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2015年2月 3日 (火)

米原万里著『打ちのめされるようなすごい本』 島田裕巳『0葬』

著者はロシア語同時通訳者にして作家。2006年に56歳で亡くなる。まだまだこれからという時に惜しい方に逝かれてしまった。

タイトル通りすごい本を紹介しているわけですが、この本自体がすごい本なのだ。
二部構成で、第一部が「私の読書日記」、第二部が「書評」1995~2005年。気になっていたのにもう10年も経ってしまって、紹介されている本も古くなってしまった。
解説に井上ひさし(ユリ夫人が米原万里さんの妹)が、書評は「考えやその中味を上手に掬い出す要約が大事な仕事」と言っているが、米原さんの本の要約と紹介文がそれはそれは素晴らしい。あまり趣味でない本以外は全部読みたい気になって、今からでも少し読むつもりです。
大の読書家で一日に数冊読まれ、夜を徹して一気読みした本もかなり紹介されている。特にロシア文学を広く深く読み込んでいるのでその思想と知識で、難しそうな本の中にさえ、いざない、興味をそそられるような内容を引出し、通訳で得たノウハウをも総動員して紹介して下さるのである。何だか自分の食わず嫌いを叱られているような感じ。
亡くなってほぼ10年、生きていらしたらこの10年にいったいどんな本をたくさん紹介してくださったのか、とても残念です。

米原さんの癌闘病は・・・
近藤誠『患者よがんと闘うな』を名著として紹介している米原さんだが、その後の『癌治療総決算』読んだのが、すでに「癌治療本をわが身を以て検証」した後だったと。
藁をもつかむ気持ちで、あるいはおまじないのつもりで、高速温熱リンパ療法、フローエッセンス、サメ軟膏、食餌療法、爪もみ療法・刺絡療法などを試すが全部効き目なしで、結果的に抗がん剤治療を受けた。自身が壊滅しそうな苦痛と恐怖で、2回目の投与開始はいやだというのが自身の癌に対する最後の記述になっている。


島田裕巳著『0葬』ーあっさり死ぬ

家族葬、密葬、自然葬まではお馴染みだったが、「0葬」って何?帯に「葬式も墓も要らない」という人のための、迷惑をかけない死に方入門とある。
東京圏でお墓の確保が難しくなって高価になって、そこから死者を弔う葬儀やその後の考え方が随分変わってきたという。日本は世界で一番葬儀にお金をかける国民という。人それぞれの考え方があるので自分の考えで自分の葬儀を決め、常識的な現在の葬儀を望まない場合は一筆書いておいた方が良い。

大往生の時代になって「0葬とは骨に執着しない、火葬場で遺骨を引き取らない究極の葬り方だ。あくまでも火葬場が遺骨を引き取ってくれるところでないとだめなのですが。この考え方が浸透すれば、そういう火葬場が増えていくかもしれない。

死者数は1970年代は70万人前後、2012年は120万6千人、そして2025年には160万人に達すると推計される。
ビジネスチャンスが増え、異業種から葬儀業への参入が増えるでしょう。遺体の搬送だけ許可がいるだけで、葬儀業を営むには、国の許可も地方の許可も要らないそうだ。

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コメント

こんにちは
 

米原さんが亡くなって、もうこんなに経ってしまったのですね。
この方のことは何か(TV?新聞?)で少しだけ知っていて、
亡くなったときはとても残念だったのを思い出しました。
「考えやその中味を上手に掬い出す要約が大事な仕事」確かに…
米原さんは、その仕事を見事にやってのけていらした方だったのですね。
tonaさんの記事を拝見して、私も読んでみたくなりました。
これまた思うだけに終ってしまうかもしれませんが。
 

「0葬」という言葉は初めて知りました。でも火葬後の遺骨を引き取らず
処理していただく形があることは、数回知る折がありました。
これから増えていくかもしれませんね。
一人死 という言葉と、それに向けての準備についても
少し前にTV番組で知りました。
親はこれまで続けられてきた通りの方法とは違う形を選ぶことなど
考えもしないという感じですが、自分たち夫婦の立場としては、
こうした、いろいろと新しく登場してきている形に、
とても興味関心があります。
 

投稿: ポージィ | 2015年2月 3日 (火) 10:12

 「0葬」初めて聞く言葉です。
 
 この前TVで、松戸の常盤団地の孤独死を少なくするための自治体挙げての取り組みが放映されていました。
 それぞれがエンディングノートを書いてておくこと。
書き方も皆で集まってワイワイ言いながら書いている。
その中で自分の希望する自身の終り方、後のことを書いておく。
 
 皆で集まることで孤独になる時間を少なくし、面識を増やし,いざというときに助け合う。「遠い親戚より近くの他人」の方式。
 たとえ、家族、親戚がいても一人で住んでいる人たちは、何か訳アリでそれらを避けているのかもしれない。
 そうなれば猶更、孤独死すればその後始末を引き受ける人はいないだろう。

 苦労して墓を作っても核家族の時代。後、面倒を見る人がいなければ所詮無縁仏になってしまう。自分の死後の処置を書き残しておくことは大事だと思います。

「0葬」は今後増えるでしょうね。近年、自分の死後についてその処置、葬式に関する考え方が随分昔と変わってきました。
従来のやり方に、こだわらない人たちが増えてきたのは事実です。
要望が増えれば,自治体も、火葬場も認めざるを得ない時代が来るでしょう。

投稿: 夢閑人 | 2015年2月 3日 (火) 11:03

たしかこの本のこともブログに書いたはずと思ったらありました。
http://pinhukuro.exblog.jp/5100590/
本はどこに行ったか、寄贈してしまったらしいです。

投稿: 佐平次 | 2015年2月 3日 (火) 11:16

★ポージィさま

あの頃は凄い同時通訳の方がいらっしゃると感動したものでした。
もう9年もたってしまって早いものです。
文章も深く、切れ味も鋭く、とても頭の良い人だなあと思いました。
紹介がこんなに上手とは、第一人者です。本は不変ですから良い本ならいつ読んでもいいわけですね。

「0葬」は私は全く初めて知りました。
骨やお墓で故人を偲ぶ方法が普通の中、いろいろな世の中の事情が変わったことにより、このように葬儀をして別の形で故人を偲ぶのは何ら故人をないがしろにしているわけでないということに賛同しました。
親の代までは確かに派手ともいえる葬送でした。我が家はもうお墓があるのですが、何れ無縁仏になるので、ちょっと考えていこうと思います。有難うございました。

投稿: tona | 2015年2月 3日 (火) 13:50

★夢閑人さま

本当に遠い親戚より近くの他人ですね。
ご紹介のような団地ですとこのような取り組みが出来るわけですね。ありがたい取り組みです。しかし、我が家近辺の戸建てでは下町とは違って近隣の関係は回覧板がポストに入れられ、あるいは会った時にあいさつ程度という希薄なものです。
団地と全然違います。私も順番でいけば、一人暮らしになります。夢閑人家は理想的ですね。

仰る通り、遺言書に葬儀の方法の希望までちゃんと書きしたためるべきですね。
「0葬」をしてくれる自治体が増えることを願います。お墓を作ってしまったのが早まったかなあなんて考えさせられた本でした。
有難うございました。

投稿: tona | 2015年2月 3日 (火) 14:00

★佐平次さま

そうでしたね。枕元のあの本箱が素敵だなあと思ったことでした。
佐平次さんのブログで、米原万里さんが亡くなったことを知り、この本を知り、あるいは国東半島六郷満山の紀行を嬉しく拝見したのが始まりでした。
今は米原万里さんの後を継いで佐平次さんがいろいろなご本を紹介してくださっています。
有難うございます。

投稿: tona | 2015年2月 3日 (火) 14:06

「0葬」のこと、初めて聞きました。
密葬以上に簡単葬があるのですね。
樹木葬も水葬もありますし、散骨もありますし、
ますます選択肢が広がります。
40年前子供のない知人から散骨の話を聞き
仰天しましたが、時代が変わりこれも普通に
なりました。

今日聞いた話ですが、曽野綾子さんは、もう
いずれ死ぬからと、写真も焼却しておられる
そうです。我が家はその前に処分すべきものが
多いです。
彼女は自分の原稿も焼き捨てておられます。

投稿: matsubara | 2015年2月 3日 (火) 18:28

★matsubaraさま

樹木葬、水葬、鳥葬、海や山への散骨は自然葬というと書いてありました。いずれもお墓を作らない方法ですね。
考え方が私が生きている間にそれもここ十数年の間にどんどん変わりました。

曽野綾子さんは若い頃すでに「戒老録」を書いておられ、今も精力的に生き方の参考になることを書いておられますね。写真や原稿を焼却なんて、なかなか決心もできないことですよね。さすがです。家では夫がもう10年前に自分の写真を全部捨ててしまいましたが、私はまだ後生大事に抱えています。曽野さんは83歳、私もそこまで生きたらどんどん捨てると思います。有難うございました。

投稿: tona | 2015年2月 3日 (火) 20:25

米原万里さんが亡くなられてもう9年も経つのですか・・・
TVでしか拝見しませんでしたが、まだまだお若かった記憶があります。
抗がん剤治療はやはり大変な苦痛を伴うのですね。
友人が白血病で治療法を巡り悩んでいました。
積極的な抗ガン治療、消極的な免疫力を高める治療・・・
彼女はその中間の治療を選択しました。
今は通院で(健康保険適用ながら)一本3万円の注射を打つ日々だそうで、普段の生活はフラダンスやマージャン教室を楽しんでいるそうです。
がん保険に入っていて良かったとつくづく言っていました。

0葬という言葉は初めて聞きました。
先日NHKでやっていたような気がしますが・・・
我が家の主人も豪華な葬儀やお墓には否定的でしたので、音楽葬で送り出しました。
もっか樹木葬を探していますが、石の代わりに樹木ということで完全にお墓です。
3代は入れるそうなので息子夫婦も納得していますが、結構人気で募集があっても凄い競争率です。


投稿: nao♪ | 2015年2月 4日 (水) 17:39

★nao♪さま

米原さんは知的で活動的で素晴らしい女性でした。
抗がん剤ですがそんなに辛くない人と、米原さんのようにもう1回で結構という人と別れますね。友人が抗がん剤や放射線でとても辛い8年間で逝ってしまい、抗がん剤は怖いなあという印象です。
ご友人の治療は注射とのこと、どのような治療かわかりませんが、治っていかれるのですね。

ご主人様の葬儀は音楽葬だったそうで、なかなか心にジンとしていいですね。
樹木葬は自然葬ではないのですか。なるほど石の代わりに樹木でそこに名前も書かれるわけですね。
倍率が高いのが難点です。気長に待つよりほかありませんね。
有難うございました。

投稿: tona | 2015年2月 4日 (水) 18:48

こんばんは。

私も抗がん剤は拒否したおかげで1年の余命が16年生かしていただいています。
「抗がん勧むる医師に短くも太く生きると拒否せりわれは」
その時の心境でした。

この頃お墓のお守りをされる方がいなくて無縁仏になってしまうことが多いそうですね。
我が家は姑が亡くなった時にお墓を作ったのですが、舅が亡くなったとき舅の希望でお墓を片付けてお骨は大きなお寺に合葬していただきました。
我が家からは少し遠いのですが、年に1回お参りにゆきます。
勿論、舅の時は家族葬で叔父、叔母の時もそうでした。
叔父叔母の時は50年間の永代経代も収めてあり、お骨を持っていくだけでよかったです。

残された人が悩まないように逝く前に準備しておくのがいいと思いました。(^^)

tonaさんの黒い実の木はオオイタビのようですね。
かぜくささんが教えてくださいました。(^^)

投稿: アザミの歌 | 2015年2月 4日 (水) 20:42

★アザミの歌さま

おはようございます。
アザミの歌さんのことを知りまして、米原さんの様々な治療には心が痛みました。もっと楽な方法があったような気がしましたもの。
ちゃんと近藤さんの本も読んでいらしたのに。
でもそうはなかなか決心できませんね。

関東は墓地の問題など一番悪いのですよ。
関西ではアザミの歌さんの家のような方法があると書いてありました。これが一番いいなあと思いました。故人にお参りもできますね。
それにしても近い日にこのようなことを決定しなくてはなりません。

まあ、オオイタビでしたか。本当にありがとうございました。かぜくささんにこの場でお礼申し上げます。

投稿: tona | 2015年2月 5日 (木) 06:25

米原真理、大好きでした。
彼女の小説、エッセイは大抵読んでいます。
「嘘つきアーニャの真赤な真実」とか
ロシアに関するエッセイは本当に面白い。
でもこの『打ちのめされるようなすごい本』は
未読なのです。
記事を拝読して、是非読まなくちゃと思いました。

投稿: zooey | 2015年2月 6日 (金) 23:43

★zooeyさま

おはようございます。
私にもとても好感が持てる作家でした。
まるで男性のような読書傾向とそれでいて女性らしい突っ込み方は何とも魅力的な内容になっています。
この中から読みたい本がたくさん出てきました。
有難うございました。

投稿: tona | 2015年2月 7日 (土) 06:14

Bunkamuraには長らくご無沙汰しています。
月曜定休で他が休みの時行ったように思います。

こういう植物画は、おしゃれですね。
喫茶店の中には額に入れて飾ってある所も
ありますね。

牧野図鑑はモノクロですから作品には
ならないですね。

投稿: matsubara | 2015年2月 7日 (土) 18:13

★matsubaraさま

↑の「バンクス花譜集」展へ転載させていただきました。
勝手なことをしてすみません。

投稿: tona | 2015年2月 7日 (土) 19:43

tonaさん、ご無沙汰ばかりですみません。
両方読んでみたいです。
ありがとうございます。
知らない世界を知るようで楽しみです。
こだわりが強いゆえ、困った性分です。
さっそく図書館で検索入れたら、
2冊ともありました。
貸し出し中じゃないと予約はできないので、
出かけられる日に行ってきますね。

投稿: まほ | 2015年2月 8日 (日) 08:29

★まほさま

コメントありがとうございました。
私もこの頃殆ど図書館から借りています。
『0葬』は自分の死後の始末について大変参考になりますし、ヒントがいっぱいでした。
米原さんの本では読書が次々広がりそうです。
今まだ図書館には5冊も予約を入れています。

早く暖かくなるといいですね。
お大事になさってくださいね。

投稿: tona | 2015年2月 8日 (日) 08:48

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