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2014年11月30日 (日)

天城踊り子歩道と河津七滝ウォーク

昨日13㎞23286歩、歩きました。
天城は紅葉真っ盛りで落ち葉の絨毯が続き、それは見事だったのですが、土砂降りの中を歩き、午後2時ごろ七滝に着いた頃晴れてきました。
ぬれ落ち葉を見ると圧倒的に黄色系のモミジが多いのに驚きました。
大正7年ごろ伊豆を旅した川端康成は、そこで出会った旅芸人一座の踊子との哀歓を元に『伊豆の踊子』を著した。
川端作品の中で最も人気が高く、6本の映画の他、テレビ、舞台、アニメにもなっている。私は百恵ちゃんのを鑑賞。

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                                         伊豆の踊子記念碑420x323
                                 旧天城トンネル(重要文化財) 
主人公はトンネルのそばの茶屋で踊子と出会った。往時の旅芸人はこんな不便な山の中も巡っていたのだ。
このトンネルは明治38年に開通し、北伊豆と南伊豆との距離は短縮し、難所の天城越えは解消した。455mで10分かからないで歩けた。420x280
トンネル付近の二階滝(にかいだる)と界隈の紅葉。河津辺りでは「滝」を「だる」と読む。280x420
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10㎞近く踊り子歩道を歩いて、河津七滝ハイキングコースに到着。一番下にある7番目の「大滝」は道が台風?で崩れて行かれなくなり復旧もされない。
ここの滝のそばの岩を見ると殆ど六角形の柱状節理からなっている。420x280_2
5分おきに滝が現れる。小ぶりの滝だが、雨が降った後なので川も滝もゴーゴーと豪快。

                  ①釜滝(岩肌が釜の底のようだという)・落差22m/幅2m280x420_2
②エビ滝(滝壺がエビの甲羅のように見えるそうだ)・落差5m/幅3m420x280_3
      ③蛇滝(滝の周りの玄武岩が蛇の鱗に似る)・落差3m/幅2m420x280_4
                                 ④初景滝・落差10m/幅7m420x280_6
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           この岩に願い石を投げると願いが叶うという420x280_8
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                       踊子像280x420_4
            水車の発電、公共のトイレに使われる280x420_5
                 ⑤かに滝・落差2m/幅1m420x280_9
  ⑥出合滝(支流の合流点の滝で、ここから河津川になる)・落差2m/幅2m420x280_10
                 沼津あたりからの富士山420x280_11
           沼津から御殿場にかけての東名からの富士山420x280_12

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2014年11月26日 (水)

大石芳野著『「夜と霧」をこえて』

大石芳野著『「夜と霧」をこえて』~ポーランド・強制収容所の生還者たち~

4年前の2010年に私はアウシュビッツ収容所を見学した。
数少ない収容所に関する本から得た知識だけで、残された建物と遺品を見て、ただただその悲惨な実情を想像するのみであり、もし自分が体験していたらと戦慄を覚えて帰ってきた。
ふと目にしたこの本を読んで、まだまだ知らなかった収容所に関する内容に、新たなそのおぞましさに、非常に心が痛んだ。
というのも全然違ってはいるが、泥沼のような中東の戦争の巻き添えになっている市民の、あるいは子供たちの惨状を知る機会が増えたからだ。

強制収容所には人間以下とされたユダヤ人だけでなく、ナチスに協力するのを拒んだドイツ人や併合を良しとしないポーランド人も収容されたのだ。
あの地獄から一体何人の人が生還したのかはわからない。
が、大石さんのインタビューに答えてくれた生還者のその一人一人の話がまた新たにびっくりするような凄まじい内容だ。一例一例紹介することは控えます。
あの生き地獄の収容所では、決して人々は自殺をしない。
九死に一生を得た人々、それは運が良かったというほかには、やはり頑健な体と心を持った人々だ。
しかし収容所を出られた後のその人たちの健康状態は悲惨だ。肉体的だけでなく、特に殆どの人が強制収容所症候群に罹った。多くの人が帰還して数年後に亡くなっていったという。
辛い目に遭って、収容所に比較できない満ち足りた生活の場に戻れば、もうそれだけで心身が次第に元気になると考えるのは浅はかで、心に受けた傷は精神を蝕んで、結婚してもそれが子供に伝わって子供の心身が損なわれるというから怖い。
その精神的不安は年数を経てもなかなか解消されなかったというから、生きるのが辛い、ないしは辛かったに違いない。
日本も加害者側だったことは残念な歴史の汚点で、もう戦争だけは体験したくない日本だ。しかしながらそういった方面でも、政治の雲行きが怪しい。何とか阻止したかったけれど・・。無意味な解散で無駄遣い選挙がやってきます。

                 昭和記念公園の日本庭園で420x280
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2014年11月23日 (日)

江戸城天守閣

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                  昭和記念公園の銀杏並木

雑大で、太田道灌の子孫18代目の太田資暁(すけあき)氏の「江戸の成り立ちと江戸城再建」について聞いてきました。
ちなみに太田国交相も太田道灌の子孫だそうだ。
どこの国にも首都の象徴となる建築物があるので、東京にもと、オリンピック開催まで、江戸城の天守閣を再建して、世界中に認知される名所として観光客を呼び込もうというプロジェクトが太田さんたちのNPO主導で進んでいる。

太田道灌が江戸城を築城したのは1457年で、家康より150年も前だった。
3つの天守閣、家康1606年、秀忠1622年、家光1638年も明暦3年(1657)の振袖火事で焼け落ちる。
将軍家光、家綱の補佐役保科正之が財政困難故再建する必要なしと進言して今日に至った。これはとても賢明なことだった。今の日本も実は一千兆円を超す借金大国だ。1分間に6000万円も債務が膨れ上がっているそうだ。

その大きさであるが、5階建て(マンションでいえば20階建相当)で、高さ59mで銅瓦ぶき屋根で金のしゃちほこがあった。容積は姫路城の3倍だ。木造建築物としては世界最大級という。費用は350億円。柱には直径60㎝のヒノキが千本、壁や柱に杉1万本も使うという。
大阪城も名古屋城も市民の寄付で再建されたので江戸城も出来ないはずはないという。問題は5年かかるということと、五輪に向けてのインフラ整備で人材不足の上、建設費高騰が予想されて2020年までに間に合わないかもしれないということ。
ご先祖が強固な城をいくつも造った、そのご子孫の夢は大きく、熱意も並々ならぬものでした。
オリンピック開催同様賛否両論、様々な意見があるでしょう。姫路城より大きな城が東京駅のそばに出来たら観光名所になり、徳川家が造った江戸の象徴として親しんでいけるのでしょうか。

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280x420_3                   メタセコイアと雄花でした

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2014年11月19日 (水)

富士山すそ野一周ウォーキング2

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またまた富士山すそ野ウォーキングです。
2回目(忍野八海から山中湖村役場)は3回目の3日後の11月16日に催行されました。

富士急ハイランドを過ぎるとバスの右側席から見える富士山。北北東からの富士山は、右側にこぶがある。とはいえ東側から見えるのとは違いほぼ左右対称の美しい姿だ。420x280
    忍野八海から歩き始めたところから見える富士山。少し雲が出てきた。420x280_2
忍野八海と山中湖の間に横たわる樹林帯にはハリモミが多い。モミと違って葉の先を触ると針の先のように痛い。
アメリカの植物学者ヘンリー・ウィルソン(屋久島のウィルソン株で有名)が訪れ、その美しさを「天下一品」と称賛して世界に紹介したそうだ。しかし台風と環境の変化などで樹勢が衰えたため、植樹が行われ、小さな苗木がたくさん見えた。420x280_3
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おやつの時間、近郊のお茶農家の方のお茶とお茶請け。親いも(やつがしら)が軟らかくもちもち、菜の花の漬物の味の良いこと、柿。どれも絶品で都会では味わえない。420x280_5
山中湖花の都公園に到着したら富士山に雲がかかって、その後見えなくなってしまったが、午後再び顔を出した。雲の動きが実に早いのに驚く.420x280_6
この日に一周を完歩する人をお祝いして記念撮影と、ガイドさんのオカリナの伴奏で『ふじの山』を合唱。まさに♪あたまを雲の上に出し・・・♪でした。420x280_7
                   園内の三蓮大水車420x280_8
溶岩樹型 1000年前の富士山噴火で形成された溶岩樹型が原形のまま観察できるゾーンがある。
溶岩樹型とは、溶岩が樹海や森林帯を流れ下ると、樹木が溶岩流中に閉じ込められ、木質部は消失するが、樹木の組織や外形が溶岩流中に印されたもの。420x280_9
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外の花畑には今は花がない代わりに、温室の花が楽しめた。
          サイネリア、ベコニア、フォックス・フェイスが見える。420x280_11
                ストレプト・カーパスも見事420x280_12
                  サボテンコーナーが面白い280x420
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                   パボニア(アオイ科)420x280_17
                エキスナンサス(イワタバコ科)420x273
昼食は例によって湖畔までバス移動して和定食をいただく。前回より食品が多くて美味しかった。420x280_18
午後は花の都公園から山中湖へ向かって桂川沿いを歩き、湖畔北側に到着、そこから神社や山中宿を巡った。
堀のように細い桂川は1級河川で富士山から流れ出る唯一の川だそうだ。細くても1級河川とは、1級河川の相模川の支流だからとか。支流は何百もあるそうで、知らなかったです。
山中湖の北側に到着した。420x280_19
山中諏訪神社:安産子授けの守護神。起原は崇神天皇の時だが、武田晴信が北条氏との合戦に際し、戦勝を祈り本殿を寄進した。420x280_20
          山中浅間神社 千年以上も昔から山中集落の氏神様420x280_21
    狛犬は3段階あってだんだん大きくなっていく。一番手前の小さな狛犬。420x280_22
          階段の両脇には下枝で作った鹿が鎮座している420x280_23
山中宿:湖畔から少し入ったところには旧国道があって、甲府から鎌倉までの道、旧鎌倉往還であった。山中はこの街道の宿場であり、関所(口止め番所)や道祖神や多くの馬頭観音など昔の名残が残されている。
       山中諏訪明神御旅所は山中諏訪神社からの神輿の宿泊所420x280_24
走る馬が浮き彫りになっている、全国的にも珍しい馬頭観音。この街道は荷馬車や荷駄を背負った馬が行き交った。各家には馬屋を設け大切に飼育されていた。愛馬を慰霊する馬頭観音が多いのもこのためだった。420x280_25
              16時30分の富士山 19833歩でした。420x265

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2014年11月15日 (土)

富士山すそ野一周ウォーキング3

495x700_419x555_419x5553回目(11/13)は山中湖村役場から須走冨士浅間神社までで、2回目は先のが催行されずに3回目のあとになって順番が逆になってしまいました。
丁度富士山の東側を歩くことになります。ガイドさんは年に110回くらい富士山のまわりを歩いているそうですが、この日の快晴のような日は10回に1回しかないそうだ。
山中湖村役場側は富士山は湖側ではなく裏側に見える。

           「サレジア雪の聖母修道院」からの富士山は時々雪煙を上げている

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        東大演習林や千葉大など大学の寮が続く林は、今丁度紅葉がきれいだ。420x280_2
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                 コマユミ(ニシキギ科) アザミの歌さんありがとうございました          420x280_4
           日本の渚百選に選ばれた「山中湖夕焼けの渚」から対岸をぐるりと420x280_5
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渚から道路を挟んで「山中湖文学の森公園」があって、入館しなかったが「三島由紀夫文学館」「徳富蘇峰館」がある。公園入口の「幸せの鐘」をつくと幸せになるとか。420x280_7
山梨県と静岡県の境に篭坂峠(標高1100m)がある。東富士五湖道路の篭坂トンネル3㎞はこの下を貫く。
峠の西上の「加古坂神社」 諏訪神社の末社で藤原光親卿を祭神とする。承久の乱を起こした後鳥羽上皇の側近で討幕の院宣の案文を書いた人で、上皇は隠岐へ流され、光親卿は篭坂峠で斬首された。墓もこの近所にある。420x280_8
お昼はバスで湖畔に戻って、海馬(シーホース・竜の落とし子の意)にて「ほうとう」をいただく。420x280_9
                                                 湖畔420x280_10
再びバスで篭坂峠に行き,そこから須走めがけて下る
         右側に時々富士山を眺めながらのウォーキングだ420x280_11
                      リンドウ420x280_12
             ボタンヅルの花と実(センニンソウに似る)420x280_13
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                   マユミの実もびっしり420x280_15
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               オオイヌノフグリがもう咲いていた420x310
登山口がある須走の篭坂ゴルフクラブからの富士山。東側から見る富士山の左側は、裾に向かって宝永山などボコボコとこぶがいくつか見える。この姿は初めてです。420x280_17
最後は須走冨士浅間神社にお参りして、温泉に入って終わりです。
この東口本宮冨士浅間神社は802年に創建、江戸時代後期に再建された。世界遺産だ。420x280_18
       長寿亀石を撫でる。この頃あちこちでいろいろな物を撫でる。420x280_19
         信しげの滝 この辺りも富士山からの湧水が多い。420x280_20



          帰りのバスから夕日が右のすそ野に沈むのを見る420x280_21
須走から八王子まで50分で帰ってきました。全部で19567歩でした。

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2014年11月12日 (水)

神戸岩(かのといわ)

ずっと不思議に思って気になっていることがあります。
よく前を通る家なのですが、今まで一度も雨戸が開けられているのを見たことがありません。
しかし、奥さんらしき人を昼間数回見かけています。車も自転車もあり、ゴミも見かけました。
毎年同じで、沢山のプランターに春はパンジー(種から)、夏はケイトウ(種から)、秋は菊が植えられていて水やりなどをしているのも見ました。
一度夜通ったら、雨戸のかかってない上の窓(何て言うのか?昔この窓から我が家に泥棒が入った)から明かりが漏れていなかったし、真夏もクーラーの音がしなかった???

他に変わっていると思った家は、北側の玄関の他は、2階の南1か所だけ窓があるけど(それも高い塀のようなので隠されていてほとんど存在がわからない)、あとは一つも窓のない家があります。換気されないし、電気つけっぱなしか。
又、寒い日でも雨の日でも、ずっと窓を開けはなしている家など世の中には不思議な家があるものです。

         ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。゜。°。
武蔵五日市駅からバスで30分以上行った、払沢の滝のさらに奥に神戸岩(かのといわ)があります。
北秋川の支流の神戸川に発達した峡谷で、長さ60m、谷底幅4m、高さは西100m、東80mという大岩壁で天然記念物です。
楽しかったのはロープに掴まりながらへつりを60m歩いたこと。とても幅が狭いところがあってスリルがあって面白い。水流の激しい谷底に落ちたら大変だからちょっと緊張したけれども、この緊張感がたまりません。

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                     人が小さく見える280x420_3
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                     シラヤマギク420x280_3
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                       キノコ420x357
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前に見た実なのに忘れた。ベニシタンと教えていただきました。アザミの歌さんありがとうございました。420x280_5
            バス停付近の家のネリネ(ダイヤモンドリリー)280x420_2
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2014年11月 9日 (日)

ワインにご飯

雑学大学で
「ワインと日常料理の相性診断」というタイトルで、ワインに合わせて調理施設がないため簡単なおつまみをいただいてきました。
その一つが、ちくわをポン酢に浸してご飯に載せて食べ、中間系のワインのフランス・シャブリをいただくというものでした。
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ワインは料理の味を引き立て、より一層おいしくさせる食中酒だ。その種類は
①冷旨系ワイン(冷やして旨くなる・5℃)+冷旨系調味料+冷旨系食材
②中間系ワイン(やや冷やして旨くなる・12℃)+中間系調味料+中間系食材
③温旨系ワイン(室温くらいで旨くなる・20℃)+温旨系調味料+温旨系食材

食物には
①´初期成分系(生まれたてや運動しない、寿命が短いもの)・・脂身の少ない魚、鶏肉、馬刺し、野菜、フレッシュチーズ、さわやかな調味料
②´中期成分系(中間)・・ラム、脂身のない牛、豚、漬物、キムチ、白カビチーズ、ソース類
③´後期成分系(かなり年季を経、長期間運動する、寿命がかなり長いもの)・・脂身の多い魚・牛・豚、鴨肉、フォアグラ、青カビチーズ、きつい刺激味の調味料

冷旨系ワインはドイツ・モーゼルでこれはとても美味しいワインで最高!つまみはレタス+マヨネーズ・レモン汁+乾燥バジル
中間系ワインはフランス・シャブリの他フランス・ボージョレ・ヴィラージュ、つまみはカマンベールチーズ+乾燥オレガノ+レタス
温旨系ワインはフランス・ボルドー・メドックでつまみはカマンベールチーズ+粒マスタード+醤油
講師の先生の研究でなかなかに合いました。

前回の「ワインと飲みごろ温度」で試飲した時は其々のワイン適温とそうでない温度のワインでは美味しさはかなり違っていることを知りました。

ワインに合う料理を作るわけではなく、何でもワインに合わせてしまうというとんでもない我が家です。

               ☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

最近撫でてみたくなる気に入ってしまった猫・・菱田春草の「黒き猫」に見つめられたのは11/3に終わった菱田春草展で。
五浦で岡倉天心のもと、横山大観、下村観山たちと画室にて正座して絵を描いている姿が浮かぶ。朦朧体を試みていた。
4点の重要文化財が全て出品された生誕140年記念展で、こんな淡い素敵な日本画が見られてありがたかった。
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2014年11月 6日 (木)

秋深まる福島・会津へ(2日目)

ちょっと写真が多くなってしまいましたが、良かったら見てください。
2日目はお天気に恵まれ、裏磐梯の湖沼群を巡り、レークラインやスカイラインを走り、吾妻連峰へ抜け、安達太良山の方へ廻りました。

         朝6時半頃の朝もやに煙る「曲沢沼」。気温は4℃くらい420x280
         朝食はパン食(毎朝これだけ食べると栄養満点なのだが)420x280_2
●ゆっくりと1時間半の五色沼散策です

          毘沙門沼 裏の磐梯山が見えた!沼の色も美しい。420x280_3
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         赤沼、深泥沼、弁天沼、瑠璃沼など次々に沼が現れる。420x280_8
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                       青沼420x280_12
                       柳沼420x280_14
●檜原湖の遊覧船に乗り、磐梯山などを眺める。周囲31.5㎞の細長い湖だ。釣り船も見えた。420x280_15
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●吾妻磐梯レークラインから秋元湖と小野川湖が見える。これらも細長い。420x280_21
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途中の中津川渓谷の落葉松の黄葉。落葉松は針葉樹で唯一黄葉して落葉する松だ。軽井沢のように落葉松の林ではなく落葉松の山だけれども、北原白秋の詩をここでふと思い起こす。

1.からまつの林を過ぎて、
 からまつをしみじみと見き。
 からまつはさびしかりけり。
 たびゆくはさびしかりけり。


2.からまつの林を出でて、
 からまつの林に入りぬ。
 からまつの林に入りて、
 また細く道はつづけり。


3.からまつの林の奥も
  わが通る道はありけり。
  霧雨のかかる道なり。
  山風のかよふ道なり。420x280_23
●吾妻磐梯スカイライン 420x280_24
               はるか遠くに猪苗代湖が光っていた420x280_25
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●浄土平
    吾妻連峰の吾妻小富士(1707m)に登る。標高差100mで10分で登った。420x280_27
           頂上の火口 深く抉れて巨大なすり鉢のようだ420x280_28
     吾妻小富士から見下ろす浄土平と、お向かいの噴煙あげる一切経山420x280_29
●薬師岳より安達太良山を望む 左の乳首のような部分が山頂。以前登った時は雲の中だった。420x280_30
                    薬師岳展望台420x280_31
智恵子のほんとうの空(夕方で皮肉にも青い空が写らなかった)を頭上高く仰いだのだった。この日こそ雨だったら満足度は10%くらいでしたでしょう。280x420

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2014年11月 3日 (月)

秋深まる福島・会津へ(1日目)

10月29日30日と、紅葉も見頃であろう福島県会津地方に、大震災後初めて行ってきました。しかし紅葉は終わっているところもありました。
面積が北海道、岩手に次ぐ3位の広さということを知りました。山、高原、川、湖沼やたくさんの人造湖に恵まれた地であります。会津盆地は周りが全部山に囲まれていて、飯豊連峰山頂は雪で輝いているのが見え、盆地の広いことにも驚きました。

磐越自動車道からの磐梯山。憧れの表からの磐梯山をやっと見ることが出来た。1420x277
●大内宿 よくテレビで見る、一度は見てみたかった重要伝統的建造物群保存地区である大内宿です。
江戸時代には会津西街道の宿場で江戸初期は会津藩の参勤交代の道筋だった。イザベラ・バードもここの美濃屋に宿泊した。

           お馴染みの展望台からの家並みの景色が美しいPhoto
お土産屋やねぎそば、えごま(じゅうねん)饅頭などの店がずらり。お店は縁側に広げられているのが殆どです。Photo_2
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           炭俵            起き上がり小法師
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●福満虚空蔵尊圓蔵寺(只見線の会津柳津にある)
日本三大虚空蔵尊に数えられるとともに、奥会津最大の仏教拠点でもある。9世紀初頭、名僧・徳一菩薩によって開かれ、本尊の虚空蔵菩薩像は弘法大師空海が手掛けたと伝えられている。

                        本堂420x280_3
                  本堂から只見川の眺め420x280_4
赤べこの発祥地 本堂再建時、岩の上に建てるのに困難を極めたとき、赤牛が現れて手伝ったとか。昔赤べこは家にもありましたっけ。420x280_5
                     開運撫牛420x280_6
                     境内紅葉420x280_7
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 奥之院弁天堂 解体修理された室町時代の建築物で重要文化財 趣がある。420x280_10
●只見線に乗る
                昭和18年製造の蒸気機関車420x280_11
                    只見線の車両420x280_12
        会津柳津から会津川口間乗車して車内より景色を眺める420x280_13
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                   会津盆地の夕暮れ420x280_15
宿泊したのは裏磐梯・猫魔温泉、星野リゾート裏磐梯ホテル
     バイキングでは馬刺しや牛タンのパイ包焼など珍しい料理を頂いた420x280_16
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