東海道五十三次歩き5 由比~江尻(清水)(2)
17番目の宿・興津宿へ向かう。興津の地名は、オキツヒメ女神説や奥津、つまり湾の奥に位置する津(港)、平安末期から興津一族が収めていたから等の説がある。東本陣、西本陣、脇本陣、旅籠24軒の宿場であり、甲州を結ぶ身延道の起点でもあった。
峠を降りると、スモークツリーやアジサイの花が咲き蝶が舞う、のどかな道を歩き興津川に出る。



興津川は東海地方の鮎釣りのメッカで、東日本のトップを切って解禁されるそうだ。

昭和20年の水難者の供養塔
少し行くと「女体の森 宗像神社」という変な名前の神社がある。女体とは祭神がオキツヒメ女神である説、霧に覆われた神社の森が海上の漁師に女体に見えた説がある。

身延道入口
少し入った所に「ずんどう焼き」の店がある。この辺りは菓子屋が多く、興津が、私の大好きな餡子、製餡業発祥の地とも言われ、この後たくさん見かけた。一方ここには昼食を食べる店が一軒も見当たらず、ずんどう焼き屋で昼食にする。後で持ってきた野菜や果物を公園で食べる。
ずんどう焼きは回転焼きと同じようで、6種類、ツナ、キムチ、クリーム、おぐら、茶おぐら、ウグイスで半分ずつ食べました。ツナ、キムチが意外や美味しい。
一里塚塚跡の石柱、日本橋から41里目を過ぎると興津駅だ。興津地場産品産業が書いてあった。
お菓子の他、興津鯛、花の栽培、醤油、紙布製品、そして主力産業が木ネジだそうだ。
理源寺 宿場はここ辺りから名刹清見寺の手前まで。
ここには目の不自由な人々のために尽くした眼の神様「意眼さん」が祀られている。
門前には「東海道行路病死 無縁各霊供養塔」がある。過酷な旅だから行き倒れも多かったのでしょうね。
線路を渡って耀海寺
耀海寺 1510年創建。日蓮宗総本山久遠寺の直末寺で、天皇家、徳川家とも関係が深い。
境内にある元身延道入口にあった身延道の道標がある。大火で折れて上部のみがこの寺にあったが、下部も発見されてつながれたという。
脇本陣水口屋跡 明治以降は旅館として、西園寺公望や伊藤博文をはじめ、昭和天皇皇后両陛下も宿泊された。しかし昭和60年に400年の幕を閉じたが、平成11年に水口屋ギャラリーが開館し、説明付きで所蔵品を見ることが出来た。

波切不動院 眺望がよく、行基菩薩が造ったとされる不動明王が祀られている。
上って行く途中の階段に鳥が。先日見たイソヒヨドリの雌のようだ。
清水港が見えた
ズームすると向こうに美保の松原が見えた
つづく
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コメント
江尻への道中でも、歩けば寺に突き当たるという感じですね。
どこでもそうですが、道々にある供養塔や塚、碑が目につきます。
山には馬頭観音など、日本人は先祖から供養の心があったんですね。
宗像という表札も多く見かけますが、宗像神社の由来があるのかな。
山を下ると、興津川沿いに歩かれたんですか?
女体伝説も、成る程と思いました。
ずんどう焼きって、大判焼きの小型でしょうか。
餡子好きのtonaさんには、何よりのお八つでしたね♪
清水港、三保の松原も知らないんですよ・・・
投稿: だんだん | 2017年6月25日 (日) 16:30
ずんどう焼きに、ツナやキムチもあるとは驚きです。
長野のおやきみたいなものなのでしょうか。
それなら立派にお昼の代わりになりますね。
清水港、三保の松原、いよいよですね~!
投稿: zooey | 2017年6月25日 (日) 16:52
スモークツリーは見るほどに不思議な花ですね。
回転焼きのあんがこんなにあるとは・・・
楽しそうです。いろいろ考えるものですね。
ヒヨドリの雌雄がお分かりになるのですか。
おんどりとめんどりくらいしか分かりません。
投稿: matsubara | 2017年6月25日 (日) 16:53
★だんだんさま
ありがとうございます。
道中はずっとお寺と神社、道祖神、石碑の連続ですね。
それにまざってお花が目に付きます。
新幹線で通るだけの静岡県の海岸伝いは花が咲き乱れ、気候も暖かそうで、明治の元勲もここを別荘にしたのがわかります。
興津川沿いは歩くと碑があるのですが省略してしまいました。結構省略の多いいい加減といえそうな旅でもあります。川を横切っただけですよ。
餡子好きなのですが、これで昼食というのも初めての体験でした。好きだから満足、夕ご飯でタンパク質を補いました。
美保の松原に行こうと思っていますが、もう富士山を見る、世界遺産としての景色は無理のようです。季節が悪くなってきましたね。
投稿: tona | 2017年6月25日 (日) 16:53
こんにちは。興津まで行かれましたか。清水までもうすぐですね。45年前、横浜から友人2人と自転車で横浜を出発し、箱根を越えて1日目に辿り着いたのが清水でした。そのあと、半月掛けて東海道、山陰道を山口まで走りました。はるか昔の懐かしい記憶です。
投稿: 多摩NTの住人 | 2017年6月25日 (日) 17:37
★zooeyさま ありがとうございます。
まさしくおやきの感覚ですね。
粉の状態が違いますが。
こんな珍妙なお昼ごはんは初めてです。
清水港にはクレーンがいっぱい。とても賑やかな様子です。
美保の松原の地に雨の日には立てないです。先になりそうです。
投稿: tona | 2017年6月25日 (日) 18:38
★matsubaraさま ありがとうございます。
スモークツリーは殆ど見られません。
久しぶりです。面白い花でどうなっているのか高くて見られませんでした。
キムチとツナとはよく考えたものです。結構合うのですよ。次々といろいろな食べ物が食べられものですね。
鳥は図鑑やサイトと首っ引きですが、娘が教えてくれました。昔野鳥の会に入っていたみたいで。
投稿: tona | 2017年6月25日 (日) 18:44
★多摩NTの住人さま
ありがとうございます。
ここから江尻(清水)まですぐですね。
ですからこの日はあまり歩いていません。
自転車ですと、横浜から一日で清水に着いてしまうのですか。早いものですね!
半月で山口までとは、冒険をされたのですね。
若いって素晴らしいし、その時こそいろいろ体験しておきたかったです。
投稿: tona | 2017年6月25日 (日) 18:48
おはようございます
スモークツリーにアジサイ、ハイビスカスやランタナの花にアゲハ。
そして青空に青い海。すっかり夏の景色になりましたね。
この日もお天気良く、気持ちよく楽しくスタートおできになって
良かったですね。
江戸時代の道中はどんな感じだったのかしら。
今のように高い建物がない当時、町を抜けると周囲には
どんな景色が広がっていたのでしょうね。急に心細い気持ちに
かられそうな気もしますし、伸びやかな気持ちで足を運べたような
気もします。でも実際は、現代の旅よりずっとずっと過酷なもの
だったのですね。
三保の松原は何十年も前に一度だけチラと行ったことがあるかも。
当時はこれといって感慨も持たず、記憶がほとんどないのです。
とほほですね。
投稿: ポージィ | 2017年6月26日 (月) 09:45
tonaさん、こんにちは~♪
昨夜「おんな城主 直虎」を見ましたが、最後にちょうどこの辺の
紹介がありました。
tonaさんのブログで拝見し、記憶に新しいことも
あったので、ここも、ここもとtonaさんのブログを思い出しながら
テレビを見ていました。今回の身延道入口も画像と共に
塩の道についての説明がありました。
この辺りはお菓子屋さんも多かったのですね。
ずんどう焼きは初めて知りましたが、具がいろいろあり、主食にも
おやつにもなりそうですね。大きさは今川焼位なのでしょうか?
次回は清水港、三保の松原に行かれるのですか。
三保の松原は昔行ったことがありますが、風が強い日で大変でした。
投稿: hiro | 2017年6月26日 (月) 11:02
★ポージィさま ありがとうございます。
この当たりまでは山と海の両方が見えるのですね。このあと内陸部に入っていくみたいです。
高い建物がない江戸時代の風景は広重などの絵で想像するよりほかないですが、街道には松並木が多く木陰があってその下は風が吹き渡って涼しかったのでしょうかしら。
でもずっと木陰があるわけでなさそうで、夏は暑かったでしょうね。
ペットボトルも傘もないしいろいろ考えますと随分不便で、宿にも蚤がいたりして相部屋や、襖で隔てられているだけで、いろいろ過酷ですね。
あさって美保の松原からだったのですが、雨のようで日本橋になりそうです。それも大雨ですとやめです。
投稿: tona | 2017年6月26日 (月) 12:54
★hiroさま ありがとうございます。
そうそう、昨晩の「女城主直虎」の最後を見てビックリでした。
丁度この間見たばかりではありませんか。
ここの海で製塩した塩を、ここ身延道から山の方面(武田)へ送られていたのですね。長野県の松本へ抜ける方には塩尻という所もありますね。
塩の道をトレッキングするコースもちらしに載っていましたね。
この道標のそばに回転焼きや今川焼きみたいなお菓子の(形が寸胴だから?ずんどう焼きというのでしょうか)お店があったわけです。
昔の人はお菓子を持って歩いたわけでなく、また大きなペットボトルもあるわけでなく、エネルギーも補給しなくてはならず、所々に甘いおやつをお茶屋で食べ、お茶を飲んでいたのですね。
美保の松原にいらしているのですね。私は映像だけです。世界遺産になってクローズアップされました。千本松原もとても良かったですが、同じようかしらと想像しています。
投稿: tona | 2017年6月26日 (月) 13:09