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2015年10月22日 (木)

忍者と隠密

見たいと思っている忍者屋敷にもまだ行かれず、映画でしか見られない忍者や隠密ってどのような関係があるのかとか、実際の活動の内容はどうなのかを気になっていました。
また、「猿飛佐助」「霧隠才蔵」「白戸三平の忍者漫画」「風太郎忍法帖」など有名な創作は名前ばかりで読んでいないので、実際「忍者」って何なのか。目的とか組織とか仕事の内容などを知りたく、図書館から借りてきました。

山北篤著『図解 忍者』

忍者といえば、伊賀、甲賀。黒ずくめの出で立ちで、屋根の上まで飛び上がったり、いろいろな道具を使いまわして相手をダウンさせる・・・時々横目で時代劇を見ながらそんなイメージを抱いてきました。

戦国の世、「忍者」という言葉はなくて「忍び」とか「嗅ぎ」とか「乱破」など名前は様々だったが、後年になってまとめて「忍び」「忍びの者」と呼ぶようになった。
それは徳川幕府お抱えの伊賀の者たちが「忍び」であったからだそうだ。
忍者という言葉が一般的になったのは第二次世界大戦後の山田風太郎の本以後のことらしい。
その任務は情報収集、敵への情報を遮断する防諜、いろいろな術を使って人を堕とす謀略、部隊同士の戦い以外の焼き討ちなどのような不正規戦など。

情報収集には密書など読めなくてはならず、忍者には教養が必要。最大の顧客は京都だ。京都で失脚した人の亡命先。山岳地帯で少人数の兵法が発達ということで伊賀・甲賀に忍者が生まれた。
しかし戦国が終わると、忍者の必要性が薄れてしまう。次第に忍者の技術が失われ、継承も困難になり、伊賀者は間者として残った。

元忍者が盗賊になってしまった有名人が5人くらいあげられるが、中で最も有名なのが釜ゆでの刑に処せられた石川五右衛門だ。
忍者の仕事が平和な江戸時代に変質していったのが隠密。
松尾芭蕉が歩く速さとか、俳諧仲間の所でなく特定の所に十数日滞在、旅費などいろいろな観点から見ると、隠密と疑われる余地が存在する。
吉宗の御庭番も隠密。本当は剣豪だがそれをフィクションで暗殺集団や隠密にされたのが柳生一族。
樺太探検で間宮海峡を発見した間宮林蔵はシーボルト事件にかかわり合うことになる幕府の調査官で、隠密とうわさされた。
幕末の討幕派には江戸市中の治安悪化狙いで乱破を使い盗賊まがいの行動をした。

他に忍者装束を始め、忍びの道具がたくさん紹介され、その使い方とともに実に多くの術が紹介され、それが結構難しく、また如何にコンパクトに携帯するかなどその工夫に驚嘆させられた。手品師のようでもあり、秘伝書もあって、戦国時代にこんな人々が活躍していたかと思うと楽しくなる。
現代の考えられないような機械器具、情報術を駆使した「007」など始めとするスパイとも一面共通する部分あるようなないような。

                                       お隣に生えたかぼちゃ?1011_338x450

                                   葉に斑が入ったカンナは初めてです45_300x450_2


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コメント

おはようございます
 
忍者 秘められた影の働きが多かっただけにいつの時代も
恐れやロマンで語られてきた存在。アメリカなど海外でも
人気があるようですね。超人的に描かれていることが多いですが。
戦国時代も影で大活躍していたのでしょうね。
tonaさんもご興味を持っておいでだったとは。実は私も興味関心あります。
発端は、中学生の頃、父の持っていた時代小説を読んだ中に
忍者たちが出てきたことです。小説は山岡荘八の「徳川家康」だったかな…
他にもあったような。
その後、積極的に調べたり忍者が主人公の時代小説を読んだりは
してきませんでしたが、たまに何かで目に留まると興味津々です。
そんな訳でもちろんこちらの記事も。
知っていたこと知らなかったこと、ごちゃ混ぜにしていたことなど
色々教えていただきました。
松尾芭蕉や間宮林蔵に隠密かも!?の疑いがかかっているとは
知りませんでしたよ。たしかに松尾芭蕉は伊賀出身ですしね(^^)
以前TV番組で忍びたちのその後を調べたものを見たことがありますが、
やがて隠密としての役目もなくなると、知識を生かして医術へ進んだ
者も多かったと言っていました。なるほど…ですね。
彼らが持っていた知恵や知識や技術には、素晴らしいものがあったはず。
それが何らかの形で現代にも伝わっているといいですね。

投稿: ポージィ | 2015年10月23日 (金) 08:37

★ポージィさま

早速に貴重な内容のコメントありがとうございました。
ポージィさんの故郷は少し伊賀に近いですよね。何でもあそこにあるという忍者屋敷、ツアーがないかで待っていました。しかしなくて、それでは自分でという行動力がなくて、いつか行動の人としてデビューできるかは疑問です。
山岡荘八の「徳川家康」は私も全巻読みました。家康は本能寺の変のときに伊賀越えで世話になったのでしたね。

隠密や間者などの他、医術ですか。知りませんでした。確かに秘薬まで携えて跳躍しているわけですから、それだけでなく持てる知恵を全部生かせば、人々の病気を治していけたでしょう。
今に車も自動運転になるというほど、機械類があまりに発達した今、こうした古来からの知識や技術が、心の問題と並行して入り込んで、別の豊かさが失われないようになったらよいです。

投稿: tona | 2015年10月23日 (金) 09:04

尾となりのカボチャにびっくり
こんな形もあるのですね

元忍者が石川五右衛門か
盗賊になってしまったとはね

投稿: たなちゃん | 2015年10月23日 (金) 09:54

★たなちゃんさま

ハローウィンにはいろいろな形のかぼちゃを見ますが、これはオレンジ入りではないのでだめですね。徳利状です。

五右衛門には南禅寺の三門で「絶景かな」と叫んだなど逸話が多いですね。

投稿: tona | 2015年10月23日 (金) 14:48

隣の三重県には伊賀の忍者屋敷があったりして、
子供を連れていったりしてことを思い出して
います。

また奈良の奥の柳生の里なども訪ねたこちを
久しぶりに思い出しました。

投稿: matsubara | 2015年10月23日 (金) 19:29

★matsubaraさま

伊賀の忍者屋敷は随分憧れていました。お子様といらしたのは良かったですね。
柳生の里はどんなでしょうね。
映画などで見たのとは随分違うかなと。やはり一度出かけてみなくては。チャンスはなかなか訪れそうにありませんが。

投稿: tona | 2015年10月23日 (金) 20:38

TVや映画で見る忍者は格好がいい・・・くらいしか見ておりませんでしたが
tonaさんが忍者に興味を持って本で調べた・・・

石川五右衛門は元忍者だったとは知りませんでした。
松尾芭蕉が隠密?
今回の記事、面白く拝読しました。

10年以上前ですが、「日光江戸村」に忍者の芝居をするグループが居て
追っかけのファンが居るほど凄い人気があり
動きが素早くて人気があるのが分かりましたが
次回に行った時は、その忍者軍団は抜けていませんでした。
それからの日光江戸村はつまらない・・・
その後2回行きましたが、2,3年経ってるのに出し物が全く同じ・・・
忍者が居る時には出し物が多くて、一日のスケジュールを組んで見たほどでしたが
2度目からは忍者は居ないは、スケジュールを組んでも時間は余ってしまいった程の違いでした。

お隣に生えた瓢箪型のカボチャ?
味は普通のカボチャと同じなのかしら・・・

投稿: ラッシーママ | 2015年10月23日 (金) 21:04

★ラッシーママさま

「日光江戸村」はテレビで存在を知りましたが、行ったことがありません。
ラッシーママさんは4回もいらっしゃったのですね。貴重な情報をありがとうございます。
最初だけでも忍者が見られて良かったですね。
追っかけのファンがいるほどの人気ぶりなのになくなってしまったのですか。どうしてでしょう。それはとても残念です。
江戸時代も講座はいろいろありますし、ブームで本もたくさん出ていますが、いくら暇人の私でもなかなか江戸ものまで手が出ないです。
江戸の不思議はいっぱいありますし、テレビでその手の番組でなるほどと感心してはいます。

お隣はもう1年ほど空き家になってしまって次に借り手が現れません。ですので拝借というわけにもいかず、味がどうなのか聞けなくて残念な想いで毎日見ているわけです。しかしなんで出てきたのでしょう。前の住人が蒔いたわけではないとその住人に出会った向こう側の隣人が言っていました。

投稿: tona | 2015年10月24日 (土) 08:28

「忍術使い」→「忍びの者」→「忍び」
私の中でのイメージの変化です。

「忍術使い」は子どもころでした。幻術使い,妖術使いもみな同じで,術と言えば何かに変身したりしました。笛吹童子なり,マンガの世界です。

「忍びの者」は村山知義原作,山本薩夫監督,市川雷蔵主演の映画の影響です。主人公石川五右衛門は抜け忍で,組織の非情さの中で滅んでいきました。「忍びの者」のリアリズムに初めて接しました。

なんと言っても面白かったのは白土三平の「忍者武芸帳」と「カムイ伝」です。ここでは「忍び」でした。「忍び」の超人的な術は科学的と言うよりも無理矢理の理屈で説明されます。それ以上に農民社会を主軸にした大河ドラマとしての面白さがありました。

ところで,12月12日は石川五右衛門の命日らしく,奈良では彼を魔除けにとする風習があるようです。よろしければ覗いてみてください。
  http://gakisroom.exblog.jp/9055033

投稿: gaki | 2015年10月25日 (日) 16:44

★gakiさま

笛吹童子はラジオで毎夕楽しみに聞いていました。そしてその後映画を見る事もできました。
市川雷蔵の映画も見ましたのに、どれも忍びとして認識してなくて、それに覚えておりません。興味の持ちどころが違うことなどの他に、私は小さい頃凄くぼんやりしていたのです。
それは今も残っていて、私一人が気がつかないということがあります。
白戸三平のをご覧になっているのですね。それは面白かったでしょう。

石川五右衛門の命日と魔除けについて拝見しました。
いろいろ教えていただきありがとうございました。映画や本も読んでみたくなりました。

投稿: tona | 2015年10月25日 (日) 18:57

忍者や隠密の世界のことは時代劇の映画やドラマでしか知りませんでしたが・・・
浅草の仲見世などを歩くと、忍者の衣装などが売っていて、如何に外人さんたちに人気があるかが良くわかります。

あの石川五右衛門は忍者だったのですか?
芭蕉隠密説は以前何かで読んだ記憶がありますが・・・
私が入ったワンゲルの会では去年&一昨年と2年以上かけて「奥の細道」を踏破したようです。
最後は滋賀県の大津を訪ねたようで、そこにお墓があるそうですね。
私ももっと早く加入していたならと後悔しましたよ。

このヒョウタン形のカボチャ、最後に表面が薄茶色になったらピーナッツカボチャという種類だと思います。
我が家も頂いたことがあります。
あまり甘さがないのでシチューなどのお料理が合うと言われました。


投稿: nao♪ | 2015年10月26日 (月) 13:30

★nao♪さま

おぉ!忍者の服装が外人さんに人気があるなんて、初めて知りました。
仲見世では外人さんが浴衣などいろいろ買っていましたが、まさか忍者服とは。

奥の細道踏破をワンゲルの会でやっていたのですね。
この間は相模川を踏破されたのですよね。
私も奥の細道は踏破したかったです。芭蕉の本を読んだりして東北には憧れていました。
東海道はその気がないのに、どんなものかと試し歩きををしてやはりその気をなくしましたが。

カボチャの貴重な情報をありがとうございました。薄茶色になるかどうか観察してみます。

投稿: tona | 2015年10月26日 (月) 18:33

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