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2013年12月30日 (月)

山口百恵

283x420お正月に読む本が足りなくなりそうで、読みでがありそうなので買ってきたのが『文芸春秋』新年特別号です。
特別企画として「世界が驚愕した日本人54人」と言う記事があります。
46人しか見当たらなかったですが、その中には藤原道長や葛飾北斎、吉田松陰、高杉晋作から福沢諭吉、松下幸之助、川端康成、手塚治虫、小沢征爾、北野武、中田英寿など誰でも知る著名人がずらりですが、10人近くは知らなかった人。女性は山口百恵と実在人物ではない、サンリオの女児向けキャラクター・ハローキティだけ。

世界と言っても中国だけの話ですが、「山口百恵は楊貴妃の末裔である」のだそうだ。
どうしてかは割愛するとして、百恵ちゃんは日本では歌手としての評価が高いが、中国ではドラマ、映画での人気が圧倒的。容姿の清純な美しさに見合う内面の美と、引退以来、決して人前に出ないというその姿勢が神秘化に拍車をかけているという。そして中国に反日の嵐が吹き荒れても揺るがず中国人を魅了し続けているのだそうだ。

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癌であったことを最近知ったのですが、田部井淳子さんの記事も載っていました。
2007年、2009年、2012年(余命3ヶ月宣告)と3回も摘出手術を受け、放射線治療と2012年は抗がん剤投与で副作用がひどかったにもかかわらず、登山を続けていて、最近もエルサルバドルの最高峰に登ってきたそうな。今は寛解(病気の症状が、一時的あるいは継続的に軽減した状態。又は見かけ上消滅した状態)だそうだ。副作用と闘いながら癌に打ち勝ったのです。
「そうだ、騒ぐな、オタオタするな。現状を受け入れ、一番いいと思うことをやれ」と言い聞かせたとか。
こんな強い人のまねはできないけれども、自分が癌になったらこの精神で行きたいなあ。

今年もありがとうございました。良いお年をお迎えくださいませ。

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2013年12月26日 (木)

東京ミチテラス

297x420昨日(25日)の朝日新聞朝刊にも載った「東京ミチテラス」に24日の初日に見に行ってきました。
丸の内駅舎前から皇居外苑の方へつながる通りに、七色に光るレールが敷かれ、その上に蒸気機関車や新幹線の車輪をモチーフにした光のオブジェがを展示されている。
皇居外苑側で高くせりあがり、天空へと続く「希望の光」となっているそうです。レールの脇も花で彩られている。

左突き当りが東京駅。線路の途中が横断道路になって車も走っているので、チラシのように正面から東京駅を見ることはできません。
色が七色にどんどん変わっていきます。スカイツリーの時のような感じでした。280x420
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新幹線E5系の車輪。このほかに140年にわたる日本の鉄道の歴史を彩ってきた「1号機関車150系」「D51形」「EF60形」があります。420x280
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                   天へと上がっていきます280x420_7
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見ている人の中には「何だ、たったこれだけ」と係の人に文句を言っている人がいました。LED満艦飾のイルミネーションとは異なっていますが、SLを見るように楽しめました。

丸の内仲通りのイルミネーション。駅舎修復前はここで東京ミレナリオが開催されていました。280x420_10

                   男鹿のナマハゲの宣伝280x420_11
東京駅地下一階エキナカにある銀の鈴(4代目:2007年)
鈴の周りの床は江戸の古地図です280x420_12
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                八重洲地下街のイルミネーション420x315

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2013年12月23日 (月)

『新島八重の茶事記』筒井紘一著

ドラマの最終回で母親を訪ねたあと、お茶の稽古に行く様子が映されていました。
46歳で襄を看取ったのち、2年後には敬愛していた兄を、その4年後には心の支えの母と姑を亡くした。
しかし八重さんは喪失感にもめげずに、襄亡き3か月後には日本赤十字社の正社員になり、4年後の日清戦争では篤志看護婦として傷病兵の救護活動に参加する。
と同時に裏千家に入門する。孤独になった八重を支えたのは茶の湯だった。一心に稽古に打ち込み、その修業はすさまじい。4年間ですべての許状を与えられるというスピードは一種異様なものだったという。
江戸時代までは男だけがたしなんだ茶道も幕末、明治初期には衰え、再興したのが女性たちであった。その一人が八重だったわけで、同志社などたくさんの人脈を持ち、学校に茶道部を置き、自らも茶道の指導者となって広めっていった。

著者は書いている:茶道とは八重がそうであったように、精一杯職場で働き、あるいは家庭を支えてきた女性が、別の世界にも自分の興味関心を広げていく。茶道は自分を新たに鍛える道でもある。それによって知識を蓄え、多くの友人を持ち、より人生を豊かにしていくことができる。八重が歩んだ道は、多くの女性たちの眼の前にも広がっているのである、と。
学生時代に茶道を習っていてその後は御無沙汰の私も、確かに茶道は、日本の伝統に関するあらゆる知識が必要であると実感します。着物、焼き物、塗り物、花、書道、歌、建築、造園などの他、歴史にも精通することが要求され、茶道の心を学んでいくとその奥深さは計り知れません。
お金もかかります。

八重さんは88歳で亡くなる前日まで元気に茶会に出席し、帰宅後急に体調を崩し、翌日急性胆のう炎のため自宅で永眠されたそうで、まさしく理想的大往生の人でした。

ベコニアの花をじっくり観察したことがなかったのですが、雌花を発見。
雌花は花弁が5枚。殆ど見られません。420x396

 
                    雄花は花弁が4枚420x378

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2013年12月20日 (金)

カイユボット展 ブリヂストン美術館

600x417あのとても印象的な「床削り」(オルセーにあって今回は来ていない)を描いたカイユボットの展覧会が今月末まで開かれています。
貧しい画家が多い中、カイユボット(1848~1894)はロートレックと同様にブルジョア階級で裕福でした。
5回にわたって印象派展に参加する画家であるとともに、仲間の作品を購入して経済的に支えたり、印象派展の開催にも経済支援を行った人物です。
生涯に描いたのは590点が知られているようですが、画家としての知名度はありませんでした。
それは裕福だったので売る必要がなかったとか短命であったとか行方が分からないもの・個人所有が多いとか、画家としてより印象派のパトロンとして評価されてしまったということです。
事実63点の今回の作品のうち、個人蔵が半分以上を占めています。

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さて、作品ですがまず自画像(2枚目のパンフレット)を見て、裕福な紳士というよりちょっといかめしいけれども普通のおじさんでした。40歳頃です。
初期の頃は、ブルジョアでありながら「床削り」やパンフレット3枚目の「建物のペンキ塗り」などのように労働する人々を描いています。
2枚目の「ピアノを弾く若い男」(これはブリヂストン美術館蔵です)は音楽家であり写真家でもあった弟が弾いています。このピアノは実際にこのような形でして、美術展に展示されていました。室内を描いた他の作品を見ても、その豊かな生活がわかり、室内に入った光をうまく捉えて描いています。
そして1枚目にあるような近代都市パリの風景が多く描かれるようになります。広角レンズで覗いたかのような拡がりがあるようだと評されます。
その後、彼はパリを離れ、近郊に居を移し、園芸やボートレースに熱中し、作品はボート遊びや付近の景色や花や静物画へと変わっていきます。
他の印象派の画家のようなタッチになっていきました。

私の週刊朝日百科:世界の美術には、カイユボットに関して「床削り」1点と10行くらいしか書いてありません。
こうして、世界各国から60点余も取り寄せられ、回顧展が開かれることは凄いことであり、またありがたいことでカイユボットが身近に感じられるようになりました。

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2013年12月17日 (火)

宇宙をおもえば

大宇宙の存在を意識すると小さな地球の片隅のちっぽけな自分、くよくよするな、とよく言われる。
雑大(雑学大学)の先生にも言われました。
どんなに宇宙が広いか大きいか、教えていただいたのです。

我らがいる銀河系のディスクの直径が約8万~10万光年「1光年とは・光の速度で、1年間進み続け到達出来る距離。 光の速度は秒速30万キロ(地球一周が約4万キロなので1秒間に地球を7周半するスピード)そのスピードで1年間進み続ける距離。約9兆4千600億キロになる」。
中心部のディスクの厚さは15000光年で凸レンズ状をしている。銀河系を直径130㎞に縮めるとその中の太陽系は2㎜の大きさになる。今の年齢が129億年。約2000~4000億個の恒星が含まれている。
これだけ聞いただけで、もういくら想像しても気が狂いそうなほどで、その大きさが掴めません。
それなのに我が銀河系のお隣にはアンドロメダ銀河(M31)が存在し、宇宙にはこのような銀河が1000億も存在すると言われた。
これを聞いては、はっきりとは見えない星空を仰いで、何事も気にしない変人になりたいと思う。
が現実には残り少ない人生を丁寧に真面目に生きていかなければならないし、性格はなかなか変えられないのです。

ムラサキツユクサ(ツユクサ科)の開花時期は4月から7月だそうだが、道端にまだ咲いています。
たくさんの蕾を付けています(初めて気が付きました)!先端の花が最初に咲き、順に基部の方に咲き進んでいます。
ツユクサには種が出来ますが、ムラサキツユクサにはできるのでしょうか?教えてください。
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2013年12月13日 (金)

梔子の実

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梔子(茜科)の実が初めて生りました。八重咲きには生らないで一重咲きに生ります。
以前、八重の梔子を買ったのですが、葉が虫に食われて、木そのものが枯れて消滅してしまいました。
ところが数年前から自然に出てきた一本が一重で昨年から花が見られ、今年は実が8つも付きました。
実はオレンジ色で、とても固い。実の口が開かないところから「口無し」の名がついたという。
花言葉は「私は幸せ者」「とても幸せです」「優雅」「洗練」「清潔」「喜びを運ぶ」

かなり前、栗きんとんに使ったことがあります。
それ以来ご無沙汰の梔子の実ですが、サフラン代わりに代用できてパエリアなどに使えるとのこと。だしパックに入れて砕くのがこつとか。サツマイモの煮つけにもいいので使うのが楽しみです。
そろそろ収穫です。

同じく植えた覚えがなく、近所にもないのにベコニアもどこからか飛んできて2鉢、今咲いています。248x330

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2013年12月10日 (火)

テレビ三昧

ブログのタイトルのような日々なので、暇で当然テレビをよく見ます。実に怠惰な日々です。
話題に事欠いて今日は先週見た番組を羅列したりしちゃって。
かなりたくさんあるので重なったりで、殆ど録画にして、時には1.3倍速や倍速で見、パソコンを広げながらのときは、パソコンの方に頭が行って、テレビは何も見ていなかったりです。
ニュースの他に
月曜日:「にっぽん百名山」「ワイルドライフ」「謎解き!江戸のススメ」「日本こころの歌」
火曜日:「京都2000年の旅」「空から日本を見てみよう+」「ヨーロッパ空中散歩」「にほん風景物語」
水曜日:「歴史秘話ヒストリア」「城下町へ行こう」
木曜日:「地球イチバン」「歴史館」「コロンブスの台所」「鉄道絶景の旅」「地球バス紀行」
金曜日:「ぶらぶら美術館」「世界の名画」「地球絶景紀行」「絶景百名山」「池上彰の戦争を考える」
土曜日:「美の巨人」「世界ふしぎ発見」
日曜日:「日曜美術館」「ダーウィンが来た!」「八重の桜」「いま世界は」「笑点」 

我ながらかなり偏っていること、全然分野を広げてテレビから学ぼうとしてないことに慄然としました。理科離れ。
さらに映画は今日で100本、うち映画館はたった2本、借りてきたのは1本、テレビからが数本、あとは娘がWOWOWで録画してくれたものです。

何かお薦めのテレビ番組がありましたら教えてください。

        柚子(実家から)      とらやの「柚子ごよみ」(娘たちから)
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2013年12月 7日 (土)

京都へ(3)

3日目は午前中にポスターと八重さんに関係するお寺などを回って、午後は昼食と買い物で15:24ののぞみに乗り、家には19時10分前には到着しました。

●南禅寺 三門と水路閣と天授庵:今年のポスター「そうだ、京都行こう」の写真のところです。
鎌倉時代に京都五山の上に列せられた寺格を誇る名刹である。臨済宗南禅寺派の本山で、創建は正応4年(1291)にさかのぼる。

<三門> 石川五右衛門が楼上で「絶景かな」と叫んだそうだが、実際には五右衛門の死後30年に建てられた。上れなかったが今も昔と同じく眺めは絶景だそうだ。420x280
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<水路閣> 明治時代、琵琶湖の水を京都に引くために、この水路閣やインクラインが建設された。
全長93.2m(幅4m、高さ9m)のレンガ、花崗岩造り、アーチ型橋脚の風格ある構造物。420x280_4
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                              水路閣の上は今でも水が流れている420x280_6
<天授庵> 南禅寺の開山第一世大明国師の開山塔。細川幽斎によって復興せられた。本堂の襖絵は長谷川等伯の筆になる重要文化財であるが、非公開である。

            本堂前庭 枯れ山水で幾何学的な石畳と石と白沙と緑苔からなる。420x280_7
      ここがポスターの場所で、ポスターでは右側に紅葉がきれいに写っている420x280_9
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●永観堂禅林寺 浄土宗西山禅林寺派総本山
「もみじの永観堂」として知られる。鮮やかな紅葉は岩垣紅葉と言われここにしか見られないという。
本堂である阿弥陀堂には見返っておられる「みかえり阿弥陀」がまつられていました。・・・それは遅れる者を待つ姿勢、思いやり深くまわりをみつめる姿勢、そして自分自身をかえりみ、人々と共に前へ進む姿勢なのだそうだ。

                                                   唐門420x280_13
                                                    多宝塔420x280_14
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●金戒光明寺 浄土宗大本山 紫雲山・くろ谷
京都守護職であった会津藩主・松平容保公本陣旧蹟。1862年入洛。境内の北東には会津墓地があり、幕末の会津の戦死者たちが祀られている。
いろいろな遺品などと共に新島八重さんの和歌なども陳列されていました。

                                                  御影堂420x280_25
                                                 紫雲の庭420x280_26
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                                     山門 なかなか立派な門420x280_30

●平安神宮 平安遷都を行った第50代桓武天皇を祀る神社として創祀された。皇紀2600年にあたる1940年(昭和15年)に、平安京で過ごした最後の天皇である第121代孝明天皇が祭神に加えられた。
                                                  応天門420x280_31
                                                 外拝殿420x280_32
                                                  白虎楼420x280_33
                                                体験舞妓さん280x420
これで終わりです。見ていただいてありがとうございました。







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2013年12月 4日 (水)

京都へ(2)

2日目は一日フリーだったので、まず向かったのが京都駅の次の駅にある紅葉の名所通天橋で有名な東福寺です。
●東福寺 京都五山の禅宗寺院
摂政関白・九條道家造営(1236年)。開山は日本で最初に国師と称された聖一国師。

広大な境内には北谷、中谷、南谷の三つの渓谷があり中谷に架かるのが通天橋。方丈と開山堂を結んで架かるこの橋から眺める紅葉は絶景。420x280
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開山堂 聖一国師を祀る。毎夜11時45分から18回、750年もここの鐘楼で鐘が鳴っているそうです。420x280_10
                                  開山堂の庭園は江戸中期のもの420x280_11
方丈庭園(八相の庭)は昭和の名作庭家・重森美玲の傑作です(昭和14年)。市松模様の庭だけ知っていました。方丈とは禅宗寺院の僧侶の住居と初めて知りました。420x280_12
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                         三門 国宝で現存最古最大。室町初期の再建。420x280_17
                                   東司 室町初期の遺構の便所420x280_18
                          禅堂 最古最大の座禅道場。華頭窓が美しい。420x280_19
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●泉涌寺 中国から請来された楊貴妃観音像があるというので、東福寺の近くの泉涌寺へ。
東山三十六峰の一嶺・月輪山の麓にたたずむ、今でも泉が涌きつづける泉涌寺は弘法大師が庵を結び、のち月輪大師により伽藍が完成した。
仏殿(重文) 謡曲「舎利」の舞台。伝運慶作の阿弥陀・釈迦・弥勒の三世仏が安置されていました。420x280_21
霊明殿 明治天皇によって再建されたもので、天智天皇以来の歴代天皇の御尊牌が奉祀されていて、皇室との御縁が深い。420x280_22
楊貴妃観音像(重文)パンフレットより 玄宗皇帝が楊貴妃を偲んで彫らせたという伝承の像を1230年に湛海律師がいただいてきた。絶世の美女を拝みました。272x420
タクシーで京都駅へ、電車で嵐山へ出る。
●清凉寺(嵯峨釈迦堂)国宝・生身の本尊釈迦如来像の御開帳ということで参拝
                                     
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本尊釈迦如来(パンフレットより) 三国伝来(インド~中国~日本)で日本三如来の1つ。インドから伝えられたこの像を、奈良東大寺の僧、奝然(ちょうねん)上人が模刻し日本に持ち帰った。体内に絹で作られた五臓六腑が施入されていて、これも国宝。260x420
   大覚寺そばの「一休」にて嵯峨豆腐の昼食を楽しむ
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●大覚寺(嵯峨御所) 弘法大師を宗祖と仰ぐ真言宗大覚寺派本山で門跡寺院です。
生け花発祥の花の寺で「いけばな嵯峨御流」の家元でもあり。また、時代劇・各種ドラマのロケ地として有名です。
各建物は全部渡り廊下でつながっていて、特別に嵯峨菊が展示され、廊下に沿っても並べられていました。420x280_38
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●嵐山 タクシーの運転手さんに寄れば、今年の紅葉は全然だめだそうです。確かに。420x280_34

電車とバスを乗り継いで金閣寺へ
●金閣寺 世界遺産の1つ。 日本人より圧倒的に外国人が多かった。420x280_35
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●東寺 世界遺産の1つで五重塔は9つの国宝の1つ。朝5時過ぎには開くそうで夕方4時過ぎに到着したら、もう閉まっていました。
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●京都駅で420x280_37
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2013年12月 1日 (日)

京都へ(1)

晩秋の京都へ、28日から3日間行ってまいりました。
最後の紅葉を見ようと京都中がごった返していました。
今回はツアーの二日目が終日自由行動ということとプレミアムということで、申し込んだのですが、なんとびっくり、新幹線グリーン車に乗せられ、名古屋で下され、京都から迎えに来たバスに乗り換え2時間かけて京都に向かったのでした。新幹線なら30分なのに。おかげで2つ目の見学の三千院は日が暮れて美しい紅葉が見られないというお粗末さと、おまけに食事も貧弱でした。旅行社の悪口はめったに言わない私ですが、今回はグリーン車でなくていいのだから京都まで一直線に、値段はもう少し高くしていいから旅行用らしい食事をとアンケートに書きました。

●醍醐寺 京都の世界文化遺産17の寺社の1つ。ここの五重塔は国宝に指定されている9基のうちの1つ。真言宗醍醐派総本山で創建は弘法大師の孫弟子の理源大師。豊臣秀吉が開いた「醍醐の花見」で有名で、三宝院に太閤しだれ桜があります。

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                       仁王門420x280_2
五重塔 同じく国宝の羽黒山の五重塔とともに、緑がかった渋さと安定感で大好きな塔です。この安定感は、相輪が13mもあって38mの塔の高さの三分の一を占めるからです。280x420
           三宝院の唐門(国宝) 勅使門で3年前復元された420x280_3
          弁天堂 朱塗りの弁天堂と紅葉が水面に合っている420x280_4

●三千院門跡 歌にも歌われる大原三千院は、天台宗五箇室門跡の1つで、宮門跡でもある。
               大原の里の柿が夕日に輝いていた420x280_5
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往生極楽院 『往生要集』の著者恵心僧都源信が建立。国宝の阿弥陀三尊像が安置されている。脇の両菩薩は少し前かがみに跪く「大和坐り」です。420x280_7
                    パンフレットより
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                 シロシキブ(クマツヅラ科)420x280_8

●ライトアップの清水寺 北法相宗大本山 
ここも遺産の1つ。延鎮上人が音羽の滝をたずねあて、坂上田村麻呂が仏殿を建立。舞台造りの本堂(国宝)は江戸時代初期に再建された。多くの長大なケヤキの柱(139本という)が「舞台」と呼ばれるせり出し部分を支えている(釘は使われていない)。このような構造を「懸造(かけづくり)」といい、何年もつのでしょうか、次に使うケヤキがもう何処かで大きくなっているという。清水寺成就院の庭園もライトアップされていて、これぞ幻想的という言葉ぴったりでした(撮影不可)
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