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2014年11月26日 (水)

大石芳野著『「夜と霧」をこえて』

大石芳野著『「夜と霧」をこえて』~ポーランド・強制収容所の生還者たち~

4年前の2010年に私はアウシュビッツ収容所を見学した。
数少ない収容所に関する本から得た知識だけで、残された建物と遺品を見て、ただただその悲惨な実情を想像するのみであり、もし自分が体験していたらと戦慄を覚えて帰ってきた。
ふと目にしたこの本を読んで、まだまだ知らなかった収容所に関する内容に、新たなそのおぞましさに、非常に心が痛んだ。
というのも全然違ってはいるが、泥沼のような中東の戦争の巻き添えになっている市民の、あるいは子供たちの惨状を知る機会が増えたからだ。

強制収容所には人間以下とされたユダヤ人だけでなく、ナチスに協力するのを拒んだドイツ人や併合を良しとしないポーランド人も収容されたのだ。
あの地獄から一体何人の人が生還したのかはわからない。
が、大石さんのインタビューに答えてくれた生還者のその一人一人の話がまた新たにびっくりするような凄まじい内容だ。一例一例紹介することは控えます。
あの生き地獄の収容所では、決して人々は自殺をしない。
九死に一生を得た人々、それは運が良かったというほかには、やはり頑健な体と心を持った人々だ。
しかし収容所を出られた後のその人たちの健康状態は悲惨だ。肉体的だけでなく、特に殆どの人が強制収容所症候群に罹った。多くの人が帰還して数年後に亡くなっていったという。
辛い目に遭って、収容所に比較できない満ち足りた生活の場に戻れば、もうそれだけで心身が次第に元気になると考えるのは浅はかで、心に受けた傷は精神を蝕んで、結婚してもそれが子供に伝わって子供の心身が損なわれるというから怖い。
その精神的不安は年数を経てもなかなか解消されなかったというから、生きるのが辛い、ないしは辛かったに違いない。
日本も加害者側だったことは残念な歴史の汚点で、もう戦争だけは体験したくない日本だ。しかしながらそういった方面でも、政治の雲行きが怪しい。何とか阻止したかったけれど・・。無意味な解散で無駄遣い選挙がやってきます。

                 昭和記念公園の日本庭園で420x280
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コメント

大石芳野さん、こんな本を出していらしたのですね。
フランクルの「夜と霧」は昔、読みましたが…
tonaさんの、アウシュビッツ収容所の見学記が読みたくて
2010年6月の日記を拝読しました。
やはり行くには相当の覚悟が要るようですね。
私は一度は行きたいと思っているのですが
夫が難色を示し、私も一人でまでは…と
迷っているところです。
何処でも一人でもいらっしゃるtonaさんには敬服致します。

投稿: zooey | 2014年11月26日 (水) 22:41

★zooeyさま 

まあ、読んでいただいたのですね。ありがとうございます。
私も忘れている部分がありましたので想いを新たにしました。
この本では大石さんが、思い出すのが苦痛な帰還者へ、申し訳ないと謝りながら、2度、3度とインタビューに訪れるのです。
大石さんはベトナムやカンボジアなども書いておられますが、私たちの記憶からこのようなことが忘れ去られないように訴え活動を続けているのですね。共感します。
ポーランドは夫と参りました。この頃はもう外国は一人参加するほどの元気がありません。
曽野綾子さんはアウシュビッツに関しては、コルベ神父のことを言及していますね。百聞は一見に如かずで、『夜と霧』がこのような環境を描いたのかと納得部分もありました。機会がおありでしたらいらしてください。

投稿: tona | 2014年11月27日 (木) 08:52

おはようございます
 
辛い記録の本をお読みになったのですね。
私は、自分は結構色々な状況を想像してみることができる方かと
思っていたことがありますが、自分が近い状態に置かれてみて、
なんと乏しい想像力だったかと思い知ることが何度かありました。
アウシュビツ収容所のような状況は、乏しい想像力で思い描いた
だけでもたまらないのに、現実はまさに想像を絶することでしょうね。
生き抜き解放された人でも、数年の内には亡くなる方が多かったと
いうこと、心身に与えられたダメージがいかに大きかったか。
悲しいことに、人類の歴史には、このようにむごたらしく残酷な
行いが散りばめられているのですね。
今現在も行われている地域もあり、ほんのちょっとしたことで
そういう状況になってしまうだけに、慎重すぎるほど慎重に
ならなくてはいけないし、どれほど心配してもしすぎではないのだと
思います。 大石芳野さんの著書、読んだことはありませんが、
私も含めて多くの人が読んで心に刻み付けるべきかもしれませんね。
 

美しい紅葉と庭園にほっとしました。

投稿: ポージィ | 2014年11月27日 (木) 09:12

★ポージィさま

おはようございます。
お忙しい週末を控えていらっしゃるのに、コメントいただきありがとうございます。
体のちょっとした故障でさえ、世の終わりのような悲壮感にとらわれる私ですから、それと比較にならない強制収容所の現実は、もう声にならないくらい悲惨、過酷でこの世の地獄ですね。そんな地獄が様子は違っても現在も延々と続いてあることに胸が痛みます。その人たちの痛みは一瞬テレビで流れるだけで文章にはまだきちんとなっていません。
ところが本にあるような収容所体験と助かった人々のその後は、これまた辛い苦しいの一言に尽きます。
人間の残虐性の極みでもありますね。
日本の女性が日本人の感性で私たちに知らしめてくださったこと、ありがたく思いまいました。

投稿: tona | 2014年11月27日 (木) 09:42

アウシュヴィッツのことは想像力をフル稼働させないようにして読まないとこっちまでおかしくなりそうです。
戦争、日本のそれも狂気・異常な日々でしたが同じ日本人がついこのあいだまでそういう狂気を狂っているとも思わずに過ごしたことがオソロシイです。
今の人たちが正気だという保証はないってことです。

投稿: 佐平次 | 2014年11月27日 (木) 11:21

★佐平次さま

確かに胸が痛くなっておかしくなりそうです。ことに真っ暗な夜中などでは恐ろしくなります。
本当に軍国主義の狂気はナチと全く同じですし、現在はイスラム国の狂気が怖いです。世の中は進歩しているようでいて、それは技術面だけで、心の方面は少しも進歩せず、同じことの繰り返しです。日本の首相の独走も結構怖いです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年11月27日 (木) 18:40

「夜と霧」は読みましたけれど、ポーランドには
怖くて行っていません。
従妹はショパンコンクールには、行きましたが
アウシュビッツには行かなかったそうです。
ずっと会場に缶詰状態でもどこにも行きたくなかったとか・・・

そう言えば、オランダに行った時、アンネの
いた部屋は行列が長くて入れませんでした。

日独は同盟していたこともあり、無関係とは
言えませんね。

投稿: matsubara | 2014年11月28日 (金) 10:47

★matsubaraさま

1920年代生まれまでの方の生還者の証言が多いので、もう今は殆ど亡くなっています。
やはりアウシュビッツは二の足を踏んでしまいますよね。
従妹さんはショパンコンクールに行かれたのですか。凄いですね。
日本はおっしゃる通り大いに関係していました。もう決してこのようなことがあってはならないのはドイツも同じだと思います。
アンネ・フランクの家の秘密の扉は本箱でしたか。空しか見えないお部屋も覗きましたが、その後を知っているのでとても胸が痛みました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2014年11月28日 (金) 16:38

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