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2013年11月 5日 (火)

ドイツ紀行10(最終回)ベルリン

川口マーン恵美著の『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』が帰国してみると本屋に山積みになっています。どんな内容なのでしょう。これは読んでみなくては。

Photoドイツの首都ベルリンは、人口約350万人で東京23区の1.5倍の面積。多くの公園や水路、湖をかかえているのでごみごみしていない。
歴史の渦に翻弄され続けたベルリンは1961年8月13日、一夜にして「壁」が築かれたが1989年11月9日、突然ベルリンの壁に穴が開いた。翌年東西の東西ドイツは再統一を果たし首都に返り咲いた。まだ建設中の場所が多い。

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                      東西の国境線420x280_3
チェックポイント・チャーリーは東西ベルリンの境界に設けられた3つの検問所の1つで、アメリカが管理していた。これは西側から見たポイントで写真はソ連兵。420x280_4
統一ドイツのブランデンブルク門 1788~91年にプロイセン王国の凱旋門として、アテネの神殿の門を手本に建てられた。420x280_5
門の上の勝利の女神と4頭立ての馬車カドリガは、1806年にプロイセンを破ったナポレオンがパリへ持って行ってしまったが、1814年にベルリンにもどったもの。420x280_6
ブランデンブルグ門の近くに「ユダヤ人犠牲者記念館」がある。虐殺されたユダヤ人に捧げられた記念碑で2711本のコンクリート製ブロックがある。420x280_7
           ベルリンは、菩提樹の黄葉真っ盛りできれいだった420x280_8
トラバントが走っていた。東ドイツが生産していた小型乗用車。歴史文化財として特別に許可を得た車両以外は走行できなくなっている。「ボール紙のボディの車」と呼ばれたが、基本材料は綿の繊維を使った繊維強化プラスチックだ。420x280_9
          ベルリン大聖堂 ホーエンツォレルン王家の墓所がある420x280_10
    フィルハーモニー 1963年完成。東京のサントリーホールの手本になった420x280_11

シュプレー川の中洲には5つの博物館が集まっている。その中のペルガモン博物館を見学。世界遺産である。
古代ギリシャのペルガモン(現トルコ・ペルガマ)の「ゼウスの大祭壇」(紀元前180~159年)420x280_12
               古代バビロニアの「イシュタール門」280x420
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最後にベルリン文化フォーラムの「絵画館」を訪ねる
ラファエロの聖母4点 これで代表的なラファエロの聖母を大体見ることができた420x280_14
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            ブリューゲルの「ネーデルランドのことわざ」420x280_18
フェルメール「真珠の首飾りの女」「紳士とワインを飲む女」も見ることができ、これで残るは、ミスで見られなかったニューヨークのフリック・コレクション3点だけになった。

今回のドイツ旅行の大きな目的がラファエロとフェルメールを見ることだったのですが、敗戦から大きく立ち上がって経済成長を遂げた、それも美しく町並みを揃えたドイツからいろいろ学ぶことができました。
残念ながら暮らしたわけではなく、観光客との擦れ違いが多いだけで、ドイツの人々との交流は殆どなかった。出会ったドイツ人は、アメリカ人やイタリア人のような陽気さやこぼれるような笑顔はないけれども、決して意地悪ではない大人の人々なのです。

今回同行の人ですごい人に出会いました。帰りの空港での待ち時間に見せていただいたノートです。
1冊のノートいっぱいに16日間の旅行記がもうまとめてあったことです。記念の入場券なども貼ってあって、あとは写真を貼るスペースがとってありました。何でも朝早く起きて前日のをまとめたとか。私の隣町に住んでいるこのご夫婦は、東海道を5回16日間で歩いたとか、都内の川を源流から歩いたとか、歩く達人なのでありました。御主人は公園の桜守で1年中世話をしているという。

長い長い紀行文を読んでいただいてありがとうございました。

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コメント

さいごに隣町の偉人が登場する、なんと気の利いたオチなんでしょう!

投稿: 佐平次 | 2013年11月 6日 (水) 10:18

こんにちは
 
とうとう最終回なのですね。
本当に色々なドイツを見せていただきました。生活してみてどんな感じがするかや、ドイツ人の皆さんのお人柄などは、
旅からはなかなか分かりづらいかもしれませんが、きっと五感で
感じられたものもたくさんおありでしょうね。
帰国されたら『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』という
本が出版されていたとは、なんとタイムリーな。
どんなことが書かれていて、tonaさんがお読みになったら
どうお感じになるのか、興味がわいてしまいました。
もし読まれましたら、記事にして下さいね。
 

tonaさんがこれだけの紀行記事をまとめてご紹介くださった
のにも脱帽ですが、旅のお仲間の早業にはびっくりです。
たしかに記憶が真新しいうちに書き留めておけば素晴らしい記録が
残りますが、なかなかそこまでできませんね。

投稿: ポージィ | 2013年11月 6日 (水) 10:22

★佐平次さま

この偉人が、さらに旅行中に何枚も絵を描いた人です。ホテルに入るとひっくり返っているわが身とは大違い、人生を有効に元気に生きています。
コメントありがとうございました。

投稿: tona | 2013年11月 6日 (水) 16:06

★ポージィさま

最後のポツダム、ベルリンのガイドさんが日本語を話すドイツ人女性だったのですが、いろいろ説明してくれて親切でしたが、かなりクールでした。日本人はせっかちとも評されました。
ハンガリーの私の記憶に今でも残るガイド、アズロさんとは大違いで彼は日本的なハンガリー紳士でした。
タイムリーな本はケチって図書館に予約しましたら20人待ちでした。読みましたらご報告します。

そう、こんな方は今までの旅にはいませんでした。旅行の自由時間には絵も描くし、私なんかがとても回れない美術館でもちゃんと重要なのを見ているのですよ。
雑学大学のある地元の方なのでそのうちお会いできるかもしれません。奥にいろいろなものを秘めておられる方のようで感動の人でした。
コメントをありがとうございました。

投稿: tona | 2013年11月 6日 (水) 16:17

遅くから失礼します。
本当にじっくりドイツを観光されましたね。
私は、ロマンチック街道、ベルリン、
ローテンブルグくらいしか思い出せません。
多分それ以外は未訪だからです。

リーメンシュナイダーの大作も紹介下さり
ありがとうございます。
モーツァルトの曽祖父の家も見たかったです。

ようやく本日アップのスタートです。

投稿: matsubara | 2013年11月 6日 (水) 16:33

★matsubaraさま

お帰りなさい。1週間でしたが日本にいらっしゃないと何だか寂しかったです。
お疲れのところをコメントいただきありがとうございます。

今回のドイツは実質13日間でしたので、北のハンブルクなどは行かれませんでしたがぐるっと回ることが出来ました。長くて少々疲れましたが。
ブログで教えていただいたリーメンシュナイダーの本はとても内容の濃い素晴らしい本でした。感謝しています。

投稿: tona | 2013年11月 6日 (水) 17:04

この川口マーン恵美さんの本は最近、新聞に大きく宣伝が出ていて
私も気になっていました。
読まれたら是非ご感想をお願いします。

以前、ドイツ人の掃除術というような本を読んだことがあります。
ドイツ人といったら几帳面で掃除好き、というイメージですよね?
我家にほんの数日ショートステイさせたドイツ人の女の子に訊いたら
彼女の家は普通だけれども(といっても写真ではとても綺麗な家だった)
叔母さんに病的な綺麗好きがいるということでした。
例えば月曜日は窓拭きの日と決めていて
雨が降っても雪が降っても窓を磨くのだそうです。

投稿: zooey | 2013年11月 6日 (水) 18:51

★zooeyさま

まあ、毎週窓拭きですか。季節に1回しか拭かない私は、押して知るべしの家の中です。
日本人は世界の中で普通レベルでしょうか。
オランダをバスで走っていた時に道路に面している家は全部レースのカーテンを開けて、置物を見せているのですが、ガラスがどの家もピカピカでした。オランダ人も相当お掃除好きと見ました。
ドイツでは道路際の家をほとんど見ませんでした。アウトバーンばかり通っていたからだと思います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2013年11月 7日 (木) 08:09

こんばんは (◎´∀`)ノ
ベルリン、思い出すのはやはり『ベルリンの壁、崩壊』です。
ソ連が崩壊した時も驚きでしたが、ベルリンの壁が崩壊された時も本当に驚きました。
そして東西ドイツの統一。
ベルリンはまさに、その『象徴的』な街ですよね。
壁があった跡、一部残る壁に描かれたアート、検問所…。教育TVの「ドイツ語会話」の中でも紹介されていたのを思い出しました。
ご同行されていた方、旅行中にそこまでされるとは?!スゴイです。
私もこまめに記録を残していましたが、あくまで”下書き”程度。帰国後に細部にわたりまとめていました。
10回にわたるドイツ紀行、充分に楽しませていただきました (^_^)!ありがとうございました。

投稿: 慕辺未行 | 2013年11月 7日 (木) 23:30

★慕辺未行さま

おはようございます。
ドイツ語会話での内容は多岐に及ぶのですね。歴史や史跡などもドイツ語と一緒に勉強すればインパクトが強いものになるでしょう。
東ドイツ脱出はチェコやハンガリーまで行ってそこで西に渡った人のことをそれぞれの国で聞き、ハンガリーでは実際にそこの場所に行きました。
ベルリンも建設ラッシュが終わると、落ち着いた東京よりずっと静かな街になるでしょう。
ネオナチも今はそれほどの活躍はないようですが、これが心配の種でもありますね。
世の中、サイトでもそして旅行先でもスゴイという方ばかりです。
こちらこそ毎回ためになるコメントをいただきありがとうございました。

投稿: tona | 2013年11月 8日 (金) 08:33

ドイツにはまだ行ったことはありませんが、ベルリンの街には特別な感情がありますね。
東西の冷戦時、ベルリンの壁ができ、数々の悲劇のニュースを見たりしています。
そしてその壁が壊された歴史的瞬間を、TVや新聞を通じてほぼライブで見ました。
私にとってはロマンティック街道のお城以上に興味のある場所です。

私の両親は60代のとき、2人でヨーロッパ熟年の旅・13日間という旅に出ましたが
母にどこが一番良かった?と聞きましたら
「ドイツ」と答えました。
「三国同盟で身近だから」だそうです。
母にとってのドイツは第二次大戦時の同盟国なのですね。
私にとってのドイツは?というより、ベルリンは「東西冷戦の象徴的な街」・・・
いつか行ってみたい所です。

ドイツ2週間の旅を精力的に短期間でUPなさったtonaさんに拍手です。
ありがとうございました。

投稿: nao♪ | 2013年11月 9日 (土) 13:22

★nao♪さま

そうなのですか。確かにベルリンの壁に関する歴史的事実は世界中で時代を超えてセンセーショナルなことでした。誰の胸にも食い込んでいる事件でしたね。1.3km続く壁のアートにもいろいろ表されていました。
壁博物館にも行きましたが、実に生々しい展示がありました。
お母様も感想もまた然りですね。
さらに変わりつつあるベルリンがきっと古い傷跡を丁寧に残すことによって、nao♪さんを魅力的に迎えてくれることでしょう。
こちらこそいろいろ感想をお寄せ下さりありがとうございました。

投稿: tona | 2013年11月 9日 (土) 13:34

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