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2016年4月29日 (金)

町田市のえびね苑とぼたん園(1)

藤原定家の小倉百人一首の中に、万葉集の歌人が五人選ばれています。ところがその五人の五首のうち、歌で万葉集にその人の歌としてあるのは二人二首だけです。
その二人は誰でしょう? 答えは一番下です。

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ    天智天皇
春過ぎて夏来にけらししろたへの ころもほすてふ天のかぐ山      持統天皇
葦引の山鳥の尾のしだりをの ながながし夜をひとりかもねん     柿本人麿
田子の浦にうちいでてみれば白妙の 富士の高ねに雪は降りつつ 山部赤人
かささぎのわたせる橋におく霜のしろきをみれば夜ぞふけにける    大伴家持

実在不明の猿丸太夫
 おく山に紅葉ふみわけなく鹿の 聲きく時ぞ秋はかなしき (新古今和歌集)
阿倍仲麿 日本に帰れず中国で亡くなる
 天原ふりさけみれば春日なる 三笠の山にいでし月かも (古今和歌集)
この二人も万葉時代の人。

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4/23に東京・町田市の「えびね苑」と「薬師池公園」と「ぼたん園」を訪ねました。初めてです。この近くのダリア園には行ったことがあり、リス園はまだで、興味あります。

(その1)えびね苑 平成元年に開園 エビネの他、山野草がたくさん咲いていました。
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エビネは海外に200種、日本に20種自生種がある。交雑しやすいので変性種が多いので区分が難しいそうだ。
町田で自生しているのはジエビネ(地海老根)のみだが、キエビネ(黄海老根)やタカネエビネ(ジエビネとキエビネの自然交雑種)などが植えられている。

エビネは花の構造を知っていると凡そ区別が出来そうだ。
花は花弁が3枚、萼片が3枚からなる。
花弁は真ん中にあるのを唇弁と言って、3つに裂ける。そして色が他の2枚の花弁(形は倒卵状披針形)=側弁花と違う。
花弁3枚の間に萼片(狭卵形という)があるが、この色が側弁花と同じ色なので、ついつい側弁花5枚あるいは萼片5枚と思ってしまっていた私です。

ジエビネは花の色(側弁、萼片)は褐色で、唇弁が白色または桃色300x450
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        キエビネは花も唇弁も黄色い450x300_2
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         タカネエビネ(ジエビネ・キエビネの交雑種) 300x450_5
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          花が薄茶色で唇弁が黄色(これもタカネエビネか?)300x450_7
                    花が黄色で唇弁が白309x450
                    花が白で唇弁が黄色300x450_8
                    花も唇弁も茶色300x450_9
            花が緑、唇弁が黄色・・・といろいろありました。300x450_10
                   クマガイソウ、花と蕾450x300_4
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                ムサシアブミ 葉が大きいこと!450x300_7
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               ニオイスミレ とても小さなスミレです。450x300_9
                        キンラン300x450_11
                      クリンソウ450x300_10
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                     ジュウニヒトエ450x300_11
                     ヒトリシズカ450x300_12
                      チゴユリ450x300_13
                     ハナイカダ450x300_14
                      タツナミソウ450x344
                     キランソウ450x288
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(持統天皇 山部赤人)

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2016年4月26日 (火)

今日のチューリップ(昭和記念公園)

お天気で日差しは強いものの、風が爽やかでとても気持ちの良い日です。
近くの昭和記念公園にちょっとぶらりと散歩に出かけました。

                    まず、ネモフィラ・姫金魚草・ハナビシソウの花畑です。450x300
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チューリップはだいぶ終わっていたが、遅咲きのチューリップがこれだけ残っていました。450x300_3
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  可愛い、キャバリア・キングチャールズ・スパニエルを撮らせていただきました。450x300_13

みんなの原っぱにはアイスランドポピー。どの花にも虫が蜜を吸っています。今日はたくさんの小学生が次から次へと現れました。450x300_14
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        最後は日本庭園。牡丹・シャクナゲ・藤がきれいでした。450x300_16
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出口まで初めて乗ったトロッコ電車みたいなトレインが心地よかったです。(実はたったこれだけで疲れちゃったのです)


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2016年4月24日 (日)

『黄金のアフガニスタン』展 東京国立博物館・表慶館

4/12に、この展覧会を見る前、ブログ友matsubaraさまと、初めてお会いしたzooeyさまとお食事を共にするという嬉しいことがありました。
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場所は、上野「韻松亭」。動物園や精養軒の近くで創業明治8年という老舗、豆菜料理で「花かご膳」でデザートは麩饅頭でした。
お茶まで「おから茶」という徹底ぶりにおそれいりました。胃にやさしく、いいお味で、私には最高でした。
このお食事の予約も展覧会後のお茶のお世話も全部お若いzooeyさまにお世話頂き、ありがとうございます。5時間があっという間に過ぎた一日でした。
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今シリア、リビアなどのヨーロッパへの難民問題が頭を悩ませているが、実はアフガニスタン、パキスタンも多いのだ。こうした問題の国では一番早かったと言える。
1979年前後から軍のクーデター、ソ連軍事介入後、タリバーンやテロとの闘いに明け暮れ、世界遺産バーミアンの遺跡も廃墟と化した。
そんな中、アフガニスタン国立博物館への襲撃を危惧した館員たちが出た決死の行動は、秘法の数々を秘密裏にある場所へ運びだし、その事実は彼らの家族にさえ知らされることがなかった。
博物館は襲撃されたけれども、タリバン政権は崩壊、大統領府にある中央銀行地下金庫に眠っていた国宝は、世界10ヶ国を巡回し、日本にやってきた。matsubaraさまから教えていただくまで全くこの事実を知りませんでした。

先史時代(前2100年~前2000年頃)、エジプト三大ピラミッドが出来た時代より500年後だが、メソポタミア文明の金細工など目を見張る。その頃日本は縄文時代、世界文明からはるかに取り残された地域であり、時代であったのだ。エジプトのツタンカーメンの遺品に驚いた20年前のあの驚きと変わりない品々を見ることが出来ました。
その後のアレクサンドロス大王の時代、ローマ時代の頃と時代が移って、ますます細やかに華やかにですね。
撮影が出来ないで、復習もしないので何を見たかもすぐ忘れてしまうけれども、パンフレットの品々の細工をご覧いただければ驚かれると思います。
博物館員のお蔭で、貴重な文化財が残ったことに、奇跡を感ずるとともに、本当に良かったと思うのです。
イラク、シリアではメソポタミア文明の遺物は果してみんななくなってしまったのか?気がかりなことでです。

                      パンダ橋450x300_4
                  東京国立博物館裏の庭園450x300_5
                      5.7mの五重塔300x450





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2016年4月21日 (木)

まだヒルは出なかった高取山(東丹沢)



                今朝、毎年アップしていますモッコウバラが満開となりました450x207
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庭は青と紫系の花が殆どです

       亜麻                フロックス
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     ミヤコワスレ               ビオラ
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             ツリガネスイセン
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      シャガ                ヒメフウロ
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    シラユキゲシ               スズラン
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4/10(日)に宮ヶ瀬湖畔の東丹沢の高取山(標高:706m)に登ってきました。この日も曇。
小田急本厚木駅からバスで50分位、下りたバス停の前は宮ヶ瀬湖でした。450x300_13
今年も10日頃、「山笑う」季節で、歩くにつれ、まだ芽吹いたばかりの落葉樹の薄緑が、様々な色相で山を彩り、桜やピンクのミツバツツジが加わって、この季節だけの佇まいです。450x300_14
1ヶ月前の山より花が見られました。

                   ミミガタテンナンショウ300x450_3
                    こちらはマムシグサ450x300_15
     タカオスミレ? 葉の表はそうでもないが、裏が黒味を帯びていたので。450x300_16
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                      モミジイチゴ450x300_18
                     ミヤマシキミ2_450x300
高取山頂上到着 前日雨は降ってなくて、地面が乾いていたので、さんざん脅されてたヒルはいなかった。顔以外は露出せず、ハッカや「ヒルサガリのジョニー」などを吹き付けて準備万端整えて頑張った人は以前ひどい目に遭ったトラウマがある。けれどもやっぱり登ってきてしまう。450x300_19
      この高取山の頂上には大きなソメイヨシノが1本あって満開でした450x300_20
<展望台から>

               この桜の木の下のベンチで食事しました450x300_21
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                 下った里は静かな所でした450x300_26
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2016年4月18日 (月)

なばなの里・美濃淡墨桜・犬山城の旅(2)

こんな旅行記を呑気に書いていますが、熊本大地震でたくさんの方が亡くなりお悔やみ申し上げます、そして多くの方が被災されてどんな思いですごされていらっしゃるか、手助けに行かれなくてすまない気持ちです。一日も早くおさまりますようにお祈りしています。

(その2)美濃・根尾谷淡墨桜

日本三大桜のひとつ。
山梨県・山高神代桜 樹齢2000年 エドヒガン
岐阜県・根尾谷淡墨桜 樹齢1500余年 エドヒガン
福島県・三春滝桜 樹齢1000年 ベニシダレ

根尾谷淡墨桜もパンフレットによれば、大正時代に亀裂が生じて衰え、昭和23年に枯死状態になったのを、前田氏や中島氏などによって、1年余りかけて根接ぎを238本も行ったというのです。その後昭和34年の台風でやられ、作家宇野千代氏の懇願により、現在は強化剤注入、微生物の働きによる土壌活性化と根の育成などで保護に努めているとのことです。こんな助力の結果を無料で見せてもらっているわけです。
幹の太さ、たくさんの支え棒、痛々しさの中にもけなげに咲いている姿は終生忘れないでしょう。
樹高が16m、幹囲目通り9.90m、枝張り・東西27.60m、南北25m。残るは山高神代桜も見たいものですが、写真で見たらさらに500年も古く、同じくたくさんの棒に支えられ痛々しい感じです。三春滝桜は痛々しさは感じられませんでした。
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                   観音堂と観音様450x300_8
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450x300_11(その3)国宝・犬山城
(別名・白帝城 荻生徂徠が李白の詩より命名) 現存12天守で最も古い。

犬山城は織田信長の叔父・信康が築城したと伝えられ、その後城主が目まぐるしく変わったので省略する。
1617年徳川秀忠により成瀬正成が拝領し、城主と尾張藩付家老を幕末まで、さらに明治24年(1891)の濃尾震災時から2004年まで再び成瀬家の個人所有の城となった。現在は犬山市が管理を行っている。
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         外観は3重で高さ19m。内部は4階、地下2階は石垣の中。2_450x300
                   石垣が見えるでしょうか300x450
内部から覗ける石垣。何故かモノクロに写ってしまったが、この上に天守が乗っているなんて。熊本地方の地震にもまた言葉を失いますが、熊本城の石垣も崩れてショックです。犬山城も大変なことになっていたかもしれません。450x300_13
1階は納戸の間で4部屋あり、2階は武具の間。
3階は破風の間で、南北に唐破風が見え、4階の四方に廻縁がめぐり花頭窓が見えますね。

天守閣4階からの眺望は木曽川を望んでなかなか素晴らしい。

                      南側の景色450x300_14
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           西側 ライン大橋と伊木山(夕焼け富士)が見える450x300_18
              北西側 岐阜城が見えているのです450x300_19
東側 ツインブリッジ犬山橋 この右奥が鵜飼乗船場。晴れていると橋の左奥に御岳山が見えるとのこと。
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                    三光神山稲荷神社I_450x300
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2016年4月14日 (木)

なばなの里・美濃淡墨桜・犬山城の旅(1)

4/7~4/8にツアーで行ってまいりました。

(その1)なばなの里

安く上げるためなのでしょう。名古屋に行くのに午後1時過ぎのこだまに乗り、3時15分過ぎに豊橋到着。そこからバスで名古屋に行き、夕ご飯は「ひつまぶし」。
夕食後18時に出発して三重県桑名市長島町にある「なばなの里」に18:40頃に到着。
イルミネーションとライトアップされた花々、温室のベゴニア、フクシャ、インパチェンスなどを満喫しました。
昨年のハウステンボスとは照明方法も異なり、いろいろなアトラクションはなく規模も全然違いますが、昨年暮れにイルミネーションを見ていなかったので良い目の保養になりました。

ホテルが名古屋市中区(中心地に近いのか?)のビジネスホテルだったし、帰りも犬山から豊橋に出てこだまで帰ってきました。決して安いとはいえないツアー料金の割には行く所も少ないし、昼食もついて無くホテルも悪く、時間配分も悪かった。外国人観光客も増えてホテルが不足気味のこともあり、値上がりしているのかしら。申し込む時点ではあまり詳しく書いてないけれど、よくよく吟味して申し込まないといけないと反省しました。

                                          ピーターラビットのお迎え

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では廻った順番に

          入園したら雨が降ってきて傘をさしながら鑑賞。傘をさした人が写りこむ。450x300_2
今はたくさんの桜やハナモモ、カイドウなどが咲いており、樹木はまるで紅葉のようです。450x300_3
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ベコニアガーデンへ
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                       フクシャ450x300_22
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                       ペチュニア450x300_28
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                      インパチェンス450x300_30
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イルミネーションメイン会場では「アルプスの少女ハイジ」 アニメの音楽が7分位流れ、いつまでも耳に残っていました。450x300_33
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                     光りのトンネル2450x300_39

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2016年4月10日 (日)

都内最大のニリンソウ自生地

<ニリンソウ自生地>
板橋区は昭和55年に緑の保全と緑化推進のシンボルとしてニリンソウを区の花に指定しました。また「板橋観光キャラクター・りんりんちゃん」はニリンソウの妖精をイメージしています。

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都立赤塚公園の大門地区は都内最大のニリンソウ自生地です。たった3ヶ月しか地上にいないスプリング・エフェメラル。自生する環境は崖線・北側赦免の落葉樹林の林床で、夏涼しく、冬暖かく、適度な土壌水分があって、春の日差しがそそぐところだそうです。区民のボランティアの活動に支えられています。

都営三田線・高島平から近いですが、東武東上線の東武練馬から続いている桜並木の長い緑道を歩いて行っても赤塚公園大門地区に行きます。

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このような群生が大門地区には200m以上続いているでしょうか。素晴らしいです。圧巻です!450x338_3
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スミレやジロボウエンゴサクやウワミズザクラ、コクサギなども一緒に咲いています450x338_8
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                      反対側の日当たりが良い所には日本タンポポが咲いて450x338_12
                                            桜と紫花菜のコラボ450x338_13

<区立赤塚植物園> もういろいろな花が咲いていました
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ニリンソウの大きくなり方
            1年目は昨年の5月に種を蒔き、今年3月に発芽1_450x338
                  2年目 葉に切れ込みが入る2_450x338
                   3年目 花がやっと咲く3_450x338
                    ユリ科のシライトソウ338x450
             キノコ(アミガサタケ)と教えていただきました450x338_15
                    レンゲソウ(マメ科)450x338_16
                      カラタチの蕾450x338_17
                  オキナグサ(キンポウゲ科)450x338_18
                   モモイロバイカイカリソウ450x338_19
                      トキワイカリソウ450x338_20
                       イカリソウ450x338_21
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<乗蓮寺> 浄土宗
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           東京大仏 計12.5mあって奈良、鎌倉に次ぐ第3位。450x338_25
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<松月院> 曹洞宗
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Wikipediaより
幕末には、砲術家として名高い高島秋帆が1841年に近隣の徳丸ケ原(現在の高島平付近。高島平の名は高島秋帆にちなんでいる)で西洋式の砲術訓練を行った際に本陣がこの松月院に置かれた。この訓練は当時の大名などを驚かせ、高島秋帆に大きな名声を与えたものであった。またこの松月院の名を有名なものにもした。

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2016年4月 7日 (木)

初めての練馬区立美術館『国芳イズムー歌川国芳とその系脈』展

4/1 すぐ近くの史跡公園にはたくさんの桜があるのですが満開になりました。人がほとんどいないのがお花見として素晴らしい。可愛いワンちゃん2匹も嬉しそうです。

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3/31に行った練馬区立美術館の隣接地は「練馬区立 美術の森緑地」と名付けられていて、20種類・32体のファンタジー彫刻群アートに出会えました。
どれも可愛くて夢中で全部撮っていました。

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              練馬大根の形であしらった馬ネリマーマ450x338_8
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で肝心の美術展は『国芳イズムー歌川国芳とその系脈』です。会場の最後に10点展示されていた、このあたりに小さいころから住んで、武蔵野の自然を多く心に沁みるような作品にした画家、悳俊彦(いさおとしひこ・1935)氏の数百点の国芳コレクションの中から後期は72点、河鍋暁斎、月岡芳年を含む20数名の一門の作品、さらに「国芳イズム」を継承する尾形月耕、山本昇雲、小林永濯などの作品が72点と展示されています。

幕末浮世絵の大スター、国芳は何と言っても猫好きの猫の絵、人で人の顔を描いた「人をばかにした人だ」など楽しく愛らしい絵の他、幕府を皮肉った戯画や風刺画、髑髏やお化け、武者絵など奇抜なアイディアや斬新さでユニークな絵をたくさん描いた。画風に魅せられた多くの弟子から、幕末・明治に活躍した浮世絵師や風俗画家に受け継がれたことがわかるという流れになっています。
今まで数回見た国芳、この展覧会の他にBunkamura・ザ・ミュージアムでも『俺たちの国芳 わたしの国貞』が開かれ、国芳人気は古来衰え知らずです。たくさん観られたことに感謝して美術館を後にしました。

4/7と4/8、10カ月ぶりに外泊、1泊旅行に名古屋方面に出かけます。

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2016年4月 3日 (日)

鎌倉8 扇ガ谷

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3/25 鎌倉駅西口から出て今小路を北へ、線路の西側や東側の扇ガ谷の寺社を10ばかりお参りしてきました。約16000歩。横須賀線の西側が扇ガ谷1丁目と4丁目、東側が扇ガ谷2丁目と3丁目。北鎌倉からの扇ガ谷トンネル(約250m)のこちら側で鬱蒼とした山地で、山襞ごとに谷戸があり、やぐらもたくさん見られました。
沢山あるので、とばして太字の寿福寺、英勝寺、海蔵寺だけでもご覧頂けたらありがたいです。

50 巽神社
今は扇ガ谷一帯の「鎮守さま」。古くは征夷大将軍・坂上田村麻呂が勧請したというので、京からこの地を通って奥州へ行ったらしい。450x338

51 八坂神社
相馬師常が勧請した。相馬師常とは千葉常胤の二男で頼朝挙兵、一の谷の合戦、奥州合戦に参加。源氏の武将として名を高めた人物。最期は念仏行者として、端坐したまま逝ったという。この人物について知ったのも初めてで鎌倉歩きがなかったら永遠に知らなかった人物でしょう。450x338_2
                 老木が鳥居のように立つ450x338_3

52 寿福寺 鎌倉五山の第三位 鎌倉三十三観音霊場24番 臨済宗建長寺派
北条政子が明庵栄西を開山として建てた。栄西は臨済宗の開祖で、博多に聖福寺を創建し、京都に建仁寺を開創した。日本に喫茶の習慣を伝えた人。『喫茶養生記』が有名ですね。栄西は再入宋後、茶種を持ち帰り、筑前の背振山に植え、「岩上茶」のおこりだといわる。栂尾の明恵上人に茶種を贈られたことも有名で、「栂尾茶」の始まりといわれる。宇治の茶は、この栂尾から移されたものです。450x338_4
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                     やぐら群450x338_21
この地には元々、頼朝の父、義朝の館があった所と言われている。
ここにも北条政子の墓がありました。450x338_8
                 そして息子の実朝の墓も450x338_9
                     高浜虚子の墓450x338_10

53 岩窟不動尊 
   不動明王が祀られる平安後期からあった窟不動。店舗奥の崖下にある。450x338_11
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店舗での昼食がチャーシュー丼。あとで汁をかけたりしてひつまぶしのように食べてみた。450x338_12
上野の美術展に行った時に食べたのがうどんとシラス丼だったのですが、ごはんにシラスと湯葉ときゅうり賽の目切りがのったシラスの味しかない面白い丼。もしかしてこれも揚げ茄子の入ったうどん汁をかけて食べたらよかったのかも。450x338_13

54 英勝寺 浄土宗 拝観料200円
元は太田道灌が暗殺された地域で、家康夫人の道灌の5代孫のお梶の方(家康と戦争に行くと何時も勝つのでお勝の方、のち出家して英勝院となる)が道灌の屋敷跡に立てた尼寺。
お勝は水戸家の頼房(家康11男)を養育し水戸徳川家の基礎を築いた。頼房の子が光圀で、その姉の玉峯清因がこの寺の開山で英勝因が開基というわけだ。
総門屋根には三つ葉葵の紋が掲げられる450x338_14
             仏殿 軒の十二支の装飾彫刻が印象的だった450x338_15
          山門 後水尾天皇ご宸筆の「英勝寺」の扁額が見えた450x338_17
               スカートをつけたような袴腰鐘楼450x338_18
                        唐門338x450_2
                       竹林450x338_19
英勝寺からでたすぐの道筋に、『十六夜日記』の阿仏尼の塔が建っている。奥にお墓があるらしい。訴訟のために鎌倉に下ってきたが、勝訴の結果が出る前にこの地で没したという。450x338_20

55 海蔵寺 臨済宗建長寺派 鎌倉三十三観音霊場26番 拝観料200円
鎌倉第2代公方・足利氏満(尊氏の孫)の命により上杉氏定が再建した。

                        本堂450x338_22
                    茅葺屋根の庫裏450x338_23
                   薬師堂の薬師三尊像450x300
                        庭園450x338_24
十六井戸 岩窟内に観音菩薩像と弘法大師像が安置され、直径70㎝、深さ50㎝程の穴が16あり、それぞれ水が湧き出ている。16菩薩にちなんでいるなど伝承が冊子に詳しく書いてあった。450x338_25
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56 岩船地蔵堂 源頼朝の娘、大姫を供養する地蔵堂 木曽義仲の長男義高が婿で、義仲が敗れ義高も殺されてしまった悲劇の姫。450x338_28
57 薬王寺 日蓮宗450x338_29
本堂の日蓮坐像は、11代将軍家斉の命により幕府が造立、説法形の口を開けた珍しい像。450x338_30

58 浄光明寺 京都・泉涌寺に属する真言宗の寺。創建当時浄土宗。鎌倉三十三観音霊場25番。
鎌倉6代執権北条長時の子孫の菩提寺。室町鎌倉公方歴代の菩提寺とのこと。
また、阿仏尼の息子・冷泉為相も鎌倉に訴訟に来ており、このあたりに住み、ここに墓があるという。450x338_32
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59 妙法寺 日蓮宗450x338_36

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