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2013年10月28日 (月)

ドイツ紀行7 ロマンティック街道(南から北へ)

Photoロマンティック街道とは「ローマへの巡礼の道」の意味でローマ人たちによって造られた街道。ドイツの観光街道の一つです。「ロマンチック」という意味ではない。
フュッセンからノイシュバンシュタイン城を迂回して北のヴュルツブルクまでの366㎞です。

アウグスブルク
ローマ皇帝アウグストゥスの時代にローマ人によって町が建設されたことに由来する。モーツァルトの父、イギリスに渡った画家のホルバイン、劇作家のブレヒトがこの町の出身。
15~16世紀には豪商フッガー家が財力と権力を持っていたが、芸術を保護、壮麗な建築物を築き、ルネサンス文化が華開いた。
3代目のヤコブは「ルターこそ農民戦争の元凶である」と言った人だ。そのため下記の入居条件がカトリック教徒であることだ。

フッゲライ…1521年、世界最初のフッガー家が設立した社会福祉住宅。現在でも年間家賃が当初のままで、88㌣だというから驚く。当然管理費や光熱費は本人負担だが。敷地内に67の家が並び、140戸に入居している。
入居の条件は①貧しい ②当市民 ③品行方正 ④カトリック教徒

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                  モーツァルトの曽祖父の家280x420_2
             階下の住民はみんなきれいな庭を作っている420x280_2
                     アウグストゥス像280x420_4
               ドイツ・ルネッサンスの最高傑作の市庁舎420x280_3
ファサードの上部には帝国都市のシンボルである双頭の鷲が描かれ、頂点には青銅製の市の紋章の松ぼっくりが乗っている。280x420_3
              中にはキンキラキンの「黄金の間」がある420x280_4
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ディンケルスビュール
東西と南北の交易路の交点で、城壁に囲まれている。農民戦争、30年戦争、世界大戦でも殆ど破壊されていない。420x280_7
30年戦争(1618~48年)の時スウェーデン軍が破壊しようとしたとき、子供たちが敵の将軍に慈悲を乞い、町が救われた。
                  その様子が壁に描かれた家280x420_5
          ドイチェス・ハウス 1440年ごろ建てられた木組みの館280x420_6
                       町の様子420x280_8
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      聖ゲオルグ教会とその中(ホール型教会で窓が大きいので明るい)280x420_7
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ローテンブルク
ロマンティック街道と古城街道の交差点で、ここも中世の城壁がほぼ完全な状態で残っています。
30年戦争の時にはプロテスタント側に立って戦ったがカトリック軍に敗れた。しかしワインで接待され、ほろ酔いになった勝ち将軍が「特大ジョッキ(3.25L)のワインを一気に飲み干した者がおれば、街を焼き払わない」と言ったのを受けて、元市長が飲み干して街を救ったという逸話が残っています。
これが歴史劇として上演されたのを午後観たのです。
日本の山城もそうですが、この2つの逸話伝説からも、ヨーロッパは小高い所に城を築き、町を造って敵に襲われないように城壁で囲んだのですが、戦争は絶え間なく起こり、大敗を喫して瀬戸際に立たされた町の歴史が津津浦浦にあることを知ります。

             市庁舎で観た歴史劇の出演者と劇の様子420x280_11
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そんな動乱につぐ動乱の中で、諸民族の共通の精神的支柱となったのがキリスト教だったわけで、町の中心に必ず広場と教会と市庁舎が存在します。
ローテンブルクでは聖ヤコブ教会です。この教会の逸品がリーメンシュナイダーの傑作「聖血の祭壇」 リーメンシュナイダー(1460~1531)は中世の彫刻家で、ベートーベンやゲーテと並ぶドイツを代表する芸術家です。このロマンティック街道沿いの教会などにその作品が多く残されています。
一番下の「最後の晩餐」ではユダが後ろ向きで手に金貨の入った袋をぶら下げている。280x420_9
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          市庁舎の塔からの雨にけぶるローテンブルクの町並み420x280_13
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                          門280x420_11
               城壁 屋根のある部分を歩きました420x280_15
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                   城壁からの家並み420x280_17
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コメント

おはようございます
 

ロマンティック街道、どうしてこういう甘やかなイメージの名前?
と思っていましたが、ロマンティックの意味をもっと広範囲に
考えるべきだったようです。ローマ帝国時代の道だった歴史など、
tonaさんの記事をきっかけに初めて知りました。
でも、中世の町並みがそのまま残っていたりして、
歴史的ロマンをたっぷり感じられる地域でもありますね。
手入れしながら大切に守り継がれている古いものが
本当にたくさんあって、大変さを思いながらも心惹かれます。
なかでもディンケルスビュールの様子にはとくに惹かれました。
 

それにしても、どこの国地域へ行っても、歴史には戦が
つきものですね。人間って大昔から現在に至るまで、
どうしてこうも戦いばかり続けているのだろうと
ちょっと悲しくもなります。

投稿: ポージィ | 2013年10月28日 (月) 09:43

ああ、ローテンブルグ!
半日時間が出来たので一人でスケッチして歩きました。
地下室みたいなレストランで食べたステーキがうまかったなあ。

投稿: 佐平次 | 2013年10月28日 (月) 10:05

★ポージィさま

ロマンティックと言いますとまさかローマのとは思ってもみませんでした。意味は少々違っても、日本人好みだそうで、街道筋の道路標識には日本語で「ロマンティック街道」と書かれているところがいくつかありました。

そうですね。戦争で破壊されなかったこれらの町は中世そのものですね。
ローテンブルクで泊まったホテルも400年以上も前に建てられたものでした。ここドイツでも他の欧州と同じく古い建物を大切にしています。築50年も経つと建て替える日本とは大違いです。

今も世界のあちこちで内戦など戦争が絶えません。特に宗教、民族の違いによる争いはなんだか永久になくならないのかと絶望的です。本当に悲しいことですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2013年10月28日 (月) 13:00

★佐平次さま

まあ!スケッチもされるとは、初めて知りました。いい趣味ですね。
奇しくも、一日自由だったここローテンブルクで、佐平次さんと同じくスケッチした絵を、時代劇も観ないで、仕上げた方がいました。

ステーキのボリュームもなかなかだったのではありませんか。ありがとうございました。

投稿: tona | 2013年10月28日 (月) 13:04

この中ではローテンブルグだけ
行ったと思います。
コースはロマンティク街道の
一部を見るというもので、
文字通りほんの一部でしたね。
でも印象的なたたずまいでした。

旅行に立つ一日前にとんでもない
ハプニングでした。大変お気の毒
でしたが・・・

投稿: matsubara | 2013年10月28日 (月) 17:48

★matsubaraさま

私は2度目ですのに素敵な家が並んでいたなあということしか記憶にありませんでした。
こんなに忘れるのですから国内なら何度行っても良いです。

とんだ事故騒ぎで大変でした。
お忙しい今日、コメントいただいて恐縮です。ありがとうございました。

気を付けて行ってらっしゃい。

投稿: tona | 2013年10月28日 (月) 19:02

こんばんは (◎´∀`)ノ
アウクスブルクの街、私も訪れました。
列車の乗り換え時間がちょっとあったので、聖ウルリヒ教会を訪ねただけですが、行く途中で街の人に声かけられ道を教えていただいたり、わずかな滞在時間ながら印象に残る街でした。
ローテンブルクは2度訪れました。
やはりこの街はドイツの旅先としては外せないです w(^o^)w!
あの仕掛け時計の市庁舎に登られたのですか?そんなことができるなんて…知らなかった...(。_。)!
城壁もすべてではありませんが、歩きました。
同じ街を訪れていながら、別角度から見た街の様子を拝見させていただきました。
ありがとうございました。

投稿: 慕辺未行 | 2013年10月29日 (火) 23:42

★慕辺未行さま

確かに印象にのころ街ですね。
聖ウルリヒ教会は寄りませんでした。教会も今ではごちゃごちゃになってしまって、そのうえ勉強不足です。

ローテンブルクの市庁舎はその前にある方の建物ですよ。急な狭い螺旋階段を上るんです。この頃もう趣味化しています。上からの景色がこたえられませんので。
城壁歩きも面白いですね!
ありがとうございました。

投稿: tona | 2013年10月30日 (水) 08:35

 木組みの家や、三角とんがり屋根の家、茶色の屋根はドイツのシンボルですね。

 9月半ばのローデンブルグの街角の花壇には色とりどりの花が咲いていました。

城壁もかなり歩きました。
城壁のある古い小さな町もありました。

 ローデンブルグ市庁舎の塔に上がる階段は、上の方は狭く急だったと覚えていますが…
上から眺めると緑の多い街でした。

すべてを懐かしく拝見さしていただいています。

投稿: 夢閑人 | 2013年10月30日 (水) 19:14

★夢閑人さま

このあたりは木組みの家が多いですね。
みなとても古そうです。

1か月遅いですがお花はまだ見られました。気候が違うせいか、寒くなっていてもまだ咲いているのが不思議でした。

そうです!市庁舎の塔の階段は最後はとても急で狭かったです。一緒に上った人に高所恐怖の人がいて最後の階段が上れなくて残念そうでした。
上から眺めますと、すぐ近くに牧場のような沃地が迫っていて驚きました。城壁の外はすぐ緑多い地帯なのですね。
終日雨で城壁も四分の一しか歩けなくて残念な思いをしました。雨ですと能率が悪いです。
コメント有難うございました。

投稿: tona | 2013年10月30日 (水) 20:33

ドイツの息づかいが聞こえてきそうです。伝統と歴史が伝わってきてそういうところに身を置いてみたい気になりました。
だけどヨーロッパの中では色々と苦難な時代も多かったのですね。
建物は古いものが多いのですね、それに今も使われているようで日本から見れば国柄の違いを感じさせられます。
日本のように島国で外国からの侵攻を受けることがなかったというのは本当に珍しいことです。
当然国の防衛ということも昔から強いものがあることでしょうか。
ドイツを見て色々と考えさせられることは多いですね。随分と理解できたような気がします。やはり短期の滞在ではわかりませんね。随分研究されていると思いました。

投稿: macchanny | 2013年10月31日 (木) 10:10

★macchannyさま

材質が木でもどうしてこんなに長く家がもつのでしょう。修繕に修繕を重ね、古いものをとことん生かして、少々不便でも建て替えないで生活するという姿勢はどこの国にも共通しています。
日本は民族・宗教の対立がなく、島国で襲われるということが元寇以外にはなかったという稀有の国ですね。ですから防衛面ではよその国に敵いません。
歴史に関してもとても勉強不足でした。
キリスト教に関してもさらなる勉強が必要と常に感じます。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2013年10月31日 (木) 12:53

シュプリーム ショット

投稿: バンズ シュプリーム | 2013年11月14日 (木) 12:59

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