりでは確かにキッコウチクの杖をついていました。
亀甲駅(かめのこうえき)とか亀甲町(かめのこう、かめのこ、きっこうちょう)や亀甲(かめのこう)などという地名が全国に7か所もあるのも愉快です。Photo_8
横から見ると膨れ具合や節が斜めになっているのが良く分かる。いくら突然変異とはいえ面白い造形です。Photo_9
都道府県の木が植えられている一角 。我が東京は神奈川や大阪と同じイチョウ。Photo_10
               諏訪の茶屋 吹上から移築されたPhoto_11
                      二の丸庭園Photo_12 
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                  池にアサザが咲いていたPhoto_15
ヒレナガニシキゴイ 今上陛下のご発案によりインドネシアのヒレナガゴイと日本のニシキゴイを交配して生まれた。本当にヒレが大きく長いです。Photo_16

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