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2016年6月30日 (木)

「暮しの手帖創始者 大橋鎭子さんのこと」:雑大にて

講師は加川厚子さん、暮しの手帖社に40年近く勤めて大橋鎭子さんをずっと間近に見つめてきた人。写真や本などいろいろな資料を持ってきてくださった。
NHKの朝ドラ「トト姉ちゃん」のモデルは大橋鎭子さんです。
NHKではモデルというのでなく「モチーフ」と言っているのだそうだ。だから今までの所かなり違う内容になっていることがわかった。

10歳のとき父親を結核でなくした鎭子は、母と2人の妹を幸せにするために「戦争が終わったら、何か儲かる仕事をしたい」と防空壕の中で考えた。
「自分は戦争中で、勉強も家事も知らないで大人になってしまったから、自分が知らないことがわかる本を出したら、自分の年の前後5年ぐらいの人が買ってくれるのではないか」と勤めていた読書新聞の編集長にしたら「とても知恵のある人がいる」と花森安治を紹介してくれた。(最初の就職は日本興業銀行で退職後日本女子大学校家政科Ⅱ類に入学するが退学。そして読書新聞に勤務)
1946年、最初の雑誌が「スタイルブック」。見せていただいたら花森安治の絵が上手い。売れたけれども、真似する雑誌が現れ、やめることに。
衣食住と随筆を多く入れた『暮しの手帖』誕生だ。
アメリカ視察をきっかけに「ふきんの研究」をしたり、ナス・ステンレスとの共同研究により、流し「シルバークィーン」を発売。
暮しの手帖Ⅱ世紀から「すてきなあなたに」が始まる。後にどんどん単行本になる。『スポック博士の育児書』も会社で翻訳して上梓する。「吉兆味ばなし」や「藤城清治さんの影絵」など記憶に残る。数々の商品実検は私も随分参考にさせていただいた。
1920年生まれで、2013年93歳で肺炎のため自宅で永眠。

花森安治と百万部の雑誌にまで伸ばした奮闘の物語、本当の大橋鎭子についてたくさんの逸話を語ってくださって興味深かったです。
責任感が強く、感が鋭い。人が困っているときには、その気持になってすぐ世話をする。
大橋家は鎭子さんの母親、鎭子、妹晴子(次女)夫妻と2人の子供、妹芳子(三女)の大所帯だが、いつも知らない困っている人がいたそうだ。ちなみに芳子さんは花森安治の秘書の役もし、雑誌編集に携わり、晴子さんの御主人が会社の経理、鎭子さんと芳子さんは独身を通す。花森安治亡き後、鎭子さんは家族まで含めると150~200人の生活を全て自分の方に担って、社長と編集長を兼ねる。
行動力もあり、足も強くて、社長の車は殆ど使わなかった。趣味は仕事の他、親友の石井好子のシャンソン、宝塚、映画、銀ブラだったそうだ。
そうそう、本の中の料理に添えられる手は鎭子さんの手。あまり汚い手では撮影に耐えられないと、家事は一切しなくて晴子さんに全部やってもらったとのことでした。
その後の暮らしの手帖社の社長は、晴子さんの息子の嫁、娘の婿がやっているとか。

             近所のインドハマユウもそろそろ終わりです628i_460x307
                 ムクゲが咲く季節になりました628_460x307
              神社の敷地に毎年なるナワシロイチゴ628_460x307_2

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コメント

実際はあの植物学者の卵とはヒロインは
結婚出来なかったのですね。
再会できると期待していたのに・・・

暮らしの手帳を母が購読していましたので
とても親近感があります。

これからも展開が楽しみです。

母と年齢が似ていますが、全く違う人生を
歩んでこられた大橋さんだったのですね。

投稿: matsubara | 2016年7月 1日 (金) 09:46

★matsubaraさま

あの植物学者の卵は本当にいたのでしょうか?それとも脚色でしょうか。
鎭子さんはイケメン好きだったそうで、花森安治氏は当時もう結婚してお子さんもいて、怖い顔をしていたので、その対象ではなかったとか。

私も暮しの手帖は100数冊ありました。引っ越しで全部捨てました。

そうそう、matsubaraさまのお母様と橋本鎭子さんは2~3歳しか違わないのではないですか。当時としては職業婦人を貫いた、凄い人ではありました。
暮しの手帖を発行した以後は広く知られているので、NHKはそれ以前を長く引き伸ばしているのだそうです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年7月 1日 (金) 14:16


我々の時代の連ドラの始まりは、ラジオ放送の「君の名は」だった。
戦争ですさんだ心を癒すものがあった。
 
 あまりテレビを見ない私が、今まで見たテレビ連続ドラマは最初が「おしん」
これはかなりの人が見てる筈。再放送もありました。日本人の共感を呼ぶののが
あったからでしょう。
 この頃のNHK朝ドラでは「あさが来た」実業家、教育者「広岡浅子」
「マッサン」はニッカウイスキーの創業者「竹鶴政孝とその妻」の物語
今放送されてる「とと姉ちゃん」を見てる。
 最初はあまり面白くなかったが、大地真央がおばあさん役で出るとあって、若い真央が
どんな役者を演ずるかに興味を感じ、ずっと見てる。
いづれも実在した人をモデルに描かれている。
 脚本でいくらかはドラマ的に色づけされてものもあるが、殆どは事実に基ずいている。
それだけに、その人物の歩いてきた人生を知る上に、興味を覚える。

NHKの「大河ドラマ」は日本の歴史に基づくものであるが、この方はあまり興味がない。
 広岡浅子がやってた九州の炭鉱は、飯塚の「潤野炭鉱「」とは知らなかった。
確かに存在していた。今、跡地は「嘉穂高校」になている。
戦後飯塚周辺には小さな炭鉱がたくさんあった。
さて、次の朝ドラは何になるでしょう?

投稿: 夢閑人 | 2016年7月 1日 (金) 15:25

こんにちは
 
朝ドラ見続けていますので、そろそろ今回のとと姉ちゃんのモデルの
大橋鎭子さんのこともネットで調べてみようかなーと思っていた
ところでした。とってもタイムリー。
近年は実在の人物をモデル(モチーフと呼ぶのですね)にした
フィクションが結構多いですね。フィクションなので、モデルの方の
実際の人生と、ドラマの主人公の人生と全然違うこともありますが、
それもまた楽しですね。
tonaさんの記事を拝見して、ドラマのこれからの展開もまた楽しみになりました。
暮らしの手帳という雑誌は存在は知っていても読んだことはなしです。
ちょっと中を覗いてみたくなりましたょ。

投稿: ポージィ | 2016年7月 1日 (金) 17:10

正しくは 手帖 でしたね! sweat01 

投稿: ポージィ | 2016年7月 1日 (金) 17:11

★夢閑人さま

「君の名は」は凄い人気でしたね。いつもすれ違いでいつ会えるのかしらとはらはらしました。
北海道に学生旅行で行った時もここは「君の名は」に関係すると宣伝していました。
私も朝ドラは夢閑人さんと同じようなのを見ました。
「おしん」はよかったですね。中国などアジア各地で見られているのも何か通じるものがあるからでしょう。
「あさが来た」は面白かったです。実在の人物と言うところがいいですね。小説の方も読みました。
ドラマの奥に隠れた主人公の本当の姿を聞いてきたわけですが、いろいろな姿はドラマにもそれがあらわれているわけですね。

大河ドラマはおっしゃるようにあまり興味深いのがありません。
面白かったのは「篤姫」だったかしら。友人も今年のはもう見るのをやめたと言っています。
飯塚の広岡浅子の炭鉱の名前は初めて聞きました。あの辺りはよく通っていました。
ボタ山がまだ私がいた頃はありました。
今はどうなっているのでしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年7月 1日 (金) 19:37

★ポージィさま

実在の人物で、私の周りにいないような凄い人となると、がぜん興味が湧きます。
前回の広岡浅子は俳優も良かったです。特に浅子の旦那役が上手かったと思いまして、見るのが楽しみでした。
今回の大橋鎭子さんの今までのことは、殆ど知られてないわけですから、かなりフィクションですが、面白く脚色していると思います。
講師は、花森安治はいつも面白い奇抜な格好なのに、背広で出てきてびっくりがっかりとおっしゃっていました。
さて、これからいよいよ「暮しの手帖」発行に向けて進みますね。
「暮しの手帖」は私が主婦になった時まだまだ大盛況、私もバックナンバーまで全部揃えました。今は捨てましたけれども、いろいろ参考にしました。
今は時々図書館で読んでいます。と言っても殆ど誰かが読んでいて、本当に時々になってしまいます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年7月 1日 (金) 19:51

NHK朝ドラでは前回が「あさが来た」実業家、教育者「広岡浅子」で
今回が暮しの手帖創始者 大橋鎭子さんで女性の頑張りを見てるだけで
勇気を貰ってます。
こういう素晴らしい先輩方がいらして、少しでも足元に近づけるよう努力をしたいと思ってます。

tonaさんの今回の記事で大橋鎭子さんのことが大分分かりました。
植物学者の卵さん、実際に居たのかどうか分かりませんが
もし、結婚していたら人生が違っていたでしょうね。
何方が良かったかは、ご本人しか分からない事です。

投稿: ラッシーママ | 2016年7月 1日 (金) 22:16

雑大・・・・面白い講演でしたね。
これは通っていらっしゃる学校での講演会なのでしょうか?
タイムリーで興味を引く内容です。

暮らしの手帳は、結婚後数年、毎回買い、その後は時々でした。
「素敵なあなたに」は読むだけで自分が一段格上の大人の女性になるようで、楽しみでした。
いったい誰が書いているのかと思ったら、社長が書いてると知り、ビックリ!
「素敵なあなたに」は単行本で3冊買いましたが、今は1冊だけ残っています。
本屋に行ったら、文庫本でこの本が復刻されていました。

そうそう、花森安治って、スカート穿いていたのですよね。
私もテレビの背広姿に違和感感じました。
最近の朝ドラ大好きです。

投稿: ☆銀河☆ | 2016年7月 2日 (土) 00:37

★ラッシーママさま

おはようざいます。
前回、今回、全然違った時代ですが、こんな女性がいたと勇気がもらえますね。

裏話もいろいろあって面白かったです。
人生はひょんなことから全く違った方向に行くことはいろいろな人のことでわかりますし、自分でもそうです。
「もし」を考えると面白くもあり、恐ろしくもあります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年7月 2日 (土) 07:19

★☆銀河☆さま

雑学大学は早稲田大学のではなく、田無にあります。週1回で内容によっては出ても出なくても自由です。そこがいいですね。
「すてきなあなたに」は内容が素晴らしかったですね。
銀河さんも結婚されてから読まれていらしたのですね。実験も毎回面白かったです。
実はあの実験で大型冷蔵庫が一番大変だったのですって。

花森安治は絵も上手く、編集は凄く厳しくも有能な方だったらしいです。関西で倒れたときは関西のホテルがそのまま編集室になったくらいらしいですよ。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2016年7月 2日 (土) 07:26

「暮らしの手帖」は私の人格形成の書でもありました。

投稿: 佐平次 | 2016年7月 4日 (月) 10:35

★佐平次さま ありがとうございます。

!?そうだったのですか。
何だか感動しました。

投稿: tona | 2016年7月 4日 (月) 10:53

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