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2017年7月29日 (土)

東海道五十三次歩き7 江尻~府中(2)

大河ドラマ「花燃ゆ」で幕末の吉田松陰の妹として有名になった楫取美和子。よく用事で旅に出ていた時の様子が忘れられない。というのはその荷物の少なさだ。小さな風呂敷包1つだからだ。本当にそうだったのか?時代考証がしっかりなされているはずだから嘘ではないと思いたいが、しかしいくらなんでも少なさすぎ。現代の私たちが多すぎるのか。
江戸時代の街道の旅人はどうだったのでしょう。
着る物や着替えの他どんなものを携えて旅したのでしょう。
ガイドブックは「道中行程記」なる薄い折り畳み式のもの。矢立(筆記用具・墨壺と筆)火打ち袋(マッチがなかったから)、印籠に入れた薬。
日除け兼雨除けの菅笠、日焼け防止に手甲をつけ、脚絆を巻き、足袋と草鞋。合羽は雨除けと防寒。
荷物は二つの包みを前後に振り分けて肩にかけた。旅人は町人でも道中差(刃渡り54㎝)以下の刀をさした。女性は足袋が白、紅緒の草履と竹の杖。
「花燃ゆ」の時代考証担当の一人が大石学氏(テレビに良く出演しておられる)。先日「多摩・武蔵野と街道」と題した大石氏の講演を聞きに行ったが、時間の関係で質問できなかったのが残念です。

●江尻と府中の間
江尻宿を出ると名物・追分羊羹本店がある。旅人や徳川慶喜まで広く好まれた蒸し羊羹。帰りに駅で娘に買ってもらった。竹皮に包まれたあまり甘くはない外郎のような羊羹でした。

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清水と言えば次郎長。子分、森の石松を殺した都田吉兵衛を次郎長一家が仇討ちした供養塔があった。338x450
姥ヶ池と弁財天 1200年も昔、ひどい咳が流行し、長者の子どもも罹り乳母がこの池辺の弁財天に祈願して、小児の代わりに入水して死んだ。長者は感謝して社を建て霊を祭った。東海道を旅する人々は立ち寄ってお参りしたそうだ。450x338_2
                   ヤノネボンテンカ450x338_3
上原の延命子安地蔵尊堂、ここで徳川家康が武田勝頼を攻める際、武田の武将・穴山梅雪と会見した。その結果梅雪は家康に降り、武田氏滅亡のきっかけとなった。明治時代に焼失し、昭和になって再建された。450x338_4
草薙一里塚(43番目)
草薙神社の大鳥居。大きい! 神社は1.2km先でカット。
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東光寺の葦葉達磨大師 達磨像は坐像が一般的だが、この達磨大師像は大変珍しい立像だ。禅宗の寺院では御本尊様の左隣に達磨様をお祀りしているそうだ。気が付かなかったです。338x450_3
旧東海道記念碑 旧東海道も栗原地区辺りが国鉄操車場の建設などにより姿を消した338x450_4
静岡市も葵区に入り、マンホールも「たちあおい」となった。東海道線の南側はここでは駿河区だ。450x413
           兎餅跡地 兎餅を作っていた吉田屋の跡地という450x338_7
30℃くらいはあったでしょうか。結構暑くて午後2度目の休息。冷たいもので体の中から冷やす。タピオカマンゴジュース。  1回目は飲むアイス。
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          軍神社には砲弾型の忠魂碑や大きなクスノキがある450x338_9

●府中宿到着
静岡駅に近くになって府中宿東見附跡に到着。木戸ではなく見附と言う言葉に変わってい
ます。
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ここから西見附まで約3.6㎞。天保14年(1843)には本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠43軒、家数3673軒、人口は14071人で東海道最大規模の宿場だった。
東海道には3ヶ所しか設置されなかった公用荷物の運賃を定める貫目改所もあった。(前回の品川宿にもあった)。あと一つはどこで見るか?

久能山東照宮道があって、家康公の墓所がある久能山に向かう久能街道は、駿府の町に物資を運ぶ重要な道であった。

  参勤交代の大名たちがお参りした、家康公の祖母の菩提寺である華陽院。338x450_8
西郷・山岡会見所 江戸で勝海舟と西郷の会見の5日前、ここ駿府伝馬町で勝海舟の命を受けた幕臣・山岡鉄太郎(後の鉄舟)の会見が行われた。15代将軍の処遇、江戸城の明け渡し、徳川幕府の軍艦、武器の引き渡し等が合意され、江戸で最終的に決定され、江戸城の無血開城が実現した。450x338_13

●駿府公園(駿府城跡)に寄り道 
家康は江戸に移るまでと亡くなるまでの9年間を駿府城で過ごした。
広い公園だ。本丸掘りや家康公お手植えのミカン等を見て回る。
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静岡駅から新幹線に乗った。途中、美保の松原で見えなかった富士山が見えるではありませんか。450x338_22
                     おわり

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コメント

ヤノネボンテンカは、あるにはあるのですが、年々衰弱して
今にも消えそうです。

久能山東照宮は25年くらい前に行きました。
家康の宝物をもっとよく見ておけばわかったと
悔やんでいます。
埃っぽくて大切に管理されていないように思いました。

駿府公園は、静岡大学の人に案内してもらいました。
いわれは知らずに・・・

今度は富士が見られてよかったですね。

投稿: matsubara | 2017年7月30日 (日) 08:02

★matsubaraさま

おはようござます。早速にコメント有難うございました。
ヤノネボンテンカ、matsubara家に飾ってありましたね。お庭にあるにですね。素敵!

私はまだ久能山東照宮に行っていないので、別の機会に行きたいと思っています。今は大切に管理されているでしょうか。

駿府公園は門だけ復元されていました。
朝見えなくても富士山は夕方に見えることがありますね。

投稿: tona | 2017年7月30日 (日) 08:17

私もtonaさんと同じように、江戸時代の人達が旅する姿が余りに軽装で
前から疑問を感じてました。
でもTVでは必ず時代考証の担当者の名前が出ますからね。

子供の頃の楽しみと言えば映画でした。
それも時代劇で、清水の次郎長や森の石松が出てたのを見た覚えがあります。
小さくても映画の内容から、石松は殺されたのだと分かりました。
その石松の仇討ちを次郎長一家がした供養塔があるのですか。

上原の延命子安地蔵尊堂、ここで徳川家康が武田勝頼を攻める際、武田の武将・穴山梅雪と会見したのですね。
この説明を聴かないと、見逃してしまうほど小さい堂ですね。

久能山東照宮は6,7年前に行きましたが、沢山のお参り客で混雑してました。
私は浜松城には行ってるのですが、駿府城はまだ行ってないのです。
ぜひ行ってみたいです。

投稿: ラッシーママ | 2017年7月30日 (日) 12:32

tonaさん、こんにちは~♪
江戸時代に思いを馳せながら東海道五十三次歩き旅。
得るところが多いですね。
旅行ではついつい余計な洋服などを持って行き、
一度も着なかったということはよくありますが、
江戸時代の女性の旅支度は合理的でとても参考になりました。
街道沿いには美味しそうなお菓子屋さんが多いですね。
こんなお店に立ち寄れるのも歩き旅の良いところですね。
西郷・山岡会見所がこの地にあったことも興味深かったです。
江戸城の無血開城はとてもよかったと思いますが、
合津藩が余りにも気の毒だったといつも思います。
富士山もご覧になれて良かったですね。

ヤノネボンテンカは初めて見ましたが、フヨウによく似ていますね。

投稿: hiro | 2017年7月30日 (日) 12:47

★ラッシーママさま ありがとうございます。

一つのドラマに時代考証も調べたら数人いるのですね。
ですから比較的忠実な江戸時代、幕末を見ているわけですが。
清水の次郎長、あまりにも有名ですが、映画を見ていないのですよ。
今回江尻(清水)を歩いていても次郎長関係はこれだけでした。拍子抜けのような。

穴山梅雪の建てた稲荷神社がありましたが、これで2度目、その後梅雪は関ヶ原の後、殺されるのでしたね。
浜松城はこの後の歩きで見られるでしょうか。
駿府城址公園はとても広く感じました。

日光東照宮は数回行きましたが、久能山東照宮はまだです。彫刻が立派なのでしょう。

投稿: tona | 2017年7月30日 (日) 16:30

★hiroさま こんにちは♪

無駄歩きもしていますが、なかなか勉強になることがあります。まあ、知らないことが多過ぎるということがわかりました。

江戸時代の女性の旅支度、簡単で、一つが2つの役目を果たしたりしているのですね。
海外へ行く時は随分余計なものを入れていきます。でもある時、同行の男性のスーツケースの中を偶然見てしまう機会があったのですが、中はすかすかで大変驚いたことがあります。
人それぞれなのですね。

今みたい便利なペットボトルもないし、リュックもないし、食料も腐って持てないしなどで、喉が乾いたらお茶屋に入って水分補給とエネルギー補給をしていたので、お茶屋には必ず甘味があって、名物がたくさん生まれたことがわかります。
ヤノネボンテンカはアオイ科でタカサゴフヨウとも言われるそうですからフヨウに似ていますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年7月30日 (日) 16:42

こんにちは。楽しい旅が続きますね。『花燃ゆ』は見ていましたが、そういう見方はしていませんでした。最後に富士山が拝めて良かったですね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2017年7月31日 (月) 08:23

★多摩NTの住人さま こんにちは

コメント有難うございます。
最初1回目でどうかなあと思った街道歩きは、結構知らないことが学べて面白くなっています。
前回まで富士山には雪が数筋見えたのですが、今回はもうだいぶ融けたのが確認出来ました。東側はまだいくらか残っているのを小田原の手前あたり見ました。
富士山が見えるとホッとするこの頃です。

投稿: tona | 2017年7月31日 (月) 11:44

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