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2013年10月31日 (木)

ドイツ紀行8 バンベルク、ニュルンベルク、バイロイト

Photoバンベルク> 
中世の町並み(第2次世界大戦の被害を受けなかった)と自然の素晴らしさから、町全体が世界遺産に登録されている。しかし大聖堂も新・旧宮殿も修復中であまり見られなかった。
町はレグニッツ川が流れ、川沿いには漁師たちが住んでいた家々が並び、その美しい景観から「小ベニス」と言われる地区がある。
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              川の中には島があって旧市庁舎がある420x280_3
旧市庁舎には追加された木組みの家「ロット・マイスターハウス」が見える。市庁舎が2つの橋の間にあることがわかります。420x280_4
                     新宮殿のバラ園420x280_5
大聖堂の必見と言われる、あのリーメンシュナイダーによるハインリッヒ2世墓と王妃の墓。420x280_6

ニュルンベルク
第2次世界大戦後ナチ戦犯に対する「ニュルンベルク裁判」が行われたのは、1933年にここで第1回のナチ党大会が開かれ、ナチの記念物が建てられたから。またワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が思い浮かびます。
さらに、北方ルネサンスの代表デューラーが生まれ、住んだ地でもあります。

カイザーブルク 
神聖ローマ皇帝の城で、12世紀に基礎が築かれ、15~16世紀に現在の形になった由。420x280_7
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         ここは小高い岩の上にあるので市街を見渡すことができる420x280_10
      カイザーブルクから少し下るとデューラー(1471~1528)の家がある420x280_11
                      デューラー像280x420
                     出窓は富の象徴280x420_2



町の中央を流れるペグニッツ川は風情があってとても心が和む風景です。この町が気に入った要因です。
川をまたいで中洲に渡って建てられている家がある(ハイリヒ・ガイスト・シュピタール)。かつての救済院は今はレストラン。420x280_13
                    いろいろな橋がある420x280_14
                     屋根が付いた橋420x280_15
                       吊り橋420x280_16
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        フラウエン教会前の中央広場には青空市場が開かれている420x280_19
                  広場の一角の「美しの泉」280x420_3
                 シャボン玉が高く上っていった420x280_20
            カテリーナ修道院は病院になり今は老人ホーム420x280_21
今日はハロウィンの最終日、アイルランド、イギリス、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアなどで盛んだそうで、カトリック系その他の国ではあまり普及していないという。しかしかぼちゃはドイツでも所々に置かれていた。420x280_22

バイロイト
ワーグナーゆかりの地。毎年7月25日から8月28日のバイロイト音楽祭シーズンには世界中から約10万人が訪れる。世界で最もチケットが取りにくいと言われ、8年待ちだという。

祝祭歌劇場
1876年にワーグナーが自らの芸術を表現するために最も適した劇場を造りたいと手がけた。2000人収容で、音響効果のためオーケストラを下にもぐらせ、客席を2000年前のローマ劇場と同じ構造にして扇形にした。
午後4時から9時まで途中1時間ずつの休憩を2回はさみ3時間の公演。冷房はなく熱気で倒れる人もいるそうだ。420x280_23
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ヴァーンフリート荘(修復中)の裏側のワーグナーの墓
妻コジマと暮らしていた館の裏に夫妻のお墓がある。石板には何も書かれていない。理由は「みんな私のことを知っているから書かなくていい」。左隅の石は愛犬の墓。420x280_25
    館の隣には妻コジマの父リストの家があって、ここでリストは亡くなった420x280_27
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                        宮殿420x280_29

この町には世界遺産の「辺境伯歌劇場」があります。残念ながら中も外も修復中で見学出来ませんでした。

あと2回ほどで終わります。日数が長かったので長くなってしまいますが、よろしかったらまたお付き合いください。

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2013年10月28日 (月)

ドイツ紀行7 ロマンティック街道(南から北へ)

Photoロマンティック街道とは「ローマへの巡礼の道」の意味でローマ人たちによって造られた街道。ドイツの観光街道の一つです。「ロマンチック」という意味ではない。
フュッセンからノイシュバンシュタイン城を迂回して北のヴュルツブルクまでの366㎞です。

アウグスブルク
ローマ皇帝アウグストゥスの時代にローマ人によって町が建設されたことに由来する。モーツァルトの父、イギリスに渡った画家のホルバイン、劇作家のブレヒトがこの町の出身。
15~16世紀には豪商フッガー家が財力と権力を持っていたが、芸術を保護、壮麗な建築物を築き、ルネサンス文化が華開いた。
3代目のヤコブは「ルターこそ農民戦争の元凶である」と言った人だ。そのため下記の入居条件がカトリック教徒であることだ。

フッゲライ…1521年、世界最初のフッガー家が設立した社会福祉住宅。現在でも年間家賃が当初のままで、88㌣だというから驚く。当然管理費や光熱費は本人負担だが。敷地内に67の家が並び、140戸に入居している。
入居の条件は①貧しい ②当市民 ③品行方正 ④カトリック教徒

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                  モーツァルトの曽祖父の家280x420_2
             階下の住民はみんなきれいな庭を作っている420x280_2
                     アウグストゥス像280x420_4
               ドイツ・ルネッサンスの最高傑作の市庁舎420x280_3
ファサードの上部には帝国都市のシンボルである双頭の鷲が描かれ、頂点には青銅製の市の紋章の松ぼっくりが乗っている。280x420_3
              中にはキンキラキンの「黄金の間」がある420x280_4
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ディンケルスビュール
東西と南北の交易路の交点で、城壁に囲まれている。農民戦争、30年戦争、世界大戦でも殆ど破壊されていない。420x280_7
30年戦争(1618~48年)の時スウェーデン軍が破壊しようとしたとき、子供たちが敵の将軍に慈悲を乞い、町が救われた。
                  その様子が壁に描かれた家280x420_5
          ドイチェス・ハウス 1440年ごろ建てられた木組みの館280x420_6
                       町の様子420x280_8
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      聖ゲオルグ教会とその中(ホール型教会で窓が大きいので明るい)280x420_7
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ローテンブルク
ロマンティック街道と古城街道の交差点で、ここも中世の城壁がほぼ完全な状態で残っています。
30年戦争の時にはプロテスタント側に立って戦ったがカトリック軍に敗れた。しかしワインで接待され、ほろ酔いになった勝ち将軍が「特大ジョッキ(3.25L)のワインを一気に飲み干した者がおれば、街を焼き払わない」と言ったのを受けて、元市長が飲み干して街を救ったという逸話が残っています。
これが歴史劇として上演されたのを午後観たのです。
日本の山城もそうですが、この2つの逸話伝説からも、ヨーロッパは小高い所に城を築き、町を造って敵に襲われないように城壁で囲んだのですが、戦争は絶え間なく起こり、大敗を喫して瀬戸際に立たされた町の歴史が津津浦浦にあることを知ります。

             市庁舎で観た歴史劇の出演者と劇の様子420x280_11
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そんな動乱につぐ動乱の中で、諸民族の共通の精神的支柱となったのがキリスト教だったわけで、町の中心に必ず広場と教会と市庁舎が存在します。
ローテンブルクでは聖ヤコブ教会です。この教会の逸品がリーメンシュナイダーの傑作「聖血の祭壇」 リーメンシュナイダー(1460~1531)は中世の彫刻家で、ベートーベンやゲーテと並ぶドイツを代表する芸術家です。このロマンティック街道沿いの教会などにその作品が多く残されています。
一番下の「最後の晩餐」ではユダが後ろ向きで手に金貨の入った袋をぶら下げている。280x420_9
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          市庁舎の塔からの雨にけぶるローテンブルクの町並み420x280_13
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                          門280x420_11
               城壁 屋根のある部分を歩きました420x280_15
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                   城壁からの家並み420x280_17
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2013年10月25日 (金)

信州の紅葉

ドイツ紀行はちょっとお休みして、台風を気にしながら予約していたバスツアーで信州の紅葉を見てきました。

まず最初は中央高速を茅野で降りて、メルヘン街道沿い蓼科温泉の近くの横谷渓谷と御射鹿池です。

横谷渓谷420x280
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御射鹿池(みしゃかいけ
) 日本画の東山魁夷の作品「緑響く」のモチーフとして有名な池です。ため池百選に選定されています。
横谷渓谷が、酸性の冷鉱泉が流れ込んで冷害に苦しんでいたところ、1933年(昭和8年)に完成されたこの池に水を溜めたことによって水が温められて、この水を農業用水に使用できるようになったという。
水は酸性で魚は棲んでいない。湖底に酸性水を好むチャツボミゴケが繁茂し、湖面に木々がきれいに映る要因となっている。420x280_5
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大峰高原・七色大カエデ

大町と安曇野の間、大峰高原にある高さ12m、樹齢250年の大カエデで、10月から11月上旬にかけて徐々に七色に変化を見せるのだそうだ。
人と比較するととにかく大きい!420x280_12
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白馬大橋
からの白馬三段紅葉は曇っていてだめでした。何でもこの時期には、麓の赤い紅葉の上に雪を被った白馬岳、その上に青い空と三段に見えるとか。420x280_17

白馬樅の木ホテルのバイキングの夕食 オードブル・メイン・デザート420x280_18
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奥裾花渓谷 小谷村と戸隠の間にある420x280_21
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鏡池 戸隠山の中にあり、紅葉の山と湖水のコントラストが素晴らしい。420x280_24
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最後は戸隠神社の中社と奥社へ。奥社へは駐車場から往復1時間、最後の上りはミニ登山の趣でした。420x280_27
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標高1000m地帯のこれら景勝地は曇っていたのが残念でしたが、丁度見頃な紅葉狩りでした。

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2013年10月20日 (日)

ドイツ紀行6 ボーデン湖

Photo_3アルペン街道を西へ、ボーデン湖に向かいました。

ドイツも戦後電線を全部地下に埋めました。又どこの町村も住宅の高さ、色も決まっていて、一部では建て替えも出来ないなど厳しい条件があるとう。景観、美観をこれほどまでに大切にするヨーロッパ系民族、同じ人間です。17年前同じ地球でこんなにお伽の国のような美しい所があるのかと驚いたものです。これもDNAに組み込まれているのでしょうか?

ボーデン湖はドイツ、スイス、オーストリアと国境を成す。ライン川が流れ込み、ここからまたライン川が流れ出す。
道路(橋でない)でつながっているライヒェナウ島はボーデン湖の最大の島で世界遺産です。

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9世紀以来修道院が置かれ、ヨーロッパにおける重要な修道院生活の中心地だった。
世界遺産である聖ゲオルク教会には10世紀のオットー朝時代の壁画が残っていて中は簡素な造りだ。420x280_21
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もっと古い高松塚の例もあるけれど、よくこんな古い壁画が残っているものです。420x280_23
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ボーデン湖クルーズ やっと日が出てきたのですが霞んでいました420x280_26
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              湖畔ではブドウの栽培が行われている420x280_29

リンダウ ボーデン湖の東部に浮かぶ小さな島の町で「ボーデン湖の真珠」と呼ばれる。今回唯一の五つ星ホテルに宿泊しました。420x280_30
              防波堤にはライオン像と新灯台があります420x280_31
灯台に上ってみる。島の小さいことがわかる。
                      教会が見える420x280_32
                  左の大きな建物がホテル420x280_33
                奥が駅になっていて電車が見える420x280_34
              ライオン像はマーライオンより迫力がある420x280_35
                       街を散策420x280_36
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                    教会 ここもロココ調だ280x420_7
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                 寒いのにクレオメが咲いている420x280_44
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ホテルの夕食は
                       前菜:サラダ420x280_47
               主菜:白身魚のクリーム煮ライス添え420x280_48
         デザート:ヨーグルトプリン、パッションフルーツ、ホオズキ420x280_49

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ドイツ紀行5 シュバンガウ地方

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シュバンガウ地方は、ミュンヘンの南方から南西につながる地方でオーストリアに接する。バイエルン・アルプスの峰々や森と湖の美しい景観が望めるという所なのに、残念ながら霧がかかって何も見えなかった。


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オーバーアマガウ
外壁に鮮やかなフレスコ画が描かれた家が多いことと、木彫りで有名な村。また10年に1度、村人総出の「キリスト受難劇」が上演されるそうでテレビで見た方も多いでしょう。
バスの中から「赤ずきん」や「ヘンゼルとグレーテル」などが描かれた家が一瞬見えた。
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                                   この村の教会もロココ調で美しい420x280_9
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                                               この地方のお墓420x280_11
                                   リンゴやシュウメイギクが目を引く420x280_12
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ヴィース教会> 世界遺産でヨーロッパで最も美しいロココ様式の教会のひとつと称えられる。南ドイツでたっぷりとロココ様式が学べた。「鞭打たれるキリスト像」が涙を流した奇跡を記念して1746年から1754年にかけて建てられた。
丁度何やら説教がなされているようで近くで見られなかったのが残念です。420x280_14
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ノイシュバンシュタイン城
第4代バイエルン国王ルードヴッヒ2世(1845~1886)が17年の歳月と巨額の費用を投じて造った白亜の城だが王は170日しか滞在していない。
作曲家リヒャルト・ワーグナーのパトロンとしてその借金まで返してあげるという過度な支援をし、異常なまでにそのオペラに憑りつかれ、城内の壁画にオペラの名場面をたくさん描かせている。白鳥の置物や絵も多数ある。部屋と部屋の間には洞窟まで造ってしまっています。
これら国家予算を傾けるという狂気の浪費(今はドル箱に)のために、拘束され、シュタルンベルク湖で謎の死を遂げる。ドイツに居合わせた鴎外もこのことを日記に記している。

城を眺めるビューポイントのマリエン橋は数m先も見えない濃霧に覆われていました。17年前に見えたのを思い出して慰めました。
               橋から降りて行くと裏正面が見えました280x420_2
                                           ↑の反対側が門です280x420_3
                  門を入った中庭からの城420x280_17
下の駐車場に降りるとホーエンシュバンガウ城が目の前の丘の上にある。ルートヴッヒ2世の父、マクシミリアン2世が夏の狩りの城として再建した。手前のポールはマイバウム(5月の木)420x280_18
                そして城がうっすらと見えたのでした280x420_4
         そばにアルプ湖があってマガモと白鳥一羽が休んでいた420x280_19

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2013年10月17日 (木)

ドイツ紀行4 ミュンヘン

Photoドイツのチップ制は大したものでした。
枕チップ、レストランのみならず、トイレも有料(0,5~0.7€)のところが多く、レストランのトイレまで有料のところがあって驚きました。
それにドライバーさんの勤務時間もきちんとしていて、早朝の出発や夜遅くの到着も許されません。一日自由時間の町で、2時半頃ホテルに帰ったのがまずくて、フロントは勤務時間帯ではなかったらしく、いやな思いをして鍵がやっともらえました。
おもてなしの心に溢れ、サービス過剰なくらいの日本がこのときは懐かしかったです。

ミュンヘン> バイエルン地方の州都でこの地方を支配したヴィッテルスバッハ家の居城が置かれ、ザルツブルグの塩の交易などで栄えた。お祭り騒ぎが大好きで、市内には巨大なビアホールが何軒もあり、9月末から2週間、世界最大のビール祭りオクトーバーフェストが開催されます。

     まず行ったのがヴィッテルスバッハ家の夏の離宮「ニンフェンブルク城」です420x280
ヴェルサイユ宮殿やシェーンブルン宮殿と同じようなイギリス式とフランス式の庭園がずっと遠くまで続いている。庭園には狩猟用の館などが点在しているのが見える。この頃から毎日曇天で時々晴れ、雨の日もありで絶好の天候には恵まれませんでした。420x280_2
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                    大広間はロココ様式420x280_4
      ノイシュバンシュタイン城を建設したルードヴィヒ2世の誕生の部屋420x280_5
美人画ギャラリー ルードヴィヒ1世の愛人35人と母親の肖像画が飾られた部屋。凄い美人ばかり!!280x420
街へ
                   王家の居城レジデンス420x280_6
                その隣のバイエルン州立歌劇場420x280_7
                     立派な新市庁舎420x280_8
新市庁舎の中央塔にはドイツ最大の仕掛け時計があり、12時から15分間ショーが繰り広げられた280x420_2

午後1時前いよいよオクトーバーフェストの会場に入る。
               地元の方たちは民族衣装でやって来る420x280_9
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              会場はまるでディズニーランドのような感じ420x280_11
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1Lのビールのジョッキを運ぶウエートレスは8本を手に載せて運ぶ。15㎏ぐらいはありそうです。この仕事にも試験があるそうで、オクトーバーフェストの2週間で30万円稼ぐそうだ。飲む方も昨年だったか巨漢が3時間で17杯も飲んだというから驚く。
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私は500㏄(過去最大)飲んだところでギブアップ、なかなかに愉快な気分になりました♪♪280x420_3

その後アルテ・ピナコテークへ。ヴィッテルスバッハ家が集めた15~18世紀の名画が並ぶ。ブリューゲル「怠け者の天国」やアルト・ドルファー「アレキサンダー大王の合戦」やラファエロの3枚の聖母子などなど名画が目白押しなのだ。

         デューラーの「自画像」。キリストのような自画像として有名。420x280_13
レオナルド・ダ・ヴィンチ「カーネーションの聖母」数少ないダ・ヴィンチの絵をまた1枚見ることができた280x420_5

   ミュンヘンの町も当然ながら建物の高さが統一されていて集合住宅も美しい420x280_14

夜は有名なビヤホール「ホーフブロイハウス」3階でまたまたビーフの煮込みなどを肴にビールです。翌日は休肝日としました。
うまく撮影できなかったっですが、バンド演奏がされている中央舞台の階上ではヒトラーがナチス党の結成集会で演説したという。モーツァルト、オーストリア皇妃エリザベートやレーニンも訪れた。420x280_15

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2013年10月15日 (火)

ドイツ紀行3 ハイデルベルクと近郊の大聖堂と城

Photo_2ドイツは10月いっぱい夏時間です。
日本より緯度が高いため、もう朝晩は10℃以下、昼間も暖かい所でも18℃くらいです。しかし夏時間の間は暖房を入れないそうで、朝晩の冷え込みにもかかわらず、どこのホテルも暖房が入っていません。
そして電気料金が原発をやめてから上がり(2倍になってしまったところもあるそうだ。日本より厳しい)、家計を圧迫して大変だそうです。民家も電気をあまりつけていなくて暗い。しかし初志を貫いて、原発を再開したいという声は聞かれない。
五つ星や一部の四つ星ホテル以外はamenityは液状石鹸1本のみでシャンプーもありません。日本のいろいろな無駄遣いを改めて考えさせられました。

アウトバーンという高速道路を渋滞もなくスイスイ走ってハイデルベルクに到着。すべて無料というのは有名。東西ナンバーが偶数で南北ナンバーが奇数とのこと。

ハイデルベルク> 古城とドイツ最古の大学の町

下の町から見たハイデルベルク城 この城は1300年起工されて以来のライン・プファルツ選帝侯であるヴィステルバッハ家の居城でした。

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    ケーブルカーで上っていくと一晩で建設されたというエリザベート門がある420x280_16
         その中はこんなフリードリッヒ館やオットーハインリッヒ館だ420x280_21
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       フリードリッヒ館の地下には22万L余(ワイン33万本分)入るワイン樽がある420x280_23
                 城からの町やネッカー川の眺め420x280_24
         ネッカー川にかかる最古の橋・カールテオドール橋には立派な門がある420x280_25
                   どこにもあるマルクト広場420x280_26
ハイデルベルク大学の学生牢 酔っぱらったりした学生が入れられた牢だが入ることを誇りに思う学生達の順番待ちもあったという。壁は自画像などのいたずら書きがいっぱいだ。ストーブもあって差し入れも自由、授業にも出席出来て居心地が良く、部屋にパレロワイヤルなどの名前を付けたという。420x280_27
午後自由時間に「哲学者の道」を1時間かけて歩きました。京都の「哲学の道」の元祖で、お城側と川を挟んで反対側の丘の中腹です。

                                   道は最初はずっとこんな石畳です280x420_2
                カールテオドール橋や城が見える420x280_28
景色も良いし、お花も萩などいろいろ咲いていたし知らない秋の実が随所に見られ、哲学者にはもってこいの道だったのでしょう。420x280_30
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       下に降りて、橋からの眺め。この丘の中腹に哲学者の道がある。420x280_35
町の大学広場ではお祭りがあり、屋台がたくさん出ていました。難しい梯子上りで5人の挑戦者でこの女の子だけ上まで到達して鐘を鳴らした(2€)。420x280_36
                                                 鍛冶屋さん420x280_37
                       ジャム屋さん420x280_38
       その後精霊教会で30分以上もパイプオルガンを聴いていました280x420_3
黒い森> 思ったより明るい森でした
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シュバイヤー大聖堂> ハイデルベルクの南西にある世界遺産

「カノッサの屈辱」で知られるハインリッヒ4世によって1061年に献堂された古い教会。
4本の塔を持つロマネスク様式最大級の教会で、地下にドイツ最大の地下聖堂があり、歴代の神聖ローマ皇帝・ドイツ王などが埋葬されている。420x250
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ホーエンツォレルン城> さらに南のシュヴァーベンにある城

プロイセン王国のフリードリッヒ大王を輩出したホーエンツォレルン家発祥の城。現在も所有し、普段はベルリンに住んでいるが、世界の要人とのパーティーなどがここで行われる。
鍵を一つずつ開けて「家系樹の間」などいろいろな間を拝見した。420x280_40
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ドイツ紀行2 ライン川クルーズ

Photoライン川は水源がスイス山中で、オランダのロッテルダムで北海に注ぐ、全長1326㎞の国際河川でそのうち約700㎞はドイツ国内を流れています。
コブレンツからリューデスハイムまでの約60㎞を6時間かけて遡りました。(下るのは4時間)
コブレンツは父なるライン川と母なるモーゼル川の合流点の町で、合流する地点の先端に突き出た三角の部分をドイチェス・エック(ドイツの角)と呼ぶ。
         ドイチェス・エックにあるドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の騎馬像

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騎馬像のところから見た合流点。右がライン川、左がモーゼル川。水の色が違い、この地点から何キロにもわたって2色が混ざらないで流れるそうだ。420x280_2

両岸には25にも及ぶ11~13世紀に築かれた古城が並ぶ。群雄割拠の時代、重要な物資の輸送路であったため、通行税の利益が大きいので領主たちは競って城を築いたというわけだ。420x280_3
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            世界3大がっかり名所でも有名なローレライの岩420x280_7
         ブドウ畑が日の当たる側の斜面に並ぶ。白ワインが美味しい。420x280_8
                  教会も小さな町々に建っている420x280_9
                      紅葉はこんな具合420x280_10
      到着直前のブドウ畑の上方のニーダーバルト記念碑(独仏戦争記念)420x280_12
到着したリューデスハイムには幅3m、長さ144mの「つぐみ横丁」があり、ワイン酒場や土産物屋が並んで大勢の人々で賑わっている。
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2013年10月13日 (日)

ドイツ紀行1 アーヘン、ケルン

Photoドイツに行ってきました。
ドイツといえばフランスと共に欧州連合 (EU) の中核国として発言力を増し、ユーロ危機ではEU諸国からはドイツの一人勝ちが批判され、国民からは援助支出への不満が噴出していて難しい局面に立たされています。
日本とほぼ同じ面積で、人口は日本の約3分の2の8200万人だが山国の日本と違って殆ど平地で人が大都市に集中することがなく極端な過疎地域は存在しないようです。
緯度が日本の北海道から樺太なのでもう初冬の気温で寒かったです。
土壌が酸性で野菜を作るのに適していなくて、殆どオランダやスペインから輸入しているとのことだ。作ることが出来ても多く輸入している日本とは大違いです。

お決まりの広場と市庁舎、大聖堂や教会、城の見学が多かったですが、今回はミュンヘンのビール祭り・オクトーバーフェスト体験やフェルメールやラファエロなどを持つ美術館を巡ることができました。

ミュンヘンの祭りのためにホテルが取れずに予定と違った順番で回ったため、手直しした地図で見苦しいですが、このように一部ジグザクに見学しました。

アーヘン
ドイツで最も西に位置するアーヘンは、ケルンの西方、オランダとの国境に近い。ローマ時代から温泉保養地として栄えた。ここで晩年を過ごした有名なカール大帝(747~814年)が建てた大聖堂は、歴代のドイツ王、神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われた所で、ドイツで最も早く世界遺産に登録された。274x420_2
            八角形の天井でステンドグラスの美しい聖堂です420x272
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隣の宝物館にはカール大帝の栄光が偲ばれる金細工の数々が展示されていた420x280
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                         市庁舎420x280_2
         町には美しいディスプレイのお店や噴水や彫像が多かった420x280_5
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ケルン
人口100万人でドイツ第4の町(1ベルリン 2ハンブルグ 3ミュンヘン)
町のシンボルのケルン大聖堂は世界遺産。1248年から560年近くかかって1880年に完成した高さ157mのゴシック建築として世界最大のカトリック教会。ちなみにドイツではカトリックとプロテスタントが半々。280x420_4

              533段の階段を上がった塔の上からの景色420x280_7
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                       内部の一部 420x280_12
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