9つの城めぐり(3)
3日目は鳥取で1つ見てから再び岡山県に移動して3城を見ました。今回は長くなってすみません。
⑥鳥取城 鳥取県鳥取市 国指定史跡 平山城及び山城
山名氏が造り、吉川経家のとき秀吉の兵糧攻めに遭い自刃、宮部氏(6万石)、池田氏(32万石)と続く。
1879年に建物がほぼ全て撤去された。1943年には鳥取大地震により城址も被害に遭った。
復元された西坂下門
大手登城路は復元整備をしているところ
石垣
天球丸巻石垣・・背後の石垣の崩落を防止するために築かれた球面石垣
御殿跡に建った仁風閣と鳥取の街
久松山全体が鳥取城で、険しい山登りの末に着く天守のあった山上ノ丸と、山下ノ丸(鳥取藩の政庁でもあった)からなる広大な城です。
今回は山下の丸の中の三の丸、天球丸、二の丸などをさっと見て歩きました。
⑦津山城 岡山県津山市 国指定史跡 平山城
1603年森忠政公(森蘭丸の弟)が信州川中島から18万6500石の大名として入封して築いた。1874年にすべて取り壊された。
破風を持たない四重五階の天守だったそうで日本三大平山城(姫路城、松山城)。復元されたのは備中櫓と塀。
桜、芝桜、アジサイ、紅葉の名所。
本丸までの高さ45mの壮大な石垣が続く
備中櫓

櫓の中は珍しい畳敷き
天守台
四重五階の天守のパネル展示があった。破風を持たないので面白くうつる天守。
⑧鬼の城(きのじょう) 岡山県総社市 国指定史跡 神籠石式山城
飛鳥時代(6世紀から7世紀)の12の古代山城には入らない山城を、神籠石式山城という。東西南北にある門のうち西門と石垣、土塁が復元された。
標高約400mの鬼城山(きじょうざん)の8~9合目を鉢巻状に高さ6m、全長2.8㎞の城壁が巡らされている。非常時には何千人もの人がこの中に避難出来たという。城壁付近まで小さいバスに乗り換えて行き、城壁を半分だけ歩きました。
西門

城壁は版築土塁で城壁の内外両側に敷石を施している

水門 城壁が谷を渡る6ヶ所では、排水のため水門を築いている。下部は石積み、上部は版築土塁。
シダの美しい新芽
眼下遠く中央右寄りに作山古墳が見えていたが、見えるはずの瀬戸内海、小豆島、屋島、讃岐富士等が見えなかったのが残念でした。
頂上と角楼 角楼とは横方向からの攻撃を意図した特殊な防御施設。
⑨岡山城 岡山県岡山市 国の指定史跡 外壁の下見板に黒漆が塗られていたので、烏城の別名がある。
安土城にならって造られた城。天守台が珍しい不等辺五角形で、塩倉を併設した複合の天守閣。唯一戦火を免れた月見櫓が現存する。
築城者は宇喜多秀家。天守閣内部に城主の間があるのが犬山城とともに珍しいとか。
櫓35、城門21という壮大な城だった。明治以後国有になったけれども維持できなくて天守をはじめ4棟だけになり、その後空襲にあって月見櫓だけになった。現在は天守と門と塀が復元された。
堀
門
天守閣は鉄筋コンクリート造りだが、外観だけ旧状通り再現されている。
裏側からの天守閣
天守閣から見えた後楽園
月見櫓
番外・岡山後楽園 特別名勝 ようやく日本三大名園を制覇できました。
岡山藩主池田綱政公が1687~1700年にかけて造ったもので、藩主の静養の場であり、賓客接待の場でありました。
天守閣上からは芝生と池しか見えず殺風景に思えたのが入園してみるとさすが天下の名園です。




お城を巡って、堀、石垣、塀、城を築くその労力はいかばかりだったか、特に山城の場合は石などの資材を運び上げるだけでも大変だったことが偲ばれます。そして攻めこまれた時の様々な工夫、籠城に備えての工夫をも見ることも出来ました。
マニアの方たちは歴史を深く勉強し、建築物より城跡や残された石垣、土塁、塀などに思いを馳せているのでしょう。
この日5月30日は東京には地震があって、飛行機は遅れるし、山手線はストップ、地下鉄は満員、各駅停車になってしまった中央線で家に1時過ぎにたどり着きました。
2011年にも岡山や鳥取を旅していて、3.11地震を、そして今回の地震も直接体感していません。人にはあちらは鬼門ではないのと言われましたっけ。
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6月2日に行った葛飾区にある堀切菖蒲園は6,7分咲きでした



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明日7から17日までバルト三国に出かけてきます。帰国しましたらまたよろしくお願いいたします。
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