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2015年6月 3日 (水)

9つの城めぐり(2)

2日目は姫路城と竹田城址でした。

姫路城 兵庫県姫路市 世界文化遺産、国宝・天守を含む8棟、重要文化財74棟、現存天守、特別史跡。
大天守は海抜91.9m(石垣と天守合わせて45.5m)、5重6階地下1階。櫓の数27棟。門の数21棟。狭間の数997。井戸の数11。西の丸櫓の長さ約240m。平成の大天守修理費用は24億円。すべて凄い数でびっくりです。

1日目は姫路駅のそばに宿泊し、ライトアップされた姫路城を見てきました。夏は白く冬は暖色にライトアップするのだそうです。
本当に白い!!450x300
朝9時前から待ってすぐ入場でき、最初に大天守に行った方が良いと言われ、いろはにの門を丁寧に見ないで直行。大変すいていました。300x450
          最上階から景色:三の丸、大通りの終点は姫路駅。450x300_2
              最上階の長壁神社(姫山の地主神)450x300_3
              武具掛け(大天守は武器倉庫だった)450x300_4
備前門から出て備前丸からの大天守は昨晩のライトアップされたのと同じ側。写真が悪くてあまり白く見えません。450x300_5
備前門の脇の石垣の大きな石は石棺です。姫路城の石垣には古墳の石棺が多く転用され、古墳が多く破壊されたそうです。450x300_6
             二の丸にある播州皿屋敷のお菊井戸450x300_7
西ノ丸には240mの百間廊下(長局)と呼ばれる櫓がある。千姫に仕えたお局たちの部屋が並んでいる。450x300_8
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長局につながる突き当りの化粧櫓の中
本多忠刻と再婚した千姫の化粧料で三の丸には武蔵野御殿、西ノ丸櫓が建てられ、この化粧櫓は千姫の休息所だった。450x300_10
最後に西ノ丸からもう一度大天守を仰ぐ。この角度からは手前に小天守3つのうち2つ見える。450x300_11
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頼んだお弁当 3日間ともお昼ご飯は移動のバスの中です。
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2日目
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3日目はカニずしでした。

竹田城址 兵庫県朝来市 国史跡
全国屈指の山城で「日本のマチュピチュ・天空の城」と呼ばれる。雲海に浮かぶ写真が多く紹介されていますね。
ちらしの写真です(クリックで大きくなります)
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このような写真を撮るには、あるいは見るには、お向かいの山の同じ高さの辺りにこのような雲海が生ずる季節、天候に合わせて、前日から場所取りをし、寝袋で寝て、早朝3時ごろより準備をするとか。そのお向かいの山です。450x300_15
朝来市は、古来播磨・丹波・但馬の交通上の要地だったため、標高353.7mの山上に竹田城が築城されました。
今は小型バスに乗り換えて8合目付近まで行かれても、さらに上り詰めるのが大変なのに、南北400m、東西100mの規模の城を築き上げたことは驚きです。これだけの石垣を築くのも、水の確保も大変だったでしょう。
山名氏は1431年に着手し、1443年に完成しました。当時は山名氏と赤松氏の間に深刻な対立が生じていたからです。その後太田垣氏7代の後、秀吉の但馬攻めにより、竹田城は織豊方の拠点城郭として機能したのでした。しかし1600年に西軍惨敗で廃城になったのです。

観光者が増えて道が荒れて(高尾山みたい)このように土嚢の上に黒いネットで保護されています。
石積みにも、穴太積み(野面積み)や算木積みや笑い積みなどいろいろあることをガイドさんから教えてもらいました
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                     天守台 450x300_18
                  マチュピチュのよう450x300_19
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その後鳥取駅のそばのホテルまで移動し、話題になった「スタバ」を見に行きました。29日(金)の20時近くでしたが結構混んでいました。450x300_25
こちらは駅を挟んで対角線にある、知事が言っておられた「すなば珈琲」です。中は見えません。中間点の駅構内にはドトールがありました。450x300_26
駅の中にコナンが。鳥取空港がコナン空港に改名され、米子空港が米子鬼太郎空港に改名されたとか。450x300_27

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コメント

 二つの城ともTVでよく見る城です。
姫路城は白鷺城と言われるだけあって、屋根以外はすべて真白。その美しい姿には魅せられます。さすが三名城の一つですね。
東京に行く電車の中からよく眺めていました。
他の城は結構見ましたが、姫路城は行ってません。
 ‏井倉(会社の鉱業所かある)によく行ってましたので、米子とか皆生温泉には度々行きました。
随分変わりましたね。

 竹田城跡は「天空の城」として一躍有名になりました。すごい観光客が訪れました。
あの雲海の上に表れる写真を撮るには、自然の気象条件との睨み合い。撮れた時の嬉しさはまた一入なんでしょうね。

城を見る時いつも思うのですが、あの石垣の美しさ、重機のない時代どうやって築いたのだろうと、また、その時代の石工の技術のすごさに
驚かされます。

 この頃外国人の観光客が増えましたね。
姫路城など、世界遺産になったからでしょうけど。また日本食をはじめ
日本の文化などを見たり、体験したり、我々から見ればこんな所にも
と思われるところにも沢山の外国人の観光客が訪れるようになりました。
嬉しいことです。まさしくDiscover Japan です。

投稿: 夢閑人 | 2015年6月 3日 (水) 11:44

★夢閑人さま

コメントありがとうございます。
地図で井倉峡というのを見つけました。伯備線が米子や皆生温泉に行っていますね。

竹田城が有名になってから、観光客がどっと押し寄せるようになったそうですね。
サイトでは多くの人が雲海の竹田城を撮っているのですが、こんな苦労があるとは知りませんでした。考えてみればそうですよね。千載一遇のチャンスなのでしょう。

今回は石垣を見る旅だったのですが、どうやって作るのか少しわかりましたが、築くのは大変なことですね。あんなに重くて硬い石を複雑に積み重ねる技法には驚きます。

そうですね。テレビで意外な所に外国人が出没して、またそれを世界に発信してくれる人もいます。目の付け所が日本人とは違う面がありますね。一番は円安だそうですが、この機会に世界に日本の良さがどんどん広まって、日本に来てくれるようになってほしいです。

投稿: tona | 2015年6月 3日 (水) 16:03

こんばんは happy01
姫路城に竹田城址・・・、どちらも有名で人気のお城ですね。
姫路城は国宝であり世界遺産。竹田城址は近年「日本のマチュピチュ」と呼ばれ、訪れる人も多くなったようです。
私はどちらも訪れたことはありませんが、皆様のブログでどちらも何度か拝見したことがあります。
姫路城、本当に白くて美しいお城ですね。中の様子は初めて拝見しました。
神社があったり大天守は武器倉庫だったり、意外でした。
竹田城址は早朝の雲海の上に浮かび上がる姿が本当に素晴らしいですね。
あるブロ友さんが数年前、そのような写真を撮るために、何度か足を運んだそうです。

投稿: 慕辺未行 | 2015年6月 3日 (水) 22:34

★慕辺未行さま

おはようございますsun
姫路城の大天守の中には東西2本の太くて長い芯柱がありました。支えているのですね。五重塔のは見たことがありません、同じようなものです。
中はかなり広かったです。

竹田城はここ数年ブームになってから知りました。あんな美しい写真を撮るにはそれなりの時間をかけて待ってと大変なのですね。でも撮れたらすごく嬉しいことです。
石垣郡の凄さにも感動しました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年6月 4日 (木) 06:17

こんにちは。姫路城はやはり白かったですか。新幹線の車窓からしか見たことが無く、一度は行ってみたいものです。竹田城址の雲に浮かぶ姿は、是非見たいですね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2015年6月 4日 (木) 08:31

前回のコメントで誤記をしました。
松山城にすべきところ高松城と書いてしまい
失礼しました。

ついに新装の姫路城にも行かれたのですね。
城のふもとに長男の中学、高校がありましたので
天守閣に登らなくても幾度となく城内に入り
桜を撮りましたこともありますし、
なつかしいお城です。

ようやく来月老人会旅行で行くことになりました。
でも老人グループなので天守閣には登らない
そうです。竹田城址にも登らず見るだけのようです。

地元の会長をしていますので義理でも参加します。


投稿: matsubara | 2015年6月 4日 (木) 09:03

こんにちは
 
姫路城と竹田城址、ともにとても楽しみにしていました。
姫路城はやはりすごいですね! 美しいし規模の大きさにも
改めて感心しきりです。世界遺産に指定されるだけありますね。
あ~ いつかもう一度行ってちゃんとじっくり味わいたい。
これだけのお城を築くのは相当大変だったでしょうけれど、
石垣に古墳の中の石棺まで使われたとは驚きでした。
現代だったらあり得ない(許されない)ですね。
 
竹田城址が霧と雲の中に浮かび上がる様子を最初に見つけた方の
感動はいかばかりだったかと思います。幻想的で素晴らしいですものね。
大勢の方が訪れるようになって荒れてきたのが気がかりです。
何とか保って保存していただきたいですね。
でも、私も上って過去に生きた方たちの様子を偲びたいです。

投稿: ポージィ | 2015年6月 4日 (木) 09:33

お弁当を車内で食べながら、精力的にお城を回ったんですね。
昔々、姫路城へ行ったという記憶しかありません。
お菊さんの伝説もここだったんですね!
白鷺城は、ますます白く浮かび上がりましたね~♪
竹田城の霧に包まれた姿は、あまりにも有名!
向かいの山へ登って、タイミング良く出逢えると最高でしょうが。
写真と近くで見たイメージは、如何でしたか?
石垣に焦点を合わせてみると、興味が湧いてくるでしょうね~
鳥取はドトールもあるのですか。スタバとライバル~
すなば珈琲は砂丘があるから、それで結構だと思うんですけどね。

投稿: だんだん | 2015年6月 4日 (木) 12:31

素敵な写真をありがとうございます。

姫路城は30年前に行きましたが,竹田城は見果てぬ夢です。

その竹田城の最後の城主は赤松広秀(斎村政広)ですが,
彼は慶長の役の時の虜囚,姜沆(きょうこう,カンハン)と藤原惺窩とともに京都で交流があり,朱子学を学んでいます。そして,姜沆の帰国のための金銭を工面しています。

かつて姜沆については以下のように書きました。
 http://gakisroom.exblog.jp/9423561/

投稿: gaki | 2015年6月 4日 (木) 18:58

★多摩NTの住人さま

コメント有難うございます。
まあ、新幹線の車窓から見えるのですね。お城から駅方面が見えます。気がつきませんでした。今回は飛行機だったので駅に降り立ちませんでした。
写真がお上手な多摩NTの住人さまですから、素敵な写真が撮れることでしょう。

投稿: tona | 2015年6月 4日 (木) 19:57

★matsubaraさま

ありがとうございます。
不思議なことにあちらの多くのお城の中や傍に学校がありました。環境がいいですね。
姫路城の所の学校にご長男さんが通っておられたのですか。桜の頃はさぞかしとたくさんの桜を見て思いました。

来月行かれるのですか。竹田城跡は多分9合目くらいまで車で行けますのに、残念です。後はゆっくりあまり勾配のない道を歩くとたどり着けるのですが。

投稿: tona | 2015年6月 4日 (木) 20:03

★ポージィさま

楽しみにしていただいてありがとうございます。
姫路城のデータを見て規模が他の城より図抜けて大きいのに驚きました。凄いですね。
石棺を使用したお城はここだけでしょうか。ビックリですね。姫路あたりにも古墳がたくさんあったのでしょうか。それとも奈良や岡山などから?

昨日ぼんやりビデオを見ていましたら、和歌山県だったと思うのですが、お城の名前を忘れましたが、竹田城と同じように浮かび上がるお城があるのだそうです。本当に最初に発見した人は何時?どなた?だったのでしょう。
日本人の美意識が惹きつけられるのでしょうね。私も実際に見てみたいですが、お話を聞いたら無理だということがわかりました。

投稿: tona | 2015年6月 4日 (木) 20:14

★だんだんさま

ありがとうございます。
私も昔行った、いえいえ最近でも、ほとんどの旅行先を覚えておりません。何度行ってもいいのですね。
お城とお城の間が離れているので、移動時間がかかり、お昼はお食事処で食べるということが出来ないようでした。
今回の目的だった白い姫路城を見る事が出来て大満足でしたが、この後に行った竹田城址が素敵だったので、今回はとても素晴らしい旅行となりました。
写真の通り、残された石垣群からイメージできましたよ。城址にも興味が湧いてきました。

まだまだスタバが満員であり続けるのでしょうね。

投稿: tona | 2015年6月 4日 (木) 20:27

★gakiさま

こちらこそ知らなかったことを教えていただきありがとうございます。
赤松秀行の最期ですが、西軍敗退後、鳥取攻めに加わるも、大火の責任を問われ鳥取の真教寺で自刃したのだそうですね。
竹田城の次に鳥取城に行ったのです。
その赤松氏とカンハン、藤原惺窩。朱子学から江戸時代の寺子屋、明治時代の義務教育の高さ、近代日本をつくりあげた、しかしアジア侵略の精神にまでつながったとは、本当に驚きました。とても興奮しました。
再度お礼申し上げます。

投稿: tona | 2015年6月 4日 (木) 20:58

竹田城址のこの浮かび上がる写真は私も何処かで見て、憧れていました。
いつか自分の目で見てみたいと思っていましたが…

>お向かいの山の同じ高さの辺りにこのような雲海が生ずる季節、天候に合わせて、前日から場所取りをし、寝袋で寝て、早朝3時ごろより準備をする

そんなご苦労があったのですね。
あきらめましたw

投稿: zooey | 2015年6月 5日 (金) 09:07

★zooeyさま

ありがとうございます。
夢を壊してすみませんでした。
ガイドさんに聞いたのですが、気象条件がそろうときでも、霧や雲が必ず毎日出るとは限らないそうで、ダメな場合はまた翌日までねばるそうです。
チラシを見たり多くの撮ってこられた写真を見ますと、誰でもいつでも見られそうな気がしてしまいますね。

投稿: tona | 2015年6月 5日 (金) 16:22

興味があった新しい「姫路城」と、日本のマチュピチュ「竹田城址」を堪能させていただきました。
写真を趣味とする者にとっては憧れの竹田城址・・・
霧の中に浮かび上がる写真を撮るのも一苦労のようですね。

姫路城は転勤族の両親が水島工場勤務で、倉敷に住んでいた頃、まだ乳児だった息子を抱いて行きました。
今から40年以上も前でしたね。
当時は内部も素朴だったような気がします。

投稿: nao♪ | 2015年6月 8日 (月) 09:51

★nao♪さま

お返事が大変遅くなりましてすみません。
今日17時ころバルト3国から帰ってきました。

nao♪さんには竹田城址の写真を撮っていただけたらと思いました。
でもなかなか大変のようなのですね。でも写真家は忍耐の塊のような人たちですものね。

ご両親並びにnao♪さんは転勤などでずいぶんあちこちいらしているのですね。驚いています。
姫路城は内部まで変わったのでしょうかね。とにかく明るい印象でした。

投稿: tona | 2015年6月17日 (水) 19:22

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