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2016年1月28日 (木)

仏の教え・ 無財の七施

松戸の蓮行寺、小牧住職にブログで教えられた仏の教えです。

無財の七施とは、お金をかけないで功徳が積め、大きな果報が得られるという七種のお布施。

1. 眼施(がんせ)・・眼を施す
優しいまなざしで人に接し、人に暖かみを与えること。

2. 和顔施(わがんせ)・・「柔和な顔」を施す
なごやかで優しい顔つきで人に接すること。人に喜びや安心感を与える。岩崎彌太郎は社員教育におかめの面を見せて、この顔のようにいつもスマイルを絶やさないように訓示したと「知恵泉」でやっていました。

3. 言辞施(ごんじせ)・・言葉のお布施
相手と話をする時、優しい言葉や暖かみのある言葉で話すと、相手に優しさ、思いやりが伝わり、安らぎを与える。それも表面上でなく心からの言葉が大切。

4. 身施(しんせ)・・自分の体を使って、他のためにさせていただくこと。

5. 心施(しんせ)・・心のお布施。
「心配り」とか「気配り」で、相手を暖かくして差し上げる。

6.  床座施(しょうざせ)・・相手に席・場所などを施すお布施。
「徳を人に譲る」例えば、電車やバスで困っている方に席を譲ったりすること。

7. 房舎施(ぼうしゃせ) 雨・風を凌ぐところを人に与えることです。
自分のことより相手を思いやって行動していく。

全て人を思いやっていくところに「七施」があり、そこに「功徳」があります。年取ると人から受ける方が多くなるが、できることは自分からもしたいものです。

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椎名誠著『ぼくがいま、死について思うこと』

椎名さんは死は怖くないと言っております。何度も死に損なっているからでしょうか。
私は、昨年7,8月とあまり食べられなくなって、初めて自分にも死がもしかして近づいているのかと考えた月でした。
いつもは寝ている間に死んだら、もういつあの世に行っても、大体仕事も遊びもやり終えた感があるので、いいなあと思っていました。
しかし死というものはそうもいかないから、死ぬ前には必ず長期間、あるいはもう少し短期間体も苦しんで、気持ちもきっと恐怖を覚えるのではないかと想像します。
死は怖くないとは堂々とは言えないです。
私はずっと元気だったので、自分の加齢や病気を素直にすぐ受け入れられなくて、それで悩んでいたのだと思います。
<全てあるがままに受け入れる>ということが今の課題であります。そして恐怖心を少しでも減らしていけるようになったらgoodです。

この本には、世界で人を葬る方法がいろいろあり、国によっても実に様々であることが載っています。
火葬、土葬、風葬、水葬、鳥葬、樹葬など。鳥葬はチベットなどで行われるが、高原で木など燃やす原料の少ない国だから火葬だけはできないとのこと。その鳥葬が、私は遺体を岩に乗せておくだけかと思っていたらなんと、猛禽類や他の動物が食べやすいように切断をするのだそうだ。遺体切断係がいるのですね。
風葬というのは風が遺体を運ぶわけでなく、野ざらし=曝葬だ。太陽と風と動物と鳥と虫が処理をするわけだ。

チェコで見た人骨でできた教会、敷地がないため髑髏を飾っているオーストリア・ハルシュタットの教会などを見てきましたが、日本にもちょっとしたのがあったのです。
宮田珠己の本に書いてあるらしいですが、大阪通天閣の近くにある浄土宗「一心寺」には人の骨で作った阿弥陀仏が安置されているそうだ。「お骨仏」という。

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縁起開運えと飴(丙申)
「丙」は盛んな様、陽気な姿を表す。
「申」は外に伸びようと発展し、物事が盛んに動く年回り
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コメント

こんにちは
 
「無財の七施」初めて知りました。皆がこれを実施できたら、
もっと穏やかで優しい社会になること間違いないですね。
まずは1、2、3、辺りからぜひ意識して実施していきたいものと
思いました。そして、子供のころ母親に、何度も何度も
ニコニコしていなさいと言われていたのも思い出しています。
 
椎名誠さんのその本、読んでみたいなと思いました。
鳥葬や風葬など知っている部分も知らない部分もありそうです。
死への恐怖は大抵の人は本能的に感じるものですね、きっと。
私も、自分で動けなくなったり痛みや苦しみに苛まれることへの
恐怖心が大きいです。
一心寺のお骨佛のこと、すっかり忘れていましたが、数年前にお骨を
納めたという方の記事を拝見して知ったのでした。
明治時代から続いていることだそうですね。
私たちのような子孫の続かないものにとっては選択肢の一つだなぁと
思ったものです。
・・・・・・・・・・・・・・
えと飴 見事ですねぇ! みな金太郎飴の技で作られているのですよね?
感嘆しました。
 

投稿: ポージィ | 2016年1月28日 (木) 10:04

顔施は、昔法話会で聞いたことがあります。
何度も通いましたが分かったのか、
分からなかったのかが、不明です。

奥の深い内容ですから簡単に結論は
出ませんね。来世があることは信じています。
でも前にネットにこのことを書いたのですが、
ものすごく攻撃され、反対の意見をまくしたてる
人がありました。
丹波哲郎さんが正しいと言って激しく
攻撃されたことがあります。

投稿: matsubara | 2016年1月28日 (木) 12:42

★ポージィさま

早速にコメントありがとうございます。
七施はお金を使わないでもこんなにあるということですね。
お母様は素晴らしい教育をされたのですね。ですから今の優しいポージィさんがいらっしゃるのですね。
私も努力すれば、1、2、3、5あたりが出来そうです。4、7、はもう人様にやっていただいていますし、7はさしずめシリアあたりの留学生を受け入れることでしょうか。これもできません。

具合がいいとケロッとしてしまうのに、気分が悪いともう恐怖心や不安がじんと胸に広がって怖いです。どうしてこんなに弱くなってしまったのかしら。

一心寺のお骨仏のこと知りませんでした。明治時代からなのですか。自分の骨がそういう形で存在し続けるのが凄いですね。

金太郎飴もどきを早速なめることにします。

投稿: tona | 2016年1月28日 (木) 12:50

★matsubaraさま

法話は法事の時しか聞いたことがありません。夫の方は鶴見の総持寺ですが、法話はありませんです。
仏様の教えはたくさんありますが、この教えはなかなかです。
すぐ実行したいです。
とはいえ、内容が深いとのこと、よくよく心してかからねばなりませんね。
仏様の教えでもmatsubaraさまが攻撃されたのですか。
それは難儀なことでした。でもしっかりされているから大丈夫ですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年1月28日 (木) 12:59

いえいえ私が誤解を招くことを書きました。
ネットで攻撃されたのは、法話と関係がなくて
私が霊界を信じる丹波さんが正しいと書きましたら
それは違うと攻撃されました。
その人は霊界はないと断定して攻撃するのです。
霊界にまだ行ってないのにまるで
判っているようにコメントで言うのです。
顔が見えないので怖いです。そのブログは
もう閉鎖されました。
紛らわしい書き方ですみません。

投稿: matsubara | 2016年1月28日 (木) 15:28

★matsubaraさま

私こそすみませんでした。
来世があるということに関してだったのですね。文面を読めばそうでした。
よくわかりました。
いろいろな考え方があるのがこの日常、一方的に決めつけて攻撃はしないようにしなくてはいけませんよね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年1月28日 (木) 16:37

七施の教え、これらの教えを誰もが遣れば当然喧嘩など出来ない筈ですが・・・
私も七施の教えなど知らなかったのですが、普段から七施の教えに沿った行動を
幾つかしてると思います。

私はリュウマチでは大変な思いをしてますが、内臓は丈夫なので
リュウマチが酷くなって自分の事が出来なくなった時に
周りの人達に迷惑ばかり掛けて、内臓が丈夫なので
どうしたら死ねるのだろう・・・と漠然と思ったものです。

私も死は怖くないと思ってませんが、死の事を考えても仕方ないので
その時が来た時に考えればよいとの考えです。
tonaさんの<全てあるがままに受け入れる>と同じですね。

世界には埋葬の方法も色々なのですね。
風葬と鳥葬以外なら、家族が相談した結果ならどれでもいいわ。
「お骨仏の阿弥陀仏があるのですか。
知らない事だらけで、今日も教えて貰い、ありがとうございます。

投稿: ラッシーママ | 2016年1月28日 (木) 21:42

★ラッシーママさま

そうですね。みんなが心がければ不快な思いをすることも少なくなるでしょう。
特に自分には見えない顔の表情は、気を付けないといけませんね。

リュウマチの痛さは凄いとは小さい時から聞いています。
でも神様は内臓を丈夫にしてくださったのですね。良かった。

葬儀に関しては自分の意志は伝えられますが、所詮、残された家族のやり方です。
日本にお骨仏があったなんて、私も知らないで驚きました。
HPで見ましたら、真っ白な仏様でした。もう200万人納骨されたそうで、何体の仏様がおわすのでしょうね。

投稿: tona | 2016年1月29日 (金) 08:48

もう死んでもいいや、と思いつつ言いつつ、中性脂肪やガンマGTPの値が高いと医者に言われて酒を控えているのは(かなりつらい)、楽に死にたいということなのか、もう少しカミさんや孫たちのことを見てやりたいという気持ちがあるからなのか。

投稿: 佐平次 | 2016年1月29日 (金) 11:46

★佐平次さま

ガンマGTPとはタンパク質分解酵素なのですね。アルコールで数値が高くなるとか。
好きなお酒を控えるのは辛いですね。
でもご家族のことを思って我慢してくださいね。
歩いていらっしゃるのに中性脂肪が高いですか。困りますね。

投稿: tona | 2016年1月29日 (金) 12:55

七施の教え、最もなれど無財はちょっときつい。
これだから、凡人はいけませんね~

病や事故、何が起きるか分からない現代…
考える暇無く死ぬことがありますよね。
その時がきたらジタバタしないでおこうという、諦念思考です。
世界中で様々な葬送がありますが、驚きのドキュメンタリーを観ました。
中国の辺境地に住む少数民族は、遺体を三峡の崖に持って行きます。
命綱に身を預けて、崖の中腹に横穴を掘ります。
数人がかりで遺体を運び、横穴に納めていました。
何故?という疑問はしてはならない、独特の弔いですよね。

投稿: だんだん | 2016年1月30日 (土) 15:36

★だんだんさま

この頃テレビで観てますと実にいろいろな突然の死があるものです。
そして私の場合ですが、70歳を過ぎた途端にいろいろ医者にお世話になって、もし治療してもらえなければ、相当に苦しんでいましたね。
そしてもっともっと苦しい長い辛い病気が待っているかもしれません。
おっしゃるようにそのときジタバタしないように、一応心を鍛えなければ、と思います。

あの三峡の葬送を実際にテレビでご覧になったのですか。凄かったでしょう。
意味があるのでしょうね。それにしても命がけですね。

投稿: tona | 2016年1月30日 (土) 19:11

チェコの人骨でできた教会、セドレツ納骨堂ですね。
ハルシュタットの絵本のように綺麗な町の小さな教会の髑髏を、私も見ました。
ギリシヤの修道院にも夥しい数の髑髏が飾ってありました。

椎名誠のその本は未読ですが
「ぼくは眠れない」だったかを読んだ時、
あんな逞しい冒険家に見える人にも
色々な悩みや苦しみがあるのだなあと驚きました。

投稿: zooey | 2016年1月30日 (土) 22:56

★zooeyさま

セドレンツ納骨堂、名前を忘れていました。あれが今まで見た中で一番凄かったです。
ギリシャは知らないのできっと見ていないです。
日本のはもう200万の遺骨が納められたそうで、何体も仏像が出来たのでしょうか。
まだパリやローマのカタコンベは見ていないです。

椎名誠のこの本を私も読みました。
本当にその通り感じました。
もっと驚いたのが、シーナさん以上に図太い元気な奥さんの渡辺一枝さんが、シーナさんがパタゴニアに行っていた時、ご自身保育園で子供二人育てながら仕事をしていた時でしたか、うつ病みたいで精神科医にかかっていたのですね。不思議に感じたことがありました。

投稿: tona | 2016年1月31日 (日) 08:41

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