« フェルメールに帰属「聖プラクセディス」 | トップページ | 映画『消えた声が、その名を呼ぶ』 »

2016年1月11日 (月)

長勢了治著『シベリア抑留』

昨日朝はもやっていなかったので、都立武蔵国分寺公園をつなぐ陸橋の上から、スカイツリーが見えました。
写真には写っていなかったのですが、ズームしたらかろうじて見えました。気がついたのは最近です。450x338
1261x450
355x450

良い匂いが香ってくるのは、ロウバイと梅です。もう散り始めて、この冬の暖冬を実感します。450x338_2
            道端ではイヌホオズキがずっと咲き続けています450x338_3
450x338_5
鍋用ラーメンに入っていたなると。若い人に「妖怪ウォッチジバニャン」と教えていただきました。地縛霊の可哀そうな猫でした。可愛くて食べるのがもったいないくらい。450x338_6


長勢了治著『シベリア抑留』~日本人はどんな目に遭ったのか~

抑留された叔父の話を聞き、抑留体験記を少し読んできて、その凄まじい生活は想像を絶するものです。
しかし抑留問題はこの部分だけではなかったのですね。戦前戦中戦後の世界の情勢、歴史が刻みこまれていたのです。詳し話は本に譲るとします。
何故日本人が抑留されたのか、数年間から11年間も帰国できなかったかなどあらゆる角度から抑留問題を、統計などをふんだんに使って解説している。
酷寒のシベリアでのソ連の暴虐、飢餓と重労働(酷寒とあわせて三重苦と言った)で拉致抑留された70万人のうち10万人が亡くなった。
ポツダム宣言が発せられ、8月15日の終戦を目の前にした8月9日に、突然ソ連は宣戦布告、満州、北朝鮮、樺太、千島へ侵攻しソ連軍占領地における惨状は、ドイツ、ポーランドなどのソ連軍の暴虐ぶりと全く同じ。邦人の引き上げが始まったがこの大変だったことは、いろいろな本や体験した友人の話で知った。そしてソ連は戦争が終わってから、自国においての労働力不足等の理由があって、日本人70万人を抑留したのであった。
マロース(-40度~-50度)の中で重労働に駆り出し、薄い衣服に少量の粥やスープや腐ったような野菜だけの食事、水さえ少量しか与えられず、医薬品もなく不衛生から来るチフス、防寒設備不良の兵舎など、ないない尽くしの生活を強いられた。
トイレ用の紙はなく、一日に朝晩2回しかトイレに行かせてもらえず時間も制限され(これはアウシュビッツと同じ)、夜中はマロースの中、30mも離れた屋外のトイレに行かねばならないとか、以前読んだ中で、飢えて自分の消化不良の便から穀物を拾って洗って再び食べたという悲壮な話は、私は生涯忘れられない。
亡くなった人の埋葬は杜撰で冒涜的であったという。
ダモイ(帰国)はその年から始まったが、軍参謀やスパイや犯罪者、細菌戦部隊の指揮者、諸々の指導者・活動家、政府機関員などは送還対象から外され、最後の引揚者は11年後となったのである。
戦争を引き起こした罪は大きいとはいえ、降伏後の不条理な拉致抑留は許されない。原爆も投下された日本だからこそ、平和を維持していかねばならない。
されど、安倍首相は「安保法制」を多くの国民の反対の声を押し切って強行成立させました。なんだか驕る平家のようです。でも久しからずではなく久しく続けていくようです。ああ、困った困った。

|

« フェルメールに帰属「聖プラクセディス」 | トップページ | 映画『消えた声が、その名を呼ぶ』 »

コメント

シベリア抑留をソ連に差し出した日本の権力者たち、戦後大きな顔をしているのがなんとも腹立たしいです。

投稿: 佐平次 | 2016年1月11日 (月) 11:03

こんにちは
 
ほんと!スカイツリーがちゃんと写ってますね。さすがの634m。
何だか感激ですねぇ(^^)
 
暖冬の影響は、植物たちにもはっきり現れていますね。
ロウバイはもう散り始めて?まだまともに見てもいないのに~
 
シベリア抑留のお話、重いお話ですが、他の事実同様
目を背けてはいけないことですね。
最長11年にも渡って抑留し重労働に携わらせたソ連には、
もしや日露戦争時の恨みと仕返しも込められていたのかしらと
思ってしまいますが、あまりに理不尽で残酷な仕打ちでしたね。
国際社会もよくそんなことを許していたとも思います。
いくら日本という国に戦争の罪があったとしても。
本当に、した側としてもされた側としても、戦争の負を
散々味わった日本こそ、平和を維持していくべきですね。
でも、戦前戦中に憧れているの?というような人々が
増えている気がして不安でなりません。

投稿: ポージィ | 2016年1月11日 (月) 11:34

私の親戚に最後のシベリア抑留からの帰還兵ということで新聞に載った者がおります。
彼は北大のスキー部で名をなしており、戦争中の猛々しい武勇伝もニュースになったので、帰国が遅れたのでしょう。
その後彼が「白いカラスと黒い雪」という本を出版しました。
私はまだ小学校の低学年でしたから読んでいないのが残念です。
題名からして、当時のソ連が想像できますね。

主人の転勤で札幌にいた頃、その叔父と飲む機会があり、辛すぎた抑留時代の話は出ませんでしたが、彼の口癖は「シベリアでの辛さは思いだしたくもないが、唯一ロシア民謡に癒された」と、よく兄の伯父のギターと彼のマンドリンで歌っていました。

日本は唯一の被爆国!そしてこの悲惨なシベリア抑留の経験国・・・
どうしてそれをもっと声高に国際社会に訴えないのだろうと不思議です。
今の日本人の若い方も知っているのだろうか?と・・・
叔父の本を読んでみたくなりました。実家に残っているかしら?

投稿: nao♪ | 2016年1月11日 (月) 13:49

★佐平次さま ありがとうございます。

仲介役として選んだのが仮想敵国のソ連だったのですね。政府首脳や軍部にソ連共産主義を容認する雰囲気があったとか。ヤルタ会談の密約も恐ろしいです。

投稿: tona | 2016年1月11日 (月) 15:51

★ポージィさま

高尾山の上からもスカイツリーが見えますので、ここでも見えて当然ながら、今まで考えもしませんでした。寒いので今日も薄曇りながら見えました。そう、こんな事でも感激です。

ナチスの残虐さとなんら変わりないソ連の無情な残虐さには驚いてしまいます。
ロシア人は個人的にはいい人もいるようですが、古来、領土拡張で侵略を続けてきた民族、残虐性有らばこそ、今のあの広大な領土をつくりあげたとも言えるらしいです。
まだ隣国と続く戦争の負の遺産、南京大虐殺、慰安婦問題、竹島、尖閣諸島、北方4島問題などありますから、正しい歴史を認識して教育し、世界に堂々と発言していかなければならないのですが、何だか難しい問題です。
考えてみますと、私、10年前まで何も考えないで仕事だけしていて、バカみたいに平和でした。でも今世界は大変なことになっていて、日本もたくさんの問題を抱えて、それはそれは苦渋に詰まった状態なのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年1月11日 (月) 16:03

★nao♪さま

まあ、御親戚に最後の帰還兵の方がいらしたのですか。どんなにかご苦労されたことでしょう。ご本も上梓されたのですね。
それは是非探し出して読まなきゃですね。
ロシア民謡に心を癒やされたお話も感動ですね。

私の叔父も本を書き、歌を詠んだのですが、私はうかつにも読まず、よく話も聞かずにいるうちに、叔父は50歳過ぎに癌で亡くなってしまいました。苦しい最期で抑留されてうえに苦しい癌との闘い、本当に気の毒な人生でした。

仰るように戦争を仕掛けた国としての日本ですが、理不尽な思いをさせられたことを、本当に国際社会に訴えるべきであり、また不当に話を捻じ曲げて要求してくることに対しても正しい歴史認識のもとに訴えていかねばおかしいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年1月11日 (月) 16:14

スカイツリーは634mあるので、ムサシとも呼ばれてますね。
西国分寺駅に架かる高架橋(府中街道)からも見えますがご存知ですか?

シベリア抑留を知ると、衝撃受けますよね。
胡桃沢耕史(本名・清水正二郎)の「黒パン俘虜記」を読みました。
ソ連の横暴さは、昔も今も変わりませんね。
当時は生きる為とはいえ、日本の憲兵がソ連に追従して牛耳っていた収容所でもあったようです。
胡桃沢氏は、憲兵を実名で記した本で直木賞を受けました。
吉村隊「暁に祈る」で有名な話です。
今後の日本の行く末にも影響を及ぼしそうな、軍国の考えが伸してますね。
やり切れない思いです。


投稿: だんだん | 2016年1月11日 (月) 22:31

シベリア抑留のことを思うにつけ、
慰安婦問題に腹が立ちます。
色々な説がありますが
慰安婦は高給取りであったというのに。
日本は何度謝罪し、どれだけ払ったらしたら許されるのか?
シベリアで10万人も亡くなったというのにねえ…

投稿: zooey | 2016年1月11日 (月) 22:53

★だんだんさま

府中街道の所は知りませんでした。もう少し西国分寺側もあのあたり道路がまっすぐで見えるのでしょうね。
『黒パン俘虜記』知りませんでした。
日本の憲兵がソ連に追従して、、、なんてどこの世界にもありそうなことですが、全く許せないですね。
この本で実名も出てくるのですね。
読んでみたいものです。
今の内閣になってから何だか心配な日本です。
教えていただきありがとうございました。

投稿: tona | 2016年1月12日 (火) 08:12

★zooeyさま

南京虐殺も嘘があるようですし、慰安婦問題で、あの慰安婦たちは何をしてもおさまらないということがわかりましたね。
お隣の国の人たちがこんなだったとは今まで知らないもいいところでした。
しかしあとは韓国政府が慰安婦にどれだけ力を出せるかですね。
慰安婦たちのようだったら、抑留と原爆に対して、どのように抗議するでしょう。凄いと思うのです。

投稿: tona | 2016年1月12日 (火) 08:19

シベリアのお話は最近放送大学で学んだことですが、
ロシアばかりでなく、米国のせいであることを
知りました。

米国はロシアに日本を責めれば北方領土の一部を
あげるからと約束していたようです。
米国の影の怖さを知りました。
ロシアだけでなくアメリカもからんでいて
せきたてていたというのです。
この辺は報道されないのか知られていませんね。
ですからいくら日本が北方領土を返せと
叫んでも進むはずがありません。
思わせぶりな態度ををして日本から何かを
得ようとたくらんでいます。
政府も甘いです。

投稿: matsubara | 2016年1月12日 (火) 09:24

★matsubaraさま

学ばれたところだったのですね。
私もこの本を読んで、本当に知らなかった世界情勢とヤルタ会談の密談、そしてソ連とアメリカの関係にびっくりしました。
学んだ歴史は本当に浅く、それも殆ど受験用だったと思いました。
また中国とソ連の領土拡大野心はもう何世紀も前から凄いものがあったのですね。
あの戦争はいいチャンスだったのです。
本当に日本人の体質なのでしょうか。考えが甘すぎるのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年1月12日 (火) 13:26

こんにちは。いつも見ている景色の中に意外なものを発見するのは楽しいですね。当方でも今度高い場所からスカイツリーを探してみます。

投稿: 多摩NTの住人 | 2016年1月13日 (水) 08:07

★多摩NTの住人さま

こんにちは。
スカイツリーが出来てからかなりの年数がたつのに、今頃気がついたりしています。
高尾山からも見えるわけですから、そちらからも見えることでしょうね。楽しみにしています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年1月13日 (水) 08:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146506/63044865

この記事へのトラックバック一覧です: 長勢了治著『シベリア抑留』:

« フェルメールに帰属「聖プラクセディス」 | トップページ | 映画『消えた声が、その名を呼ぶ』 »