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2016年5月30日 (月)

東吾野駅からユガテへ

5/22(日)約15000歩のミニ登山です。今頃の小さな山の植物を楽しみました。

西武秩父線東吾野駅に到着するとオオキンケイギクの群生が出迎えてくれました。460x307
歩き出してすぐ道路脇に牛蒡の葉を見つけました(リーダーが知っていました)。葉を揉むと牛蒡の匂いがします。人参の葉は知っているが牛蒡の葉は初めてです。
この葉は(アメリカ)チョウセンアサガオとわかりました。ポージィさん、ありがとうございました。

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福徳寺 武蔵野観音霊場30番 西武池袋線沿いにあり、東京西武と埼玉県南部にまたがる巡礼コース。この間行った山口観音は13番でした。
福徳寺の阿弥陀堂は国指定重要文化財(鎌倉時代末期)藤原期の流れを踏襲した、関東地方でも数少ない和様建築だそうだ。460x307_3
ここから古道飛脚道を行きます460x307_4
                              竹トンボ(プロペラ)のような紅葉の種子460x307_5
                           すぐそばには紅葉の赤ちゃんが発芽していた460x385
             ヤマウド(今年は近所の方に頂いたので天ぷらにして食べました)460x307_6
                                      サルトリイバラの実のようです460x307_7
                              コアジサイがもうあちこちに咲いています460x307_8
                     タツナミソウ 調べてみるとオカタツナミソウのようです460x307_9
                                    本に載っていなかった山・橋本山460x307_10
見晴らし台からの展望は飯能アルプス、奥多摩、名栗、秩父方面まで見えるらしいのですが、どれがどの山かわからずじまいでした。460x307_11
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ユガテ(290m)に到着しました460x307_12
ユガテの名前の由来はいくつかあって、その一つが昔湯が天まで届くほど出たから付けられたとか。
ここには11代300年続いているという2軒の民家があり、春は梅や桜、夏はタンポポ、秋は柚子に囲まれた静かな山上集落だそうだ。
軒にぶら下がっているのは「八房とうがらし」で食べて楽しむ赤唐辛子で、極端に辛くなく上品な味覚を持った江戸の伝統野菜だ。
通り抜ける登山者用のトイレはこの2軒の方たちがお掃除をしてくださっているとか。ありがたいことです。460x307_13
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2016年5月26日 (木)

黒田清輝展と本3冊

「黒田清輝展」東京国立博物館
5/15に終了ということで5/10に行った展覧会。今頃感想を書いて大変のろまですが・・・今回は200点以上もの作品が並んでとても充実していました。

法律の勉強でパリに行っていたが2年して絵の勉強に変えた。師はラファエル・コランで、同時代のミレーやシャヴァンヌの影響を受けながら、画業に励んだ。
パリ郊外のグレー・シュル・ロワンに滞在して、ミレー風の景色を描いているが、恋人のマリア・ビヨーがモデルとなった「読書」「厨房」など心打たれる。
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2年前にグレー・シュル・ロワンに清輝が住んでいた家を見てきたので感慨深いものがあります。何とその時に書きましたが、家の前の通りが「Rue KURODA Seiki」となっています。
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       この村を描いた場所ではありませんが、川が印象的な村です。450x299_2
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今回は師のコランの絵が来ているが自然の中の裸婦像が素晴らしい!
清輝は帰国後東京美術学校で西洋画の教育者として活躍しながら、印象派風の明るい光に輝く絵の制作に励む。
奥さんがモデルの「湖畔」は涼しそうに湖畔に寛ぐ姿が美しく、もうこれは忘れられない1枚です。210x168
裸婦像も描いたが、「裸体婦人像」は腰巻事件となった。裸体の下半分に布が掛けられて展示されたというもの。
「智・感・情」の日本人離れした八頭身はモデルにさらに手を加えて創作したらしいがなかなかの作品。450x282模写やデッサンや写生帖等の展示もある。そして影響を受けた画家、弟子の作品が同時に展示されていたので清輝の画業が良く分かった展覧会でした。

尾出安久著『ブラック葬儀屋』
嘘、脅し、料金上乗せ、どんぶり勘定の見積書。
喪主や家族が悲しみにくれて、てきぱきと考えられない状況を逆手に取り心情を利用し、法外な葬式の値段を突きつける、あの手この手のやり方に普通は逆らえないで乗ってしまう。しかし中には勇敢にも指摘する女性もいたりする。笑ってしまうのは逆のブラックなお客さんもいると、葬儀の仕事をして20年になる著者は言う。
見栄を張らず、ブラック葬儀屋にも負けずに葬儀をやり抜くのはかなり大変そうではあるが、やがて私ももしかして自分が後になれば、なさねばならないことで考えさせられました。

新開孝著『虫のしわざ 観察ガイド』~野山で見つかる食痕・産卵痕・巣~
私は虫が苦手。虫を見れば顔をしかめるほうが多い。蜂に刺されること2回、茶毒蛾にやられること2回、昔はシラミや蚤に食われ、最近までダニにもやられました。
蝶や夜の蛍の光を楽しむ以外、昆虫、特にその幼虫には愛情を感じない。
そこでこの本を見たら、まあ、植物に対してここまでやるかというほど、いろいろな方法で食べ、穴を開け、切り、果実の中に潜り込んだり、偽装したり、枯らす。一方考えてみれば植物のために花粉を運んだりして役に立っているし、虫を食料としている人々もいますが、この本を見たらよけい嫌いになりました。世の中の元・現昆虫少年には言えませんが。

谷崎光著『国が崩壊しても平気な中国人 会社がヤバイだけで真っ青な日本人』
この著者の本で毎回驚いている中国人。この本でもこれでもかとたくさんの、ものすごーい中国人の話が出てきて、こんな人と日本人はやりあえないというのが正直な感想です。
政治その他では大変だが、だからと言って日本人が中国人のようになる必要はなく、あちらから比べれば天国のような日本でなんら変わることなく日本人として生きていったらいいのだと思いました。ただあの強さ、狡さなど諸々のことを真似ではなくどうしてそうなったのかを理解することはできたし、国際社会に立ち向かっていく強さのほうは日本人にこれからますます必要だと云う事はわかりました。

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2016年5月23日 (月)

鎌倉9 鎌倉駅から大仏へ

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5/20 鎌倉駅西口の御成り通りから由比ヶ浜大通りへ出て、通りの右手のいろいろな所に寄って大仏まで歩きました。約15000歩。
「御成」とは明治時代にこの場所に御用邸が建てられ、皇族がお成りになったことからの名だそうだ。

●六地蔵 
かつてこのあたりは処刑場であったため、耕作もされない土地柄であり、罪人たちを供養するため安置されたという(昭和9年)。

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●寸松堂 
鎌倉市景観重要建築物 鎌倉彫のお店で、寺院建築と城郭建築が合体したような特異な外観。460x307_2
●盛久頸座跡(木の右隣)と庚申塔
平盛国の末子・盛久は平氏滅亡後、京都に潜伏していたが、北条氏に捕えられ鎌倉に送られた。清水寺の観音の奇端(前夜に盛久も頼朝も観音の霊夢を見た)があり、懐中の経巻から光が射して処刑人の刀を折った。頼朝は死罪を減じなければならないと、盛久を許したという話である。460x307_3
●吉屋信子記念館 金曜日は休館日であった。塀が珍しい。460x307_4
昼食はホテルで「しらす丼」をいただきました。江ノ島で食べられなかったののリベンジ。460x307_5
●鎌倉文学館
加賀百万石・旧前田侯爵家の鎌倉別邸だったが、昭和60年に文学館として鎌倉ゆかりの文学者の直筆原稿・手紙・愛用品が展示されています。
建物は洋風と和風が混在した独特のデザインでなかなか素晴らしい。460x307_6
                                          由比ケ浜も見えます460x307_7
以前クラス会でこの時期に来て見たバラを少し遅かったですが、今回も鑑賞できました。460x307_8
花が小さく名前も良いバラ3種が気に入りました。
                                                かまくら小町460x307_9
                                                由比小町460x307_10
                                                 春の雪460x307_11
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人丸の のちの歌よみは誰かあらん 征夷大将軍 みなもとの実朝(正岡子規)274x460

60甘縄神明神社
鎌倉で最も古い神社という。710年行基が草創、染谷時忠が社殿建立。1081年八幡太郎義家が再興。義家は父・頼義が相模守として下向した折、当社に子授かりを祈願しこの甘縄で生を受けた。そんなことで頼朝、政子、実朝などの崇敬が篤かったという。
川端康成が長谷に住んでいて、小説『山の音』にこの神社が出てくるそうだ。392x460
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                                           トキワツユクサの群生460x307_13
                            第8代執権、元寇と戦った北条時宗の産湯の井460x307_14
●加賀谷邸 
鎌倉市景観重要建築物 和風建築に、屋根上部に宝珠の棟飾りがつく一間の洋館が備わった建物。460x307_15

61高徳院(鎌倉大仏) 国宝
奈良大仏は「盧舎那仏」 鎌倉大仏は「阿弥陀如来」
正式名は大異山高徳院清浄泉寺といい、浄土宗の寺院。鎌倉三十三観音霊場23番(聖観音菩薩)
欧米人の姿が多く見られ、修学旅行生の姿も見られた。

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鶴岡八幡宮の次に人気の大仏様。お化粧直しも終わったところ。1252年から10年前後かけて造られたときは木造。その9年後金銅仏が造られ始められたらしい。大仏殿がその後倒壊して露座になったままである。460x307_17
与謝野晶子歌碑「かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな」
同じく川端康成の『山の音』で晶子は阿弥陀如来を釈迦牟尼と間違えていると指摘している場面があるそうだ。252x460
            大仏の胎内 40回に分けて鋳上げられたそうだ460x307_18
               観月堂 聖観音菩薩が安置されている460x307_19

62収玄寺 日蓮宗
日蓮の四大法難のひとつ瀧口法難(1271)のさい、日蓮に深く帰依した、四条金吾という人がいた。医術の造詣も深い金吾は終生日蓮に尽くし、病床で看護した。
この人の邸宅跡に妙詣尼が設けた収玄庵がお寺になった。境内には多くの花木、野草が植栽されている花の寺だ。460x298
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                アジサイ
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      ハクチョウゲ            ユキノシタ
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                長谷駅の近くのお店のオブジェ・鶏460x307_25

今回で大体鎌倉市の半分の寺院をまわりました。

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2016年5月19日 (木)

富士山すそ野一周ウォーキング17 最終回で完歩

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昨日5/18は快晴。八木崎公園~北口本宮冨士浅間神社。それも一日中富士山に雲がかからず、それは日が暮れる頃になっても変わりませんで、くっきり見えました。約24000歩
裾野一周153㎞(1回が9km)17回に分けての裾野歩き、やっと完歩しました。1年9ヶ月もかかってしまいました。
晴れて富士山の見えた日は10日、ちょっと見えた日が3日、見えなかった日が4日となります。見えない確率は約23%、良く見えた確率は約60%ということになりました。

中央高速を走っていると、もう東京から富士山が見え隠れし、山梨県に入ると農鳥(雪形)まで見えてきました。田に水を引く頃現れる。実際に田に水が引かれていました。460x307
Yukigata
             到着した八木崎公園はアヤメの咲きごろです450x300
講師の先生にアヤメの構造を教えていただきました。筋のはいった小さい方の3弁が雌しべ、大きい方の3弁が内花被380x253
    めくるとアヤメ柄の入った外花被3弁で、細い棒のような雄しべがある。380x253_2
河口湖湖畔を歩いていくと河口湖大橋が見えてきた。橋の北側の産屋ヶ崎は富士五湖一の逆さ富士の名所。450x300_3
天上山とカチカチ山ロープウェイ 太宰治が昭和13年御坂峠の天下茶屋に滞在して『富嶽百景』を書いたが、他の小説『カチカチ山』は河口湖を舞台にしている。それが天上山に上がるロープウェイの名前になった。450x300_5
橋の袂にある「黄金の七福神」の一つ黄金の恵比寿様は、平成10年に綾小路きみまろ氏が寄贈したもの。きみまろ氏の別荘?は河口湖畔のどこかにあるらしい。450x300_6
富士山450x300_7
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                     湖上の女神450x300_9
        梶原景時の像 一門がこのあたりに住んで、梶原姓が多い。450x300_10
日本最長の手掘りトンネル(新倉掘抜)は、山梨県南都留郡富士河口湖町船津と富士吉田市新倉字出口を結ぶ用水路(用水堰)。河口湖の湖水を船津から取水し新倉へ送水する。全長は4km。富士吉田市指定史跡。300x450

シラン(白)450x300_11
コンフリー   ポージィさんありがとうございました   450x300_12
                       ルピナス450x300_13
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           大室山 このあたりが少し湿気が上がってきたようだ450x300_15
富士急ハイランドに到着。ジェットコースター「ええじゃないか」は向こう側は90度に下降するらしい。絶叫が響いています。以前50歳過ぎて来たら50歳以上は乗れませんと言われ、とても残念な思いをしたのでした。今は60歳以上はダメということになったそうで、これまた機会を逸しちょとがっかりです。450x300_16
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            丁度富士急行が「富士山駅」から出てきました450x300_18
                最後の昼食は結構美味しかった450x300_19
富士山駅の東側の金鳥居から上吉田の1㎞は御師の町並みが続き8月26日の吉田の火祭りが行われる通りだ。450x300_20
御師の家には石柱が2本建つ。今は5合目から登山する人が多いので御師の家に宿泊しなくなり、殆どなくなってすたれた。御師については1回目に書いています。450x300_21
有料公開されている旧外川家
             門の中から通りを見る。随分引っ込んでいる。450x300_22
家の中。混んでいるときは今のアルプスの山小屋宿泊のように一人一畳もなかったそうだ。450x300_23
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富士講の人は背中に印鑑を押してもらう(四国巡礼とは違う)。亡くなるとき着せてもらうとか。
ガイドさんは昨日「若冲展」を見に、4時起きして出かけ、3時間以上並んで見たそうだ。何て情熱的な人なのでしょう。富士山のこの地に惚れて20年前に越してきたという。450x300_27
2時に北口本宮富士浅間神社に到着しました。出発点としてやはり1回目に拝殿の写真を載せました。450x300_28
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                    富士登山道吉田口450x300_30
                    御神木の太いこと!450x300_31
遂にぐるり一周達成でこのあとビジターセンターで完歩式が行われました。今日は24名です。

                  完歩証と時計をもらいました300x450_2
          温泉の展望台からまた富士山を見て別れを告げました5_450x300
今日乗ったバスはLa France Poodleでした。バス迷子にならずに済みました。450x300_32
途中交通事故に遭って遅くなりましたが新宿の居酒屋で打ち上げです。乱雑に置かれた最初のおつまみを撮影。450x300_33

長いことかかりましたが、読んでいただきありがとうございました。ぐるっと一周出来て今はありがたく、大満足です。

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2016年5月16日 (月)

懐かしい江の島へ

5/11、ミニミニ・モン・サン・ミッシェルとずっと思っていた江の島。もういつ行ったのか忘れてしまった。
その頃はサザエのつぼ焼きの匂いが充満していた記憶だけ。植物園にも岩屋洞窟も見学していません。今回行ってみると、イカ焼きやシラス丼ばかりでサザエは見かけませんでした。
気温25℃、日差しが強いのに海風が快く、東京とはまるで違います。

江の島と言えば、安芸の宮島、近江の竹生島と合わせた日本三大弁財天で有名。
奥津宮、中津宮、辺津宮の三姉妹の女神様を江島大神と称しています。仏教との習合によって、弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されるに至ったそうです。

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最初の辺津宮の境内の八角のお堂・奉安殿に八臂弁財天と有名な裸弁財天・妙音弁財天 が安置されていますが見ませんでした。460x307_2
            銭洗白龍王 お詣りすると御利益が得られる場所があちこちにある297x460
                                        ニワゼキショウの群落460x307_3
                                           ヨットハウスが見える460x307_4
                                 中津宮では結婚式が行われていた 460x382

江の島サムエル・コッキング苑と展望灯台(江の島シーキャンドル)入場料500円
イギリスの貿易商のサムエル・コッキング氏が江の島頭頂部に別荘を建築し、大庭園を造園したのが明治18年で平成14年にリニューアルされた。当時東洋一の温室は震災などで遺構が残るのみ。
苑内は花や熱帯木や珍しい木がある460x307_5
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海抜101.5mの展望台から
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               湘南海岸 大山がうっすらと見え、住んでいた茅ヶ崎が見える。460x307_11
                                          伊豆半島・大島方面460x307_12
                                             三浦半島方面460x307_13
                                コッキング苑 樹木が多くて美しい460x307_14
島を巡って驚くのは、句碑や詩碑が多いことです。これは一遍上人が井戸を掘り当てたという「一遍上人成就水道」460x307_17
                                 島の南側は断崖絶壁が連なっている460x307_18
                    頼朝寄進の鳥居をくぐると奥津宮があってお詣りしました460x307_19
                     龍恋の鐘 周りには恋人同士の南京錠が溢れています460x307_20
岩屋洞窟へ 入場料500円460x307_21
岩屋の中のギャラリーには広重と北斎の絵が飾ってあって、前日にサントリー美術館で広重の「六十余州名所図会」の中の「相模 江之島岩屋ノ口」を見てきたばかりでした。307x460
                     広重は「富士三十六景 相模江之島入口」も描いていた307x460_2
                                    広重「相州江之島岩屋之図」460x281
                                北斎の「富嶽三十六景 相州七里ヶ浜」460x297
    洞窟内には江ノ島発祥の地や龍の像や与謝野晶子の歌碑などがありました460x307_23
                      弘法大師像460x307_24
島内はまだまだ見てないところも多いですが、もう2度と行かないでしょう。

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2016年5月12日 (木)

今日の神代植物公園

いいお天気で風もありませんでした。連休もとうに終わったことですし、バラとシャクヤクを見に散歩に行ってきました。
午後1時からはリニューアルした大温室がいよいよお目見えですが、長蛇の列にすぐあきらめ、深大寺そばもすでに食べたことだし帰途につきました。
大温室には熱帯花木やラン、スイレン、ベコニアの他に、小笠原植物室と乾燥地植物室があるようです。ランのモンキー・オーキッドも見たかったけれどもお預け!

                    小さな器の盆栽460x307
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                  今年の銀賞・銅賞のバラ460x307_4
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      ジャーマンアイリス 昨日の風にやられてしまったそうでかわいそう393x460
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                      カルミア460x307_6
                       ヒナゲシ460x307_7
                      シャクナゲ460x307_8
                       芍薬園460x307_9
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                やっとバラ園にたどり着きました460x307_11
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水生植物園

アヤメ・カキツバタ・コウホネなどが咲いていて、ショウブは今月末から来月だそうです。460x307_14
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宮川香山のこの「高取釉高浮彫蟹花瓶」を以前テレビで見て、これは凄いと感動しました。エミール・ガレのガラスの作品と同じくらいに。
この作品「蟹花瓶」は出品されていませんでしたが、宮川香山展が終わる2日前にたくさんの作品を見ることが出来ました。

陶器の表面をリアルな浮彫や造形物で装飾する技法を「高浮彫」という、超絶技巧の限りを尽くした「眞葛焼」です。
香山(1842~1916)は没後100年という江戸時代生まれの人。
壺や花瓶や香炉、茶入れなどに猫や鳥、果物や花々などを高浮彫にし、美しい色合いや、気の遠くなるような細かい細工に目が釘付けです。万国博覧会や内国勧業博覧会で授賞を重ねたそうです。ここにも凄い日本人がいたのですね。
140点近くの作品、殆ど田邊哲人のコレクションだそうです。

           数点写しても良いという作品が並べられていました338x600_254x450
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2016年5月 9日 (月)

ダニエル・デフォー著『ロンドン・ペストの恐怖』など

4/23から咲き始めた「つきみそう」が昨晩4鉢で26輪も花をつけました。6時過ぎから咲き始めます。5826_460x307

ダニエル・デフォー著『ロンドン・ペストの恐怖』など
1665年、当時のロンドン市の人口50万人のうち六分の一の8万人がペストに命を奪われた。
この本は『ロビンソン・クルーソー』の作者、ダニエル・デフォーが疫病流行の恐怖を描きだした知られざる傑作の迫真のルポルタージュ。
本の中では著者はH・Fとなっているが、実際はデフォー。1665年当時5歳だったころ、ロンドンを襲った恐ろしいペストのおぼろげな記憶、心と体に終生忘れがたい刻みを残し、この事に基づき半分ノンフィクションとして、丹念に調べ上げたことを成人になってから書いた。
原因も病原菌ということすらわからない時代、人々は恐慌をきたして右往左往し、裕福な人だけ郊外に移動し、貧乏な人がどんどん死んでいく。家を閉ざし、病人を隠し、祈祷師や詐欺師にお金をつぎ込み、死者を運び出す人さえ、途中でばたばた死んでいく。穴を掘って投げこまれていく死体はましで、途中で行き倒れがあちこちに転がる。
経済はストップ、すべての職業、連鎖するものすべてがストップ、貿易もそうで、イギリスで作ったものは運ぶ船はトルコ以外全部入港禁止で、この騒ぎの1年間及びその後もかなり貧困にあえぐようになった。
ただロンドン市当局はパンやその他の食料は確保し、また驚いたのがイギリス各地からの多大なお金や物資の援助が多かったことだ。
東欧など旅すると金色のペスト記念碑が都市に建っているのを多く見かけた。ロンドンのみならず、13世紀の黒死病の恐ろしさの象徴だったのだ。
『ロビンソン・クルーソー』の作者のルポルタージュということで面白い1冊となりました。
時は経ち、今はデング熱やエボラ出血熱と、私たちは次から次へと恐怖に晒されている。

宮田珠己著『なみのひとなみのいとなみ』
「先祖無限大に発散」の項目に自分の先祖を遡る話がある。要約すると次のような内容で、途中までしか考えたことがなかったので驚いてしまった。
自分の祖父母の代には2倍の4人、その一つ上の代は8人。一代遡るごとに倍となる。一代25年平均とすると100年前は2の4乗で16人、200年前が256人、1000年まえは2の40乗で1兆995億某人。現代の地球人口60数億だけれども、平安時代の日本に1兆以上もいたわけがなく???それがいとこ同士の結婚、遠縁の結婚を連発しても、1000年前の日本人のすべては、みな我々の先祖という計算になる。1000年前の人口は1億もないから、中国や朝鮮半島の人も先祖に交じっているであろう。アジア人全域かもしれない。聖徳太子の頃は地球上の全人類を飲み込んでいるに違いない。
しかし人類はアフリカで誕生し、すべての人類は何万年も前に実在したある一人の女性の遺伝子を受け継いでいるという。先祖はたった一人だったというわけだ。
考えても訳の分からない話だ。

昨日は今年もまた公園のユリンキ、キショウブが満開。近所のシャクヤクがとても良い匂いでした。581_460x307
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2016年5月 6日 (金)

富士山すそ野一周ウォーキング13

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4/13(水)は雨。 富士山すそ野一周ウォーク第13回は「割石峠~精進湖民宿村」19678歩。
もうずいぶん日が経ってしまいましたが、17回中、最後から2番目のウォークでした。
行きの途中は曇っていて晴れ間も見えたけれども・・・
                    バスの中から550x367
石割峠に着いたとたんに雨となり、この日のゴールに到着したら晴れ間が見えてきました。何とも意地悪なお天気。こんな日もあるさ。合羽を着て歩くのもこのすそ野一周道中で2回目。
長い長い静岡県側の道と石割峠で別れを告げたが、どこが峠だかわからず、前回の続きの東海自然歩道の竜ヶ岳の南東の裾野を歩きました。

        今日のメイン本栖湖に到着したが、どんよりとさびしげな風景。460x307_2
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2008年5月21日にはこの近くの「富士本栖湖リゾート」の芝桜を鑑賞したのです。その時は晴れていてこんな風景でした。521_060_306x460
             昼食はヒメマスのお料理 美味しかったです460x307_4
この道の東側の富士ヶ嶺(ふじがね)地区の高原の牧草地帯は、オーム真理教のサティアンが10数件建っていた上九一色村だ。中学校は廃校になっていた。460x307
午後はもう樹海の一部で14回目(10/22)にこの続きの秋の紅葉の樹海を歩きました。
アメリカ映画『追憶の森』はこの樹海がロケ地であり、この樹海の中で繰り広げられるという。
ここは「旧中道往還」 昔からの甲斐と駿河を結ぶ重要な街道で最短路20㎞。平安時代から通行が盛んで、戦国時代には軍用道路としても使われ、武田信玄・勝頼も何度も越えた道である。
本栖は国境の宿場で、海のない甲斐では塩や海産物を駿河に求めたために、その輸送に欠かせない道として人馬の通行が多く、夜間も歩く人が多いので本栖では松明を売る店もあった。307x460
                       樹海460x307_5
      ここは溶岩が流れてきた最終地点で境目。地面の風景が違います。460x307_6
本栖城址、溶岩地帯で土を掘れないため、石を積み上げたりして石塁を造ったが今は面影もない。460x307_7
ネジキの花と教えていただいたのですが、 木がねじれていたか確認せず、また葉が違うような気もします。花がドウダンツツジやアセビのような感じで印象深い。460x307_8
              倒木に今回も白いキノコがはえていました460x307_9
時間が早かったため、本栖湖の西側、千円札の富士山撮影場所に連れて行ってもらった。
千円札に写っている場所はこんな感じで残念460x307_10
              実際に晴れた時の千円札の撮影者の写真460x307_11
                    丁度桜の季節でした460x307_12
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          この日も西湖の温泉へ。雨はすっかり上がって(ー。ー)フゥ460x307_15

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2016年5月 3日 (火)

町田市のえびね苑とぼたん園(2)

(その2)薬師池公園

       街道から入るときれいな色の池が木の間越しに見えてきました450x300
この薬師池公園は、「日本の歴史公園百選」「東京都指定名勝」「新東京百景」だそうです。
水田耕作のための用水池として農民たちの生活を守ってきたとか。

薬師池の色の何とも言えない美しい色!井の頭公園の池の色とは違う。そして緑も美しい公園です。450x300_2
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花ショウブ田(菖蒲の咲くころは素敵でしょう)や水車やハス田(手入れが行き届いている)が園内に散らばる。450x300_4
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旧荻野家住宅は江戸時代末期の医院。修復されたばかりで茅葺屋根が新品。随分お金と手間、多くの材料が使われていることを屋根を眺めて実感。石造りのヨーロッパの家と違って維持が大変なのが日本の木造茅葺屋根住宅です。450x300_7
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萬葉草花苑の中に「キバナタンポポ」が咲いていましたが、葉が普通のタンポポの葉と違う。見たことありません。450x300_9
                シロバナタンポポは日本在来種300x450
イチョウの雄花を初めて見ました(こうなると雌花も見たいものです。銀杏が臭いので街路樹では減っているそうです)450x300_10

(その3)町田ぼたん園

1700株、日本品種(赤・桃・紫・白・黒・黄)と中国・フランス・アメリカ・ハイブリッドとシャクヤクがあります。
寒ボタン(二期咲き種)と冬ボタン(促成栽培・正月牡丹)の区別は毎度のことながら忘れていました。パンフレットで確認。来年また忘れているでしょう。
ボタンの原種は世界中に3種しかなく全て中国。日本には奈良時代、遣唐使の留学生や僧侶が持ち帰ったと言われる。

                    町田ぼたん園470x313
まず珍しいもの。島根県大根島(松本康市作出)の「まりも」・・母種が中国種で咲出しが緑色、咲き進むと白くなる。とても牡丹とは思えません。450x300_11
                    白くなってきている450x300_12
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                      タイツリソウ450x300_24
                     ハナビシソウ450x300_25
                       ライラック450x300_26
                         藤450x300_27
                 八重桜の「楊貴妃」の花と蕾450x300_28
<緑色の桜>
                    園内の御衣黄450x300_29
                  園の外に咲いていたウコン450x300_30
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たくさんの花を一日に見て、とても元気が出ました。

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