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2015年6月30日 (火)

バルト三国旅行(4)

ラトビア(4、5日目)

Photo_4三国の真ん中に位置するラトビアは、北海道の約60%の広さで人口は199万人。民族構成はラトビア人61.1%、ロシア人26.2%、その他ウクライナ人、ベラルーシ人、など。宗教はキリスト教で、北部西部がプロテスタント、東部はカトリックが多い。ほかにロシア正教。

十字架の丘からまもなく国境を通過してラトビアに入った。

●ルンダーレ宮殿(バウスカ)(4日目)
”バルトのヴェルサイユ”と呼ばれる、バロック様式の豪華な宮殿。
宮殿の向こう側には広大な庭がある450x300
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どうしてラトビアのこんなところに宮殿が建ったのか?
帝政ロシアの時代、ピョートル大帝の姪アンナが結婚した相手クールラント公が治めていた所。大帝が亡くなって、アンナが女帝になって、クールラント公も亡くなったとき、アンナが愛人にクールラント公国を与えて城の建設が始まったというわけである。紆余曲折があって1734年から1768年まで完成に時間がかかった。
クールラント公国が消滅した後、エカテリーナ2世最後の愛人・ズーホフカが住み、次にズーホフの未亡人の再婚相手シュヴァロフ伯爵が住んだそうだ。ソ連時代はジムや倉庫として使われ、修復が始まったのが1971年だった。
兎に角ヴェルサイユとたとえられる位、鏡の間はなかったけれど、中は豪華であった。450x300_5
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          夜リガに到着。私のバースデイケーキには花火が。300x450_2

●首都リガ(5日目) 世界遺産
バルト三国では抜きん出た大都市で人口は70万人。1201年ドイツ・ブレーメンの司教だったアルベルトが集めた兵士達を引き連れてここに上陸し街を建設した。1282年ハンザ同盟都市となって発展した。
以下は1日あったのであちこち沢山見物したその一部です。

              ホテルから見た川向こうのリガ旧市街450x300_14
聖ペテロ教会展望台から。この教会にはエレベーターがあって、運転するおばさんが座っているが、何とこのおばさん開閉と人数を数える数秒以外は全部本を読んでいたのには驚く。日本のデパートなどのエレベータ―ガールとは大違いで顔も見ず、にこりともしない。450x300_15
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ヨーロッパでも初めてエレベーターがあった聖ペテロ教会はこんな渋い感じ。(1階部分尻切れトンボになってしまった)300x450_3
ブレーメンの音楽隊 リガがブレーメンの姉妹都市だから。下から驢馬、犬、猫、鶏300x450_4
猫の家 猫に全然出会わなかったバルト三国なので、やっと銅像で会えた。
この家に裕福なラトビア商人が住んでいて、大ギルドに加わりたいと思っていたが、ドイツ人支配のギルドに断られた。怒った彼は大ギルド会館に尻を向けた猫を屋根に取り付けた。その後大ギルド会館がコンサートホールに変わったので、猫は音楽に誘われて向きを変えたという。450x300_18
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            火薬塔とラトビアの町の紋章がずらりの家450x300_23
三人兄弟の家
右の白い家:15世紀のもので当時は窓税があったので窓が小さい。真ん中のクリーム色の家は17世紀で窓税がなくなった。左側薄緑の家は17~18世紀で建物の間口税があったので京都の町屋みたいに幅が狭い。3_450x300
ブラックヘッド会館 
ファサードがきれい。エチオピアの聖人マリティウスを守護聖人とする団体で未婚の商人で構成されているという。どうしてこんなところに。450x300_24
自由記念碑 1935年にラトビア独立を記念して建てられた51mの記念碑。ソ連時代になり近づくだけでもシベリア送りとうわさされたとう。300x450_5
リガ大聖堂で夜パイプオルガンの演奏を聴く。ハチャトリアンの「剣の舞」とたっぷり15分のラヴェルの「ヴォレロ」が良かったです。450x300_25
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ユーゲントシュティール建築群(アールヌーボー)
19世紀後半から1914年まで流行。動物や人の顔、草花をモチーフとした彫刻で飾られている。バルトにアールヌーボー建築があるとは思いがけなかった。450x300_27
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                 階段を下から見上げる450x300_29
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コメント

こんばんは happy01
いやぁ~!最後まで拝見して、どの写真も建物が美しく本当に驚きました。
リトアニアは杉原千畝氏で日本でも少しは知られていますが、ラトビアはあまり馴染みがなく、どんな国かとワクワクしていました。
それが、こんなに素敵なところだったとは?!
ルンダーレ宮殿、もちろん初めて聞きました。
外観はもちろん中も素晴らしいですね。絵画といい装飾品といい、美術館以上ですね。
そして旅先で誕生日を迎えられたのでしょうか?おめでとうございます。
心に残るお誕生日になったことでしょう。
ラトビアの首都、リガというのですね。恥ずかしながら、知りませんでした (^_^;;
こちらも素敵な建物が多い街のようですね。
本当にどれも美しく彫刻も素敵で魅入ってしまいました。
すっかり今回もバーチャル旅行、楽しませていただきました happy02

投稿: 慕辺未行 | 2015年6月30日 (火) 22:06

ラトビアでお誕生日とは忘れられない思い出になりましたね。
ケーキの上に花火ですか!
おめでとうございます。

”バルトのヴェルサイユ”と言われるルンダーレ宮殿の黄色い外壁は、ウィーンのシェーンブルン宮殿とも似ていますね。
エカテリーナ2世もかかわっているそうで、やはりサンクトペテルブルグの街を思い出します。
帝政ロシア時代やソ連時代の面影もあちこちにと言う感じですね。

ラトビアの首都がリガと言うことも知りませんでした。
立派な建築物の数々、楽しませていただきました。

投稿: nao♪ | 2015年7月 1日 (水) 06:03

★慕辺未行さま

おはようございますrain
鬱陶しい梅雨ですね。

バルト三国の首都はこじんまりとしていて、同じくソ連に踏みにじられたポーランド、ブルガリア、ルーマニアの首都とは違いますが、きれいな建物が旧市街には並んでいて驚き、かつとてもきれいな都市だと思いました。

ルンダーレ宮殿はかなり広い敷地ですね。門を入っていく玄関側は広場も木が1本もありませんが、反対側の庭は幾何学模様の庭で憧れのフランスを踏襲していますね。
各室内も大国の宮殿に決して劣らないようなしつらえでした。
王家が関知すると凄いことです。

日本では梅雨ですが、ヨーロッパでは一番気候が良いときに誕生日で、ツアーも丁度成立しやすく、あちらで迎えたのは4回にもなってしまいました。気恥ずかしいことでした。

ラトビアのアールヌーボーには本当に驚いてしまいました。もう100年にもなっているのに、きれいに保存されているのですね。
一日居ましたけれども、飽きない美しい町でした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年7月 1日 (水) 08:32

旅行中にお誕生日迎えられおめでとうございます。
孫と同じ日ですからよく覚えています。
次男の嫁とも同じでした。

ラトビアにこんな豪華な宮殿があるとは
知らなかったです。

私たちは誕生日がどちらも2月ですから
寒いし、まず出ません。しかし
国は忘れましたが一度だけ祝ってもらいました。
記念の時計がまだ動いています。

投稿: matsubara | 2015年7月 1日 (水) 08:41

★nao♪さま

ありがとうございます。
この時期は避けたいのですが、あちらでは良い季節でツアーが成立してしまうのです。後期高齢一歩手前の年齢になってしまいました。

ルンダーレ宮殿は、シェーンブルン宮殿に確かに似ていますね。そして何となくアールヌーボーの建物近辺の色合いなどいろいろな感じが、サンクトペテルブルグのエルミタージュや夏の宮殿を思い出させてくれます。
ラトビアはロシア人が今も四分の一を占め、ソ連の影響も残っている国です。
建物が素晴らしく立派なのには、感動しました。

投稿: tona | 2015年7月 1日 (水) 08:48

★matsubaraさま

お嫁さんとお孫さんと同じ人は光栄でございます。しかし早々ともう後期高齢直前となりました。あちこちガタがきながら、エッチラオッチラの旅であまりよく見物していないなあと感じています。
2月誕生日ではなかなかですね。夫の3月でさえ、まだ一度もです。しかし気恥ずかしいものでした。
時計を祝ってもらったのですか!凄い会社ですね。
ルンダーレ宮殿はかなり大きなものでした。
でもフランスには古城地方などをはじめ、いっぱい大きな城がありますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年7月 1日 (水) 09:00

こんにちは
バルト三国の二ヶ国目ラトビアに入られましたね。
拝見するお写真、書かれている内容、すべてが初めてのものばかりです。
 
ルンダーレ宮殿の広さ大きさも、完成までに約30年もかかった
というのも驚きですが、庭園の植栽以外には草1本ないことにも
驚きました。風が吹いたら砂埃がひどそうなどと無粋なことをつい…
 
しかし宮殿の建物や内装はもとより、自由時間に見て歩かれた
首都リガの街の建物も、どれも美しく洗練された印象を持ちました。
いろんなパターンの三角屋根(?)も楽しく拝見しましたし、
猫の家の屋根の猫の像にまつわるお話も楽しいですね。
窓税(!)のあるなしではっきりと窓の数が違うのも面白いです。
 
お誕生日はリガで迎えられたのですね。
花火付きバースデーケーキでのお祝い、素適な記念になりましたね♪
おめでとうございます happy01

投稿: ポージィ | 2015年7月 1日 (水) 10:39

★ポージィさま

バルト三国の映像はテレビでも殆どなく、見たとしても1度では頭に入らないです。
リガの映像も1度見たはずですが、当然のように何も記憶にありませんでした。

宮殿はアプローチには木があっても建物のまわりは殺風景、日本の皇居とは随分違いますね。それにシンメトリーが好きな欧州人です。

様式がいろいろな建物はどれもおっしゃるように洗練されています。メンテナンスがいいのですね。とても綺麗です。
三角屋根のファサードが実にいろいろで楽しめました。ついつい目がそっちに行って、教会やその中は省略でした。
家の窓や家の幅に税金をかけるのが面白いです。面積にもかけて、2階3階とだんだん家が下より出ていくのはよその国で見ました。時代が違う家がたまたま並んで3兄弟という命名も面白いです。

誕生日ケーキがきれいだったので、つい載せてしまいました。お言葉ありがとうございました(o^-^o)

投稿: tona | 2015年7月 1日 (水) 14:13

こんにちは。世界史が好きで若い頃はずいぶん本を読みました。もちろん実際に行くことはなく机上の学問で、今ではすっかり忘れています。ハンザ同盟とか帝政ロシアなんていう言葉を見ると、また読み返してみたくなりますね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2015年7月 3日 (金) 08:17

★多摩NT住人さま

まあ、そうなのですか。
私も好きです。
中公文庫の『世界の歴史』16巻を読み返し始めたのですが、もう挫折しそうです。壮大で膨大で。
有難うございました。

投稿: tona | 2015年7月 3日 (金) 10:57

バルト三国旅行記、まとめて読ませて頂きました。
猫に全然出会わなかったというのは面白い。
寒い国には、やっぱり猫はあまりいないのかしら?
いても家の中から出ないのかもしれませんね?
今回、ギリシャでは、嫌というほど猫に出会いました~

投稿: zooey | 2015年7月 4日 (土) 09:29

★zooeyさま

お帰りなさい。
お忙しくお疲れのところを読んでいただいたのですか。ありがとうございます。

猫いなかったのですよ。もう昼間は18度くらいまで上がった日もあったのに。
サントリーニ島やミコノス島にもいっぱい。ご飯食べている椅子の横にも張り付いていました。あと、ギリシャではないですが、マルタ島にも多かったです。瀬戸内海の島にもいるのでしょう。猫って島に多いのですね。

投稿: tona | 2015年7月 4日 (土) 10:45

宮殿のスケールには圧倒されます。途方もなく
広大な敷地、凝りに凝った装飾。労力と財力の
なせるわざとはいえ、驚くばかりです。
教会のエレベータのおばさんの話、猫の家の話、
いやー実に面白いです。

投稿: 茂彦 | 2015年7月16日 (木) 10:24

★茂彦さま

こちらまでコメントをありがとうございます。
真中のラトビアの見学箇所は少なかったですが、これくらいでも丁度良いです。
こんな田舎にヴェルサイユ宮殿みたいのがあったことに驚きました。ロシア皇帝の権力を見る思いです。

エレベーターのおばさん、毎日毎日閉所のお仕事、こうでもしないとやっていられないのかと。

投稿: tona | 2015年7月16日 (木) 10:57

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