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2016年2月18日 (木)

鎌倉7 十二所神社から杉本寺へ

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2/12に、鎌倉駅からバスで十二所神社バス停まで行き、金沢街道の滑川沿いに点在する6つの寺社を巡りました。地名は十二所(じゅうにそう)、浄明寺、二階堂。5つのお寺はいずれも鎌倉三十三観音霊場でした。小町通り、若宮大路、八幡宮はごった返しているのに、この辺りは人もまばらでしたが、前日の11日休日は大変な混みようだったと、鴨南蛮を食べたそば屋さんが言っていました。

十二所神社(大江稲荷) 十二所
この地の地名になった神社で、祭神は天神七柱、地神五柱の十二神。この神社の前身が熊野十二所権現社(次に訪れた光触寺にあったが神仏分離でここに移った)だったから十二所という地名が付いたと言われる。ひっそりし誰も訪れる人はない。338x450
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光触寺 十二所
時宗 一遍上人開基。創建は1279年。鎌倉三十三観音霊場第7番札所450x338_2
  本堂へと続く境内の道の両脇には新旧の墓塔が並ぶ姿が印象的なお寺である450x338_4
                                           一遍上人像450x338_6
塩甞地蔵 寺への道を教えていただいた近所に住む三浦一族の末裔の老婦人に、塩甞地蔵が元あったバス通りの角を教えられ、その謂われも教えていただいた。
現在の金沢区から朝比奈峠を越えてきた塩売りが鎌倉市中で商いをするため、この地を通るたびに、この地蔵に塩を捧げていたが、帰りに通ると塩がなくなっていたので塩甞地蔵と呼ぶようになった。実際は当時ここの人々も貧しかったので持って行ってしまったようだと伝わっていると婦人は話された。450x338_7
明王院 十二所
真言宗御室派 創建は鎌倉幕府四代将軍の藤原頼経。実朝の後の将軍の名を初めて知る。鎌倉三十三観音霊場第8番札所。
本尊は不動明王を中心とした五大明王である。
山懐に抱かれた寺院で、茅葺の屋根と正面の蔀戸が印象的なのと、お隣の庫裏がいい風情の静かなお寺です。450x338_8
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                                                滑川のサギ450x338_12
浄妙寺 浄明寺(寺の名と住所が字が違うのは高名な寺名をはばかって明としたらしい)拝観料100円
鎌倉五山の第五位 臨済宗建長寺派 鎌倉三十三観音霊場第9番
創建は頼朝の忠臣の足利義兼。中興開基が足利尊氏の父・貞氏で没後当寺に葬られた。室町時代には浄妙寺の東側に足利公方屋敷が構えられ、足利尊氏やその子孫が居住していたそうだ。450x338_13
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                        方丈450x338_14
                     喜泉庵(茶室)450x338_15
                  足利貞氏(尊氏の父)の墓338x450_2
少し上っていくと、大休寺跡足があり、足利直義(尊氏の弟)の墓がやぐらの中にありました。450x338_17
                     フクジュソウ450x338_18
報国寺(竹の寺) 浄明寺 竹の庭の拝観料200円
臨済宗・建長寺派。鎌倉三十三観音霊場第10番。
開祖が足利尊氏の祖父・足利家時。家時は八幡太郎・源義家の7代目。足利氏は義家3代目義康が下野足利に土着して足利氏と称したのがはじまり。
原節子の主演映画「山の音」(原作川端康成)には「報国寺」が出てくる。康成はこのあたりに住んでいた。

                        山門450x338_19
                  本堂 石畳のお掃除中2_450x338
竹の庭の風景 孟宗竹が空を隠すほど密生している。人が小さく見える。450x338_20
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                     中世のやぐら450x338_22
                        地蔵450x338_23
                        お庭450x338_24
                 お寺の障子も竹の模様です450x338_25
杉本寺 二階堂 拝観料200円
天台宗 杉本観音は坂東三十三観音の第1番札所であり、鎌倉三十三観音でも第1番札所である。
734年創建で鎌倉で最古のお寺である。長谷寺が2年後に創建された。光明皇后の御願により藤原房前(不比等の二男)と行基が建立。

行基と慈覚大師(円仁)、恵心僧都(源信)と3人の作った十一面観音像を、1191年に頼朝が参詣し、この三像を内陣におさめ秘仏とし、前立に運慶作の十一面観音像を寄進したという。
内陣の奥の、秘仏である三像はとても古く、弱い光のもとではあるけれども荘厳なお顔を見ることが出来て、この日一番の感動を覚えました。前立の運慶作は七尺という大きな観音様でした。殆どのお寺で見せていただけないので、秘仏をこのように公開してくださってお寺に感謝です。338x450_3
                     仁王門と仁王450x338_26
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          先端が削られて丸くなった、奈良時代の苔むした石段450x338_28
今回は奈良時代の光明皇后や行基,平安時代の偉大な僧都のお寺の観音様を拝見できました。そしていよいよ北条亡き後の足利氏の登場。鎌倉が根拠地であった鎌倉公方、京都の室町将軍にもなった尊氏はじめ、足利親子三代、兄弟の栄枯盛衰が垣間見られる、鎌倉のこのあたりの地を探索できました。

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コメント

こんにちは
 
鎌倉の寺社巡りも早くも7回、巡られた数も49にのぼるのですね!
今回はまったく知らない地域でしたが、何故だかこれまで以上に
古い古い歴史が感じられました。磨り減り苔むした石段や墓石などには
特にですね。いつも混みあっている地域から外れているから
尚更なのかもしれませんし、回を重ねて歴史的なことを
伺ってきたからかもしれません。
歴史の教科書や時代劇の中でしか知らない古の人々が、
ここに確かに暮らし人生を刻んだのだと感じます。
タイムトリップできるものなら、直に見てみたいです。
怪しい奴め、と切り殺されちゃいそうで怖いですが(^^;)
すみません、また思考が変な方へ流れました。

投稿: ポージィ | 2016年2月18日 (木) 17:32

★ポージィさま

7回目、順調にいってあと9回くらいかかりそうです。
早速にコメントをありがとうございました。
今回で駅の東側が終わりました。
冬は寒いけれども歩くと暖かくなってくるので、暑くなる時期より歩きやすいですね。緑が乏しいですけれども。
そう、この杉本寺の石段は進入禁止になっているくらい古いです。転びそうな階段ですね。
足利氏は足利から出たということで尊氏たちも足利から京都にいきなり出て行ったのかと勘違いしていましたが、鎌倉が根拠地でその後、尊氏兄弟は京都や九州まで遠征しています。
お父さんやお爺さんが中興の祖であったり、開祖だったりするお寺が鎌倉にあっなんて知りませんでした。
三浦一族の子孫さんにお会いできたのも当然かもしれませんね。

投稿: tona | 2016年2月18日 (木) 20:49

こんにちは。十二所から坂を下ってこられたのですね。去年、歩く仲間達と鎌倉駅方面からこの道を上がっていって、朝比奈から八景方面に抜けました。5月でしたが報国寺でセッコクが見られたのが嬉しかったです。

投稿: 多摩NTの住人 | 2016年2月19日 (金) 08:16

★多摩のNT住人さま

こんにちは。
コメントありがとうございました。
随分歩かれたのですね。
昔この道を塩を商う行商が金沢方面から来たというのを、塩嘗地蔵で知りました。あそこから先まだありそうですものね。
報国寺でセッコクですか。よかったですね。高尾山や狭山の方で見たきりご無沙汰です。

投稿: tona | 2016年2月19日 (金) 08:29

鎌倉はやはり風情があっていいですね。
写真を拝見するほどにそう思います。
この一遍上人像は、随分怖い顔をしています。
晩年まで遊行を続け、過労と栄養失調で亡くなったと言われているからなのかもしれませんね。

投稿: zooey | 2016年2月20日 (土) 13:47

始めまして♪  
ラッシーママさんや、だんだんさんのブログでお目にかかっていました。

 鎌倉をくまなく巡っていらっしゃるのですね。
私もゆっくりですが、三十三観音巡りを始め、
12月に今回のブログに載っている杉本寺、報国寺などをまわり、2月18日は安養院あたりを巡りました。
鎌倉は沢山行っているのですが知らない所が多く深いですね。
tonaさんのブログを参考にまた巡りたいと思っています。

フェルメール、31作品ご覧になったとはすごい!!
私は日本の絵画展中心で見ており、現在22作品です。
青いターバンの少女は大阪まで見に行き、数年前東京でも見ました。
アムステルダム国立美術館、ウィーン美術史美術館、ルーブルで見ましたが、日本で展示したものも多く、同じ物を何回も見ています。
聖プラクセデスが西洋西洋美術館にあったとは!!(大阪で見た事があります)

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: ☆銀河☆ | 2016年2月20日 (土) 14:33

★zooeyさま ありがとうございます。

鎌倉は材木座や大町あたりはそうでもなかったですが、お寺の裏は山になっていて、やぐらなどもあり、京都のお寺とはまた違った風情ですね。
総本山の藤沢遊行寺には行きそびれました。高校が藤沢駅から同じ側にあって割合歩いて行ける距離にありました。一遍上人を偲ぶことが出来たのに。
鎌倉は結構時宗のお寺が多いのですね。

投稿: tona | 2016年2月20日 (土) 16:23

★☆銀河☆さま

お越しいただきありがとうございます。
こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。

以前皆さんのブログで和服姿の銀河さんを拝見しておりました。
鎌倉は三十三観音巡りもされているのですね。
ご朱印帳を持ってもおりませんので、殆ど拝見出来ないで来ましたが、以前行ったのを合わせて三十一寺を回りました。杉本観音は素晴らしかったです。
まだ鎌倉は半分も回っていませんが、これからも楽しみです。

私もフェルメールは二度見たのもあります。
銀河さんも22作品もご覧になったのですね。
返す返すも残念でしたのは、ニューヨークで時間があったのに、フリック・コレクションに行くのを失念してしまい、あそこの三点を見逃したことです。門外不出なのですよね。もうニューヨークへは行きませんのでそれだけが心残りとなりましたが、すっかりもうあきらめました。
聖プラクセデスを大阪でご覧になられたのですか。
フェルメールはアメリカとドイツに多いですね。
いろいろ教えていただくのも楽しみにしております。
本日はありがとうございました。

投稿: tona | 2016年2月20日 (土) 16:42

友が友を呼ぶって、素敵ですね♪
銀河さんは、街歩きのベテランです。
共々に、どうぞよろしく~

6社を回られましたね。
全然知りませんが、詳しく拝見しました。
説明がよく分かりました。
地名は全く同じ字でも、読み方が違うのが面白い。
竹寺ですか・・・
以前、報國寺に行った時と同様の風情ですね。

投稿: だんだん | 2016年2月20日 (土) 21:35

★だんだんさま

お陰様で銀河さんからコメントをいただきました。お会いできる日を楽しみにしています。
まだ9回くらいかかりそうですが、随分歴史を知りました。
地名と歴史と
なかなか鎌倉は奥が深いですね。
またいろいろ教えてくださいね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年2月21日 (日) 07:20

お早うございます。
雨は思ったほどではなく、温かい朝を迎えておりますね。
このコース、滑川の源流のある朝比奈の切通しを歩いてからそのまま2度ほど、tonaさんが今回歩かれたお寺を見て廻りました。
滑川沿いを行くコースですね。

詳しいお寺の言われはほとんど忘れていて、今回tonaさんの説明を拝見しながら思いだしている次第です。
18日(木)に浄妙寺のお花を見に行きました。
このお茶室のお庭のすぐ外に、セツブンソウがたくさん咲いていて感激しました。
↑あら!、同じ日に銀河さんも鎌倉を歩いて居るのですね~!

いろいろご心配いただきましたが、私も傷はだいぶ良くなり、まずは鎌倉歩きから始めました。

投稿: nao♪ | 2016年2月21日 (日) 09:25

★nao♪さま

こんばんは。
滑川の源流は朝比奈の切通しのあたりにあるのですね。
鎌倉の小町に入ってから時々見かけた川でした。
切通しの向こうをいつか歩いてみたいです。
浄妙寺のお茶室のところにセツブンソウが咲いていましたか!全然気がつきませんでした。
小さい花ですね。
銀河さんにコメントをいただいたのですが、18日に、nao♪さんと同じ鎌倉を歩いておられたそうで偶然なのですね。
そろそろ顔の方は治ってきましたか。良かったですね。
お互いに転ばないようにしなくてはですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年2月21日 (日) 19:22

 こんばんは。
 すごい!!これで、若宮大路を中心にして、東側の寺社はほとんど回られたのではないでしょうか。
 少なくともわたしが思いつくものはすべて記事になさっているようです。
 ものすごくていねいに巡礼なさっていて、見習わねば、と感心しております。
 読んでいる立場としても、思い出深い寺社の現在の姿がすべてわかるので、こんなにありがたいことはありません。
 あと半分、西半分は大物観光地ぞろいですね。楽しみにしていますのでがんばってください!

投稿: Nora | 2016年2月21日 (日) 22:42

★Noraさま

こんばんは。
はい、鎌倉駅・若宮大路の東側を全部回れました。
あと9回くらいかかりそうですが、とても楽しみです。
またいろいろ教えて戴けたら嬉しいです。
頑張りますよ。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年2月21日 (日) 23:15

見覚えのあるような見たことのないような、よくいろいろ歩かれますね。
もう少ししたら私も!

投稿: 佐平次 | 2016年2月22日 (月) 11:29

★佐平次さま

この日は1万歩ちょっとですから大した歩きではありません。まさに散歩ですね。
鎌倉を見る目が若い頃と随分違います。
人生の終わりを感じながらの逍遥といいましょうか。

投稿: tona | 2016年2月22日 (月) 13:54

鎌倉をくまなく散策しておられますね。
この寒さの中を・・・
驚くばかりの行動力です。

そのおかげで、鷺や福寿草に出会える
のですね。

それにしてもすり減りすぎた石段に
びっくりです。

投稿: matsubara | 2016年2月22日 (月) 16:34

★matsubaraさま

寒い方が歩いていて丁度良くなり、どちらかというと冬の方が歩きやすいですね。
ただお花が少ないのが残念ですが。
あと9回くらいかかりそうです。

この階段、奈良時代に造られ、江戸時代まで踏まれ続けていたのでしょうね。
今は柵がしてあって登れません。
京都にもありましたっけ。思い出せません。

投稿: tona | 2016年2月22日 (月) 17:07

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