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2014年3月16日 (日)

日本刺繍の天井・旧岩崎邸庭園

『世紀の日本画―後期』展を見た後、不忍池を回って旧岩崎邸庭園に行ってきました。

上野公園の桜の蕾も少し膨らんでいました。寒桜と大寒桜が先に咲いていました。

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不忍池はハスの枯葉で覆われ、ユリカモメだらけで、ハシビロとオナガガモとオオバンが数羽いるだけでした。400x300_3
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旧岩崎邸は岩崎彌太郎の長男で第3代社長の久彌の本邸であった。当時15000坪あったそうだが、現在は三分の一の敷地に明治29年に建てられた3棟と広い芝生の庭園があります。400x300_6
洋館・撞球室は英国人のジョサイア・コンドルが設計した。コンドルは鹿鳴館・上野博物館・ニコライ堂・三菱一号館などの設計を手がけた人。そして絵が上手で河鍋暁斎に弟子入りして多くの日本画を描いたということを最近知ったばかりです。
洋館の広いこと!装飾は17世紀の英国ジャコビアン様式(ねじり棒型、丸型の脚)だそうで、その中にイスラム風のモチーフがふんだんに散りばめられている。
壁紙も各部屋全部違っていて金唐革紙がキンキラキンで凄い。
洋館南側は列柱の並ぶベランダで、1階列柱はトスカナ式、2階列柱はイオニア式。1階ベランダには英国ミントン製のタイルが敷き詰められている。400x300_7
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一番驚いたのがある部屋の天井が日本刺繍で埋められていることだ。気の遠くなるような作業です。洋式水洗トイレまであった。
岩崎家は方々に別邸を持ち(清澄庭園や殿ヶ谷戸庭園など)、驚くほどのお金持ちだったのですね。

大広間の一棟だけの和館には、橋本雅邦が下絵を画いたと伝えられる障壁画が色あせて残っていました。420x315
撞球室(ビリヤード場)はスイスの山小屋風で壁は校倉造り、屋根がインスブルックの黄金の屋根風です。洋館と地下通路とつながっている。420x315_2
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袖塀(門や建物の脇に設けられた塀)には岩崎家の家紋である「重ね三階菱」が中央に見える。420x315_5
クロッカスやクリスマスローズ、そして列柱などいろいろな装飾に多く使われたアカンサスが植えられていました。350x263
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コメント

tonaさま
岩崎亭については昔放送大学かなにかで近代の和様折衷の生活様式の学術的資料として取り上げられていましたね。出入りの際の下足の扱いなど現代の日本の生活様式の始まりだそうですね。

投稿: evergrn | 2014年3月17日 (月) 03:56

★evergrnさま

おはようございますheart02
明治中後期の生活様式の資料として取り上げられるのもさもあらんと思わせる、凄い建築でした。
バカラのガラス製品も特注のようで和風に小さくデザインされています。
子の代ですでに洋風建築の研究がなされていたのですね。
下足の扱いがそうなのですか。知りませんでした。いろいろな事が学べ、読み取れる建築でした。

投稿: tona | 2014年3月17日 (月) 08:37

おはようございます
 
寒桜たちのピンクが優しくて素適♪ 花が散った後の
☆型のピンクのガクも可愛くて、花後も楽しめそうです。
 

さすがは岩崎家、世界中の様式が取り入れられた、
建築デザインの集大成という感じですね。これだけのものを
建てられたのは、やはり想像もつかないほどの財を成したのですねぇ。
現代にまで残っているのは、素晴らしく、またありがたいこと
と思いました。

投稿: ポージィ | 2014年3月17日 (月) 09:26

そのあたり、学生時代から今までなんど行ったか分かりません。
なのに岩崎邸とか大観を見てない。
これはなにか意地みたいなものが心底にあるのかなあ。

投稿: 佐平次 | 2014年3月17日 (月) 10:07

★ポージィさま

寒桜と同じ仲間の河津桜の方が少し早いでしょうか。彼岸桜も今頃ですよね。
なんだかややこしくてまた今年も桜の勉強しなおしといったところです。

大財閥岩崎家の邸宅はとてもゴージャスです。テラスのタイルまでイギリスに注文してしまうなんて。そしてガラス器はバカラにと、まるでロマノフ王朝などの欧州の王族のようです。
今は各邸宅がとの管理になって保存されているのはありがたいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年3月17日 (月) 14:49

★佐平次さま

学校のそばですね。
そんなものかもしれません。
私は今頃になって面白く見て回っています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年3月17日 (月) 14:51

こんばんは (◎´∀`)ノ
上野の不忍池のすぐ近くに、このような庭園があるとは、全く知りませんでした。
それにしても、さすが!三菱財閥ですね。
洋館だけでなく和館、さらに山小屋風…。
しかも地下通路でつながっているとは?!
それにしても、よく残っていたものです。
戦時中の空襲で焼失しなかったのが不思議な気がします。
それぞれの建物内は”撮影禁止”だったのでしょうか?
タイトルにある『日本刺繍の天井』がどんなものなのか見てみたいです。

投稿: 慕辺未行 | 2014年3月17日 (月) 23:32

こんばんは。
さすがに立派ですね~。
洋館だけではなくスイスの山小屋風なんてすごいセンスですね。

こちらの諸戸邸も諸戸氏が岩崎氏と交流があったのだそうで地方でのコンドルの設計は諸戸邸だけだそうですね。

やはりお金持ちは必要ですね。
こうして見事なものを残してくれるのですから。(^^)

投稿: アザミの歌 | 2014年3月18日 (火) 00:24

★慕辺未行さま

おはようございますsun
三菱財閥は都内だけでもあちこちに別邸があるようです。丸の内に三菱美術館も開設されましたし(これはちょっと遅かったような気がしますが)、銀行など合併しても、三井と同じく今も名前が残っているから大したものです。
上野近辺は空襲に遭わなかったのでしょうか。幸いでしたね。
保護のために室内は撮影禁止でした。
ですから目に焼き付けてきました。すぐ忘れそうです。とにかく刺繍の天井はここだけのようです。ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年3月18日 (火) 08:13

★アザミの歌さま

おはようございますsun
ビリヤード室は中を覗いて見ましたら、丸太がむき出しで天井も高かったです。校倉造というのも珍しいです。
地方では諸戸邸だけなのですか。貴重ですね。
両氏の交流があったればこそです。

仰る通りお金持ちのおかげで貴重な文化財となって残っていくのですね。外国もまさしくそうなのです。
現在のお金持ちはどんなものを残してくださっているのか、考えが及びませんでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年3月18日 (火) 08:21

夫が三菱に勤務していたこともあり、
ここは公開されてすぐ見に行きました。
素晴らしい天井のことも各部屋により
違う壁紙であったことも思い出しました。
ビリヤードまでは地下室でも繋がって
いましたね。
桁違いのお金持ちは今はいませんね。
いてもあの当時ほどの格差はないですね。

投稿: matsubara | 2014年3月18日 (火) 13:22

★matubaraさま

まあ、随分昔だったのですね。私は皆さんが次々と行かれる中を、どうしてか今頃になってしまいました。
この頃昔の建物を見る機会があったので丁度良かったです。
あまりの豪華さに驚きました。
今はこんなお金持ちはいませんか。
当時がいかに格差があったかですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年3月18日 (火) 13:57

バラで有名な古河邸庭園や鳩山家の音羽御殿には行ったことがありますが
この旧岩崎邸庭園はまだでした。
流石大財閥の三菱家、規模が違いますね。
日本刺繍の天井、是非見てみたいですね。
校倉造りの壁のスイスの山小屋風ビリヤード場も・・・

5ヶ月間の入退院を繰り返していた父も、ついに力尽き静かに逝きました。
その父も三菱系の会社の役員をしていましたので、今日の日経新聞の死亡欄に
載るようです。
何だか心にポッカリと穴が開いてしまったような心境です。
たくさんの励ましをいただきありがとうございました。

投稿: nao♪ | 2014年3月20日 (木) 06:12

 天下の三菱財閥。格が違いますね。
明治の時代は必ずと言っていいほど、広い敷地に西洋の建築家の設計になる洋館を建て、個性のある庭園を造る。これが当時の流行だったのかもしれません。
 内装、備品などは、人の真似のできないような豪華なものにする。
訪問客には、財力の凄さをアピールする道具として使う。
ステータスの表現だったのでしょうね。
 地方の財閥、有力者だって同じですね。

 和だけで表現したり、和洋折衷で造ったり、
個性の現れですね。
 日本にはこんな記すべき建造物がたくさんあります。
時代を知る資料としても、大事に残したいものです。

投稿: 夢漢人 | 2014年3月20日 (木) 17:33

nao♪様へ、
初めまして。
今日の日経新聞を拝見いたしました。
御父様のご逝去を心よりお悔やみ申し上げます。
ご長寿でいらしたのですね。
ご家族に看取られて天寿を全うされご冥福をお祈りいたします。

投稿: アザミの歌 | 2014年3月20日 (木) 23:32

★nao♪さま

お父様ご逝去の由ご愁傷様でした。
心よりお悔やみ申し上げます。
最期までご家族に囲まれてお幸せなお父様でした。
でも悲しいことですね。お疲れが出て倒れないか心配です。
それなのに私と言えば、沖縄に行ってまして先ほど帰ってまいりました。遅くなって本当にすみませんでした。
↑にアザミの歌さまからもコメントをいただいております。

nao♪さんもまだでしたか。
お父様が三菱系の役員をされていらっしゃったとのこと、大財閥で素晴らしい会社にお勤めされていらしたのですね。兎に角中のしつらえが素晴らしいですから、落ち着かれたら是非見にいらっしゃるといいですよ。

投稿: tona | 2014年3月22日 (土) 21:44

★夢漢人さま

今晩は。
宮古・八重山諸島に行ってきまして、先ほど帰りました。
お返事遅くなってすみませんでした。

なるほど、明治時代とは今とは全然お金持ちは違ったのですね。
外国の王族や貴族は桁は違いますが、同じようだなあと思いました。
それにしても今同じものを作ろうとしたら、ものすごいお金になりますね。そして文化がさらに進んだので複雑にもなって果たしてこのような建築はもうできないかなあと思ったりします。戦争で破壊されなくて見られて本当に良かったと思います。
仰るように地方に行ってもお屋敷の立派なのがテレビで紹介されますね。維持管理が大変でいつまで残るか、結局個人では無理で行政にゆだねられるのでしょうね。
コメントありがとうございました。

投稿: tona | 2014年3月22日 (土) 21:58

こちらの岩崎邸の素晴らしさにも目を見張りましたが
綱町の三井邸も凄いですよ。
やはりコンドルの設計による豪華な建物で
6千坪の日本庭園があるのです。
今は会員制の三井倶楽部となっていて
一般公開していないのが残念ですが…

投稿: zooey | 2014年3月25日 (火) 10:08

★zooeyさま

姪が綱町の三井倶楽部で結婚式を挙げたのですが、残念ながら出席できませんでした。
夫が三井系なのでチャンスがあったのですが、とうとう見ずじまいです。
コンドルの設計なのですか。
コンドルの設計した建物はどれもいいですね。

投稿: tona | 2014年3月25日 (火) 16:12

父の葬儀もどうにか終わりホッとしております。
最後は香典泥棒も入ってバタバタしたようですが、大きな被害はなくて良かったです。

↑アザミの歌様、お悔やみコメントをいただき有難うございました。

しばらくは心にポッカリと穴が開いたような淋しさが続くでしょうが・・・
父のそばで5ヶ月もの看病ができた満足感はあります。
この歳で順番通り親を看取れたことは幸せなのかもしれませんね。

投稿: nao♪ | 2014年3月26日 (水) 08:53

★nao♪さま

ご葬儀無事お済みになられたとのこと、良かったですね。
香典泥棒とはご自宅の方を荒らすのがあるとは知りませんでした。全く呆れます。
ご自分のお体と対話してくれぐれも調子を崩されないようにお祈りしています。

投稿: tona | 2014年3月26日 (水) 09:26

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