« 名越健郎著『独裁者プーチン』 | トップページ | 狂言鑑賞 »

2013年9月20日 (金)

馬車

Photo_4
Photo_5
小さくても何かイベントがあるとき駅からあたり一帯を馬車が走ります。
この日14日は歩くイベントがあって、家の近くで見かけました。
馬さんが御者と8人の客を引っ張っています。

駱駝や象が背中に人や荷物を載せてゆっくり歩いているのは痛みを感じないのですが、昔の役牛の姿や競馬で猛スピードで走らすのはちょっと可哀そう。
そして胸が痛むのが馬車とばんえい競馬です。
一体どのくらいの重さを引っ張るのでしょう。450㎏と書いてあるのがありましたが、この馬車は人だけで450㎏です。馬車の重さを加えるとかなりの重量です。
馬車はまだ車がついているから少し許せますが、ばん馬は車がついてない700㎏前後のそりを牽くのです。自身の体重は800~1.2㎏あるとはいえ、映像で見るたびに涙が出ます。
昔の馬車などは一所懸命走らせている馬に鞭を当てたりして、人間は惨いと映像を見ながら思ったものです。馬の気持ちをいろいろ考えたのも、今も変わりません。戦争、伝達、移動に貢献してくれたことに感謝です。


|

« 名越健郎著『独裁者プーチン』 | トップページ | 狂言鑑賞 »

コメント

tonaさま
お優しいお人柄が伺える記事で考えこみました。人と家畜の関係は昔から多分人の都合に支配されているのでしょうね。

投稿: evergrn | 2013年9月21日 (土) 10:53

馬は荷物を挽くのが嬉しいのだという人もいますが私も可愛そう派です。歩くイベントなら歩けばいいのに。

投稿: 佐平次 | 2013年9月21日 (土) 11:45

★evergrnさま

本当に何もかも人間の都合で増えもし、絶滅もしています。
私は自分も食べるので大きなことが言えませんが、過度な養殖や燃料を使う植物も生態系に関係するので痛みを感じます。

投稿: tona | 2013年9月21日 (土) 13:24

★佐平次さま

本当に歩くイベントになぜ馬車かと首をかしげましたね。
佐平次さんも可哀そう派で嬉しくなりました。
犬ぞりのわんちゃんは嬉しそうに見えますがでも過酷ですよね。馬も嬉しいなら私もとても嬉しいのですが。

投稿: tona | 2013年9月21日 (土) 13:27

こんにちは
涼しくなってきました
もうヒガンバナの咲く時期ですね

子供のころ農家が馬、牛をつかってました
今は観光用ですものね
馬車に乗って子供たちはたのしそうですね

投稿: たなちゃん | 2013年9月21日 (土) 13:43

この馬車が、ご町内で何かしらイベントがあるときの
先触れのような存在なのですか?誰が考え出したのでしょ。
ちょっと不思議なアイデアに感じました。
 

ときに人間は動物たちにも過酷な使役を課しますよね。
特に昔は多かったと思います。馬車馬(のように働く)などという
言葉が生まれたほどですし… 人間って非情だと思うことが
たくさんありますね。

投稿: ポージィ | 2013年9月21日 (土) 15:03

★たなちゃんさま

こんばんは。
本当に朝晩涼しくなりいました。
いよいよ少し歩きやすくなりますね。
お彼岸を前にすると彼岸花がいつも満開になり、秋本番に向かいますね。
役牛もいなくなりましたが、観光用馬車はあちこちにあります。子供は一度は体験できればまた何か学べるでしょうか。

投稿: tona | 2013年9月21日 (土) 19:16

★ポージィさま

ありがとうございます。
私もなんのためにどこを回るのか、リサーチできていないのです。
不思議な馬車です。
「大草原の小さな家」でしたら幌馬車が重要な移動手段でした。
馬車馬、馬力という言葉はそれを現していますね。今は頭脳労働も増えましたし、機械に変わったので、このように働くことは殆どないです。
世界の歴史も人間の非情の連続、動物だけでなく人間同士でも残酷ですね。

投稿: tona | 2013年9月21日 (土) 19:29

馬が馬車を引く事に、また昔の農作業に使われていた事
いろいろな場面で牛や馬が使われていますが
まさに牛馬の如しって言葉もあるくらいで
賛否両論、どっちが正しいのかなんては
一概には言えません。
観光の馬車を引く馬と、昔の農機具の代わりに使われた馬と
どっちも知っています。

投稿: pochiko | 2013年9月21日 (土) 21:01

こんばんは (◎´∀`)ノ
「馬車馬のごとくよく働く」なんて言葉もありますよね?!
昔から牛や馬は農耕に、馬に関しては時として戦場にも駆り出されました。
動物愛護団体から、それこそ「動物虐待だ」と言われるようなことです。
しかし、『物言わぬ動物』たち。本心はどこにあるのでしょうね?
例えば犬ぞりを牽くハスキー犬は、「走りたくてしょうがない」といった仕草でそりを牽いています。
すべての動物に当てはまるとは思いませんが、気の優しいお馬さん…「今日も人間の子供たちが嬉しそうに乗ってくれている」と意気に感じているかもしれませんよ。

投稿: 慕辺未行 | 2013年9月22日 (日) 00:55

★pochikoさま

仰るように私たちの祖先はずっと馬や牛たちの働きで食べてきたわけで、そこに至る過程も上手にその力を引き出した歴史があったでしょうね。
ばんえいの場合は競争を強いるので、実際に見るのは遠慮したいほどです。自分に重いものを持って頑張るということが出来ないから余計です。
身近に馬をご覧になっていらしゃるのですね。
乗ったことは一度あるのですが、考えてみたら遠目に見たことはありますが撫でられるほど近くで見たことがないのですよ。

投稿: tona | 2013年9月22日 (日) 08:24

★慕辺未行さま

↑にありますように一説には、荷物を牽くのが嬉しいのではないかとあります。
本当はどうなのでしょう?
黙々と嫌がりもせずに従順に重い荷物を牽いている姿はとても可哀そうですね。
私もハスキー犬は10匹ぐらいで嬉しそうにそりを牽いているように見えます。適性でしょうか。人間がうまく馴らして使っているのですね。
子供たちには馬車に乗るという体験も一度はさせてはあげたいです。

投稿: tona | 2013年9月22日 (日) 08:31

北海道では観光用の馬車はよく見かけますが、tonaさんのご自宅近くでもこのような風景が見られるのですか?
幼い頃、札幌駅そばの母の実家によく泊まりに行きました。
耳に残っているのは朝早くから聞こえるチンチン電車の音と馬車の音です。
昭和20年代、そのくらい北海道では生活に密着していたお馬さんです。

時隔てて、昭和50年代後半に札幌生活を4年経験しましたが、お馬さんは観光用で見るだけ・・・
近年はばんえい競馬も営業が苦しく、活躍しない馬は肉用に消えてしまう運命と知り涙しました。
頑張れば生きられるなんて、何と切ない世界かと思ったものです(涙)

投稿: nao♪ | 2013年9月22日 (日) 19:49

★nao♪さま

ここ2,3年なのですよ。でも何時どこを何のために回るのか、実態がつかめていません。
お鷹の道はありますが、観光の名所というほどでもありませんしね。
昭和20年代の札幌は馬に頼っての生活だったのですね。
ばんえいのこのお話、初めて聞きました。
ばんえいも涙が出るのに、活躍しない馬の運命も過酷なのですね。切ない輓馬です。
そこが牛や羊や豚や鶏と違うのですね。ますます可哀そうになって涙が出ます。最も牛たちも成長すれば屠殺されるのですが。命をいただいている自分は申し訳なく思いながら、人間の矛盾を垣間見る毎日です。

投稿: tona | 2013年9月22日 (日) 21:06

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146506/58232908

この記事へのトラックバック一覧です: 馬車:

« 名越健郎著『独裁者プーチン』 | トップページ | 狂言鑑賞 »