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2013年11月 3日 (日)

ドイツ紀行9 マイセン、ドレスデン、ポツダム

Photo_2いよいよ旧東ドイツ地方ザクセンへ
ザクセンは発明王国だそうです。白磁器、機織り機、機関車、ミシン、たばこ製造機、ブラジャー、山岳ロープウェイ、屋内ボーリング場、フィルター付きたばこ、ティーパック、コースター、歯磨きテューブなど。


マイセン磁器工場
マイセン磁器のトレードマーク交差した青い剣。愛されているデザインが「玉ねぎ模様ツヴィーベルムスターZwiebelmuster」で玉ねぎに見える部分は実はザクロと桃を図案化したもので、元をたどると中国に行き着く。我が家にも戴いたのが1枚あるけれど高価なので、こわごわ年に数回しか登場しません。
マルコポーロが持ち帰った東洋の磁器に憧れたザクセン大公国王・アウグスト強王は、錬金術師ペドガーを幽閉し命じて白磁を作らせることに成功しました。その磁器工場がドレスデン郊外のマイセンにあります。憐れペドガーは磁器製造の秘密を守るため、一生幽閉されたまま、当時磁器工場が置かれていたアルブレヒト城で亡くなったのです。
ここの喫茶室でティータイム、マイセン陶磁器でお茶とクッキーをいただいたのですが…数人のカップとソーサーが欠けていたのだそうです。これって欠けても最後まで使う精神なのか、よくわかりません。日本では考えられません。カップは唇が切れる心配がありますもの。
                         見学用磁器工房で型作りや絵付けなどを見学

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        磁器博物館では圧倒されるような古今のマイセン磁器が展示されている
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ドレスデン
エルベ川沿いに商業都市として発展し、16世紀以後、ザクセン王国首都として栄えた。バロック様式の壮麗な宮殿や教会、貴族の館が立ち並んだ町は第2次世界大戦で60%が破壊された。ここはもうチェコとの国境まで約30㎞ほどです。
ドレスデンは世界遺産に登録されていたが、2009年に返上しました。市の中心地から約2㎞離れた地点に交通渋滞解消のため橋を架けようとしたところ、ユネスコから待ったが掛けられ、住民投票の結果、世界遺産より渋滞解消を選んだそうです。

                                 新市街から川越しに旧市街を望む
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                                       旧市街から新市街を望む
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よみがえったフラウエン教会 約17年かかって建てられたが、一夜にして廃墟になった。約10年かかって再建、2005年によみがえった。壁の黒い石が廃墟から拾われたもの。
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ドレスデン城の一角の城壁の長さ101mの「君主の行列」 1123年から1904年までのザクセン君主の騎馬像や、芸術家など93名がマイセン磁器のタイルに描かれている。タイルは2万5000枚使用しており、戦災を免れた。420x280_13
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                                              アウグスト強王420x280_15
ツヴィンガー宮殿 1732年にアウグスト強王の時代に建てられた。
ここの一部分にあるアルテ・マイスター絵画館で、フェルメールの「取り持ち女」「窓辺で手紙を読む女」とラファエロの「サン・シストの聖母」、ジョルジョーネの「眠れる美女」を見ることができました。420x280_16
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ゼンパーオペラ(ザクセン州立歌劇場)1816~26年にゼンパーにより建設されたヨーロッパ屈指のオペラハウス。420x280_18
           初代音楽監督だったウェーバーの像。その後任がワーグナーだった。280x420_4

ポツダム> ベルリンの隣町

サンスーシー宮殿 世界遺産

風車 宮殿の隣のこの風車は1700年代に、オランダから職人が来て作ったもので、元は粉ひき用だった。420x409
                                                 宮殿入口付近420x280_19
プロイセン王のフリードリヒ大王(在位1740~86年)が夏の居城として建てたロココ様式の華麗な宮殿で、王は殆どこの宮殿で過ごしたそうだ。階段状のブドウ園の上に建てられている。420x280_20
                                                     庭園420x280_21
フリードリヒ大王と愛犬11匹の墓 南米からもたされたトマト、ナス同様ジャガイモもヨーロッパでは薄気味悪いと言って食用にされなかった。大王はジャガイモを奨励しドイツをジャガイモ王国にした。王の墓にはジャガイモが飾ってある。
大王の遺体はあちこち転々としたが東西統一を経た1991年に、大王はようやく生前の希望通りに愛する犬たちとともにここに眠りについた。420x280_22

ツェツィーリエンホフ宮殿 ポツダム会議の舞台で世界遺産
ホーエンツォレルン家の最後の皇太子がヴィルヘルムが家族とともに住んでいた。城には皇太子妃ツェツィーリアの名前が付けられ1917年に完成した。
第2位次世界大戦末期米・英・ソ連の首脳会談が開かれ、ドイツの戦後処理などが話し合われ、会議が開かれた部屋が当時のまま保存されている。420x280_23
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コメント

こんにちは
 

東西ドイツが統一されてから、もう20年以上になるんですね。
思えばドイツも激動の歴史を歩んできたのですね。
そして伝統なども大切にしつつそれを乗り越えてきて、
現在はEUの中心的存在なのですから改めてすごいなと思います。
 

ザクセンで発明された数々のもの、お世話になったことの
ないものは無い、という感じですね。あれもこれもみんな
ザクセン発だったとは知りませんでした。
マイセンの器は高嶺の花、ふだんは目にすることすらありませんが、
製作の工程をご覧になれたのですね。楽しそう。
そういう手仕事を見るのは大好きです。
 

ドレスデンの世界遺産登録返上の話は、富士山の文化遺産登録に
ちなんだ色々な話の中で知りました。
登録された後、様々な問題に苦慮している所もあると聞きますが、
日本の各地や富士山、どうなっていくでしょうね。
 

今回もありがとうございました。
コメントは、なんだか変な内容になってしまってすみません。

投稿: ポージィ | 2013年11月 4日 (月) 11:21

★ポージィさま

国内が日本同様めちゃめちゃに爆撃されたのに、今は日本同様に新しくなったのですが、殆ど新しくしてして面影がない日本と違って、昔の設計図通りに修復していますので、爆撃前とほとんど変わらない状態で(爆撃前の絵や写真でわかります)蘇りました。凄いことですね。
私たちは不便だけれども歴史的な建造物に囲まれて生活するより、より便利な生活をする方を望む民族なのだと感じました。私も電気製品にしても次々性能の高いものを求め、例えば網戸もしっかりしたもの、お風呂も最新式の押すだけで湯が張れるなどを求めました。一生に途中で家を建て替える人が殆どですよね。

世界遺産登録は後が大変だそうで、不便な生活を強いられている人もいるそうで手放しで喜べませんね。ドレスデン市民は苦渋の選択をしたのですね。
こちらこそいつも教えていただけるコメントをありがとうございます。

投稿: tona | 2013年11月 4日 (月) 16:12

マイセンのブルーオニオンのコーヒーカップを一組だけ持っています。
しかし、マイセン陶器工場のティールームの
カップが欠けていたとは…
信じられません。
本当に日本では考えられないことですね!?
街の状態は爆撃前とほとんど変わらない状態に残しても
小さな茶器には気を遣わないのでしょうか?

投稿: zooey | 2013年11月 4日 (月) 19:22

★zooeyさま

まあ、ブルーオニオンのコーヒーカップでの紅茶!美味しいでしょうね。

欠けたカップとソーサー、一体どうしてでしょう?
繊細ではないとか、ケチ(無駄にしない国民性)とかいろいろな意見が交わされましたが、真相がわかりません。
まだまだ理解できないことが時々起りますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2013年11月 4日 (月) 20:34

こんばんは (◎´∀`)ノ
いよいよ旧・東ドイツですね。
ふと考えると、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツが統一されて四半世紀近いのですよね。「もう…?」って感じです。
マイセンのご紹介の話、かつて学んでいた『NHKドイツ語会話』の中で聞いたことがあります。
その製造法を『門外不出』にしたからこそ、マイセンという名声を高めたのでしょうね。
もちろんこのきれいな白磁を作った錬金術師のその後が気の毒だったことは、言うまでもありませんね。
憧れの陶磁器ですが、とても買えません (>_<)!テディベアと同様、ウインドー越しに楽しむだけでした (^_^;;ヘヘッ!
ドレスデンの街並みもやはり映像では見たことがあります。
旧・東ドイツの中でも人気のある町のようですね。
フラウエン教会、本当に美しい教会ですね。
再建できてよかったです。
『世界遺産』を返上してまで造られた橋、つい最近完成したのでは?ネットのニュース(写真)を見たような…?
そしてポツダム。
ベルリンのすぐ隣の街。『ポツダム宣言』がなければきっとあまり知られなかっただろう街。
こんなきれいな宮殿があるとは、知りませんでした。
最終回、すでに投稿されていますが、そちらは明日以降の楽しみにしておきます (^_^)!

投稿: 慕辺未行 | 2013年11月 5日 (火) 23:44

★慕辺未行さま

おはようございます)^o^(
日本は昭和20年に終わった戦争ですが、ドイツはそのあとしばらくして壁が作られ、そして長い間の分断を経て統一、その後も格差に苦しみながらEU一の経済力をつけてきたというその年月もこんなに経ってしまったことを実感しました。

今でいう企業秘密は、当時は人間をもう一生外に出さなかったという悲劇を伴っていたわけで、いかにマイセン陶磁器の優秀性を示しているかです。イギリスのウェッジウッドとかヨーロッパの磁器もなかなかに高価ですね。
フラウエン教会の再建の話もテレビで数回見ました。がれきの中の石をジグゾーパズルみたいにつなぎ合わせていったというその執念は果たして日本にはあるでしょうか。
世界遺産を逃した橋はどこのか特定できませんでしたが、これはこれで判断は正しかったでしょう。

ポツダムはプロイセン王の離宮の町で綺麗なところでした。ポツダム宣言があまりに有名で、おっしゃるように、これがなかったら忘れられていたことでしょう。ベルリンから20分くらいでしょうか。
コメントありがとうございました。

投稿: tona | 2013年11月 6日 (水) 08:39

 おはようございます。
 盛りだくさんのドイツ旅行記、ゆっくり楽しませていただきました。
 ミュンヘンやドレスデン、バイロイトなど、ふだんから演奏会場の内部の映像はよく見て知っているのですが、街の細かい様子などはあまり見る機会がないので、興味深く拝見させていただきました。
 フェルメール、また、コンプリートに近づきましたね。こうなるとアメリカの3枚がほんとうに残念ですね。何かの拍子で日本に来るようなことがあればいいのですが。

投稿: Nora | 2013年11月13日 (水) 10:48

★Noraさま

こんにちは。
まあ、読んでいただいたのですね。
ありがとうございます。
バイロイトでは修復中で中に入れなかったのです。でもガイドさんから音楽祭の時の様子を詳しく聞くことが出来ました。
意外に大変な音楽鑑賞の様子がわかって驚きました。あちらのワーグナーのファンの方はとても忍耐強いです。
まわりの環境が素晴らしくていいところです。

おぉ!もうとてもアメリカ方面は体力的には無理ですので、おっしゃるようにいつか日本に来てくれますように・・祈ります。

投稿: tona | 2013年11月13日 (水) 14:10

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