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2015年11月30日 (月)

鎌倉4・材木座の寺社(2)と鶴岡八幡宮摂末社・境外末社

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材木座海岸に近くなった材木座の残りの寺と鶴岡八幡宮の摂社・末社をまわってきました。

25.九品寺 東京世田谷の浄真寺(九品寺)、京都の浄瑠璃寺と同じ浄土宗だが、ここには九体の仏様は見られなかった。
鎌倉攻めの総大将・新田義貞が、鎌倉幕府滅亡後に敵方の北条氏の戦死者を供養するために建立した。鎌倉三十三観音霊場の16番札所でもあります。381x450
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      本堂の「九品寺」の文字は新田義貞の筆を写したものと言われる450x338
26.補陀洛寺 真言宗 京都大覚寺派 鎌倉三十三観音霊場17番札所
文覚上人の開山、頼朝の開基。頼朝の祈願所として1181年の創建されたと伝えられる。

             本堂の前に見事な枝ぶりの百日紅の木がある450x338_2
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27.光明寺 浄土宗 鎌倉三十三観音霊場18番札所
1243年創建 開山は良忠上人。良忠は浄土宗の宗祖法然の弟子弁長に仕え、教えを受けた浄土宗第三祖。 
第5代執権・北条時頼をはじめ歴代執権の帰依が篤く、やがて七堂伽藍の寺観を誇り、関東における念仏道場の中心となった。

総門を入ると壮大な山門がそびえる。間口16m、奥行7m、高さ約20mで鎌倉の寺院の門では最大の格式をそなえる。450x338_3
    大殿(本堂)1698年の建立。現存する木造の古建築では鎌倉一の大堂。450x338_4
                     本尊阿弥陀三尊450x300_2
                    左が宗祖法然像450x338_5
左が善導大師像。右が弁財天。中国唐時代の浄土宗の高僧。宗祖法然上人が善導大師の教えに導かれて浄土宗を開かれた。開山の良忠上人も篤く大師を敬い像を作り、大師を顕彰された。450x300_3
                 記主庭園(小堀遠州の流れ)450x338_6
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三尊五祖の庭
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                    繁栄稲荷大明神450x338_8
               開山堂 当寺開山良忠上人を祀る御堂450x338_9
光明寺裏山の展望は神奈川の景勝50選に選ばれている。稲村ケ崎や海岸が見える。450x84_2
              良忠上人と北条経時(4代執権)の墓所450x338_10
28.蓮乗院 鎌倉三十三観音霊場19番札所(光明寺境内)450x338_11
29.千手院 鎌倉三十三観音霊場20番札所(千手観音菩薩) 光明寺境内450x338_12
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材木座の海岸
子供たちの作った筏でこれから競争が行われようとしていた。見られなかったのが残念。450x338_13
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30.鶴岡八幡宮と鶴岡八幡宮境内摂社末社・境外末社
頼朝が源氏の祖先と一門を祀って、八幡神という武神を精神的中核として鎮座したのが鶴岡八幡宮である。830余年経った今、年間1000万人の人々がおとずれる大社となった。
         この日11/22(日)も七五三の家族も多く混雑していました350x260
       下拝殿(静が舞曲を演じた舞殿)では結婚式が行われていた450x338_16
                  舞殿から見る本宮(上宮)450x338_17
舞殿の右手には若宮(下宮)がある。頼朝が由井郷から八幡神を遷座した元々の社だった。450x338_18
           舞殿の左手には倒れた大銀杏の切り株が痛々しい450x338_19

鶴岡八幡宮の境内摂社・末社(摂社・末社とは神社の境内・外にある小規模な神社)

①旗上弁財天社: 源氏池の一番大きな島に祀られている。頼朝が伊豆で源氏復興の旗上げしたことにちなむ。可愛らしい神社。450x338_20
②白旗神社:若宮の前を東へ行ったところにある。白旗とは源氏の旗色。頼朝と実朝を祀っているそうだ。唐破風の屋根が印象深い。450x338_21
③武内社:武内宿祢を祀るが所在がわからなかった。
④丸山稲荷社:本宮の西の小さな丸山の上にある。室町の様式を残している古い建物で重文。450x338_338x309

境外末社
⑤新宮神社:八幡宮の北側の駐車場の奥にある小さな神社。承久の乱の後鳥羽・順徳・土御門天皇が祭神。勝った幕府が後鳥羽天皇の怨霊を恐れて1247年創建したという。450x338_22

何度か行っている八幡宮の摂社・末社を初めて目で確認できたことでした。

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コメント

こんばんは
 
今回巡られた寺社も初めて拝見するところがほとんどでした。
行ったことがあるのは鶴岡八幡宮だけですが、摂社・末社というのは
存在すら知りませんでした。たくさん色々あるという認識しかなく、
全部をお参りして回ったことは一度もなく来ました。
次に行ったときにはもっと関心を持ってお参りできそうです。
お寺は浄土宗が多いですね。光明寺も行ったこともなければ知りも
しなかったのですが、山門も大殿も立派で堂々たるものですね。
この辺り、134号線は車で走ったことがありますのに、
全く気づかなかったとは。関心を持って眺めていないとだめなのでしょうね。
鎌倉の寺社巡り、もうだいぶたくさん行かれましたね。
建立の由来など拝見すると、昔その時代に生きていた人々が
生き生きと命を得て蘇るような気がします。

投稿: ポージィ | 2015年11月30日 (月) 17:57

鎌倉には無限にお寺があるのですね。
案内書にも載っていないような・・・
かなり廻ったつもりですがまだまだです。

鶴岡八幡宮だけは折々に訪ね、今年も参り
ました。あの大銀杏の根元も撮影しました。

あの時は鎌倉の修道女に会うついででした。
せっかく近くに来ましたので・・・

投稿: matsubara | 2015年11月30日 (月) 18:52

★ポージィさま

ご丁寧に読んでいただき感想をありがとうございました。
134号線が光明寺の所を走っているのですね。もうすぐそこは逗子市ですね。
浄土宗のこの光明寺は歴代の北条執権の帰依が篤かったし、江戸時代になると徳川家康が関東18壇林、つまり徳川幕府の定めた浄土宗の学問所として、こんなに立派になったようです。
伽藍もたくさんありました。
鶴岡八幡宮も舞殿と本宮と源氏、平家の池しか知らなかったです。先日行った由井若宮から若宮(外宮)へ移り、そして現在の本宮へと変わったこともわかりました。祭神も実に様々なのですね。
源氏、北条執権、天皇、偉い上人などいろいろな人がめまぐるしく鎌倉の地に関係して歴史をつくりあげていったことが新たにわかって、歩いて良かったと思いました。
また次の場所に出かけてみようと思っています。

投稿: tona | 2015年11月30日 (月) 20:45

★matsubaraさま

130ヵ所近くが紹介された本を参考に廻っています。
京都には全然敵いませんが、鎌倉時代を中心に狭い土地に随分と出来たのですね。
歴史上知られた人が関係してくるので面白いほどです。
修道女さまと会われたのは鎌倉だったのでしたね。ちゃんと少しの時間を利用してあちこち探索されるのは真似したいところです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年11月30日 (月) 20:51

鎌倉もようやく紅葉が見頃となり、この所何回も通っていますが・・・
今回ご紹介の材木座海岸近くのお寺はまだ訪ねていません。
バス利用が便利でしょうか?
鎌倉は頼朝と北条氏、そして鎌倉幕府を打ち滅ぼした新田義貞の足跡や古戦場があちこちにありますね。

去年の11月に我孫娘も鶴岡八幡宮で七五三の参拝をしました。
鶴岡八幡宮はいつも人がいっぱいで、お嫁さんの姿も良く見られます。
今日行ってきた海蔵寺も花嫁・花婿姿が絵になりました。

投稿: nao♪ | 2015年11月30日 (月) 22:28

★nao♪さま

ななちゃんの七五三は鶴岡八幡宮でしたね。
随分混んでいたでしょう。今年のこの日曜日も、わがジジババさえも写真撮影を頼まれるくらいでした。
結婚式は私がいる間だけでも入れ替わっていました。古式豊かで大勢の見物客もいて、生涯心にも残るでしょうね。

九品寺経由の路線バスが3系統出ているので往復利用しました。
材木座当たりでは紅葉の美しいお寺に出会えませんでした。
しかし歴史がいっぱい詰まっていて面白いですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年12月 1日 (火) 08:14

こんにちは。前回の続きですね。興味深く拝見しています。百日紅は見事な枝振りですね。花の時期は綺麗でしょうね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2015年12月 1日 (火) 09:52

やっぱり、歩き方が違うなあ。
私は光明寺とあとは小町通をぶらつくくらいでした。
その時に行った海岸のカフエはつぶれてしまったようです。

投稿: 佐平次 | 2015年12月 1日 (火) 11:33

こうして拝見しますと鎌倉はほんとにお寺が多いですね。
今更ながら感心します。さすが鎌倉幕府のあった古い歴史の町。
とても全部回るのは大変ですね。
 鶴が丘八幡宮も相変わらず人が多いですね。
あの大銀杏の切り株が痛々しい。周りの挿し木はどうなっているのでしょう。
鶴が丘八幡宮の歴史ある名物大イチョウだっただけに残念です。

投稿: 夢閑人 | 2015年12月 1日 (火) 16:09

★多摩NTの住人さま

こんばんは。
続きを見ていただいてありがとうございます。
補陀洛時の百日紅はずいぶん背が高かったです。どんな色なのでしょう。さぞや華やかに暑い中で咲くのでしょうね。

投稿: tona | 2015年12月 1日 (火) 16:43

★佐平次さま

行きも、海岸からの帰りもバスに乗りました。
カフェは見当たらず、混んでいる町に戻って、昼食は、はずれの寿司屋でした。カフェはなくなっていたのですね。
それから八幡宮でしたが、結構疲れたのが本音です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年12月 1日 (火) 16:46

★夢閑人さま

本を参考に廻っていますが、20回くらいかかりそうです。
こんなに寺社があるとは思いませんでした。
全く歴史を忘れているのでいい勉強にはなります。漠然とした広い東京より歩きやすいですね。
八幡宮は1日に計算すると3万人訪れることになりますね。凄い人出です。まわりの道路も相も変わらず、この日も渋滞していました。
銀杏の切株のまわりを眺めたのですが、若い銀杏が見えなかったのです。私の目が節穴かもしれません。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年12月 1日 (火) 16:52

鎌倉の寺社巡りは、まだまだ続くのですね。
本を見ながらといっても、それを自分で読み込まないと文章に出来ないですよね。
tonaさん、凄いですよ♪
我々は鎌倉アルプスハイキングで、2度行きましたが…
建長寺から天園コースを歩いて、材木座海岸へ出ました。
お寺を上から素通りして!
途中から平地へ出ましたが、ミモザの大木のお寺の名前が分かりません。

投稿: だんだん | 2015年12月 2日 (水) 00:33

★だんだんさま

おはようございます。
富士山裾野一周並み(17回)の回数になりそうです。
本は今までないような読みやすい本ですので、やる気が起こりました。
もう1冊東京のがあるのですがこれは読みにくくて、まだ一歩もスタートしていません。

天園コースから材木座の途中から平地に出たお寺で、ミモザの咲くお寺、残念ながら咲いていない季節でしたので木の見極めがつかずわかりません。
今回の百日紅は本に書いてあったので咲いてなくとも感動しました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2015年12月 2日 (水) 08:19

nao♪さんが鎌倉の寺院をよく紹介してくれてるので
聴き慣れた名前の寺院は分かるのですが、初めて聴く寺院もtonaさんの写真や紹介を読んでるのですが
残念ながら自分で歩いてみないと覚えられないです。
こう言う事を「百聞は一見にしかず」と言うのでしょうね。

鎌倉には130箇所も寺院があるのですか。
それらを全部廻るのには、確かに富士山裾野一周並みになりそうですね。
頑張られて紹介して下さい。

投稿: ラッシーママ | 2015年12月 2日 (水) 22:51

★ラッシーママさま

百聞は一見に如かず、全くその通りです。
歩いたところはとてもよくわかるものですよね。
こじんまりした寺社も多いですが、古にいろいろな人が活躍した舞台であるので忍びながら楽しんでいます。
そんなのを読んでいただいて感謝です。
その気になってまた出かけてきます。ありがとうござました。

投稿: tona | 2015年12月 3日 (木) 06:26

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