« ロンドン見学記3 | トップページ | 国分寺・万葉花まつり »

2014年4月20日 (日)

浅草流鏑馬

364x420丁度100年前の今日から朝日新聞に掲載されたというので、本日『こころ』1回目が掲載された。漱石の「漱」は「欠」のところが「攵」の字です。
高校の時に読んだ最後の3部作『こころ』『道草』『明暗』もすっかり内容を忘れている。
家にある昭和58年発行の本に寄れば、全部で109回にわたって連載されたようです。今関一馬の挿絵が所々に入っている。
本で一気に読んでしまいたいところだが、100年前に戻った感じでこれから20数週間読むのを楽しみたい。

420x395


昨日第32回「浅草流鏑馬」を見てきました。小笠原流です。隅田川沿いの隅田公園特設馬場で赤い毛氈が敷かれた有料席で2時間の鑑賞でした。
TVで見たことがあっても実際に見るのは初めてで興味津々です。
しかしながら会場に入る前まで読めても流鏑馬を書くことが出来ませんでした。
チラシに寄れば、天武天皇の時代(700年頃)に始まり平安時代に行われたが衰退した。その後、源頼朝により復活されたが幕府の凋落とともに衰退し、江戸時代吉宗のとき、世嗣の疱瘡平癒祈願のために流鏑馬の奉納を命じ400年ぶりに復活した。現在鎌倉鶴岡八幡宮を始め、様々な神社で行われている。

馬は昨日那須と日光から車で輸送されてきたそうだ。
的が40間(約72mか)間隔に置かれ第1の的に射ると次の第2の的まで40間走る間に次の矢をつがえなければならない。これを3つ全部当てるわけで、なかなか難しいことがよくわかる。
まだ始めて1年の射手は矢をつがえ終わらないうちに次の的が来てしまい、外れて成功しない。ここから矢継ぎ早という言葉が生まれた。
またサラブレッドに乗った射手も成功しない。というのもサラブレッドは足の長い外国種で走るのが凄く早く、あっという間に走り去ってしまうからだ。
的の大きさは54㎝と45㎝の2種類あって、小さい方が難しい。上手な射手は板の中央に当て、板が割れる。すると花吹雪が散るのである。

午後1時から3時までなので、正午に着いてまずは深川飯の昼食を。

350x167
いろいろなお役目の方々と馬の入場。馬場には大理石の粉が20cm以上の高さに盛られている。これだけを用意するのも大変でしょう。
歩いたり走ったりすると白い砂埃が舞い上がって目が開けていられなくなる。420x246
420x280_11

          的がつけられる(お手伝いは白鴎高校の生徒だそうだ)280x420
          射手が第1第2の的を命中させ第3の的に近づいてきた420x280_2
420x293
420x355
                   宗家小笠原清忠氏420x320
                       女性射手420x280_3
                      命中のあと420x280_4
                     いろいろな衣装280x420_2
280x420_3
280x420_4
420x280_5
輸送車が入ってきた。 終わってすぐ馬たちはこの輸送車に乗せられて帰ろうとしている。420x280_6

|

« ロンドン見学記3 | トップページ | 国分寺・万葉花まつり »

コメント

おはようございます
流鏑馬をご覧になったのですね! すごいすごい。
貴重な体験をされましたね。私はニュースでしか
見たことありませんし、流派があることも知りませんでしたが
(漢字も、読めても書けません)
カッコイイなぁと思っていました。
疾走する馬の背で、よくぞ手を離して体を安定させ、
矢を射るなんてことができるものだと感心しきりなのです。
すごくすごく昔に始まり、途中で長く途絶えたこともありつつ、
現代こうして継続されていることにも感動しますね。
tonaさんも、よくぞ疾走していく馬と射手を捉えてくださいました♪

投稿: ポージィ | 2014年4月21日 (月) 08:56

おんまさんも大役を果たしてお疲れ様でした。

投稿: 佐平次 | 2014年4月21日 (月) 09:49

★ポージィさま

こんにちは。
思いがけず、憧れの流鏑馬を見る事ができました。
見物客に外国人が多かったですよ。
それにしても凄い技ですね。
弓、鏑矢を左手に、右手に鞭をとるだけでなく、太刀を負い、刀を差し、鏑矢を五筋さした箙をも負っているのですから凄いです。
3,4秒の間に矢をつがえなければならないらしく神業ですね。
木馬で連取に励むのだそうです。
いやもう本当に現代まで継がれていることの感動です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年4月21日 (月) 10:56

★佐平次さま

東京へ揺られて一晩後、この日だけでも何度走ったことでしょう。
最後は口に泡を吹いて疲れた顔の馬さんもいました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年4月21日 (月) 10:58

漱石の最初の文字は別だったのですか。
知らなかったです。
前の文字の方が私は好きです。
わかばと書く時の「わか」ですから・・・
口を漱ぐではつまらないですね。

流鏑馬は、昔、京都のどこかで見ましたが
あまりにもすさまじく写真など撮れなかった
です。こんなにたくさん撮られてよかったですね。
途中で馬がコースを外れ怖かったことを
覚えています。道幅が狭すぎたようです。
でも凄い迫力でした。

投稿: matsubara | 2014年4月21日 (月) 17:53

★matsubaraさま

女編ですと「わかば」の「わか」なのですね。調べたらそうでした。この字を出せないでパッドを用いたのですが、今再びよくよく見たらサンズイになっていませんでした。サンズイに束にボク「攵」でした。大変失礼しました。訂正しましたので見てください。で、この字はどうしても出てきませんでしたが。

まあ!馬がコースを外れてしまったのですか。
それは怖かったことでしょう。
馬はカメラのフラッシュや人が近づいたりすると怖がるそうですから見物人に厳重に注意がなされました。
砂の上ですから地面よりも地響きは少ないそうです。時代劇で見るのやモンゴルの馬の競争は凄いのでしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年4月21日 (月) 21:02

こんばんは (◎´∀`)ノ
流鏑馬は私もTVのニュースなどの中でしか見たことがありません。
間近でご覧になられ、ものすごい迫力だったことでしょう!
流鏑馬が歴史上何度か衰退しつつも現代に受け継がれているのが素晴らしいですね。
そして『矢継ぎ早』という言葉が、この流鏑馬からだったとは?!(。_。)/メモメモ
衣装も時代絵巻を見るかのようで素敵です。

投稿: 慕辺未行 | 2014年4月21日 (月) 22:31

★慕辺未行さま

こんばんは(=゚ω゚)ノ o(_ _)oペコッ

コメントありがとうございました。
今日は朝からパソコンが動かなくなりまして、今メールの方からどうやらもぐりこめてたどり着きました。根本的には自分のブログは動かないので、とりあえず娘に仕事を遅刻してもらって明日見てもらおうと思います。
そんなわけで遅くなりましてすみません。

仰るように近くで見てその迫力にビックリです。そしてその技に同じ人間でこんなことがが出来るのだと感心しました。
流鏑馬や矢継ぎ早などの言葉も面白いですね。
衣装は鎌倉時代なのでしょうか。なかなかきれいですね。

投稿: tona | 2014年4月22日 (火) 18:54

「流鏑馬」はテレビでしか見たことありません。
tonaさんのブログ拝見して、インターネットでも調べて
勉強になりました。
「矢継ぎ早」という言葉、何気なく使っていました。
語源が分かって、なるほどと納得です。
素晴らしい体験をされたのですね。

投稿: 茂彦 | 2014年4月23日 (水) 13:07

★茂彦さま

流鏑馬は素晴らしかったです。
昔から聞いて、テレビで見ていたのにこの年になるまで縁がありませんでした。
これ一つとってもいろいろな歴史があって、それを大勢の外国人がとても興味深そうに見ていました。
これはこうして小笠原流や武田流の宗家がこれからも継いでいってくれるのですね。
しかし文楽などはもう補助なしでは続けられないそうですよ。
こちらにもありがとうございました。

投稿: tona | 2014年4月23日 (水) 14:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146506/59502369

この記事へのトラックバック一覧です: 浅草流鏑馬:

« ロンドン見学記3 | トップページ | 国分寺・万葉花まつり »