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2013年8月 6日 (火)

夏目漱石『吾輩は猫である』再読

アサガオは4時半過ぎには2階から目を凝らして見ると、花が開いている。Photo
18も咲いたこの日も6時過ぎに見てみれば、一輪だけ虫に喰われている。残骸はヒトデのようだ。前日も一輪だけ丸坊主。一体どなたさんが食べるのでしょう。バッタでしょうか。一匹だけらしく、とても喰いしんぼうがいたものです。Photo_2
先日行った「夏目漱石の美術世界展」に触発されて『倫敦塔』に引き続き読みました。
中学生の時だから58年ぶりだろうか。覚えていたのは「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」に始まる最初の3行だけ。
どこに美術の記述が出てくるかと目を凝らしたけれども、全然見つからなかった。

珍野苦沙弥先生の家で飼われた猫が、先生宅の書斎に集まる、同窓の友人たち(迷亭、東風、独仙)、弟子(寒月君・寺田寅彦がモデルらしいや元書生三平君)が繰り広げる珍談・奇譚を当時の風刺として、笑いと皮肉で語っている。実に滑稽だ。
成金の実業家一家の話、銭湯の話、泥棒に入られた話、野球のボールのこと、苦沙弥先生が催眠術にかからない話などなど次から次へとどんどん進む。
その会話には驚くべき作者の漢文とイギリス文学の知識がこれでもかと散りばめられる。
それもそのはず、漱石は中学時代に二松学舎で漢学を学び、成立学舎で英語を学んでいる。そして一高・東大に進むが一高では英語に優れ首席だった。大学は英文科で、卒業して四国や熊本で先生をして、1900年(明治33年)から2年間ロンドンに留学した秀才であった。23歳のときには房州旅行記を漢文と漢詩で書いたという。

独仙こと哲学先生のいかに心穏やかに幸福に生きるかの哲学談義に感銘を覚えた苦沙弥先生であったが、迷亭から独仙の本当の姿を聞くに及び、そのせっかくの哲学談義まで否定して自身の向上ならず、これは我々にもよくあることである。
胃弱・苦沙弥先生の複雑な性格、性向は家族にとって、特に奥さんにとっては御しがたい嫌な人間でしょう。漱石自身を彷彿とさせる苦沙弥先生を漱石はよく自己分析して猫に言わしめているのがまた面白い。

『思い出すことなど』に書かれていることによれば、漱石の胃潰瘍は40代半ばにしてかなり悪く、伊豆修善寺における大吐血はつとに有名。50歳を目前に命を取られることになるのだが、今の発達した医学のもとならこんなに苦しまず快癒したでしょうに。
もう一つ『永日小品』で印象に残ったのは、板の間で仕事をする漱石は火鉢だけの当時(私も小学生の時はそうでした)、かなり寒くて仕事にならなかったり(毛糸やヒートテックなどなかったから)、小さな息子は寒さのため一日中泣き続けていたと記されている。
この時、明治、大正時代から戦前・戦後ずっと、今の我々からは考えられないほど住みにくく生きにくい時代でもあった。

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コメント

tonaさま
「吾輩は猫である」は中学生時分に繰り返し読みましたが、今となっては上っ面だけしか読んでいなかったのだろうと思います。それでも当時の物理学の先端的な知見に漱石が触れていたことに感心したりしました。

投稿: evergrn | 2013年8月 6日 (火) 21:28

★evergrnさま

やはり中学生の時に読まれましたか。私は繰り返すことなく通り一遍でした。evergrnさんはかなり突っ込んで読まれていらっしゃいますね。
この年になって読んでやっと見えてくることがあって遅まきながら楽しんでいます。次は『坊っちゃん』を読みます。

投稿: tona | 2013年8月 6日 (火) 21:36

私も中学の時に読んで以来です。
今読んだらきっと、違う印象があるのでしょうね?

>1900年(明治33年)から2年間ロンドンに留学した秀才であった

その漱石がロンドンで精神衰弱になったことは有名ですね。
今思うと、鬱のようなものだったのでしょうか…

投稿: zooey | 2013年8月 7日 (水) 00:02

★zooeyさま

中学生以後のいろいろな人生体験で、随分内容が変わると思います。

漱石のロンドンでは神経衰弱になったのですね。あまりにひどく、帰国命令が出て帰って来たのです。
死を招いた胃潰瘍で入退院を繰り返した時1913年にも強度のノイローゼにかかっています。
神経衰弱、ノイローゼ、鬱とみな同じで、今は鬱という言葉が使われるようになったのでしょう。でも躁鬱病はまた少し違うように思うのですが。

投稿: tona | 2013年8月 7日 (水) 06:35

ターナーは出てきませんか、まだ。
今日は立秋、秋の季語朝顔が似合います。

投稿: 佐平次 | 2013年8月 7日 (水) 10:07

こんにちは
 

tonaさんの朝顔は、目の覚めるような濃いブルーなのですね。
とても綺麗な色♪ すてきです。
ヒトデみたいな形の花、パッと目に入った瞬間、変わり咲き種を
手に入れられたのかと思いました。虫喰い芸術だったのですね。
蕾のときに食べた結果がこんな形なのでしょう。
先日見かけたモミジアオイは各花びらに均等にパンチしたような穴が
開いていました。やっぱり蕾時代に虫に食べられたのでしょうね。
それで、絞り染めを思い出しました。ちょっと飛躍しすぎでしょうか。
 
夏目漱石の「吾輩は猫である」を読み返されたのですね。
年齢によって考えも知識も変わってきていているので、
同じ文章を読んでも受け取る内容が変わってくるのも面白いですね。
美術の記述は見つかりませんでしたか。でも、漱石の知識の豊かさが
よく分かり、登場人物のことも中学時代より深く理解できる
というのは再読の醍醐味かもしれませんね♪
 


投稿: ポージィ | 2013年8月 7日 (水) 10:22

★佐平次さま

見つからなかったのですよ。
文学者や画家など横文字の名前の発音が随分違ってもいます。
美術展のカタログを見ましたら『草枕』『三四郎』『それから』『門』にいろいろな絵が出てきています。
立秋の今日から突然猛暑になりましたね。

投稿: tona | 2013年8月 7日 (水) 15:55

★ポージィさま

蕾の時の虫喰い、そうなんですね。
私はまた咲き始めてから1時間くらいで食べるのかと思ってしまいました。
蕾は均等にきれいに絞ってある状態なので、絞り染めのようになったのですね。納得です。
教えていただき有り難うございました。

再読によって、漱石の博覧強記といえるその知識の深さに驚きました。文章も読みやすく、内容も面白く、人物描写が上手くてさすが大文豪と言われるだけのことありです。
気になる本はもう一度死ぬまで読んだ方がいいみたいです。
といいますと、ロビンソンクルーソーなどの児童文学まで遡りたく忙しくなりそうです。

投稿: tona | 2013年8月 7日 (水) 16:10

夏目漱石と言いますと、四国旅行を思い出し
ます。
正岡子規と俳句を競った館がまだ残っていま
した。
愚陀仏庵?という古い建物です。ここの二階で
二人は俳句を競っていました。
短歌でなくて、俳句の似合う漱石でした。
ああいう性格ですから・・・

投稿: matsubara | 2013年8月 7日 (水) 21:08

★matsubaraさま

松山の坊ちゃんの背景になった地ですね。
行ったのですがツアーでは寄りませんでした。
愚陀仏庵ですか。今度行くことがありましたら行きたいです。その時またお聞きするかもしれません。
漱石は俳句や漢詩を文章の後にちょちょと詠んで書いています。
熊本の方はそうした場所があるとは聞いていません。

投稿: tona | 2013年8月 7日 (水) 21:34

吾輩は猫である…書き出しが凄く好きな文章です。
何度か読みましたが、何回読んでも引き込まれますね。
さすが大文豪だと思いましたよ^^

投稿: pochiko | 2013年8月 8日 (木) 00:38

★pochikoさま

pochiko家の猫ちゃんもこうやって人間観察をしているのでしょうね。可愛いですよね。
私はこれで2度目ですが味わって読めば何度も楽しめるということを今になって発見です。

投稿: tona | 2013年8月 8日 (木) 06:18

坊ちゃんの勘違いかもしれないです。
すみませんでした。

投稿: 佐平次 | 2013年8月 8日 (木) 20:24

★佐平次さま

次は『坊ちゃん』を読みますので確かめます。
わざわざ有り難うございました。

投稿: tona | 2013年8月 8日 (木) 21:17

こんばんは ヽ(´▽`)/
実は私は…、夏目漱石の作品、何一つ読んだことがありません (/ω\)ハズカシーィ!
漱石に限らず、近代日本の文学史上有名な作品は、タイトルこそ知っていても全く読んでいないのが現実です。
本当にお恥ずかしい限りの自分です。
読んだことはなくても、冒頭の「吾輩は猫である。名前はまだない」や、「トンネルを抜けるとそこは雪国だった(川端康成”雪国”)」ぐらいは知っている…、という程度です (*´σー`)!

投稿: 慕辺未行 | 2013年8月 8日 (木) 23:41

★慕辺未行さま

おはようございます。
時代が違いますから恥ずかしいなんて言うことはないです。
と言っても私も恥ずかしいことがあります。漫画は長谷川町子のサザエさんなどしか手元に買って読んだことがなく、テレビの子供向けアニメで観たという程度です。
そして最悪なのが、若者や中高年が出かけるライブなどの音楽が全くわからないということです。ビートルズどまりです。まるで化石のようですね。

投稿: tona | 2013年8月 9日 (金) 06:22

おはようございます
立秋過ぎたけどこれからが暑さが本番のようです
熱中症にならないように気をつけていきましょう
目の覚めるような真っ青なあさがお見たら元気がでそうです
読書家なんですね

投稿: たなちゃん | 2013年8月 9日 (金) 09:19

★たなちゃんさま

全くこれからが本番の猛暑の季節、倒れないように元気にいきたいものですね。
アサガオ確かにこの青を朝見るとしゃきっとします。

この頃年間100冊、いえ80冊も読めなくなりまして、読書家と言えなくなりました。勤めていたときの方が読めました。

投稿: tona | 2013年8月 9日 (金) 11:28

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