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2015年3月13日 (金)

日本画って何?

日展などに行って洋画部門と日本画部門の作品を比べても区別がつかないことが多かったのですが、雑大での講義(伊藤正次先生)でわかったことが次のようなことでした。

日本画は膠を接着剤にして顔料を画面につけたもので、油を接着剤にして画面に顔料をくっつければ油絵・・という定義で
狭義の意味で「明治以降の膠を使って描いた日本人画家の作品」となる。つまり明治以前の雪舟や光琳、丸山応挙などの作品を日本画と呼ばない。

日本画が初めて使われたのは、明治22年、フェノロサが講演会で使った「Japanese painting」の翻訳。
それまでの日本の絵画の呼び方は
中国から入ってきた「唐絵」に対して「大和絵」、もしくは「漢画」に対して「和画」と言っていた。・・つまりお手本の中国絵画に対置する形で、日本の絵画を呼んでいた。
「日本画」という言葉は明治期になって、ヨーロッパの絵画に対置して作られた言葉でした。

他に日本画は・線描や筆遣いを重視
            ・平面性を強調して装飾性が高い
            ・陰影や遠近法などの空間意識が低い
と言った特徴があって、西洋絵画が三次元(空間)である外界を、いかに二次元(平面)上にリアルに表現するかという方向性で発展したのと対峙している。
公募展の日本画部門出品作品、販売されている日本画、日本画科を卒業した人の作品は日本画と呼ばれ、「これが日本画だ」という決め手がないのが現状だそうです。

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山種美術館『花と鳥の万華鏡展』 ~春草・御舟の花、栖鳳・松篁の鳥~に行ってきたのですが、まさしくこれぞ日本画でした。
その他福田平八郎、奥村土牛、横山大観、川端龍子、山口逢春、川合玉堂といった、錚々たるメンバーの花鳥画が一堂に並んでいて、艶やかな華やかな世界を醸し出していました。

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次にはしごしたのが出光美術館『小杉放庵展』没後50年ー<東洋>への愛ー
洋画と日本画の両方を描いた画家です。
「金太郎」などの日本画で親しまれた放菴だが、若い頃は夏目漱石が絶賛するほどの洋画家だったという。
パリへ留学して洋画家を目指したころは、まさにシャヴァンヌの絵そっくりでびっくりです。
シャヴァンヌがソルボンヌ大学で描いた壁画に触発され、安田講堂に壁画を描いています。
パリで池大雅に出会った放菴は、帰国して今度は文人画風の絵を描く。
麻紙に出会ってからますます日本画に傾倒し(まだシャヴァンヌ風で洋画っぽい)、その後神話や古典、画冊、花鳥、動物画とたくさんの作品を残したのです。

両方の展覧会の絵の中に「白鷴(はっかん)」という中国分布のキジの仲間の鳥が描かれていました。オスは顔が赤で、体が白と黒の美しい鳥です。日本でも飼われていたらしい。Wikipediaに出ていました。          

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コメント

こんにちは
 
記事を拝見しながら、そういえば洋画と日本画の定義の違いは
なんだろう?と、自分も知らないことに気づきました。
ただ何となくの観た感じの違いで自己流区別をしていたような。
なるほど、接着剤が油か膠か、なのですね。
ところが、その日本画という言葉は明治になってから作られた
言葉だったとは、これまた初めて知りました。
それ以前は大和絵や和画…なるほど。大和絵の呼び方は、
そういえば見たことがありました。こういう線が引かれていた
のですね。勉強になりました。
美術の世界も知らないことが98%くらいを占めています。
 

投稿: ポージィ | 2015年3月13日 (金) 16:32

★ポージィさま

私も大雑把にポージィさんが理解されたことを知って、とても勉強になった講義でした。
日展の日本画のコーナーでは、まるで油絵みたいと思うのがあります。
この頃の日本画は『花と鳥の万華鏡展』の画家が描いているような花鳥などはほとんどなくて、構図も洋画と全く同じようですので、どこで区別しているのかと思っていました。
確かな線引きが出来ないというのが結論なのですが、おおよそこういうことと学習すればいいわけですね。
美術の世界も植物と同じく奥が深いです。少しずつ勉強していきたく、今年は大学の方の講座も美術史関係を選びました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年3月13日 (金) 16:48

こんばんは happy01
日本画の定義にはそのようなことがあるとは、全く知りませんでした。
私は浮世絵のようなものが日本画かと思っていたのですが、明治以降でしたら大きな勘違いですね (^_^;;ハズイ!
「知らぬは一生の恥」で済むより、また一つ雑学が増えました (^_^)ニコッ!

投稿: 慕辺未行 | 2015年3月13日 (金) 22:21

>「日本画」という言葉は明治期になって、ヨーロッパの絵画に対置して作られた言葉でした<
成るほど、そうなのですね。
確かにそれ以前の絵は「浮世絵」とか「大和絵」と呼ばれていましたものね。

山種美術館と出光美術館のハシゴとは恐れ入りました。
時差ボケも治りお元気になられたようで何よりです。
私もサルディーニャ島とコルシカ島の旅を楽しませていただきました。

私の美術館時代の仕事仲間は小杉放菴の絵が大好きで、仕事を辞める時の退職金で放菴さんの絵を購入・・・
以前遊びに行った時に自宅の和室に飾ってありました。
その放庵さんが洋画家だったとは驚きです。
久しぶりに古巣の美術館に行きたくなりました。

ルーブル展も気になっていますし、横浜高島屋で開催する予定の「琳派展」も興味がありますし・・・
でも山も歩きたい私です。

投稿: nao♪ | 2015年3月13日 (金) 23:32

★慕辺未行さま

おはようございますsun
私も浮世絵は日本画の一つと思っていました。
ですから、おおよその概念がわかってスッキリしました。
私の難点は、せっかく知ったのにすぐ忘れることです。(´・ω・`)ショボーン
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年3月14日 (土) 07:41

★nao♪さま

おはようございます。
浮世絵は日本画そのものの一つという思い込みはずっとでした。
時差ボケは2週間も続いて、年とともに重症になってきました。
お仕事のご友人が、この小杉放菴の絵を購入されたのですか!出光氏と出会いその後交流があったそうで、出光美術館はたくさん持っているのですね。
最初洋画家からの出発だったそうです。
皇居を眺めてお茶もいただけるので一番の美術館です。
この頃一年中美術展が目白押しで、選んで出かけなくてはですね。
山も本格的な季節がやってきますね。欲張っていて下さいね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年3月14日 (土) 07:49

日本画の定義、はっきり意識したことがなかったです。
言われてみれば洋画が入ってくる前には日本画という概念はありえないですね。

投稿: 佐平次 | 2015年3月15日 (日) 10:53

★佐平次さま

本当にその通りですね。
出島のオランダからも殆ど西洋の絵画なるものは入ってこなかったのですね。ただただ僧などがもたらした墨絵などの唐絵が異国の絵だった。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年3月15日 (日) 11:12

こんちは~
そうだルーブルを観に行かなくては・・・・・
神戸家の絵画鑑賞は・・・ただただ観るだけですがeye

投稿: OB神戸家 | 2015年3月15日 (日) 11:13

★OB神戸家さま

こんにちは。
あちこちでやっていますので、忙しいです。
私も絵が下手なので鑑賞のみです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年3月15日 (日) 11:39

小杉放庵の名前はよく聞きますが、実際は
どんな作品?と聞かれても浮かんで来ません。
こちらでアウトライン拝見できました。

日本画と洋画の違いはただ漠然と区別していただけで
はっきりとは分かりませんでした。
納得という感じです。

日展の会場での区別を見てこんなものかと
思っていただけです。

投稿: matsubara | 2015年3月15日 (日) 13:23

★matsubaraさま

小杉放菴の作品をたくさん見る事ができました。
日本のシャヴァンヌさんと呼びたいです。
またこんなにどんどん画風を変えて、画題も変えていく人は珍しいのではと思いました。
日展では洋画は納得だったのですが、日本画の方はどう見ても洋画?と思われるのがあったのですが、納得できました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年3月15日 (日) 16:24

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