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2017年5月 2日 (火)

東海道五十三次歩き2 沼津~原~元吉原(3)

様々な表情やしぐさの羅漢像がある大通寺450x338
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海岸は千本松原が延々と続き、平行して旧東海道とJR東海道線が走り、その北は江戸時代初期湿地帯(浮島沼)だった。そのため、干拓をして新田が出来たり(植田三十郎)、放水路を造ったり(増田平四郎)、天文掘排水路を造った高橋勇吉らの碑が点在する。
 
                    植田三十郎の墓338x450

富士市に入ると山ノ神古墳が線路の向こうに見える。標高5mで古墳の上に神社が見える。6世紀末から7世紀初頭のスルガのクニの王墓だ。埴輪も出土している。450x338_5
              柏原宿の標柱(原宿と吉原宿の間の宿)338x450_2
東田子の浦駅手前にある六王子神社。7人の巫女が大蛇の生贄の対象になったとき、若い「おあじ」が選ばれた。仲間の6人は悲しみのあまり浮島沼に身を投げてしまい、この神社に亡骸が祀られている。450x338_6
東田子の浦駅は富士山と愛鷹山が描かれている小さな駅だ。さあ、あと吉原駅まで一駅だ。450x338_7
立圓寺 真ん中の三角錐の碑が「望嶽の碑」で、尾張藩の藩医柴田影浩がここからの富士山を眺めて「願わくはお前(富士)の下で死にたいが、思うに任せない」と髪の毛を切って埋めたと言う記念碑。午後4時半なので富士山も霞んでいるが後ろに見えている。
その右に見える茶色の錨は1979年、台風20号で柏原海岸の打ち上げられたゲラティック号のものでその隣に二人の船員の慰霊碑もある。450x338_8
              ↑の増田平四郎の像と昭和放水路450x338_9
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                 この日初めて見つけた一里塚跡338x450_3
           この辺りになると富士山のすそ野が広がってきた450x338_11
仁藤春耕の道しるべ第一号。富士山裾野一周の時(御殿場に至る十里木街道)でも見た記憶があり、自費で120基を建てたもの。450x338_2_2
庚申堂 庚申塚や庚申塔はどこにもありますね(私も体内にいるという三尸虫に悪事を天帝に報告に行かれて70数年、庚申信仰を知らなかった故でありますがいろいろな病で災難が降りかかってきていると考えたりするこの頃です)。450x338_12
                ↑の高橋勇吉の天文堀顕彰碑338x450_4
極彩色の龍の建物が目を引く、毘沙門天妙法寺。ここは高崎、深大寺と並ぶだるま市が有名だそうだ。約1200年前、山伏が富士登山する禊ぎを寺裏の海岸で行った道場がこの寺の起源という。境内にある、お詣りすると足の痛みがとれる「くつ石」が見つからなかった。450x338_13
愛鷹神社に登ると目の前に日本製紙の工場と富士山のコラボがなかなか絵になっています。タンクが錆びていて休業したのかと思ってしまう工場ですが白煙がまだ上がっていました。450x338_14
すぐそこに吉原駅があり三島へ、午後6時23分のこだまに乗り最寄駅に着いてから8時半頃に五目あんかけそばにありつけました。(完)

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コメント

東海道は、三条大橋まで歩かれるのでしょうか。
楽しみですね。随時富士山が見えるのも贅沢な
旅ですね。

生憎岐阜は通らないので、このあたりはあまり
人気がなくて、中山道の話題の方が多いです。
先日の中津川もそうでした。

愛知県から三重県にとんでしまいます。

次はどこまで行かれるかと楽しみです。

投稿: matsubara | 2017年5月 2日 (火) 16:31

★matsubaraさま

こちらにもコメントありがとうございます。
静岡県にいる間は時々富士山が見えるのでしょうか。
静岡県から愛知県そして三重県に行ってしまうのですね。
実は東海道の後は中仙道を歩きたいと本まで読んでいるのですが、果たして私の足が持つか、東海道も途中までかもしれない不安はあります。
次回は蒲原あたりでしょうか。寄り道が多そうです。

投稿: tona | 2017年5月 2日 (火) 20:55

tonaさん、こんばんは~♪
ユニークで親しみやすい羅漢像ですね。
子供のころ、「羅漢さんがそろたらまわそじゃないか
ヨイやサのヨイやサ ヨイやサの ヨイやサ」
と歌って遊んだことを思い出しました。
でもあの頃、羅漢さんてどんな人か全く知らなかったのですよ。
石像なのに命が吹き込まれているように感じます。

そうでした。「仁藤春耕の道しるべ」は富士山裾野一周をの時見ました。
ここが第1号でしたか。
庚申塚や庚申塔も富士山裾野一周の時よく見ました。
庚申の夜は徹夜する風習があったということは覚えていますが、
悪事を天帝に報告に行かれないようにする為だったのですね。

富士山が綺麗に見えて良かったですね。
次回も楽しみにしています。

投稿: hiro | 2017年5月 3日 (水) 00:48

★hiroさま

私はこの羅漢様の歌を知りませんでした。面白いですね。
500羅漢はいくつかのお寺で見ましたが、このようにいろいろな姿態の羅漢様は初めてで楽しくなりました。
「春耕の道しるべ」の一号が沼津の方にあったとは富士山裾野一周の時は知る由もありませんでした。このつながりが嬉しかったです。

庚申塚を見るたびに、自分の人生が決して清いものではなかったと思ったりしています。
これからは気をつけて生きていきたいものです。
冨士山が見えて本当にラッキーでした。
こちらにもコメント有難うございました。
次回もまた見ていただけるそうで嬉しいです。

投稿: tona | 2017年5月 3日 (水) 20:55

羅漢さんにはさまざまな姿・表情がありますね。
川越の喜多院、京都・北嵯峨の愛宕念仏寺で見ましたし
こちらでは車で20分ほどのところにある竹成五百羅漢が知られています。
ここには藤棚があり、この時期にはフジの花が
満開になって参拝者を愉しませてくれます。
Saas-Feeの風はしばらく訪ねていませんけれどね。

東海道五十三次歩きでは神社仏閣に参拝することが多いのですね。
それだけ街道筋に建立されることが多かったということでしょうか。
ご朱印帳持参で歩きたいと思いました。

投稿: Saas-Feeの風 | 2017年5月 4日 (木) 10:19

★Saas-Feeの風さま

そうそう、私の見たのも喜多院と愛宕念仏寺でした。
記憶力悪くお寺の名前もすぐ忘れてしまって恥ずかしいです。
竹成五百羅漢を今、サイトで調べて見ましたら、これは変わった迫力のあるところですね。
近ければすぐすっ飛んで行きたいところです。
今は藤の鑑賞もですね。
Saas-Feeの風さまは、冨士山裾野一周が終わりましたら、どこか街道歩きもされるのではないかと期待もしています。
コメントありがとうございました。

投稿: tona | 2017年5月 4日 (木) 11:08

旅心をそそられます。

投稿: 佐平次 | 2017年5月 4日 (木) 11:11

★佐平次さま

いつもツアーで会社が計画した場所へ人の後に付いて歩くのが多いので、これは全く自由気ままな行き当たりばったり的なのでリラックスして歩けます。
本当は佐平次さんのが理想的です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年5月 4日 (木) 11:16

東海道五十三次歩き1・2・3を一気に読ませて頂きました。
まず驚いたのは44619歩(22.3㎞)、階段500段の数です。
娘さんが有休をとって一緒に歩いたようですが、ツアーではなく自由気ままに歩き
気がついたら22キロも歩いていたのですね。
凄いの一言です。

日本人は富士山が好きですね。
富士山が観られると、何故か勇気が湧いてくるような気がします。

私は歩くのが弱いので、tonaさんの記事から色々な事を教えて貰っていますが
浜松の「方広寺」で五百羅漢があって、色々なしぐさの羅漢様に癒されました。

投稿: ラッシーママ | 2017年5月 4日 (木) 21:50

★ラッシーママさま

お忙しいのに東海道歩きなんて読んでいただきありがとうございます。
この頃では一番歩いたかしら。山歩きですと8kmくらいがせいぜいですから、平地はいかにすたすた歩いてしまうかです。
何時足が悪くなるか時間の問題でもありますが、歩けるうちにと思っています。
原点は富士山裾野歩きになりますね。体にいいようです。
静岡県が長いですが、ここちょっと富士山が見られますが、そのうち見えなくなってしまうので、その後は富士山抜きの楽しみを見つけなくては。
浜松の方広寺、さて、通るのかどうか勉強していませんが、五百羅漢がそこにもあるのですね。好きなので頭の隅に置いておきます。

投稿: tona | 2017年5月 5日 (金) 08:45

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