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2014年6月25日 (水)

イル・ド・フランス旅行(2)

●フォンテーヌブロー城

600x307_21_2250k㎡もある広大なフォンテーヌブローの森の一角にある城。1137年ルイ7世の頃は狩猟用館だったが、レオナルド・ダ・ヴィンチを呼び寄せたフランソワ1世の時代から華やかに変貌した。
その後マリー・アントワネットも住んでいたこともあり、フランス革命後ナポレオンが管理した。2_420x280_2
ここ↓馬蹄型階段のある白馬の中庭でナポレオンがエルバ島に流された1814年4月20日、別れの儀式が行われた。420x280_19
                    中はヴェルサイユ宮殿に勝るとも劣らないほど豪華だ420x280_20
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                                           広大な庭園が広がる420x280_22

●モレ・シュル・ロワン

印象派の画家シスレーが晩年を過ごした町。シスレーはイギリス人でフランス市民権を申請したが却下されてしまった。
オルセー美術館にもマルモッタン美術館にも彼の作品がたくさんあります。他の印象派の画家の多くが、後に印象派の技法を離れたなかで、シスレーは終始一貫、印象派画法を保ち続け、もっとも典型的な印象派の画家といえる・・・とあります。

                                           シスレーの家420x280_23
                           シスレーが14枚も描いているノートルダム教会280x420_7
                               ロワン川からのノートルダム教会420x280_24
                 ナポレオンがエルバ島から脱出した後数時間滞在した家
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●グレ・シュル・ロワン

1890~1900年代に日本の洋画家たちが訪れた村。
黒田清輝が帰国前の3年間滞在した家。黒田はこの村で豚肉屋を営んでいた家の娘で、マリア・ビョー(当時20歳頃)をモデルに「読書」「厨房」を描く。420x280_26
                 家の前の通りは2001年に「黒田清輝通り」と名づけられた420x280_27
                                タチアオイがあちこちに咲いていた420x280_28
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                              ロワン川を画家も散歩したことでしょう420x280_30
                            代々の領主が住んでいた城跡「ガンヌ塔」420x280_31
●オルレアン 

ジャンヌ・ダルク一色の町。今もこの町の人はジャンヌ・ダルクを誇りにしている。ジャンヌは1429年にイギリス軍の包囲から町を開放して英雄となった。

ジャンヌ・ダルクが10日間だけ滞在した家。オルレアン公の財務官の館だった。280x420_8
サントクロワ大聖堂 パリのノートルダム大聖堂とほぼ同じデザインと大きさ。内部にはジャンヌ・ダルクのステンドグラスや立像がある。280x420_9
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                        旧市庁舎でもあったグロロ邸の外にも中にも像が420x280_32
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                                            マルトロワ広場にも279x420_3
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コメント

tonaさま
廃墟のような城址「ガンヌ塔」のお写真が気に入りました。二羽の白鳥が浮いている風景もいいですね。

投稿: evergrn | 2014年6月26日 (木) 05:26

★evergrnさま

おはようございます。
ありがとうございます。
黒田清輝はいいところに3年も住んだのですね。
ガンヌ塔の手前はロワン川で、さくらんぼの実が見えませんが写真の木に生っています。

投稿: tona | 2014年6月26日 (木) 08:31

お帰りなさい!
前日記も拝見しましたが
よいご旅行をなさったようですね。

黒田清輝がパリに行っていたことは知っていましたが
こんな田舎にも住んでいたとは知りませんでした。
「黒田清輝通り」とは嬉しいですね。

投稿: zooey | 2014年6月26日 (木) 08:54

★zooeyさま

イル・ド・フランスには印象派の画家らが滞在した場所が多いですね。ツアーでは一部しかめぐることが出来ませんが、さすがに画題になるような美しいところが多いです。

黒田清輝もフランス留学がなかったら、あの「湖畔」「智・感・情」などの作品は生まれなかったでしょう。後者は日本人離れたした美しい裸体の女性、モデルがいたのですね。
そして湖畔の照子夫人も美しさが和の佇まいながら洋風で、グレ・シュル・ロワンで愛した女性に似ている面もあります。

投稿: tona | 2014年6月26日 (木) 09:23

こんにちは
フォンテーヌブローの森とフォンテーヌブロー城、広大な森と
絢爛豪華なお城、庭園などは、実際に見たら王や皇帝など
権力の座にいた人たちの力に圧倒されそうです。
 

ロワン川のほとりの村々では、やはり印象派の画家が活躍したのですね。
シスレーの絵は、写真で見たことがあるようなないような…
記憶がはっきりしませんが、好きな画風で惹かれます。
黒田清輝もロワン川のほとりの村に滞在したのですね。
有名な「読書」など氏の作品のいくつかは、さすがに私も
知っていましたが、モデルさんのことなどは初めて知りました。
美しい自然、師や滞在先の方々など、良い巡り合いがたくさん
あったのでしょうね。通りに名前まで付いているとは驚きました。
 

ジャンヌ・ダルクは、名前はよく知っているものの、非業の最期を
遂げていることで、本を読んだり映画を観たりを避けてきていました。
でも、tonaさんの記事をきっかけに、今日はウィキペディアを
じっくり読んでみました。

投稿: ポージィ | 2014年6月26日 (木) 11:18

★ポージィさま

ヨーロッパの王様の権力は日本の比ではないですね。凄すぎます。
日本でも鷹狩りをしていたようですが、あちらはたくさんの犬を連れ、馬に乗って広大な森を駆け抜けるのですものね。(映画で観ました)今も残っているところがまた凄いです。

シスレーの絵を今回パリでたくさん見る事が出来たのですが、色づかいが明るく光に輝いている風景画が圧倒的に多いです。私も特定の1枚が浮かばず言えないです。
黒田清輝の名前を通りに付けるとはさすが文化国家フランスと感じ入りました。

まあ、ジャンヌ・ダルクについて読んでいただいたのですね。ありがとうございます。
最期が理不尽で悲しいですね。火刑のあったルーアンの広場とそこに建てられた教会に以前の旅行の時に行きました。
複雑な背景について私ももう一度読んでみます。

投稿: tona | 2014年6月26日 (木) 16:21

シスレーの牧歌的な油絵を最初に見たのは
49年前、岡山の大原美術館でした。
そのゆかりの地へ行かれたとは羨ましいです。

黒田清輝があちらでも認められているとは
驚きました。本場でも認められ、大したものです。

ジャンヌダルクと言うとあのモノクロ映画を
思い出します。処刑される瞬間までの
短い時間をカメラは執拗に追いましたね。

投稿: matsubara | 2014年6月26日 (木) 19:32

★matsubaraさま

そうですか。私は大原美術館ではセガンティーニに気を取られていまして、シスレーは全然覚えておりません。恥ずかしいほどです。
シスレーがここで川からノートルダム教会を描いている作品はパネルで見ました。
オルセーでたくさん見た中にあったのかしらさえ、覚えておりません。これからシスレーも注目したいと思ったことでした。

黒田清輝のことは全然知りませんで通りの名前になっていることに驚きました。凄いことですね。

モノクロ映画のジャンヌ・ダルクをご覧になったのですね。私は本で読んだことしかありませんでした。映画もいろいろ作られているようですね。可哀そうで観られません。

投稿: tona | 2014年6月26日 (木) 20:49

こんばんは happy01
フォンテーヌブロー城、中の豪華さは凄いですね。
私は芸術に疎いので、美術館巡りはしたことありませんが、ヨーロッパのお城や宮殿、教会などの内部の装飾の美しさには目を奪われます。
フランスに「黒田清輝通り」があるというのは、私も前に聞いたことがあります。
日本の一人の画家の名前が残るなんて、誇らしいです。
ジャンヌ・ダルク、言わずと知れたスーパーヒロイン!ですね。
当時まだ10代と非常に若かったそうですね。
そのことに驚かされます。

投稿: 慕辺未行 | 2014年6月26日 (木) 22:36

★慕辺未行さま

おはようございます。再び梅雨空に戻りました。

ドイツの教会も立派でしたが、フランスはマリア様信仰で内部もなかなか素晴らしいです。
宮殿も一体いくつあるでしょうか、ドイツと同じですね。

黒田清輝通りは私は初めて知りました。おっしゃるように誇らしくなります。事実黒田清輝の絵はとても素晴らしいです。

ジャンヌ・ダルクは12歳で神の啓示を得、19歳で処刑されたのですね。信仰の力の強さを見ることが出来る一例ですね。

投稿: tona | 2014年6月27日 (金) 08:37

イル・ド・フランスはまさに印象派の画家たちの活躍した場所そのものが残っている所なのですね。
「黒田清輝通り」まであるとは驚きました。
彼が法律家を志して渡仏しながら、絵に興味を抱くようになった経由が、ここの風景を拝見していると分かるような気が致します。

私など、オルレランの少女「ジャンヌダルク」のことも少女時代に読んだ本などでの知識しかありませんが・・・
こうして地元の状況を見せていただくと、フランスの歴史ももっと調べてみたくなりますね。
たくさんの刺激をありがとうございます。

投稿: nao♪ | 2014年6月27日 (金) 08:47

★nao♪さま

イル・ド・フランスはぐるり、特にセーヌ川やロワン川などのある地域も印象派に好まれたようですね。

黒田清輝は最初法律の勉強をしていたこともあって10年間もフランスに滞在しました。お金に恵まれた家の御曹司であったこともあるのでしょうが。

フランスの歴史も御多分に洩れず、ローマ時代から続き小国や他国との争いの連続で、複雑で最近読んだのにもうさっぱりです。特に革命以後の政権の移り変わりの激しさには閉口しました。
こちらこそありがとうございます。

投稿: tona | 2014年6月27日 (金) 16:10

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