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2016年12月29日 (木)

シーボルトの長男、アレクサンダー・フォン・シーボルト

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                   モミジバゼラニウム

雑大講義より
有名な父シーボルトはフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトという名である。フォンはドイツでの貴族階級に付けられる名で、シーボルト家は代々医者、学者の系統だ。
アレクサンダー・フォン・シーボルト(1846~1911)には13歳上の異母姉イネ(シーボルトと滝さんの子)と弟と妹がいる。
弟ハインリッヒ・フォン・シーボルト(1852~1908)は日本女性岩本はなと結婚し、2男1女をもうけ、その子孫が健在。オーストリア外交官であり、考古学者としてモースと一緒に大森貝塚の発掘をした人。

長男アレクサンダーは13歳の時日本入国が許された父とともに日本にやってきて、65歳で亡くなるまでのうちの40年間の奉職に対し、日本政府より勲一等瑞宝章を授与された。

それでどんな活躍をしたかを聴いて驚いた次第なのです。それは

・通訳官・外交官として、薩英戦争・下関事件の英国側通訳。1867年のパリ万博国覧会に同行。岩倉使節団の欧州回覧に随行。1878年パリ博に松方正義に随行。

・外務省の通訳官・参事官として、井上馨主導の2回の不平等条約改正に参加。伊藤博文の明治憲法発布の協力者として、ドイツとオーストリアの憲法、法律を英訳。

・人道家として、日本赤十字社設立に貢献。1891年の濃尾地震では義捐金を欧州で集めたそうだ。

・外務省のための情報収集と欧州の広報活動。定期的に欧州の主要新聞から日本に関する記事を抜粋し日本に送ったり、日本政府の立場に立って、欧州各国の通信社及び新聞社に正しい広報を伝える。

アレクサンダーが文書を交わした人は上記にとどまらず、明治の元勲の殆どと各国駐在の公使、日本赤十字社の人々、後藤新平、有栖川宮熾仁親王、そして欧州の王室や著名な人々、イギリスのハリー・パークス公使やアーネスト・サト― 等々。

岩倉具視がオーストリアで、美貌のエリザベート妃に謁見した時には、妃に日本のキリスト教弾圧のことについて聞かれたとか。
高橋是清とユダヤ人との仲介をしたのもアレクサンダー。
『伊藤博文の個人的な思い出』には、「博文は幕末のときにはテロリストだった。塙保己一の息子の幕臣を殺した」などが書かれているそうだ。
幕末、明治期の戦争まで関与し、明治新政権確立、憲法まで深く関わり、欧州に日本を正しく伝えた功績は計り知れなく、それがシーボルトの子どもであったことを初めて知ってとても興味深かったです。

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                    アップルゼラニウム

今年もあと2日ちょっと残すのみとなりました。いつもご訪問、コメントいただきありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。

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2016年12月26日 (月)

ヘンデル「メサイア」

昨日はクリスマス。毎年年末に「第九」「クルミ割り人形」と並んで頻繁に演奏される「メサイア」。
「メサイア」はハレルヤコーラスであまりにも有名です。「第九」や「クルミ割り人形」はこの時期聴いていたのですが、「メサイア(救世主)」を殆ど全曲を聴いたのは初めてです。
家から歩いて20分の市のホールで行われました。演奏時間は約2時間半 全部演奏されたとしたらその7割くらい聴いたことになりますか。
ブロ友のだんだんさんが歌っていました。
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出かける前には全然知らない内容を調べてみました。ヘンデルがイギリスに渡ってからなので、歌詞は英語だ。
3部分構成で合唱と4人の独唱者により歌われます。
第1部:預言とキリストの誕生 21曲(うち19曲)
第2部:受難と贖罪 28曲(うち16曲)・・改心した人々が神の国の到来を賛美する最後のハレルヤコーラスがやはり素晴らしい。
第3部:復活と永遠の生命 9曲(うち5曲)・・キリストを信じる者への復活の約束、最後の審判を次げるラッパが鳴り響く。信仰告白、長大なアーメン・コーラスで「メサイア」は終わる。
これらは宗教画でたくさん見てきたのでいろいろな場面が浮かんできます。
モーツァルトの教会ソナタやレクイエムやバッハの教会音楽とはまた違って、音楽で絵にあるような聖書の様々な場面を想像しながら聴くという貴重な体験でした。

こんな長丁場をだんだんさんたち合唱団のメンバーは素晴らしく歌い切りました。
4人の独唱者の歌声、いずみホールバロックオーケストラの音色もヘンデルの時代に誘われました。だんだんさん、素晴らしかったですよ。お疲れ様でした。

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松原哲明著『新約般若心経』を読んで、三蔵法師がインドから持ち帰って訳した難しい経を更に優しく噛み砕いたこの本で、日ごろの禅を中心とした仏教の教えの一端を覗けました。
その中で四苦、「生病老死」の中の「老苦」には笑ってしまいました。というのも自分のことだからです。笑っている場合ではないのですが。その一節です。
「父母の養育を受け、年長けて強健なり。然るに次第に老いて、頭は白く歯は落ち、目は弁ぜず、耳は聞えず。盛りは去りて衰え、皮は緩み、面は皺み、百の節は痛み、歩くに苦しみを極め、座するも起つも呻吟し、憂い悲しみて心悩み、心うたた滅す」5年前はこの半分もなく、今はただ歩けるというのが唯一の救いか。

そして今問題のイスラム教、阿刀田高シリーズ『コーランを知っていますか』読みつつあります。アラーの偉大なる教えが、優しく書かれているようでわかるかも。

ところが聖書、実は学生時代聖書研究会に入ったりしたのですが、不勉強でした。そして聖書や絵などから学ぶキリスト教は、イエスの教えはさっぱり把握しておらず、旧約聖書からキリスト誕生までの覚えきれないほどの人物が出てくる歴史や、マリア様のこと、洗礼者ヨハネのこと、四大福音書記録者、受胎告知、キリスト誕生、エジプト逃避、キリストの布教活動、キリスト磔刑、復活、最後の審判にいたる場面だけしか知ってないことに気が付きました。キリストの教えとは?大抜けでした。

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今年も娘たちが毎年買ってくれるクリスマスケーキは高野でした。美味しくて普通の倍の大きさを食べ(食べ過ぎ)、私は夕飯をパスしました。
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2016年12月22日 (木)

人身事故

我が中央線は事故の何もない日は珍しく、今は毎日利用していないが、毎日利用している子供の話を聞くと遅れない日の方が珍しいという。
特に人身事故に出遭えば動くまで一番早くても30分、1時間以上は当たり前。通勤者にとってこの上ない迷惑な話です。
身を投げる人の心の心情になってみればそれはそれは悲愴な心の状態で計り知れないものがあるが、社会や鉄道会社に対する迷惑は多大なものがある。

ある日、山でご一緒の男性から聞いた話にショックを受けました。
その方は「私は人を数人殺した殺人者なのですよ」と突然仰ったのです。
電車の運転士さんだったのですね。人を刎ねたのですね。山に登っていても以前どんな職業についていたかなど聞いたことがないから突然の会話の内容に驚きました。
何でも同僚には数人、この事がきっかけで心を病んで途中退職された人がいたとか。この方は心は病まなかったけれども、体調を崩したそうな。今は83歳だかで私よりずっと元気に登っていってしまう。現在も車の運転がうまいのも、もと電車の運転士だったから運動神経が発達しているからと頷けました。

損壊した遺体は、独特な強い臭いを放つ。マグロというのだそうだ。その臭いを鼻が覚えてしまい、テレビや映画で人が殺されるシーンを見ると、鼻が臭いを思い出してしまうということを元鉄道員が書いている本も出ている。刎ねてしまう運転士だけでなく飛び散った遺体を拾い集める鉄道マン、車体の下まで潜って清掃する人々も大変らしい。そういえば殺人事件などにも従事する警察官も同じですね。こんな身勝手な人の行為が、立派な職業についている人を病や退職に追い込めてしまうことを今まで思いもしなかったのでこの日は、ちょっと衝撃的な日でした。

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お隣の奥さんの山梨の実家からの人参、柚子、柿を頂きました。
この人参の長いこと。根の先まで45㎝でこんな長いのを食べるのは始めてです。昔の濃い味、甘い匂いがしてちょっとかたいけれども美味しい。
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2016年12月19日 (月)

大山の晴れ乞い?に「気象神社」へ

前回記事の大山登山が雨だったため、リーダーさんがご家族から全国唯一の気象神社が高円寺にあると聞いたそうで、昨日は「お天気になって無事登頂できますように」と祈願に行ってきました。
それは中央線高円寺の駅からすぐ近くの氷川神社境内にありました。

説明板より:陸軍気象勤務の統括・教育機関として旧馬橋4丁目(現・高円寺北4丁目)に創設された陸軍気象部の構内に、昭和19(1944)年4月10日に造営。 戦後の神道指令で除去されるはずが、連合軍宗教調査局の調査漏れで残ったため、当局に申請して払い受け、 昭和23(1948)年9月18日の氷川神社例大祭の際に遷座祭を行ったという。気象神社の例祭は、気象記念日の6月1日だ。
祭神は『八意思兼命』(やごころおもいかねのみこと)「知恵の神」 で何と大山の女坂の所にあった「八意思兼神社」と同じではありませんか!

●氷川神社460x307
●気象神社460x307_2
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下駄の形の絵馬が今年のだけでしょうがびっしりです。「明日お天気か?」と昔下駄を足から投げ上げた思い出があります。460x307_5
                  こんなのがありました2460x307
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●高円寺(寺名)はすぐ近くです。曹洞宗 地名高円寺由来の寺院。中興開基第5世耕岳益道は、徳川家光との知遇を得ており、耕岳益道に感銘を受けた徳川家光の命により、小沢村と呼ばれていた当村は高円寺村と改めらたれそうだ。

                         門460x307_6
                 参道の紅葉の並木が美しい460x307_7
                   本堂の彫刻が立派だ460x307_8
               サザンカの生け垣が長く続いている460x307_9
●長禅寺 日蓮宗460x307_10
三十番神堂があって、三十番神像が全部揃っているのは都内でも珍しいといわれます。ご神体は衣冠装帯のご神像だそうだ。30_460x307

その後青梅街道へ出て、地下鉄新高円寺駅辺りから五日市街道方面へ善福寺川沿いの緑地を歩き、「東京のへそ」と言われる大宮八幡へと散歩を楽しんだ半日でした。約2万歩。

●天桂寺 曹洞宗 新高円寺駅から近い成田東にある。
ここに、土俵型をした先代貴乃花の墓がありました。460x307_11

                    和田掘公園460x307_12

●大宮八幡 源頼義により建立された。武蔵国の三大宮の1つで、子育て・安産に特に御利益があるとされる。460x307_13

杉並区には80余の寺院があり(曹洞宗が3割)、江戸時代に創建された寺が24ヶ寺(うち曹洞宗寺院10ヶ寺)あるそうです。

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2016年12月16日 (金)

大山街道6 石倉橋~阿夫神社下社(登頂ならず)

1昨日12/14はずっと続いていた晴天が雨になり、東京では雨が上がって青空さえ見えたというのに、雨乞いをしたわけでもないのに、大山は雨でした。昨日今日も快晴でトホホ。

大山は別名を「阿夫利(あふり)山」、「雨降(あふ)り山」ともいいますから、人生こんなこともあるよと慰め、下社まで行ってザーザーと降ってきたので、登頂をあきらめたのでした。大山と阿夫利神社は雨乞いの神ともされ、農民の信仰を集めたそうです。
来年1月のお天気の日に登頂を果たしたいものです。

[12] <石倉橋~追分(大山ケーブルカー駅)~阿夫利神社下社> バス停から阿夫利神社下社まで4.75kmで約15000歩

●石倉橋~追分駅

               大山の玄関口・伊勢原駅前の鳥居460x307
駅前からバスに乗り、石倉橋辺りのバス停で降り、そこから大山ケーブルバス停まで4.75㎞を歩きはじめる。ずっと緩やかな坂道である。帰りはここをバスで帰ったわけですが、その長いこと、よく歩いたものと変に感心はしたものの、前回なんて18㎞も歩いているし、同じところをバスで通ったわけではないので、もしバスで同じところを18㎞も走ったらこの3倍、目を回したことでしょう。

石倉神社などを通り過ぎ、立派な比々多神社(標高100m)があってお詣りする。創建が天平年間(729~49)というから驚く。460x307_2
        這うように登ったから這子坂と言うが全然そんなことはない307x460
                三の鳥居 ここからが門前町460x307_3
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鳥居をくぐると先導師(御師)の家がたくさん出てくる。富士山にもたくさんありました。460x307_4
                     ようこその門460x307_9            
                  鈴川の水はとてもきれい460x307_5
                    愛宕の滝で一休み460x307_6
紅葉の下に小さく見える良弁滝(標高280m) 良弁とは大山を開いた僧正で、相模の国で生まれた奈良東大寺の初代別当。僧正が最初に水行を行った。307x460_2
                     ユズリハの雄花460x307_7
               川に架かる橋は皆朱塗りできれい460x307_8
バスの終点に着くとそこからは360段の石段がケーブルカーの追分駅(標高400m)まで続く。両側には旅館、食道、土産物屋、豆腐料理屋が続いている。豆腐料理屋には帰りに寄った。

●追分駅~阿夫利神社下社
ケーブルには乗らないで女坂を上る。下社駅は678mだから標高差278m、1.1㎞を1時間かけて上る。ケーブルカーではたった6分である。

女坂の取っ付きには八意思兼神社(やつごころおもいかねじんじゃ)があって、お詣りする。兼(金)にちなんでいろいろな願い事をし、それを叶えてくれる神様だそうだ。460x307_10
女坂を登り始める。上っても上ってもその先に続く階段にげっそりする連続。一体何段上ったのだろう。上に行くにつれ大きな岩の階段になって足を大きく上げないと登れない。

女坂には七不思議というのがあって、説明板で一つ一つ丁寧に書かれていた。

その1:弘法の水。弘法大師が杖を突いたら湧き出たという。460x307_11
その2:子育地蔵。子供の健康に御利益あり。どの地蔵だかわからなかった。
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その3:爪切り地蔵。弘法大師が一夜のうちに指の爪だけで掘った。460x307_13
その4:逆さ菩提樹2代目。根元が細く上に行くほど太くなる。まだ若いのでそうなっていないとのこと。307x460_5
大山寺(標高500m)

     両側に多くの童子が立つ石段を登り切った所に楼門と大山寺がある307x460_6
天平勝宝7年(755)良弁僧正が開山した。無病息災、利益増大を祈願する。この日も一人経を上げてもらう人あり。北条政子、曽我兄弟、足利尊氏、徳川家康・家光・吉宗、春日局も参詣しているけれども、ここを上ったのかと思うと大変だったでしょう。それともお供の人に担いでもらったとか。関東三大不動尊と言われる。(成田不動尊、高幡不動尊)460x307_14
           お寺からの景色、雨に煙って相模湾も見えない。460x307_15
かわらけ投道場とかわらけを通す輪。「投げて厄を落とし、砕いて厄を払い、通して願いが叶う」とあります。この輪を通すのは至難の業。460x307_16
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            頼朝公の納め太刀、どれだかわからなかった。460x307_18

その5:無明橋。話しながら渡ると、落し物や忘れ物など悪いことが起きる。(話しちゃった。これからも毎日ありそうな落し物、忘れ物)307x460_7
その6:潮音洞。洞に近づき耳を澄ますと、潮騒が聞こえる。(聞こえなかった)460x307_19
その7:眼形石。人の目の形をしたこの石に触れると目の病気が治る。(人の目の形?一応触ってみた)460x307_20
             阿夫利神社下社に到着してお詣りしました460x307_21
次回はバス、ケーブルカーを利用し、ここに戻ってもう一度下社にお参りしてから山頂を目指します。

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2016年12月12日 (月)

はやま三ヶ岡山緑地を歩く

昨日日曜日は葉山でハイキングでした。
標高140mの三ヶ岡山(大峰山)は殆ど階段で上り下りする山で、階段もある大山登山の足慣らしその(2)となりました。

                                      バス停近くから見えた三ヶ岡山 460x307_2
                                             民家の蔦460x307_3
                                     ノシランのまだ緑の実か460x307_4
                                             コナラの黄葉460x307_5
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山頂広場から江ノ島と丹沢、富士山、箱根の山々が見えた。 相模湾の冬の海の色がとてもきれいだ。(関東の富士見百景に選定されている) 460x307_6
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                          大分下ってきての海の景色 ヨットが見える460x307_8
麓の真名瀬に降りると熊野神社と大漁稲荷社では餅つき大会が開催されていた。熊野神社はこの地で一度も火災がないので火防の神様として祀られ、大漁稲荷社は江戸時代に創建された漁業に携わる人の守護神。

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                                               真名瀬の海460x307_11

葉山しおさい公園・博物館に入園(300円)。葉山御用邸付属跡地で、昭和62年(1987)に開設された。
                      旧御用邸付属邸の日本庭園がおもむきを残している 460x307_12

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                                            四季咲きツツジ460x307_14
博物館の中では相模湾の海洋生物が展示されている
                            ハリセンボン 460x307_15
                                             タカアシガニ(3m)460x307_16
                                                  アンコウ460x307_17
                                                   イソギク460x307_18
                     トベラの実 殻が三つに割れ、6つずつ18個の種が見えた460x307_19
                                                  紅葉460x307_20
                                       隣接地は葉山御用邸460x307_21
                                    御用邸の横には濠がある460x307_22
           すぐ隣に葉山公園がある。かつては御用邸付属の馬場だったそうだ。460x307_23
                                               公園下の浜460x307_24
長者ヶ先 写真には写っていないけれど、この日は伊豆半島や大島もはっきり見えました。460x307_25
最後にもう一度葉山公園からの三ヶ岡山と手前の葉山御用邸。御用邸は外から何も見えないようになっていました。460x307_26

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2016年12月 8日 (木)

まさかの居眠り『インフェルノ』

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もうすぐ終わってしまうらしいと聞いて、思い立って映画『インフェルノ』を昨日観てきました。『ダ・ヴィンチ・コード』は本も読んで何となく覚えていましたが、2作目の『天使と悪魔』はうろ覚えでもう一度録画したので観たら丁度バチカンの話を書いた本を読んでいたので、とても面白く観られました。
そして3作目の『インフェルノ』、ダンテの神曲の地獄篇とそれを描いたボッティチェリの絵が関係するそうだ。絵の方は見たけれども、『神曲』は読んでいません。
とても難しそうなので読む気力がありませんでしたが、阿刀田高の『やさしいダンテ<神曲>』を婿さんに借りて読んだら意外や面白いではありませんか。
旧約・新約聖書、ギリシャ神話、ダンテが生きていた当時の有名人や友達、それ以前に生きた皇帝や司教などが地獄に落ちてしまっていたり、更生して天国に向かう煉獄にいたり、天国にいたりと段階ごとに出てくる。 
そもそもダンテが冥界に行くことになってしまったのは、暗闇に包まれた森に迷い込んで脱出できなくなったから。天国にいるベアトリーチェの依頼で辺獄にいたウェルギリウスがダンテの救出にやってきたわけで、地獄、煉獄、天国を巡って帰ることになったというわけです。

この映画は、生物学者ゾブリストが人類増加問題の解決策として恐ろしい伝染病を世界に広めようとしている。その方法は詩人ダンテの叙事詩「神曲」の「地獄篇」になぞらえて計画を実行している。ラングドン教授がダンテの神曲の「地獄変」に隠されたヒントを手掛かりに、女医シエナと共に、謎を解明していくという話です。
世界の人口が増え続けることは確かに大変な事でありながら、それに対して恐ろしいことを考える学者を設定し、これって本当に今に起こるのかと錯覚してしまう、なかなか考えさせられる話題ではあります。
フィレンツェ、ヴェネチア、イスタンブールと美しい都市が出てきて懐かしく、建物の天井裏にこんな隠れた場所があったのかと驚いたりしているうちに、ラストの謎の隠されたイスタンブ-ルの地下の貯水池、逆さになったメドゥーサが映し出されて、いよいよクライマックス、アクションが続いている頃、何と肝心要の所で自分では一瞬と思った居眠りをしてしまったのでした。気が付くとラストに近いシーンが。びっくり仰天。何と言うことでしょう。ナルコレプシーみたい。今度WOWOWプライムでやったらもう一度見なくては。
学生時代は勿論、映画や芝居や講義で居眠りしたことがないのに、最近の自分にこの他にも驚くばかりです。

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雪の後にむっくりと起き上った一輪のサルビア、とうとう枯れて種が取れました。
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2016年12月 5日 (月)

草戸山(364m)

草戸山は南高尾山稜の山で、今年3月に大垂水峠から中沢山まで行き、残り一つを残した山です。来週大山の足慣らしその(1)ですが、あまりきつくありません。
高尾山口で下車し、目の前の山を登って行きます。
町田市の最西端に位置し、この364mが町田市の最高峰だそうだ。そして八王子市と相模原市との境界線上にあるとのことで、どちらからも登れる。逆に高尾山がそんな位置にあるということを初めて知った次第です。
この山は境川の源流が流れ出ていて、東京都と神奈川県の境界に沿って南東に流れ、向きを変えたりして藤沢市の江の島付近で相模湾に注ぐ。江ノ島の辺りは片瀬川とも呼ばれていましたっけ。小田急江ノ島線の終着駅も片瀬江ノ島と片瀬がつきます。

高尾山口駅はかなり前から改装され、温泉もある。尾籠な話、女子トイレの数が多くなって嬉しい。460x307_2
                 ずっと落ち葉一杯の道を歩む370x247
真ん中の木を挟んで左の方側に富士山が写っているのですが、良く見えませんね。460x307_3
               今の時期の竹林の緑の美しさに驚く460x307_4
                        黄葉460x307_5
                高尾山がなだらかな姿を現した460x307_6
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                     山之神(大山祇命)460x307_7
頂上から
                 相模原なのか町田なのか?460x307_8
         城山湖が木の間にキラキラしているけれども殆ど見えない460x307_9
              下山でまたまた「うかい竹亭」の前を通る460x307_10
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                       地蔵様460x307_13
               川の流れの両側も落ち葉がびっしり460x307_14
                駅近くの紅葉がまだきれいです460x307_15
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今日で早大の方の4月からの美術講座が一区切り。知り合った、名前も知らないお友達が、先週ニューヨークの美術館めぐりに行ってきての絵葉書のお土産です。
私がニューヨークで時間があったのに、フリック美術館のフェルメール3点をうっかり見損なった話をしていたのでした。それを見ていれば、フェルメールはもう見られない3点だけでとても残念と言ったからです。私もこんな気遣いが出来る人になりたい。

                       稽古の中断           
                  兵士と笑う女   女と召使307x460_2
 
         *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

流行語大賞が決まってから、夫が何度も自分のことを「神ってる」と言うので無視しております。今日やっと言わなくなりました。

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