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2015年5月26日 (火)

『大英博物館展』 東京都美術館

近所に突然今年咲いている珍しいクレマチスは初めてです。
検索したら「白万重」(しろまんえ)でした。万重咲きといい、幾重にも花弁を重ねる八重咲き種とのこと。
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クレマチスの種類の多いことに驚きました。214種も挙げられていて、まだまだあるらしいのです。

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495x700『大英博物館展』100のモノが語る世界の歴史 東京都美術館

大英博物館には700万点ものコレクションがあるそうです。
その中から100点をどのように選んだのか?
人類200万年の間に制作された様々な時代のモノ、様々な地域のモノを8つの時代に分けて展示している。
1つの時代区分の展示品を、まず写真と説明文で並べ、それが世界地図のどこにあるかを図示し、さらに一つ一つ実物展示品と丁寧な説明文を掲げるという3段階方式としているのが、一度に頭に入らない私には斬新な展示方式です。

200年前のタンザニアの、私には使用痕がどこに有るか分からない、礫石器(れきせっき・原石を加工せずに、そのまま使った石器)は何だという感じです。
ここから始まったモノから1番新しい作品はモザンビークの「銃器で作られた’母’像」です。ポルトガルからの独立後ずっと続いていた内戦が1,992年終結。後には多くの銃と地雷が残った。この像は銃器だけで作ったお母さんの像でとても印象的でした。
あと教科書や映画で紹介されている「ルイス島のチェス駒」や「ウルのスタンダード」、ユーラシア大陸各地のみならずアフリカ、北・中南米、オーストラリアの出土品、材質も様々で興味深い展覧会でした。2_276x450

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2015年5月23日 (土)

東海道五十三次 三島宿~沼津

杉江松恋・藤田香織著『東海道でしょう!』を読んで、街道歩きがどんなものか、一度体験したくて、参加したのが第11宿・三島宿~第12宿・沼津宿です。5月12日でした。

バスツアーで三島に着いてまず行ったのが、柿田川湧水。富士山周辺に降った雨水や雪とけ水が地下水となって、ここで1日に100万トン(約25mプール2000杯分)湧き出している。430x287
ところが次に行った楽寿園(元、小松の宮別邸)の中の富士の湧水を利用した小浜池が涸れて溶岩の湖底が現れていたのです。池の趣がすっかり失われています。原因は湧水の道筋の富士山裾野に別荘や工場などが建ったからだという。430x287_2
           園内の木は溶岩に根を張っているのに驚きます430x287_3
                   大きな楽寿灯籠430x287_4
             昼食は美味しい水で養殖したウナギでした430x287_5
第11宿・三島宿は、家数1025軒、旅籠74軒、本陣2軒。名高い三島明神の門前町として古くから発展していた町でした。箱根山越えの宿として小田原、箱根と並んで重要な位置を占めていました。この辺りは富士山麓の湧水が豊富にあり、古来より水のきれいな場所として知られています。
今は問屋場跡や世古本陣跡が残るだけです。430x287_6
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歌川広重の三島宿は、
朝霧の中、三島明神の前を行く旅人の姿を表現しています。駕籠(かご)に乗る人物、馬に乗る人物だけを線で描き、鳥居・人家・遠くの旅人などは線を用いず、ぼかしの濃淡だけで奥行きを出していて霧にかすむシルエットが素晴らしい。570x365_450x288
三島明神と呼ばれていた三嶋大社は、伊豆国一宮として伊豆半島の信仰の中心。伊豆に流された頼朝が崇敬し、戦勝を祈願した。源氏再興成就後、謝恩のため社殿を造営し、保護した。430x287_8
         頼朝と政子が祈願の折り、腰を掛けて休息した石。430x287_9
大社を出て歩き出すと、三島とゆかりのある文学者の記念碑がたくさん続いていました。
中には芭蕉を尊敬するあまり、墓を建ててしまった人がいた。(君澤山蓮聲寺)287x430
伊豆国分寺跡は1956年に発掘調査されて寺域と伽藍が推定されたそうだ。残る七重の塔址。我が武蔵国分寺にも七重の塔址があります。430x287_10
千貫樋 1555年今川、武田、北条の和睦が成立した時、北条から今川への引き出物として、楽寿園小浜池から樋を築いて、駿河に水を引いたというもの。関東大地震で崩壊したので木製の樋をコンクリート製にした。銭千貫を費やしたからとか、高千貫の田地を潤している等が名の由来となっている。287x430_2
              一里塚 江戸から29里の玉井寺一里塚Photo
八幡神社 頼朝が奥州から駆けつけた義経と対面し、源氏再興を兄弟で誓った所。
その時二人が腰掛けたと伝わる「対面石」
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平作地蔵堂
歌舞伎や人形浄瑠璃の三大仇討のひとつ、『伊賀越道中双六』に出てくる「沼津の段」の一幕「平作住居の場」の舞台。287x430_3
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(クリックすると拡大します)

広重の絵に「行書版五十三次」があります。その中の沼津には沼津垣が描かれています。道の駅のようなお店に沼津垣がありました。460x286
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   沼津宿の手前の狩野川を眺めてウォーキングは終わり、22559歩でした。430x287_13
第12宿・沼津宿は家数1234軒、旅籠55軒、本陣3軒。名所は千本松原と呼ばれた海岸沿いの松並木です。伊豆方面へ海産物を運ぶための港としても重要で、漁業も盛んです。

歌川広重の沼津宿は、月も昇り始めた頃、沼津の宿に急ぐ親子連れの巡礼と猿田彦(さるたひこ)の面を背にした旅人が描かれています。570x364_450x287
この他にもたくさんの史跡を巡った街道歩きだったのですが、車が行き交うアスファルトの道を、結構な早足で歩くのは膝にきました。東海道53次を、昔の人々は雨の日は立派な雨具もなく、今のような快適な靴もなく、泊まる宿も快適でなく、山を越え、川を渡り、夏場は暑い日差しの中を黙々と半月かけて歩き通したのです。距離は126里6町1間(495.5㎞)
感心はするものの、膝の問題で、この日の三島~沼津間、たったの5.8㎞で退散いたします。歩き通せば、広重の絵も一枚一枚その都度味わっていけたでしょうに、そして街道のいろいろな歴史に触れられるのにと思うととても残念です。登山もそうですが、もっと若くして一念発起していればと後悔することばかり。

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2015年5月19日 (火)

西江雅之著『ヒトかサルかと問われても』

心なしか痩せたスズメが、カラスのようにビニール袋を突いていました。
穴は開かず、少ししてあきらめて飛んで行ってしまいましたが、お腹がすいていたのでしょう。可哀そうになる光景でした。

西江雅之著 『ヒトかサルかと問われても』 ”歩く文化人類学者”半生記

初めて知った文化人類学者、言語学者。
超俗の人と言われるだけあって、とにかくもう小さいころから人と違っている。実にユニークでこんな人がいるのだと感心した。
疎開先での野生児は、蚕のような芋虫まで食べ、魚を捕って自給自足が出来た子供であった。小学生頃からはボーイソプラノでNHKの番組に出演したり演劇に出たり。新聞配達や納豆売りもした。動物学者になろうと思うほど、虫や鳥、動物相手の生活だった。
中学生でネイティヴ・アメリカンの諸言語やアイヌ語を研究していたというから驚く。
高校時代は体操選手として活躍、一日に数時間も過酷な練習に励んだ。
「勉強はし過ぎても死なない」をモットーに、早稲田大学政経学部時代は早朝から学校で独自の勉強に励み、多くの講義を取り、その時間中はすべてたくさんの言語の勉強を同時にして、結局は数ヶ国語を習得。その一方家庭教師をやりながら(後にはライシャワー駐日大使のお嬢さんの家庭教師もする)、新宿の飲み屋街で芸術論を交わし、仏文研でも現代詩と映画の研究にも励む。
その言語力を買われて、新たに学士入学した直後アフリカ大陸縦断隊に参加。途中隊長の先生が亡くなってからは、帰国する仲間をよそに、一人エチオピアやソマリア、ジブチなどの国の過酷な旅を続行するのだ。その記録が凄い!
その後は大学院生活を続けながら、日本語教師やスワヒリ語教師などを続け、アメリカの大学にフルブライト留学生として学ぶ。
奥さんは日本語が凄いアメリカ人。その奥さんがその後喘息、腸腫瘍、神経障害で精神科に入院したりで、20年間も看病の日々、その後もずっと奥さんは通院患者であり続ける。掃除、洗濯、炊事、縫い物は全てしている。40歳ころ息子さんが生まれて、育児に追われ、赤ん坊を負ぶって世界の恐ろしい土地まで旅をし、調査活動を続けたそうだ。息子さんは1歳にならないうちから、アフリカやアメリカの草原や砂漠を駆け回り、太平洋、大西洋、インド洋と小さな船で漂ったのだそうだ。世界の秘境は小型飛行機で訪ねた。
学生の頃から麻雀などの賭け事や夜遊びをせず、他人の何倍もの努力をし、目標に向かって絶え間なく進むと、そこに楽しみが見出せた。
なんでも、顔を洗わず、歯を磨かず、着替えも持たないという型破りな生活スタイルを貫いているそうで、伝説的なエピソードはいっぱいの人のようだ。スケールの大きな太っ腹な人と思える反面、大真面目な努力の人という感じです。しかし語学に関しては50ヶ国語も操れるらしくまさに天才です。

昭和記念公園にて。今「まんパク」をやっていて大盛況の様子、大変混んでいました。

                       ポピー450x300
                  ジャーマンカモミール450x300_2
                     ネモフィラ450x300_3
 サラサウツギ(ユキノシタ科・ウツギ属)は花弁の外側は薄紅紫色で内側は白色450x300_4
カラタネオガタマ(唐種招霊・バナナツリー)に久しぶりにお目にかかる。バナナの香りが濃厚でした。ピンボケで見にくいです。320x213

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2015年5月16日 (土)

品川神社と泉岳寺

ブログ友のgakisroomさんが、双龍の彫刻のある鳥居として品川神社をご紹介くださったので、行って見ました。
京急で品川駅から二駅2分の新馬場駅前の道路を挟んだ向こう側にあります。

鳥居が見えました。龍が鳥居に巻きつくように彫刻されています。凄い迫力。双龍鳥居はこの他に高円寺境内の稲荷社と阿佐ヶ谷の馬橋稲荷神社にもあり、東京三鳥居と言われている。450x300
                    左側は降り龍です269x450
                     右側は昇り龍です272x450
             鳥居の左側高く富士塚が見えています450x413
                       本殿450x300_2
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1185年に源頼朝が安房国州崎明神を勧請し創建され、1591年に徳川家康が品川大明神へ5石の朱印社領地を賜りました。そのため提灯に三つ葉葵が見られる。300x450
                       神楽殿450x300_4
                     お稲荷さんも450x300_5
そこを回って奥には板垣退助と4番目の妻のお墓がありました。高知には3番目の妻と一緒の墓石があるそうです。450x300_6
隣に佐藤栄作の筆による「板垣死すとも自由は死せず」の石碑がある。品川神社の社域がもと東海寺の寺域であったため、社殿裏が墓となっているというわけだ。450x294
都内最大の高さ約15mの富士塚・品川富士に登る
           二合目の石室に役行者が夫婦の鬼を従えている450x300_7
                       六合目450x300_8
          頂上は平で何もなく、京急電車が走るのが見えました。450x300_9
               後ろの道を降りると浅間神社に至る450x300_10
            北馬場参道通りの所は東海道品川宿であった450x300_11
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品川駅を挟んで北馬場駅と反対方向すぐに泉岳寺駅があるので、降りて泉岳寺に寄りました。先日日本三大仇討の一つの工藤祐経の墓を富士山で見ましたが、やはり三大仇討の一つ、忠臣蔵の四十七士の墓です。450x300_12
                   大石内蔵助良雄の銅像300x450_3
首洗い井戸 吉良上野介の首をこの井戸で洗って、主君の墓前に供えたという。300x450_4
                奥の主君の墓と四十七士の墓450x300_13
後日、三大仇討の最後の一つに関係する史跡を見ることになります。

お昼過ぎたので、築地場外に出てお寿司を食べて帰りました。

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2015年5月13日 (水)

富士山すそ野一周ウォーキング9

5/7(木)晴れ  すそ野ウォーク第9回は「北山本門寺~白糸の滝」20321歩

2_650x562すそ野一周は時計回りに進んでいまして、この日は丁度真ん中でした。
歩き始め点には、バスで行きは中央高速から時計回りに、帰りは到着点からバスでここ3回は東名を使って東京へです。
今回からは行きのバスは反時計回りに河口湖から本栖湖方面、朝霧高原を横に見て北山本門寺に到着、帰りのバスは東名に出て海老名JCTで圏央道、八王子と帰ってきました。

先月と違って、うっとりするほど若葉が美しく、道端にもたくさんの野草の花が咲いて、楽しいウォーキングとなりました。
富士山は東北、北側はまだ雪があるのですが、西側の朝霧高原から南にかけては当然ながら融けで、帯状に残っているだけでした。
                  大月あたりからの富士山450x300
                  朝霧高原からの富士山450x300_2
                   東名からの富士山450x300_3
●北山本門寺にもう一度お参りして出発450x300_4
                    何て太い木でしょう450x300_5
                  シラユキゲシの群生450x300_6
                      カラスビシャク315x450
カラムシ 古来から植物繊維を取るために栽培されたそうだが、今でも野山に散在しています。450x300_7
●30分もすると大石寺(たいせきじ)という日蓮正宗総本山のお寺が現れる。
今修理中で入れないけれども、その大きさが横を歩いていてわかる。行けども行けども境内が続き、五重塔(江戸時代中期)をはじめ、たくさんの塔堂伽藍が建っています。信者用の駐車場も途方もなく広い。焼却場、火葬場、畑もあり、養鶏場も見えました。
1991年に創価学会が破門され、大石寺から去り、信徒の資格を喪失したそうだ。
                      
                       三門450x300_8
            今はヤマフジがあちらこちらで咲いています450x300_9
          道沿いにはクサフジ(マメ科ソラマメ属)がまさに満開450x300_10
              薄いピンクのクサフジも交じっていました450x300_11
●千居遺跡(せんごいせき)
この地方の縄文時代中~後期の遺跡。埋め戻されてしまっている。450x300_13
●狩宿の下馬桜
頼朝が富士の巻狩りをしたとき、井出館を宿とし、その前にあった桜に馬を繋いだという伝説の桜。450x300_14
      井出館の高麗門と長屋は近世上層農家の特徴を持つ建築様式450x300_15
               横の池に富士山が写っていました450x300_16
   本当に緑が美しい。ミズキが高速道路脇でもすそ野でもまさに満開でした。450x300_17
●曽我兄弟の仇討ち
・日本三大仇討ちの一つとして浄瑠璃、芝居、講談などで語り継がれた「曽我物語」。工藤祐経の陣屋跡の祐経の墓。450x300_18
・すぐ近くに、曽我兄弟がこの岩に隠れて仇討ちの密談をしたという「曽我の隠れ岩」があります。450x300_19
●音止めの滝 
岩陰で兄弟が相談中、近くの滝がうるさく「大事な相談をしているのに、なんと心なしの滝だ」と呟くと、不思議や滝の音がぴたりと止んだという滝。450x300_20
●白糸の滝
高さ30~25m、長さ200mの断崖から湧水が白い糸となって、溶岩断層の間から湧き出る珍しい形の滝。450x300_21
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その美しさを源頼朝が詠んだ。
    この上に いかなる姫のおわすらん おだまき流す 白糸の滝

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2015年5月 9日 (土)

時計回りの文化と反時計回りの文化

高野義郎著『古代ギリシャの旅』によると、
時計回りの文化と反時計回りの文化があるという。ギリシャは時計回りでローマは反時計回りとか。

ギリシャの貨幣には刻字に時計回りのものが多かった。我が国の和同開珎もしかり。
十二支も方角も時計回り。住居表示も時計回りに住居番号を割り振っている。
和服の帯は時計回りに締めるが、洋服のベルトは反時計回りだ。
渦巻の蚊取り線香も時計回りに燃えていく。
仏教では須弥壇のまわりを時計回りに進む。四国八十八ヵ所遍路道も時計回りにめぐっていく。

騎馬行進や『ベン・ハ―』の戦車競技もそうだが、トラック競技は全部反時計回りの左回り。トラックのカーブを曲がるとき、左足で体を支えながら、右足で加速して走るので、左回りのほうが理にかなっているという説がある。スケート、自転車競走、野球もそうだ。
キリスト教教会では反時計回りにめぐる。しかしアングリカン教会(カトリックとプロテスタントの中道)では時計回りだそうだ。

時計回りと左側通行、反時計回りと右側通行も必然と言えようか。
人間の文化が時計回り、反時計回りに分かれているのは、農耕文化と遊牧文化との、仏教とキリスト教との、太陽の文化と星の文化との違いに起因するという。ですから、文明発祥の地、エジプトは時計回り、メソポタミアは反時計回りだったのではないかと著者は言う。

一般に人物であれ、鳥であれ、動いている物を描くとき、それを画面右側から左側に向けて描けば、「往く」、左から右側へ向けて描けば「来る」、このように私たちは感じるものなのだそうだ。
例えば、ボッティチェリの『春』ではメルクリオに導かれる女神たちの行列は、画面向かって右から左へ進んで’いく’のであり、『ヴィーナスの誕生』では、貝に乗ったヴィーナスは、遠方左手の沖合から右手前につづく岸辺へ、西風に吹き寄せられて’来た’のだ。
数々の受胎告知の絵を見ると、右側の処女マリアに、天使ガブリエルは左側から知らせに来たとなる配置であるわけだ。

縮緬の風呂敷がたくさんたまってしまったので、近所の縮緬で吊るし雛のようなお人形をたくさん作っている人に差し上げました。そうしたらすぐにいくつか作ってプレゼントしてくださいました。彼女の家の玄関には何百も飾ってあり壮観です。
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2015年5月 6日 (水)

ツキミソウが咲きました!

昨年ブログ友のmatsubaraさまから頂いた種から大きくなった2年目のツキミソウが今年は元気に咲きました。
この花で7つ、8つ目です。
6つ目までの花は朝になって気がついて4日目の昨晩夕方6時半ごろ、写真に収めることが出来ました。
日本原種と思い込んでいましたが、メキシコ原産で江戸時代に観賞用として渡来したそうですが、今は殆ど自生していないとのことで、ずっと眺めていたくなる貴重なツキミソウです。
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他に今咲いている庭の花。種類が増えもせず、むしろ減らしていて、変わり映えもしませんが、それでも日に何度も目が行ってしまいます。
モッコウバラ、タツナミソウの白と青、スズラン、ツリガネスイセン、バラ、テッセン、アマ、シラン、イモカタバミ、ミヤコワスレなど420x227
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昨日5/5は埼玉県加須市騎西の城、玉敷神社のピンク藤と神楽を見てきました。
忍城(のぼうの城)がすぐお隣の市にある立地条件の、騎西城は1574年に上杉謙信によって焼き払われたという歴史を持つ城で、江戸時代初期に廃城、昭和50年に再建されて、現在郷土史料展示室になっていました。

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                                      葉に斑入りの白シラン450x300
玉敷神社は平安時代醍醐天皇時代からある由緒ある神社。
神社に伝わる神楽は江戸時代の神楽の原形を伝えるもので、国指定重要無形民俗文化財に指定されている。
神楽殿において、太鼓、鞨鼓、笛の演奏で舞う。450x300_2
                   幣(みてぐら)の舞450x300_3
                     おかめの舞450x300_4
                イザナギ・イザナミの連れ舞450x300_5
             鈿女命(うずめのみこと)・猿田彦明神の舞4_450x300
神社に隣接する玉敷公園には樹齢400年という、幹周り約4.8m 枝張り約700平方㍍というノダフジが見事でした。450x300_6
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2015年5月 2日 (土)

東丹沢の宮ヶ瀬湖を望む南山登山で花に会う

4/29 京王線調布駅から終点橋本駅に到着。バスの終点「鳥居原ふれあいの家」で下りる。
ハヤトウリが発芽しているのを売っていました。買いたかったけれども植えるところがなくて断念。400x267_2
「南山遊歩道」コースのスタート点には「ヒルに注意、対策をしっかり立てて登ろう」という趣旨の立札があるのだ。
登山用具店に「ヒルサガリのジョニー」というスプレーがあるそうで、丹沢の山に登るときは用意するようにとのこと。この日はまだ大丈夫のようで、スパッツだけつけて恐る恐る登りはじめました。目のいい人が途中落ち葉の下に1匹発見。

      登り口も途中も少し、そして最後も急で、階段が続いていました。300x450
   眼下には宮ヶ瀬湖が広がり、湖面からの涼しい風がとても気持ち良い。450x300
        クサイチゴ?の花が山のあちこちにたくさん咲いていた400x267_3
ヤブレガサ 食べられるそうで食べてみたいが採集をしないで、ワラビを採ってワラビ寿司を作りました。400x267_4
ウコギ 米沢藩の上杉鷹山が財政立て直しの一環として、民にウコギの垣根を奨励したということを思い出します。
食べたことがないけれども、ウコギ飯が美味しそう。400x267_5
            この山にもジュウニヒトエが点在しています450x300_400x267
権現平(569m)の広い展望台地には東屋やテーブル、ベンチが置かれ、トキワハゼなどの山野草の小さな花がたくさん咲いていた。
眼下には平塚や海老名の街が見え、遠くはみなとみらいや木更津まで見えるようだが、あいにく霞んでいました。450x300_2
                     トキワハゼ400x267_6
                      マムシグサ400x267_7
                  ミツバツチグリか?400x267_8
 南山は水源協定林だそうだ。神奈川県「水源の森林づくり」契約地とあります。11_450x300
        杉ではなく保水性のある若い木々が植えられています450x300_3
                   南山頂上(544m)に到着300x450_2
大山から焼山まで丹沢山塊がパノラマに広がり、眼下は宮ヶ瀬ダムです。横浜、横須賀、川崎に水を供給しているそうだ。450x300_5
                 ハナイカダに会えて嬉しい450x300_6
               自生のホタルカズラは初めてです400x331
                       キンラン267x400
萩のよう。春に咲く萩はムラサキセンダイハギだが、色が少し違う。多摩NT住人さまにヒメハギと教えていただきました。ヒメハギ科ヒメハギ属。有難うございました。24_450x300
下山して到着したのは、つつじ祭りが開催されている、県立「あいかわ公園」でした。愛川大橋からバスで小田急本厚木駅に向かいました。450x300_7
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