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2014年4月 3日 (木)

マシュー・グッドマン著「ヴェルヌの『八十日間世界一周』に挑む」

「ヴェルヌの『八十日間世界一周』に挑む」~4万5千キロを競ったふたりの女性記者~

1989年(明治22年)11発14日に女性記者のネリー・ブライとエリザベス・ビズランドがニューヨークを出発した。
そもそもネリ―が描いた夢を新聞社が企画実施に漕ぎつけたのであるが、出版業界のオーナーがネリ―が出発した朝にこの事を知り、ネリ―と競わせたいとエリザベスを説得し、半日でドレスを作らせ、荷物を作らせ、ネリ―が旅立った同日の夕方6時の大陸横断鉄道に送り込んだのだ。全く驚きべきことで、無謀そのもの。
ネリ―はニューヨークから東回りのコースに対して、エリザベスは西回りのコース。アメリカを蒸気機関車で横断した後、太平洋を蒸気船で日本、香港、セイロン、イエメンからスエズ運河を通ってイタリアに上陸、フランスからイギリス、アイルランド、そして大西洋を船でニューヨークまで。ネリ―はほぼ同じコースを逆回りと言うわけだ。

ネリ―は記者として精神病院まで潜入するなどして様々なルポルタージュ記事を書いた行動派で元気で威勢がよく明るい。
エリザベスはじっくり時間をかけて雑誌に記事を書いていた。静かな上品な物腰で落ち着いた雰囲気の女性でネリ―と対照的であった。
この頃すでにスエズ運河が開通し、蒸気船や蒸気機関車が世界を走り回っていたのを利用したわけだ。
結果はエリザベスが船便が突然中止されたり、大西洋が嵐で進めず勝利を掴むことが出来なかった。今の飛行機で移動する旅行からは想像もできない過酷な旅を二人は結構楽しんでいる。
ネリ―は72日6時間11分、エリザベスは76日19時間30分でブェルヌの小説の80日間を見事塗り替えた。

ネリ―は途中フランスでジュール・ヴェルヌ夫妻の出迎えを受け家まで行っている。前半は旺盛に記録したようで後半は気力が失せていた。しかし勝利したことでアメリカに入ってからは盛大に迎えられ栄光の1ヶ月を送るのだが、1年後はみじめな状態に、そしてその後はびっくりするような波乱万丈の生涯であった。
一方エリザベスはラフカディオ・ハーンの友人であり、多くの友人と交流があった人である。負けて到着した時は全然報道もされなかったが、その後の人生は弁護士と結婚して名作を書き残し、夫の闘病生活を支え見送ったのちはボランティアなどアメリカ婦人らしい老後を送っている。

ネリ―もそうだが、エリザベスは世界一周で一番良かったのが日本だったそうだ。夫と共に日本に長期滞在し、夫亡き後もまた日本で7か月も過ごしている。
中国人のアヘン漬けの記事が凄い。当時のアメリカの様子も映画のように描かれ、また歴史なども散りばめられ、なかなかに面白い本でした。

近所を散歩すると我が家のチューリップも咲かないうちに、いろいろな花が咲き出していました。
                 ウグイスカグラ(スイカズラ科)420x315
ヤブサンザシ(ユキノシタ科)5つの花弁に見えるものは萼で、花弁は見えにくいですが、萼の間にある小さなへら状のものです。420x315_2
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                    ユスラウメ(バラ科)420x315_3
                      ボケ(バラ科)420x315_4
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明日4日から1週間ロンドンの美術館や博物館見学に行ってまいります。

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