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2017年6月26日 (月)

東海道五十三次歩き5 由比~江尻(清水)(3)

興津の宿も終わると、向こうの山の上に清見寺(せいけんじ)が見える。
入口の門を入ってから跨線橋で線路を渡って、総門をくぐる立派なお寺である。450x338
由緒ある名刹で、足利尊氏、今川氏、徳川家康が手厚い援助をした。家康は朝鮮や琉球からの通信使を清見寺で丁重にもてなした。その接待は瀬戸内海の島でも見たことがある。450x338_2
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                                                 本堂450x338_5
五百羅漢 天明年間の作者不詳の五百羅漢を見ていると楽しい。島崎藤村の『桜の実の熟する時』の最後の場面にこの五百羅漢の話が出てくるそうで、読んだのに何も覚えていません。
薩埵峠と共に今回のハイライトなのです。450x338_6
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線路を挟んで斜め向かいの、西園寺公望公別邸「興津坐漁荘」へ。
公望が大正8年興津清見寺町に建てた別荘で、現在は明治村に移築されている。明治村で見たことを思い出したが、ただただ竹が多く使われていたことが印象に残っている。
ここにある現在の建物は忠実に復元されたもので、明治村と全く同じ様に見ることが出来た。
広い屋敷で竹がふんだんに至る所に使われ竹の中に鉄骨が入っていて侵入できないようになっていたりして、優れた職人の技を垣間見ることが出来る。
ここで家系図を貰ったのだが、生家も、養子先の西園寺家もその祖先は藤原鎌足である。
松方公の死後、最後の元老(天皇の諮問に応える強力な発言権を持つ重臣)。先の水口屋もここ坐漁荘も無料でボランティアガイドの説明も受けられる。450x338_12
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                              鶯張りの廊下がキュッキュッと良く鳴る事450x338_14
                                           ナツツバキ450x338_18

                                     静岡市清水区の消火栓450x338_16
    井上馨の座像が清見潟公園内あった。旧廷がこの辺りにあったらしい。450x338_17
                         延命地蔵尊を覗いてみると立派な中であった450x338_19
東光寺
青面金剛童子は単なる石であった450x338_20
鑑真和上将来の中国菩提樹(太宰府戒壇院より)。とても良い香りの花だ。Wikipediaによれば栄西が中国よりもたらしたと書かれるシナノキ科。インド菩提樹はクワ科、欧州菩提樹はセイヨウシナノキ。2_450x338
旧東海道の松並木に311本あったというが今は2本残ると書いてあったが、1本になっていた。松って年数が経っても余り太くならないですね。338x450_4
                                                 馬頭観音338x450_5
分岐点の細井の松。ここも細井の松原が続いていたという。昭和19年、航空燃料の原料として松根油採取のために伐採されたそうで、その時行き倒れた人の人骨が多量出土したそうだ。338x450_6
清水駅のちょっと手前が江尻宿の東木戸跡だが見つからなかった。

          駅前ロータリーの東照宮記念塔。久能山東照宮まで11㎞とのこと。338x450_7
例によって地元まで帰り、「北海道」で海鮮サラダやズワイガニ入りチーズフォンジュ、いくらおにぎりなどを食べて9時半帰宅。

この日の大失敗:時計を20分過ぎと20分前と間違えて40分遅くなったので目覚ましが鳴ってから5分で家を出、駅までマラソンして起きてから15分で到着したこと。おかげで近頃なかった筋肉痛に3日間くらいさいなまれた。時計さえもセットを間違えるようになってチョイボケがひどくなり悲しい。まだこだまだからいいけれども、指定席のひかりやのぞみになったらアウトね。

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コメント

坐漁荘は明治村だけかと思いましたら
こちらにもあったのですね。
両方見られてよかったです。
ご一緒してもう何年も経ちました。

次から次へと見聞を広められて・・・
だんだんこちらに近づかれて楽しみです。
久能山東照宮あたりから話が合いそうです。

投稿: matsubara | 2017年6月27日 (火) 10:19

こんにちは
 
興津の宿も名前すら覚えていませんでしたが、清見寺も同じです。
最初のお写真を拝見しただけで立派なお寺と見て取れますね。
お寺の公式HPを少しだけ覗いてきました。いちばん最初は
1300年ほど前にまでさかのぼるのですね。すごく長い歴史に、
また時代時代の有力者との結びつきに、この地が要の地であった
こともわかりました。ときには厳しい時代も経ながらも
続いてきたことはすごいですね。
五百羅漢は江戸時代のものでしょうか。全て表情が違いますね。
 
坐漁荘についても初めて知りました。ずっと前になりますが
明治村に行った際にはもう移築されていたようですが、
記憶のかけらも残っていませんです。
元々の地にも再建されたのですね。竹を多用した建築に興味があり、
見てみたくなりました。大きく立派な別荘ですね。
夏椿が咲いているのが嬉しかったです。
 
今回もいろいろと楽しませていただきました。

投稿: ポージィ | 2017年6月27日 (火) 10:43

★matsubaraさま

まさか明治村でご一緒していただいて見た坐漁荘をここでも見られるとは。見て行くうち竹の事から思い出しました。そっくりに復元はとても大変だったと思うのです。それが無料とは。

静岡県は長いですね。まだまだ浜名湖が遠いです。
久能山はかなり時間をとられるので、昔行ったことでもありますし、残念ではありますがまたの機会に行こうと思っています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年6月27日 (火) 12:59

★ポージィさま

こんにちは
清見寺はそうです、東北の蝦夷に備えた清見関の鎮護を目的に奈良時代に仏堂が建てられたそうですから、随分歴史が古いのですね。
静岡県に入ってからは知っているのは三島神社くらいです。こんなお寺が街道にはたくさんあるのですね。
羅漢様のお顔はいろいろで一人一人違うお顔で彫った人が違うのでしょうか。それとも同じ人なのかしらと疑問が湧いてきますが、同じ人かしら。

坐漁荘は昭和45年に明治村で公開されたそうで、ここ興津のは平成16年に復元されたとのこと、10年経つのですね。
こんな所にもと思う所にも竹が使われています。竹ってこんなにいろいろな表情があるなんて、素晴らしい素材だと思いました。
こんな支離滅裂なのを楽しんでいただいてありがとうございました。嬉しいです。

投稿: tona | 2017年6月27日 (火) 13:26

tonaさん、こんにちは~♪
興津の宿の近くにこんなに由緒ある名刹があるとは知りませんでした。
開祖以来、このお寺で修業を積んだ僧は五百羅漢以上の数にも
のぼるのでしょうね。
島崎藤村は中学生のころ大好きな作家でしたが「桜の実の熟する時」
は読んだことがありませんでした。清見寺の五百羅漢の話がでてくる
そうなので、是非読んでみたいと思いました。
西園寺公望公別邸「興津坐漁荘」も興味深かったです。
興津から清水まではどれくらいの距離があるのでしょうね。
この区間だけでも歩いてみたいものだと思いました。

投稿: hiro | 2017年6月27日 (火) 13:40

今回歩かれた由比~江尻、多分車で走ってると思いますが歩いた事がなく
とても面白く拝見させて貰っています。
由比はツアーで何度か行って、お昼には必ず桜エビを使ったテンプラが出ました。
枇杷が有名とは知りませんでした。

興津は甲州を結ぶ起点でもあったのですね。
「東海道行路病死 無縁各霊供養塔」があって、長い過酷な旅だったのでしょうね。
それが今では一日で往復出来るのですから、昔の人が聴いたらビックリするでしょうね。

特に興味を持ったのは清見寺、立派なお寺ですね。
五百羅漢、見てみたいので、そちら方面に行く機会を作りたいと思います。

投稿: ラッシーママ | 2017年6月27日 (火) 13:47

おお!興津!宿がとれなくて清水までバスで行ったのでした。
ホントに名前のわりに何も(食ったりするところは)ない場所でした。
でもこの寺には行きましたよ。蚊に刺されました^^。

投稿: 佐平次 | 2017年6月27日 (火) 15:28

★hiroさま こんにちは♪

1300年前から続いたお寺ですから本当に修行僧の数は凄いでしょうね。
羅漢さんのお顔が夫々の修行僧に見えますものね。
「桜の実の熟する時」は全くどんな話だったか思い出せません。私も機会があったらもう一度読まなくては。
興津駅から清水駅まで寄り道なしで5kmですよ。hiroさんならすぐ歩けてしまう距離ですね。
坐漁荘もしっかり説明を受けたらいいかもしれません。家系図には驚かされました。
有難うございました。

投稿: tona | 2017年6月27日 (火) 16:43

★ラッシーママさま

伊豆の家からも清水あたりは近いですね。
桜えびは由比の名物、この当たりでいろいろ食べて堪能しました。
ツアーで行かれたのですね。
私も枇杷畑がいっぱいなのでビックリ。今回ではその枇杷が売り出されていたので産地であることが解明されました。

この日、2ヶ所も道中で亡くなった人たちの碑を見て、いかに途中で亡くなる方が多いかも知りました。私もこの軟弱な世界に生きている身、いき倒れになってしまいます。まず熱中症とかで意識不明になって。昔はそれでも旅をしたのですね。

現在の身延線は富士駅から出ていますが、身延道は興津からだったのですね。
忘れるけれども私もいろいろな事を知ることが出来ました。
五百羅漢面白いです!
有難うございました。

投稿: tona | 2017年6月27日 (火) 16:55

★佐平次さま

そうだったのでしたね。
お昼ごはんを食べるところがなくて、餡子ものが昼食なるとは、珍しい体験でした。これも良かったのですが。何しろ餡子が好きですから。
あれれ、蚊の季節でなくてよかった。
次回あたりからは刺されそうですね。薬持参です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年6月27日 (火) 16:58

三武将の手厚い援助を受けた「清見寺」
五百羅漢さまのおわす、ハイライトシーンでしたね。
興津の西園寺公望別邸は坐漁荘、ユニークな名前なんですね。
明治村は、家族は全員行って私だけ知らないのです。
ですから、明治時代の建造物にも弱いということで・・・
いつの間に、こんなことになったのか~
夏椿の原産地は日本から朝鮮半島で、沙羅双樹はヒマラヤからインド北部だそうで。
同じシャラノキと呼ばれるけど、違う樹だと最近知りました。
思い込みは怖いですね。
高尾山・薬王院にも菩提樹がありますが。
お釈迦様が悟りを開いた樹とは違うようです。
島崎藤村の読書は、はるか昔になりました。
今は詩情溢れる千曲川旅情や惜別の歌などを愛唱して、偲んでいます。

投稿: だんだん | 2017年6月28日 (水) 13:02

このあたりのこと、まったく見聞がありませんので勉強になりました。
五百羅漢は喜多院にもありましたね。
Saas-Feeの風の住むところから車で30分ほどのところにもあるのですよ。
それぞれ姿かたち、顔の表情が異なっていて
ユーモラスな像から不気味な像まであって
眺めていると時間を忘れるほどです。
旧東海道の松並木はあちこちにその残る姿が見られますね。
ご紹介の場所では一本だけ・・・
枯れたり切られたりしたのでしょうか。
四日市宿に一本だけ残っている話を
こちらで以前に書いたように思います。
一度、ブログアップしているのですが
サイトクローズのため記事が消えてしまいました。
いつかもう一度採り上げたいと思っています。

投稿: Saas-Feeの風 | 2017年6月28日 (水) 16:11

★だんだんさま

喜多院でも楽しんだことがありますが、五百羅漢を見るのに随分時間がかかりました。一つ一つの表情を見るにが楽しくて。
坐漁荘にもちゃんと意味がありました。ユニークな名前ですものね。
明治村は全部回りきれませんでしたよ。大正村も昭和村もあるのでしょう?あのあたりに。
ボダイジュについてはインドのは絶対に日本にはないそうですね。
ヨーロッパのボダイジュは日本に咲いているのみたいに良い匂いはしませんでした。
全部で3種類あるのですね。
千曲川旅情の歌は暗唱させられました。あの地に行ったとき味わいましたよ。
初恋の歌もいいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年6月28日 (水) 22:21

★Saas-Feeの風さま

そうそう、喜多院の羅漢様も見ていて楽しかったです。もう一度行きたいくらいです。
九州のどこかでも見たのですが覚えていません。
よくもまあ、あんなにいろいろな顔を掘り出せるものですね。見たことのあるような顔もありますし、見ていて面白いです。

松ですが根の油まで戦争のために使われたということを初めて知りました。
この先、松が残っているところがごこかにあるらしいですね。読んだのに忘れました。
四日宿は1本だけですか。
東海道と言えば松ですから、寂しい限りです。
有難うございました。

投稿: tona | 2017年6月28日 (水) 22:27

こんにちは。こうして拝見していると見どころがずいぶんあるんですね。とても興味深いです。

投稿: 多摩NTの住人 | 2017年6月29日 (木) 08:31

>目覚ましが鳴ってから5分で家を出、駅までマラソンして起きてから15分で到着した

それは凄い!(@@)
私も寝坊して、起きて10分で家を出たことがありますが
さすがに5分は無理だと思います~

投稿: zooey | 2017年6月29日 (木) 08:56

★多摩NTの住人さま

大山街道よりはやはり天下の東海道は、見どころが多いように思います。
あまりない所もあるらしいですが、広重の絵を思い出しながらですので楽しいです。
有難うございました。

投稿: tona | 2017年6月29日 (木) 09:08

★zooeyさま

勿論電車内で化粧するなんてことはしません。
実は乳液から下地、ファンデーション、日焼けまで全部一緒になったクリームが購入してあり、荷物は前日から玄関に用意してあったからですね。
あと、ブラースはボタンは嵌めておいて頭から突っ込む。
これからもいつ何が起こるかわからないから大勢だけは整えておかないと。でもこういうことはしたくありません。
有難うございました。

投稿: tona | 2017年6月29日 (木) 09:17

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