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2017年1月12日 (木)

鎌倉12 江ノ電・七里ヶ浜~腰越界隈(2)

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サボテンの家あたりから山側に向かうと江ノ電の向こう側に石段があって山門へと続いている。これが満福寺だ。このあたりの江ノ電の両側にはぎりぎりに民家が建っていて、音はどうなのでしょう。乗っているとなかなかスリリングで面白いのですが。腰越駅を過ぎると都電のような路面電車になって車や歩行者と共存状態だが、事故が起こったという話は聞かない。307x460

77 満福寺 
古義真言宗大覚寺派 開山は行基。義経の「腰越状」で知られるお寺だ。
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平家を滅ぼし、鎌倉に凱旋してきた義経だが、頼朝に鎌倉入りを禁じられ、ここ満福寺に逗留した。和田義盛などを通じて頼朝の怒りを解こうとしたが許されず、幕府公文所別当の大江広元に嘆願書を出した。これが「腰越状」といわれている。
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本堂展示室(200円)には実物大の腰越状の版木が現存し、襖絵には静御前との別離など義経の生涯が描かれている。
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                 鎌倉彫の格天井が豪華だ460x307_8
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                  歌川国貞「壇ノ浦の合戦」550x367_460x307_2
                 歌川国芳「源平屋島大合戦」460x307_9

78 本成寺 次に行った、龍口寺の輪番八ケ寺の一つ。開山は日賢。創建1309年。満福寺のそばで寄ってみた。
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79 龍口寺 
腰越から江の島の方へ向かう。ここは鎌倉でなく藤沢市に入る。この地は鎌倉幕府時代の刑場跡であった。
日蓮が『立正安国論』を幕府に奏上したら、それを中傷と受け止め、1271年、鎌倉松葉ヶ谷の草庵で日蓮を捕えて市中引き回しのうえ、この龍ノ口の刑場に連行した。いろいろあって刑は中止となったが、佐渡へ3年間の流罪となった。世に言う「龍ノ口法難」である。
その後1337年、日蓮直弟子の日法がこの地に敷皮堂を建立したのが龍口寺の始まりである。460x307_10
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            誰でもお経を唱えれば1回突いてよい「延寿の鐘」460x307_14
明治19年に廃止されたのだが、かつて龍口寺は住持を置かず、子院の八寺が輪番で住持をつとめていた。
龍口寺輪番八ヶ寺は、腰越近くの本成寺(今回行った78)、観行寺、東漸寺、本龍寺、妙典寺、法源寺(今回行った80)と、藤沢市片瀬の常立寺、本蓮寺である。
このお寺は高校卒業してすぐクラスメートが亡くなって葬儀が行われた忘れられないお寺でもあります。

80 法源寺
ぼたもち寺とも呼ばれる。以前行った、大町の常栄寺の有髪の尼・座敷の尼が市中引き回しの日蓮にぼたもちを捧げたが、その尼さんの実家の菩提寺ゆえに、この寺もこう呼ばれる。
龍口寺輪番八ケ寺の一つ。開祖は日蓮の孫弟子・日行。1318年。
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                     水子地蔵460x307_15
              墓地から腰越の町と湘南の海が見える460x307_16
                   片瀬江ノ島駅への橋460x307_17
            この境川の源流が、先月登った草戸山でした。460x307_18
小田急片瀬江ノ島駅から家路につきました。今回は長居をしたところが多くて輪番八ヶ寺を全部廻れなかったのが残念であります。460x307_19

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コメント

鎌倉巡礼がこれからも延々と続くわけですね。
すばらしい・・・

義経や日蓮の遺跡があり、興味が尽きないですね。
さすがに鎌倉は奥が深いです。

投稿: matsubara | 2017年1月12日 (木) 18:11

片瀬江ノ島駅の駅舎はなんともユニークですね。

投稿: gaki | 2017年1月12日 (木) 18:15

★matsubaraさま

これでやっと三分の二回れました。あとは大船と北鎌倉方面です。
まったく無知でした平安末期や鎌倉時代は少しだけですが辿ることが出来ました。
またすぐ忘れてしまいますが、でも楽しいです。

投稿: tona | 2017年1月12日 (木) 21:08

★gakiさま

そうなのですね。子供の頃に心に描いていた竜宮城のようでもあり、中国風でもあります。
気になって今調べましたら竜宮城を模しているとありました。
開業の昭和4年からこの形だったようなことが書いてありましたが、ちょっと信じられません。

投稿: tona | 2017年1月12日 (木) 21:17

こんばんは
 
町並みを縫うように走る江ノ電にも乗られたのですね。
はて、音はどうでしょ。少々うるさいかも知れませんが、
高速で走る電車と比べたらマシなのかもしれませんね。
満福寺というのも他のほとんどと同じく知りませんでしたが、
源の義経と深い縁あるお寺。腰越状が書かれたのがここだったとは。
それを前面に押し出した像や襖絵となっているのですね。
藤沢市へ入られて、龍口寺は自動車でも江ノ電でも前を通ったことは
あるのですが、中に入ったことはなく、その歴史もまた
初めて知りました。今回も色々教えていただけました。
 
小田急でお帰りになったのですね。この日は私も藤沢本町まで
小田急で往復したのですよ。かなりお近くにいらした時間帯が
あったのだなぁと、感慨深く感じました(^^)

投稿: ポージィ | 2017年1月12日 (木) 21:19

★ポージィさま

こんばんは。
ありがとうございます。
江ノ電、おっしゃる通りでしょうね。間違っても飛行場のようなことは起きてないですものね。
万福寺には随分長く滞在していました。
静御前と殺された子供の話、義経との永遠の別れ、矢に刺された弁慶の最期などの襖絵を見ていると、昔から判官びいきが多かったのもわかるような気がします。それに比して、頼朝と北条氏の非情さが感じられる鎌倉です。
龍口寺は高校の時から知っていましたが初めて入りました。こんな歴史があったことすら知りませんでした。

そうだったのですか。お近くにいらしたのですね。小田急で登戸まで行きました。藤沢本町ですか。懐かしいです。高校3年になった時、駅から20分も歩くのは大変なんて言って、貧乏だったのに親に願って一駅乗って通学しました。その向こうの善行には娘の友人がいたので何度か遊びに行きました。懐かしい懐かしい藤沢です。

投稿: tona | 2017年1月12日 (木) 22:11

tonaさん、おはようございます♪
鎌倉には何度も行きましたが、満福寺のことは知りませんでした。
源義経はロマンがある武将として魅力がありますが、
ここを訪ねれば義経のことがより詳しくわかりそうですね。
龍口寺は江の島からよく見えるお寺ですね。
江の島に行くたび、一度足を伸ばしてみたいと思っていました。
鎌倉幕府時代の刑場跡であったそうですが、知らないことばかりで
とても勉強になりました。知るって楽しいですね。

投稿: hiro | 2017年1月13日 (金) 07:31

★hiroさま

おはようございます♪
仰る通り頼朝と義経の確執があり、許しを乞うてとどまった場所として、詳しく襖絵で説明されていました。静香との別れが哀れを誘います。弁慶ゆかりの品々も置いてありますよ。
腰越状の内容は一つの義経物語になっているようです。
江の島に行くと見えるお寺、龍口寺ですね。
今回は七里ヶ浜と満福寺と龍口寺からいろいろ知ることができ、hiroさんの言われる通り、知ることが楽しい!っていうのは私にも当てはまります。忘れてもまた思い出すこともあり、生きる楽しみの一つになります。

投稿: tona | 2017年1月13日 (金) 07:55

東京に住んで60年以上になるのに、何故か鎌倉は小学校の遠足と
社会人になって高校時代の友達とお寺巡りをした他に1,2度訪れた程度です。
今ではどこのお寺を巡ったのかも覚えてません。

今回のtonaさんの記事で、義経の「腰越状」の万福寺や
日蓮上人が「龍ノ口法難」の龍口寺の話しは全く知りませんでした。

義経と弁慶の件では、やはり頼朝から逃げる為に山伏の姿に変装して
弁慶が白紙の巻物を勧進帳として読む有名な「安宅の関」に行って感動しました。
http://blog.goo.ne.jp/rassi-cyann/e/1dd7ad2a5845a6c75a736713b1aaaa4d

今回紹介してくれた万福寺と龍口寺のホームページ印刷しました。
ぜひ行ってみたいお寺です。
ありがとうございました。

投稿: ラッシーママ | 2017年1月14日 (土) 11:40

追伸

グーブログですとアドレスを出しても出ませんね。
2015年6月9日の記事です。

投稿: ラッシーママ | 2017年1月14日 (土) 11:42

確かに江ノ電の両側にはぎりぎりに民家が建っていますね。
私も昔乗った時、大丈夫なのかと思ったことを思い出しました。
そりゃ新幹線のような轟音はないでしょうが
でもうるさいですよねえ?
今なら補償問題になるのじゃないかしら?

投稿: zooey | 2017年1月14日 (土) 18:33

★ラッシーママさま

Windows Live メールにママさんからのコメントが入っているというメールが入ります。そこでクリックすれば見られます。お陰様で私が行ったことがない安宅関と勧進帳、弁慶の銅像などを見る事ができました。ありがとうございました。
義経と弁慶はこの鎌倉の後に京都へ向かい、そちらの方へ向かってその後逃避行が続いたのですね。私は以前は鎌倉からまっすぐ東北へ向かったと思っていました。
伊豆もそうでしたがまたつながりましたね。
まあ、すぐに印刷されて、いらっしゃるおつもりですね。嬉しいです。

投稿: tona | 2017年1月14日 (土) 19:20

★zooeyさま

江ノ電って昭和の初めに出来たようなことが書いてあったのですが、その時には今のようにびっしり建っていたのでしょうかしら。ちょっと考えられません。
我が家の前は狭い道路ですし、頻繁に車が通りませんが、大きな宅急便が通るとちょっとうるさいです。江ノ電もそんなものでしょうか。
調べたら朝5時半過ぎから23時台終わりまで走っているのですね。ちょっと大変ですね。

投稿: tona | 2017年1月14日 (土) 19:37

今頃のこのこと、出遅れてしまいました。
正月休みの子供たちが去り、その後にPCセットアップにお助けマンを頼みまして。
昼ご飯も一緒に家で食べてと、手間暇かけてサクサクにしてくれました。

鎌倉を休みなく歩かれてますね♪
全く知らない寺ですが、謂れにはとても興味が湧きました。
義経の腰越状、日蓮の安国論奉上なども不勉強の至りです。
江ノ電の民家すれすれって、いつもうわ~って声が出ます!

投稿: だんだん | 2017年1月14日 (土) 23:53

★だんだんさま

PCが新しくセットアップされて、それにももう慣れて本当に良かったですね。
その間にも素敵な富士山、孫さんのお祝いとなかなか充実した年の始まりです。

私も寒空の中、あちこち歩けることに感謝です。鎌倉も三分の二以上歩きました。
なかなか知らなかったことに出会えて、この年になってまだまだ感動することが多いです。
短距離ですが、海と民家の間と、変化に富んだ全国的にも面白い電車のようで、何度乗ってもほのぼのしています。

投稿: tona | 2017年1月15日 (日) 08:46

こんにちは。久し振りに見る風景が多かったです。境川の河口も確認されたんですね。数年前に、源流付近(大地沢青少年センターの少し奥ですが)から河口まで3回に分けて走ったことを思い出しました。

投稿: 多摩NTの住人 | 2017年1月15日 (日) 13:14

★多摩NTの住人さま

源流の山には登ったものの、源流は見ていません。
まあ!あそこから3回で走ってしまわれたのですか!!ビックリです。
神奈川に入ったり東京都に入ったりするそうですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年1月15日 (日) 13:31

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